おかえりなさい
夕暮れになる前に薬は完成し、それを受け取ってピアさんは帰っていった。
怒涛の午後を過ごした僕らだけど、まだまだ休息はない。ピアさんに遊んでもらっていたライラはまだまだご機嫌で、その元気さを分けて欲しいと思うくらいに動き回っている。
僕らのように疲れていても、ライラみたいにまだまだいけても。
無慈悲なくらいに、等しく訪れる問題。
それは――空腹という現象。
「っていうか食事の準備がちっともできてないじゃないですかー!」
うがぁ、と頭を抱えるガーネットの言う通り、すでにお腹はぺこぺこだというのに肝心の食事がまったくできていないのだ。何をつくろうかというところから、考えなきゃいけない。
しかも追い打ちをかけてきたのは、予定より早く出発したというブルーからの連絡。逆算するといつも夕食をとっている時間帯の到着予定で、今から一時間と半分くらいさきの話だ。
食事を楽しみにしてるのだ、と締めくくられた文章は絶望を与えてくる。
ハヤイも魔物にエンカウントしない限りは、ちょうど食事する時間帯に戻れると連絡が入っているし、さてどうしよう。僕もガーネットもウルリーケも、スキル的な意味でもリアル的な意味でも料理はそんなに得意じゃないから、作れるものに限りがある。
さすがに食べられないものを作るほどひどくはないから、なんとかなるとは思いたい。
ひとまず一階部分の明かりを全部つけてから、僕らは地下に降りた。
ストックしてある食材を見てから、メニューを決めようと思ったからだ。
いくつかのランプに照らされるのは、カゴやら袋やらに収まった食材の数々。米から小麦粉などの穀物系、塩でつけた野菜類。天井からぶら下がっているのは干し肉だ。
入ってすぐのところには、今朝買ってきた新鮮な食材が置いてある。
じゃがいもや人参など普通のやつばかり。朝食と昼食で数を減らしているから、全部使わないと七人、余裕を見て十人分ぐらいは作っておかないといけない料理一つにならなさそうだ。
今から店に行っても肉は手に入らないだろうから、少し目線を上げた先でぶら下がっているものを使うしかない。さすがに狩りに出かけるには遅すぎるし、スキル足らないし。
「材料は野菜と干し肉……あれは、鳥かな?」
「ですね。前にハヤイさんが取ってきたやつじゃなかったかなと」
「干し肉だから……煮こまないと食べにくいかな」
さすがにスルメよろしくそのままかじるわけには行かないし、と引っ張りだした干された鶏肉を手に思案する。大きさとしてはかなりのもので、ドラマとかで見かける『クリスマスによくみる七面鳥丸焼き』ぐらいだろうか。テレビの向こう側で見るばかりだった鳥をまるまる焼いたような豪勢な料理も、こっちではわりとよく口に入るポピュラーなものになっている。
こんな大きさの肉、どう使おうか。
細かくして煮込んで使うというのは案の一つだけど、それだけでは……。
「……これ、使う?」
そっと横から差し出されたのは瓶詰めの粉。
ラベルにはこう書いてあった。
――ブルー様のすぺしゃるカレー粉。
■ □ ■
たまに手が開いている全員で下ごしらえなどの雑用をする時も、狭さを感じないくらいに食堂裏の台所は広く作られている。人数分のまな板や、それを置く机も完備だ。
一番面倒な玉ねぎや干し肉は僕が担当し、ウルリーケがじゃがいも、ガーネットは人参を適度な大きさに切りそろえていく。肉をランランとした目で狙っていたライラには、ひとまずりんごを一つ与えておとなしくしてもらった。しゃくしゃく、と楽しげな音がまだ聞こえる。
「これくらいでいいかな」
「うん」
横では根菜と戦う姉と弟。ガーネットは若干手つきが不安になるけど、さすがウルリーケはよく手伝っている、もとい手伝わされているだけあって、ピーラーなしでも皮を剥けている。
僕は鼻をすすりながら玉ねぎを、火ががすぐ通るように薄く切った。
冷蔵庫なんてない世界だから食材も長く保管できないし、今日の朝買ってきた奴は全部使ってしまおう。カレーなら明日も食べられるし、主食になる米ならまだまだ余裕がある。
重ね重ね思うのは、この世界に米を食べる文化があった喜びだ。
僕はそんなに食べ比べたことはないんだけど、テッカイさん曰く味的にはコシヒカリに近いんじゃねーのかな、とのこと。品種改良されているかは知らないけど、確かに美味しい。
米はすでに洗って、米を炊くためにブルーが探しまわってやっと手に入れた専用の鍋の中に収まっている。水を注いで火にかけて、あとは炊きあがるのを待つばかりだ。
切り終わった材料のうち、玉ねぎから炒めていく。ちょっと塩を振ると早く火が通るぞ、とはハヤイのアドバイス。料理作ってただけあり、彼のアドバイスは的確だ。
透き通る程度に焼けたら、ちょっと油を足して人参を。人参は全体に油が回る程度にさっと炒め、すでにじゃがいもと肉、そして水を入れた大鍋の中へ投入する。干し肉は細かくちぎった状態で、火をつけたら灰汁を丁寧に取りつつひたすらコトコトと煮込んでいくだけ。
灰汁がある程度撤去できたら、甘みの元になる摩り下ろしたフルーツ類を入れ、ウルリーケが分量を測ったブレンド済みスパイスを投入、味を見つつ調整したら完成だ。
ご飯もいい感じに炊けてきて、どこか甘いいい香りが漂ってくる。
付け合せの福神漬けも引っ張り出してきたし、テーブルや食器の用意もできた。
あとはブルー達が帰ってくるのを待つばかり。
すっかり暗くなった外から、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「そんでさー、ねえちゃんがよ、酒場でなんと元カレにあったらしーんだよー」
「こんな状況に元カレも巻き込まれてるとか、なかなかの強運だな……」
「まー、ねーちゃんがゲームやってたのその元カレの影響らしくってさ。オレやにぃ達はまえからやってたんだけどよ、ねーちゃんは興味なかったわけよ。けーたいゲームもしねーし」
「スマホのアプリも?」
「あんまりやってるのはみなかったなー。デンシショセキ? はよく読んでたけど」
ハヤイとレインさんの声。
どうやらどこかで合流したらしい。
ガーネットが嬉しそうな顔で外に飛び出して行き、少し遅れてウルリーケも出て行く。僕もエプロンを外したら出迎えに行こう。あ、その前にちょっとこの辺をフキンで拭いてから。
「あー、でもしーえむやってたパズルゲームなんかは、開いた時間に遊びやすいっつってやってたっけなー。がちゃ? でハズレばっか引いて喚いてたぜ? むっきゃーって」
アイシャさんが上げたらしい謎の雄叫びが、少し低い声音で周囲に響き渡る。近所迷惑だよというセリフを携え外に出た時、僕より先にそれを口にし、物理制裁する動きがあった。
いうまでもなくブルーだ。
「やかましいのだ! 近所迷惑なのだ!」
すっぱーん、と響くいい音。
「なんも殴ることねーじゃんよっ、さんざんねーちゃんに殴られたっつの!」
「殴られるような何を言っちゃったんですか?」
「……ちょっと、新入りちゃんにちょっかい出して、ぱかーんって。オレ、三メートルぐらいふっとばされたからな、まじねーちゃん鬼神。HP半分持ってかれた弟のオレかわいそう」
「テッカイ殿、私が許可する。それをしばき倒すのだ」
「なんでだよ! 話しかけただけだっつーの! セケンバナシっ!」
ぎゃあぎゃあと、いつも通りの騒がしさ。
あぁ、これが僕らの日常だ。
■ □ ■
……と、心から笑ったままなら、よかったのだけれど。
僕は一つ、気になってしかたがないことがあった。最後尾には荷物を抱えたテッカイさんがいるのだけれど、その横に、その、なんていうか。やけにくたびれたものがあるというか。
なんて言えばいいか一瞬わからなくなって、僕はブルーにそっと耳打ちする。
「ところでブルー、その、後ろでぐったりしてる人……だれ?」




