来店
その日、カフェに来たその女性は色々とぶっ飛んでいた。
ぶっ飛び具合なら僕も人のことは言えない。ゲーム時代ならそれこそアカウントから取り直すほど酷い組み合わせのキャラクターで、現状も器用貧乏というのも褒め言葉になる体たらくなくせにギルマスで、周囲には結構な廃レベルのメンバーが控えているという謎の状態。
そのメンバーも一癖二癖、七癖ぐらいありそうな人ばかり。
料理に情熱を注ぎ、見た目は可憐でも口の悪いブルー。姉を大事にしすぎる傾向があり、驚くほどきれいなドレスを仕上げてみせるガーネット。難しい調合もさっとこなすが、人見知りがすごいようで人前に出られないウルリーケ。どこか中性的だけど一応女性で、このギルド唯一と言っていい良心のレインさんに、時々『大人だったよね』と思いたくなるテッカイさん。
実力は申し分ない、文句がイコールいちゃもんになりそうな、そんな彼らは、やっぱりどこかズレた感じがしている。悪い人じゃない、いい人だ。だけどなんかぶっ飛んでいる。
最近は早さが売りの、どこかちゃらいというか軽いハヤイまで追加された。意外と料理が上手だというギャップを見せつつ、トラブルメーカーの塊みたいな状態というか……うん。
一緒にいるのが家族じゃなきゃ、結構前に見捨てられてそうなくらい、はちゃめちゃで。
そんなメンバーを見ている僕でさえ、その人をこう言いたくなる。
変な人、と。
格好そのものは普通じゃないかと思う、この世界の基準では。もとい、冒険者では。どこを見ればいいのかわからないような出で立ちの冒険者も、それなりには来店するから。
だから、服装だけは普通だ。
白と黒でまとめられたシンプルな黒い服。
ドレス――と呼んで、いいのだろうと思う。裾に白でラインを描いたものだ。足元はファーの付いた、元の世界でもありそうな感じのブーツ。そして頭には花を模した大ぶりの髪飾り。
ピンク色に近い薄紫の瞳を細め、ふんわりとした曲線を持つ白い髪を伸ばす彼女は。
「生のお肉、くださいな」
にっこりと、軽く首をかしげるようにして言った。
当然のことだけど、この工房には肉はあるけどそれそのものは売り物じゃない。生で提供することなんてない。牛肉でさえ、相手が冒険者でも頼まれても、ステーキ程度に火は通す。
えっと、と何を言うべきか迷った僕は、彼女の隣に目を向けた。
微笑む彼女の傍らには明らかに人間じゃない、獣の耳や尾を持った長身の青年がいる。
首輪付き、だった。
もうどこからつっこんでいけばいいのか、わからない。
どうしてこういう時に限って、ブルーは買い出しに出かけてしまったのか……。
■ □ ■
困った僕は肉を取りに行くフリをして、隣にいるレインさんを訪ねる。
さすがのレインさんも僕の説明に困惑し、実際に目の当たりにして更に困惑した。無理もないと思う。成人しているか、その直前ぐらいに見える女性が、成人男性を侍らせているのだ。
しかも首輪付きだし、相手は人間ではない種族。
ゲームのプレイヤーキャラとして選択できる種族は、定番のエルフを筆頭に何種類か存在はしていたし、ウルリーケとガーネットは獣の耳を持つ種族だ。人間との混血なのか何かよくわからないけれど、よく見なくても人間の耳はある。……この世界の、ああいう獣の耳を持っているような種族はそれが普通、らしい。エリエナさんもそう言っていたから、おそらく。
ほんの少し、ああいう種族の『耳』はどうなっているのか、気になっていた僕は拍子抜けしつつも、いざ人間の耳がない場合をイメージするのは怖いからこれでよかったのだろう。
その法則に添うように、来店したその人にも人間の耳があった。
長く、もふもふした感じに見える髪に埋もれているけど。
「えっと……その、鳥肉しかないんですけど、これでよければ」
冷蔵庫代わりに使っている箱から、今朝ハヤイが取ってきた肉を引っ張りだす。さすがに骨付き塊肉のままというのも何だったので、不格好になったけどそれなりに切り分けてみた。
一口にちょうど収まる、結構おおぶりなものになってしまったけど。
それを大皿に盛り付けた状態で、椅子に腰掛けた彼女のところまで運ぶ。
「ありがと」
女性は目を細めて微笑みながら、静かに手袋を外す。ブーツもそうだけど、シンプルだが華やかな装いと違って手袋も実用的な感じだ。革ではないようだけど、丈夫そうに見える。
お皿にこんもりと盛られた肉を、彼女は指先でつまむように一つ手に取り。
「レギオン、あーん」
食べて、と言わんばかりに傍らに立つ青年の口元へと持っていく。当然座っているから背伸びするような感じだし、肉は微妙に届かない。だけど彼女は、立ち上がろうとはしなかった。
しばらくして、青年が小さく息を吐きながら目を閉じ、身をかがめる。
彼はそのまま生の肉を食み、女性の指先から肉は消えていった。
それを女性は、とても満足そうに見ている。なんというか、恋をした女の人、とはあんな顔をしているんじゃないだろうかと思う。微笑ましい物を見る目とは、違うように感じられた。
「失礼だが、その、彼は」
様子をうかがっていたレインさんが、おもむろに核心に迫る。
そっとウルリーケが差し出したおしぼりで、肉の油やら何やらで少し汚れた手を拭いていた女性は、レインさんの方を見る。……そういえば、傍らの彼がレギオンという名前なのはわかったけど、彼女の名前はわからないままだ。レギオンは、一言も喋らないままだし。
レインさんの問いかけに、彼女はにこりと笑みを浮かべる。
「彼はレギオン、よ。賢狼王レギオン。聞いたことぐらいはあるでしょう?」
「……第七都市近郊の、森系ダンジョンに住まうとされている、という程度なら。だがゲーム中ではまだ実装されていなかったように記憶しているが。設定は住民が口にしていたが」
それがなぜここに、と言いたげにレインさんが言葉を切った。
このヴェラ・ニ・ア帝国には全部で十数個の都市があり、第七都市はレーネと同レベルのド田舎都市だと聞いている。森の中にあって、住民は森に住まう種族――エルフだとか、ああいう人が多い場所なのだそうだ。ただレーネとは住民の種族が違うぐらいで、他は同じようなものとのこと。ゲーム中にはいなかった種族は気になるけど、無意味に行く必要は薄そうだ。
そもそもゲーム中には、設定が語られるだけで存在もなかった都市。第六都市以降の各都市は地図上には存在しているけれど、そこに入ることはできなかったと聞いたことがある。俗に言う未実装というやつで、次の更新で追加されるであろう要素の筆頭だった。そんな場所の近くにあるこちらも未実装のダンジョン、そこに住むと言われていたのがこの人らしい。
賢狼王レギオン――聞いたことはない、かな。
それなりにゲームの設定は調べたつもりだったけど。
ただ、第七都市はレーネとは少し違っていて、種族ごとの集合体みたいな位置づけで考えられている都市だというし、調べた範疇から外れていた可能性は高い。僕は当初から今の生活をそのまま書くようなものを作ろうと思っていて、それに関することばかり調べていたから。
「それがなぜ、あなたと一緒に?」
「ネネが連れてきたの。だってネネは、レギオンといっしょにいたいから頑張ったのよ。ずっとずーっとここにいたいくらい。ううん、ずっとネネはここで、レギオンと一緒にいるの」
「か……帰る気がない、ってことですか?」
「うん」
だって、と、女性は笑う。
あっちにレギオンはいないじゃない、と。
「パパもママも、お兄様もいるし、お友達だっているけど、でもレギオンがいないの。レギオンとそれ以外なら、ネネはレギオンを選ぶわ。だってネネは、彼のことを愛しているから」
だからそれ以外は何もいらないの、と。
笑う姿に、僕は何を言うべきかわからなかった。