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いばしょさがし

 静寂が戻った森の中。

 寧々子さんは、頭を抱えるようにして叫んでいた。


 帰りたくない帰りたくない、と。


 だから彼らを、徹底的に傷めつけたのだということらしい、けど。彼らを例え何もできない状態にしたとしても、元の世界に戻るための活動には何の影響もないだろうと僕は思う。

 人数的に、そして組織の規模的にも影響は限りなく低い。

 それを叩き潰しても、彼女の願いの妨げを排除することにはならないと思う。

 じゃあ、もっと別の動機なのかというと、それはそれで意味不明だ。

 彼女がした行為を、僕や僕の仲間がするならわかる。仲間であるブルーを連れさらわれたわけだし、テッカイさんだったら半殺しにするのは確定だ。だけど彼女は、寧々子さんは違う。

 ついさっき、僕らと彼女は初めてあったばかりだ。

 ブルーを連れさらった彼らと、以前から面識があったようにも見えない。寧々子さんはレギオンさんだけが目当てだったようだから、こうなってからはずっと彼と一緒だったはずだ。

 レギオンさんの強さを知らない程度の知り合いならば、やっぱりおかしいと思う。

 僕には、あの執拗な攻撃と殺意が不可解だった。

 ひとまず落ち着かせようと思うけど、叫ぶ寧々子さんの声にかき消されるばかりだ。

 彼女の叫びは、概ね『帰りたくない』という内容に絞られる。

 レギオンさんがいる、だからこの世界から帰りたくない――と。


「元の世界なんて帰りたくない、ずっとここにいる! だってレギオンがいるもの! あっちには彼がいないっ! 彼がいない世界なんてどうだっていい! ずっとこの世界がいいのっ」

「寧々子さん……」

「帰りたい人だけ帰ればいいの、そうでしょうっ」


 ヤなの、イヤなの、と泣きじゃくる姿は、子供っぽいを通り越して痛々しい。呻くように叫びながらぎりぎりと自分の腕に爪を立て、バリバリと掻きむしり血をにじませていく。

 ほとんど錯乱状態だから、どうにかして止めなければ。

 僕は、今度こそ書物を一つ、取り出した。


『その庭師は、花を愛でることしか知らない無骨な男だった』


 ぱらり、とページをめくる。

 身体の中から、何かがするりと抜け出していく、魔術を行使する感覚が起きた。

 揺らめくように光る文字を目で、指先で追いかけながら、先に進む。



『聖女は笑わぬ娘であった。常にうつろな、そして悲しげな目をした娘であった。人々はその姿に心を痛め、だが何もできないまま少女は更に引きこもるように心を閉ざすばかりだった』



 これは、この世界に招かれて間もない聖女スノゥ・リアの物語だ。

 見知らぬ場所で、重い荷物を背負わされた彼女は耐え切れずに心を閉ざした。そうすることに罪悪感を高まらせて、彼女はさらにさらに引きこもるようになってしまっていた。



『聖女は笑った。一人の名も無き庭師が捧げた花を見て、まさに、花が綻ぶようなほほ笑みを浮かべたのだ。聖女は尋ねる、その花はどこに咲く何の花か。庭師は答える、これは城壁を這うつる草が、数年に一度開く花弁であると。聖女は言う、ならば次が咲くことを、またこの花を見ることができるよう、わたしは旅立たなければならない。それが聖女の役目だから』



 これは聖女スノゥ・リア伝承の一節。

 異世界に招かれた少女が、初めてその心に安らぎを得たシーンだ。見ず知らずの世界と、降りかかった重い使命に、若い少女は苦しんでいた。自分にできるのか、という不安で。

 そこに安らぎを与えたのは、花だ。



『当時、彼女が身をおいていた城塞都市に、数年に一度だけ咲き誇る大輪の花。

 薄紅の花弁を揺らす姿に、聖女は己の使命を噛みしめる。この花が変わらず咲くよう、自分は頑張らなければいけないのだと。この世界を、守らなければならないのだと。


 閉じ込められた聖女は、彼女を望んだ民の声を知らない。

 だから、自分が本当に必要とされているのか、それがわからない。

 だけど花を見て思った、もう一度この花を見てみたいと。連れて行ってもらった城壁、底に咲き乱れた花をもう一度見たいと。そして彼女は旅だったのだ、世界を救うため』



 花に勇気をもらった聖女は旅だった。

 だけど、彼女が旅立つ前に一つの不幸があった。



『庭師は、聖女の笑みに魅了された。同時に、ひどく己を恥じた。こんな、年端もいかない少女にすべてを押し付けた、自分やそれ以外を呪うほどに恥じた。あぁ、なんて自分は無力で浅ましいのだろう。なんて自分は、あの柔らかい手を守るだけの力がないのだろう。


 嘆く庭師は、ある精霊に嘆願した。聖女がどこにも行けないようにしてほしいと。あんな可憐な少女にすべてを押し付ける、それを当然とする上の連中など困ってしまえばいい!』



 そこには、きっと『上の連中』と呼ばれる人への、嫉妬や恨みもあっただろう。自分たちだけがいい思いをしているに違いない、なんていうありふれた感情があったのだろう。



『精霊は庭師の嘆きに答えた。

 そこまでいうなら、手をかそう。ただし責任は己が背負うのだ。この行いの結果として何らかの、大小様々な不都合があったとしても、甘んじてそれを享受しなければならない』



 庭師は頷く、それでいいと。精霊は軽く手を合わせた。

 ぱちん、という音が合図となった。

 そして聖女は。



『あぁ、聖女、愛しい人。そのままずっと眠っていればいい。あなたが傷つく必要なんてどこにもないのだから。柔らかい寝具、温かい空気、優しい世界で、眠っていればそれでいい』



 庭師の願いは聖女を眠らせた。静かな、穏やかなな、永遠の眠り。

 死にも等しいその眠りを、与えたものが誰か。

 それがわからないほど『上の連中』は、決して愚かではなく。聖女を守ることを命ぜられた騎士の手で庭師の首ははねられた。彼は最後まで、自分は正しいことをしたと言ったという。

 これは、眠りの物語だ。

 子守唄のように、語るほどに睡魔を強く呼び起こす。

 聖女を『眠らせた』こともあり、特に女性に効くらしい。魔物にもオス・メスがあって、見るからにメスと思われる個体によく効いたから。最後まで読み終われば、起きていられない。

 一言、何かを言う間もなく寧々子さんの身体がふらついた。


「寧々子」


 ぐるぅ、と唸るような声がする。ゆっくりと立ち上がり、ヒトの姿に戻っていくレギオンさんが、後ろへ倒れていく寧々子さんを抱きとめる。すぅすぅ、と小さく寝息が聞こえた。

 おそらく全滅させられた彼らは、そのまま確保されただろう。

 結果はどうあれ、ひとまずブルーも無事だし事件は解決と言っていいと思う。

 疲れた、とつぶやこうとした喉が震える。実践で、あそこまで長く『喋った』のは、初めてだったように思う。いつもはもっと短く的確に、シンプルなものを選んで使っているから。


 ひとまず、誰かが来てくれるのを待とう。

 今日は、とても疲れた。

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