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紡いで合わせて布にして

 昼前の市場は、朝と違って食料品以外が中心に並んでいる。

 建築には使えそうにないと素人でもわかる細い材木を組み合わせたテント、そして日除けを広げて、その下にカーペットを敷いて、各々が持ってきた自慢の品を並べて声を張り上げる。

 がらんがらん、と聞こえるのはベルだ。

 どこかで、客引きのために誰かが手で持つベルを、力いっぱい振っているのだろう。

 朝と比べれば子供を連れたお母さんが多く、はしゃいで走る小さい影も見える。

 そんな家族連れを相手にした、ちょっとした甘味の屋台なんかもあった。クレープのようなものなんだけど、挟んでいるのは果物を使ったジャムのようなもの。生クリームはなし。

 それを手に子供が走り回るので、ほのかに甘い香りがしていた。


 香りの発生源は他にもある。

 朝ほどではないけどそれなりに並んでいる、食料品を取り扱っている店だ。

 こちらは『甘い』というより『美味しそう』で、少し空腹感をくすぐってくるタイプ。

 食料品もあるにはあるけど、保存が効くようなものが大半だ。工房でもブルーがせっせと仕込んでいる漬物――ピクルスというべきかな、ああいうものとか香辛料などの調味料。

 乾燥させたハーブや、小麦粉などの粉類なんかもある。

 あまり見かけないけれど、お米も時々。

 他には朝から山でとってきたのだろう山菜類、きのこなど。

 とはいえ、僕、そしてガーネットの目当ては当然ながらそれじゃない。


「今日はいいのが入ってるといいですねー」


 ガーネットは、ごきげんな様子で大袋を抱えている。袋は空で、彼の予定ではあの袋がパンパンになるまで買い物するようだ。袋はかなり大きい物で、標準サイズのランドセルが三つぐらい収まりそうな感じに見える。小さい子供ならすっぽり収まるんじゃないだろうか。

 袋は口の部分を紐で絞る、いわゆる巾着袋。

 今は折りたたんでぺったんこで、ガーネットは腕に引っ掛けるようにして運んでいた。

 僕らが向かっているのは市場を抜けた先にある、手芸用品を売っている雑貨屋だ。つまり糸や布はもちろんのこと、綿、針、その他裁縫に必要なものがひと通り揃っているお店。

 その商品から、もっぱら女性が多いらしいのだけど。


「僕、外で待ってていいかな……」


 少女と言い張れないこともないガーネットと、小柄で華奢だけど間違っても少女には見えない僕では、後者が明らかに目立つと思う。ましてや僕には、手芸に関するスキルは、ステータス的な意味でもそれ以外の意味でも存在していない。……いや、家庭科の授業はあったけど。

 ボタン付けぐらいは……たぶん、できる、と思いたい。

 ……エプロンなら、きっと、おそらく、まだ作れると信じたい。

 編み物? あれは未知の技術というしかない。二本の棒でカシャカシャしているのはまだいいけれど、かぎ針というんだったか、あれはもう何をどうしてああなっているのか意味不明。

 この世界も、レースなんかはあのかぎ針を使うらしく、ガーネットが時々高速で謎の動きをしていることがある。主に姉ウルリーケのためだけに作る、特別な服に使う装飾だけど。

 買うと高いしそもそも売ってすらないんですよ、とのことだ。

 あと、この世界にはミシンもある。ガーネット曰く、足で板のようなものをパタパタと前後に動くよう踏む手動……むしろ足動タイプとほぼ同じ仕組みのものらしい。

 僕には手と足が絶対にちゃんと動かず、混乱する代物のようにしか思えなかった。


「いいんですよ、別に男の人がいても」

「そう、なのかなぁ……」


「頻繁に店に通ってるわけじゃないですけど、結構男性客もいますしね」

 デザイナーさんとか、とガーネット。

 貴族社会で王族がいるこの世界、女性と男性の区別のようなものもあるという。

 まぁ、もっぱら貴族や富豪といった庶民階級ではない層の話だそうだけど。要するにやんごとなき名家のご令嬢には、あまり男性に近寄ってほしくないという事情があるのだそうだ。

 逆にお坊ちゃんに女性デザイナーとの身分差恋愛などされても困る、と。

 ……後者は、まぁ、さほど騒がれないことらしいが、前者は重大な問題だという。


「未婚女性には心身ともに『清らか』でいてもらわなきゃ、って考えがいろんなものの基本みたいですからねぇ、この世界。許嫁すら結婚式で初対面なんて、よくあることらしいですよ」

「なんか、そんな感じの文化圏が、地球にもあったっけ……」


 親が娘の結婚相手を決める、的な感じの。

 ああいう雰囲気、という想像でいいんだろうか。

 そういえばエリエナさんも貴族だけど、あんまりそういう感じはしない。田舎だし、伯爵だけど領主とかではないし、家庭の事情もあるからあまり言われないだけなのかもしれない。



   ■  □  ■



 店に着くなり、ガーネットは修羅となった。

 あ、この糸いい、という言葉を合図にしたかのように、僕の隣にあった姿が消える。あの糸じゃなくこの糸、という辺り、速さがすごい。あっという間に、彼は店の奥の方に移動した。

「……」

 声もかけられない。

 仕方がないので、僕も適当に店の中を見て回ることにする。

 自分では作れないけど、こういうのを見るのは嫌いじゃない……ということを、この世界で過ごす日々の中で気付かされた。あと、何かを作っているのを見ることも。

 ひとまず、僕が向かったのは色とりどりの糸が置かれている棚。

 見つからに太さが違うものがあるから、多分用途で使い分けるんだろうと思う。例えば服を縫うのに使う糸と、刺繍に使う糸が同じだとは思わないし。求められる強さが違いそうだ。

 太く、丈夫そうな糸や、艷やかで細い糸。

 いろいろ、あるんだな……本当に。


「ちょっと見てくださいよー、この布すっごく綺麗ですよー」


 ふとガーネットに呼ばれたので、いそいそと移動する。

 店の通路は、いかにも雑貨屋という感じで狭い。女性客が多いからなんだろう、小柄な人でも手に取りやすい高さの棚ばかりだ。壁際のものは天井まで嵌めこまれているけど、すぐ側にはしごや踏み台などがあるし、店員さんが登ってとってくれたりもするようだ。

 サービスが行き届いているというところは、僕らも見習わないといけないかもしれない。

「ほらほら、コレですー。手触りもいいし、色もいい。装備用の布だから丈夫です」

 ガーネットは、いかにもウルリーケに似合いそうな薄緑の布を手にしている。

 装備用の布、というのは文字通り、主に冒険者向けの装備品を作るのに使われる、特殊加工が施されたもののこと。糸の段階からあれこれと加工を施し、ただの布でも魔物の攻撃をある程度軽減させられるだけの丈夫さ、そして布ならではの軽さも兼ね備えたものだ。

 一般の人でもエプロンとか、子供服のひざあてなんかに使っているらしい。

 服に仕立てるのにはちょっとコツがいるそうで、ガーネットのような『裁縫師』が布を店で買って作って販売というのがよくある流通コースなんだとか。


 僕らが着ている服は、現代っぽさとこの世界っぽさを混ぜるように、ガーネットがデザインして作ったオーダーメイド品。使っている布もそう高いものじゃなくて、素材もごくごくありふれた綿。ちなみに物によっては魔物素材を使う場合もあり、加工の手間暇で値段も高い。

 その分防具としての性能は高いけど、このへんの魔物相手では無用の長物かな。

 第三都市あたりでは、多少ふっかけても物が良ければ売れそうだと思う。

「せっかくだからブルーさんのエプロンも作りましょう。えーっと、白は……」

 僕に見つけた布を自慢するだけして、ガーネットは再び自分の世界へ。結局、僕はお店の人のご好意で出していただいた椅子に腰掛け、店主の老夫婦と他愛ない話をして過ごした。

 まぁ、楽しそうだからそれでいいかな。

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