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突撃★今日の人材補給(物理)

 森の奥で相対したのは、見るからに目つきの鋭い一団だった。

 以前ブルーをしつこく勧誘してた男もいる。

 相手は、ここから見えるだけで五人。僕は一人しかいない。ハヤイはそろそろ、自警団の詰め所に辿り着いただろうか、向かっているだろうか。僕はそれまで、何とか彼らと相対し続けられるのか。死はない、だけどここから離れて見失うことだけは絶対にできない。


 ほんの少し、後悔をする。

 自分一人でくるんじゃなかった、と。


 やっぱりハヤイに向かってもらえばよかった。

 僕が自警団のところに向かえば。

 だけど、本当に荷物のように地面へ投げ捨てられたブルーの姿に、僕の中で叫んでいたその弱さは声を潜める。息を吸い込み、一歩前に出て。手を握り、爪を軽く立てて奮い立って。

「彼女を、返してもらいます」

 要求を述べた。

 当然、それがすんなりと通るとは思わない。それなら、最初から向こうはこんなことするわけがないからだ。何らかの要求、目的があるから、これだけのことをしている。

 戦い慣れた装いは、前に聞いた一つの言葉を思い出させた。


 ――攻略組。


 彼らはこの異常な状態を何とかして元の世界に帰ろうとする、そういう目的で動く冒険者の通称だ。彼らの行動理念、目的は異世界に迷い込んだに等しい状況の打破、それだけ。

 対義語となるのは『傍観者』で、これは僕らのことだ。

 状態の解決を積極的に行うことをしない、文字通り傍観する側のこと。

 いつの間にかそんな区分が存在した冒険者という存在の、彼らはおそらくどちらでもない。

 これはただの『犯罪者』だ。少なくとも、この世界の理では。そして、僕が十数年の人生で培ってきた感覚では。人を襲い、連れ去らうことは、どこの世界でも犯罪だ。

 彼らの理念、どうしてこういうことをしたのかという動機、それらに興味はない。

 知ってもどうしようもないし、それよりブルーの奪還が最優先だ。

 そのためにも、僕は多少傷めつけられても、彼らをここに留めなければ。


「ブルーを、彼女を返してください。もうじきここに、自警団の人が来ます。あなた方に逃げ場はありません。おとなしくしてくれたら、僕も手荒なことはしません」


 幸いにも声は震えない。

 身の丈、一軒家ほどあるような魔物との戦いだってあった。数の多さにおそれはある、けど怯えるほどじゃない。仮に、かすかでもそんな気持ちがあったとしても、抑えこむだけだ。

 僕はここで引けないのだから。


「返せ、ねぇ」


 敵集団の、おそらくはリーダーだと思われる男が身体を揺らす。

 小さく笑っている、ようだ。

 日に焼けたような肌の、黒髪の男は、片刃の、かなり大きい剣を肩に担ぐ。にぃ、と形を作るその唇が動き、喉が語るのは彼らの目的――そう呼ぶのもおぞましい言葉達。


「せっかくの優良物件、腐らせるなんて勿体ねぇだろうがよ」

「優良、物件?」

「そうだろ? このステの『精霊術師』なんざ、第三都市でもそうお目にかからない。見目もいいし、どうやら家事もできるようだ。だから『勧誘』してやったんだよ、この俺が」

「勧誘……こんなの、誘拐じゃないか!」

「あぁ? なにか文句でもあんのか? 俺らはよ、このくだらねぇゲームを終わらせてやろうっていう、清く正しい組織だぞ? それに協力させてやるんだ、ありがたく泣いて喜べよ」


 曰く、彼らはやはり『攻略組』と呼ばれる、そういう行動を目的とした組織らしい。

 ギルドではないそうだ。……そもそも、見るからに何かしらしていそうな風貌が多い。冒険者の罪人を取り締まり、指名手配書を出す組合には、おいそれと近寄れないだろう。

 逆に、それは彼らを取り締まることの弊害、だと僕は思う。

 個人個人で追いかけるしか無く、その動向を掴みにくそうだという意味で。


 今が、まさにそれだ。

 レーネ近郊は田舎で冒険者は少なく、犯罪行為をしてもそれに似合うだけのメリットはないだろうから、いつ組合に行っても依頼こそあれ、指名手配書の類が貼りだされることはない。

 するしないの是非はともかく、こんな田舎での儲けなんて本当にたかが知れている。

 同じ危険度の『賭け』をするなら、都会の方がいいだろう。

 そうして、個人個人で動いていることに『なっている』彼らは、第三者を介さない繋がりでギルドのような組織を構築。ギルドであればレーネにも手配書が来るけど、個人ではそうあることではないという。一個人でかなりの力を持つような、そういう人でなければ。


 彼らは、意図してかどうかはともかく、ギルド管理冒険者管理の穴を付いた組織だ。

 その目当ては『くだらない』と言い放つ、ゲームを終わらせること。

 言ってることは、まっとうそうに聞こえる。

 僕だって、元の世界に帰りたくないわけじゃない。それを成す力がないから、現状維持で生活しているわけだし。いくら死なないとはいえ、エンドレスの餓死はさすがに避けたい。

 結局は、適材適所――みたいなもの、なんだろう。

 彼ら『攻略組』の中には、それを許さないという人もいるそうだけど。


「ゲームを終わらせることと、ブルーを連れて行くことに、なんの関係があるんですか」

「こっちはわざわざクソめんどくせぇことしてやるんだ、それに対する協力、援助っていうのは必要なことだろうが。戦力提供資金援助。これは正当な『要求』だぜ?」

「それは……だ、だけど誘拐は」


 言い返すけど覇気がでない。死なないとはいえ攻撃を受ければ痛みはあるし、この緊急事態の最前線にいると言えば聞こえはいいけど、華々しいばかりではないのはさすがにわかる。

 向こうからすると、割にあわない、ということもあるだろう。

 そんな事情なんて知らないとこっちはいえる。だけど、様々な事情で自体解決を自らの手で探ることを放棄した側の事情なんて、向こうも知らないといえるわけだ。

 あぁ、これは面倒なことだと、僕は思う。

 自分の主張は、そっくりそのまま向こうの主張に挿げ替えが可能。

 どう言い合っても、きっと堂々巡りだろう。

 最終的には武力勝負となるだろうが、その場合の勝ち目は僕にはない。一対一ならともかくこの人数だ、僕には一節、何かしらの文章を口にする余裕すらないかもしれない。


 どこまで話だけで時間を稼げるのか。

 踏みとどまれるか。


「あなた方にどんな理由があるかしらないし、僕は興味ありません。だけど、彼女は僕のギルドのメンバーです、彼女の意思を無視して、勝手に連れていくなんて許しません!」

 にやにやと、こちらを薄笑いで眺める彼らに向かって言う。

「――わかってねぇな、お前の許可なんぞきいてねぇ。コレはな、世のため人のための、俺らなりの『善行』なんだよ。お前らはただ、黙って言われたとおりに協力すればいい」

 そして一歩、前に進んだ男が剣を構えた。僕では両手で持っても引きずりそうな重量感のあるそれを、彼は片手で軽々とあつかっている。腕の太さといい、別格だ。

 さすがにステータスを表示する余裕はないけど、きっとレベルも高いだろう。

 どうする。

 ブルーはまだ目覚めない。僕はどうすればいい。ハヤイ達はまだなんだろうか。今からでも位置情報を新たに送るべきだろうか、それとも手遅れなんだろうか。

 鼻先に切っ先をつきつけられ、僕は。



「みーつけた」



 声が、どこからかして。

 そして、上空から黒い影が落ちてきた。

 男がとっさに後方へ飛び、生まれた隙間にそれは立つ。

 さく、と足をおろして草を踏むのは白い衣服の女性。彼女は大きな獣、狼にまたがった状態で僕の眼の前に現れた。ぐるるる、と腹の底に響くような唸り声に、さすがの男もたじろぐ。

 足元がよろめいた僕は、そのまま地面に座り込んだ。

 下から見上げる彼女と彼は、とても大きく見える。


「やっぱり、ネネ、ああいうのキライだわ。レギオンもそう思うでしょう?」


 不機嫌そうに、彼女――寧々子さんは息を吐き出した。僕より前に進み、背中しかここからじゃ見えないけれど、その表情はきっと相手の神経を逆撫でるようなものに違いない。

 僕一人の時は余裕を見せていた男達は、ふっと顔つきを変えた。

 無理もない、と思う。

 彼女の傍らには、大人を乗せられる大きさの狼がいる。

 レギオンさん、だろう。

 賢狼王という称号に、人間の姿をしていても存在していた狼の耳とか。

 今の姿が本来の、ということなのだろうか。寧々子さんを守るように身を伏せ、唸っている姿は雄々しい。その毛並みを優しく撫でる寧々子さんは、彼らにはどう見えているんだろう。

 僕や、寧々子さんだけの登場では、さほど脅威ではなかったはずだ。何人かはステータスを見て驚くかもしれないけど、召喚術師も後衛担当。前衛がいなければ戦えない。

 レギオンさんがどこまで戦えるのか、強いのか――それを、見定めようとしているのか。

 それは、僕も知らない。

 ステータスを見た感じではかなり強いのだろうとは思うけど、どうやらレギオンさん以外を使役するつもりはないようだし、実質、戦力となりうるのは彼の力だけと言っていい。

 ふ、と男が口元を緩ませる。


「なんだ、援軍は狼と女だけか」

「あら、女をバカにすると痛い目をみるのよ? 好きでもない誰かに何かをされるなら、その場で首を掻っ切るくらいできるのだから。それにここが『ゲーム』だと、まだ夢をみるの?」

「……夢だと」

「だってそうじゃない? ここは『痛み』を与え、『餓え』を与えるの。便利な『魔法』はどこにもないわ。地べたを歩かなきゃ、何もできない世界のことを、あなたは『ゲーム』だと呼ぶのかしら。ログアウトもできないのに? オトナの現実逃避って、やぁね。無様だわ」


 口元に手を当て、くすくすと笑う声。

 ゆっくりと、レギオンさんがその身体を震わせ、起き上がった。


「自分たちの考えが史上で崇高で素晴らしいという『誤解』をして、他者を虐げてもいい特権階級だという『錯覚』なんかをして、挙句にいうことを聞かない子――しかもひ弱で可憐な女の子に御無体だなんて。ネネ、そういうの大嫌い。だからレギオンもキライでしょう?」


 ぐるぅ、と唸る声。

 傍らの狼が身体を震わせたかと思えば、そのまま男の方へと跳びかかっていった。

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