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帰る場所を失って

 ブルーがその追跡に気づいたのは、買い物を終えてさぁ帰ろうとした時だったという。



 めったに冒険者が来ない――もとい、いる冒険者の顔ぶれがある程度知れているこのレーネにおいて、見慣れない冒険者というものは結構意識しなくても気付くし、よくわかる。

 とはいえゲーム時代よりは増えたそうだし、店にも一見さんがくるから、僕らの生活圏内ではそう珍しいものではなかった。ただ、ブルーを物色するような目で、見なければ。


 ブルーは、世間一般では充分に美少女の枠にはいる。

 なので店でよく、セクハラめいたことを酔っぱらいに言われることは多い。

 ウルリーケも最初はウエイトレスしてたけど、あまりにセクハラ耐久値が低くて、いや高くなくてもいいんだけど見ててかわいそうで、厨房手伝いになったり。

 それに比べるとブルーの防御は鉄壁。

 大抵の客はさっくりあしらう。しつこい場合は毛玉アタック。そこまですると大抵、他のお客さんが止めてくれるから、その間にさっさと厨房へと戻っていく、そんな感じだ。

 常連さんは、どれだけべろんべろんでも決してちょっかいは出さない。そう、僕やガーネットはともかくとして、テッカイさんすら口説きに行くほど前後不覚になっていても。


 ちなみにレインさんは、なんかもうセクハラ対象にすることすら恐れ多いのか、全体の二割ほどいる女性客に取り囲まれて近寄れないだけなのか、これということはないようだった。

 近所では、女性でも気楽に飲める場所として有名らしい。

 ……ってエリエナさんが、言ってた。


 レーネでも他に数件、酒場があるにはあるそうだけど、やっぱり男性向けというか、女性が入りにくいところばかりなのだという。この場合の入りにくいは、店内が男だらけで気後れするというよりも、たぶんいろんな意味で『身の危険』を感じるって意味なんだろう。

 農業関係の人が多いから、体格のいい男性が多いし……。

 話を戻して、ともかくブルーは普段はまず感じない『嫌な視線』に気づいた。無視するのも面倒だったらしく、足を止めて振り返って声をかけたのが悪かったらしい。

 あの通り、工房までついてこられるわ、付きまとわれるわ、散々だったようだ。


 彼らが熱心に口にしたのは、いくつかの言葉。

 要約するとそれは、勧誘行為――スカウト、というものだった。


「ひどい目にあったのだ」

 荷物の仕分けも投げ出して、ぐったりと椅子に座り込むブルー。

 彼らがいうには、ブルーは自分達の仲間にふさわしい――とのことだ。

 だから自分達と一緒に、その力を生かさないか、と。

 聞いた感じでは、以前聞いた俗にいう『攻略組』に入る冒険者らしく、名前は知らないが結構な規模のギルドという説明をされたそうだ。こんな田舎で何ができるだの何だの、手を変え品を変え言葉を変え人も変え、つれない態度のブルーを口説き落とすべく奮闘したようだ。

 結果は、先ほどの通りなのだけれど。

 確かに彼女の実力は、ここで料理人をさせているにはもったいないぐらいだと思う。毛玉もふもふの精霊――戦術的には効率の悪い彼らを愛玩するところさえ許容できれば、いや許容してでも抱え込むだけの力がある。まぁ、それは彼女にかぎらず、全員そうなんだけど。

 あ、僕以外は、である。


 ともかくみんな、第一線で活躍できるだけの力が、すでにその手にあるわけだ。

 だから見る人が見れば誰も彼も勧誘したいと思うだろうし、レーネといえどそういうこともあり得る話だよなと、覚悟とまではいかないながらも考えはしていた。

 相手が良い人そうで、本人が望むなら……僕は、別に構わないと思っているけど。

 だけど今回の相手はどこからどう見ても、お断り案件としか言い様がない。

 嫌がる彼女につきまとって、僕の胸ぐらを掴んだりして。もし偶然にも寧々子さん達がいなければ、今頃せっせと手当されていただろう。彼らは、平気でそれができる感じがした。

 念の為に店は早めに閉めてしまって、ついでにハヤイも呼び戻して。

 ずっと仕事中だったテッカイさんには、おやつの差し入れついでに話だけレインさんにしてもらいつつ仕事に集中してもらって。それからやっと一息入れるためにお茶を準備して。

 その間、机に突っ伏したままの、被害者であるブルー。


「何かあったらみんなで守るよ、仲間だから」


 お疲れ様、と僕はぐったりした彼女の頭を撫でた。

 さすがにこれは怒られるかなと思ったけど、強引な勧誘行為によほど心がまいったのだろうと思う、まったくなのだ、と小さく吐き捨てるだけで、ブルーはされるがままだった。



   ■  □  ■



 しばらくして戻ってきたハヤイは、レギオンさんを見て。

「へ、なんだこのコスプレにーちゃん」

「えっと、話せば長いんだけどとりあえずレギオンさん、隣にいるのが寧々子さん」

「あ、客? 客なのな? えーっと、らっしゃーせ!」

 遅いのだ、と覇気のないブルーのツッコミ。

 彼女はまだぐったりしたまま、お店もほとんど一時休業状態になっている。

 そもそもハヤイが抱きかかえていて、今は僕の膝に乗ったドラゴンや、長身獣耳のレギオンさんという濃い二人――もとい一人と一匹がいるから、お客さんも逃げそうだけど。

 念の為に準備中の札を出してあるから、騒ぎはないと思う、思いたい。

 ドラゴンは、果物をかじり終わってすやすやとお昼寝中。こうしているとかわいいけど、以前出逢ったドラゴンは結構大きかったし、いつかはあのサイズになるのだろうか。

 ……工房じゃ、さすがに面倒見切れない、かなぁ。

 それまでに何とかなればいいけど、どう何とかするのかってところがまた悩ましい。

 さすがに、いつまでも面倒を見ていられない……だろうし。


 どうしたものか、と悩んでると、ふっと影がさす。

 見上げた先には見慣れつつある長身。レギオンさんが、寧々子さんから離れて僕の前に立っていた。こうしてみると、ものすごく大柄に感じて、少し怖いなと思う。


「竜の子か……」

「あ、はい。卵で見つかって、孵っちゃって……」

 できれば仲間のところに戻したい、と誰にいうでもなくつぶやくと。

「……この辺りに、彼らは住まわぬ」

「レギオンさん?」

「これは、誰かがこの地へ持ち込んだものだ。何者かが、彼らの領域より連れ去った」

「ケモノのにーちゃんよー、それってつまりあれか、誘拐? ゆーかいってヤツ?」

 ハヤイの言葉に、レギオンさんは小さく頷いた。

「ドラゴンは放任であるが、彼らのテリトリー内部でのこと。外に持ちだされた以上、もはやそこに帰ることは叶わぬ。親も探しもしない、いなければ死んだと……そう、判断する」

「そんな……」

「彼らは強いイキモノだ。……強くなければいけない、そんな宿命を、生まれる前から背負わされたイキモノとも言える。弱い個体はいないのではなく、最初から生きられない仕組みだ」

 そしてレギオンは静かになった。

 ぷぎゃう、と無邪気に鳴くドラゴンの頭を、ブルーは撫でて。


「お前、お前も……帰れないのだな」


 そんなことを、言った。

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