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暇人はしかし暇ではない

 それは、ハヤイが持って帰ってきてしまったドラゴンを前に、僕もブルーも、当然ながらハヤイさえもどうにもできずに途方に暮れていた。まさに、その瞬間だった。

 からんからん、と夜以外はドアにつけてあるベルが工房に響く。

 夜はずしてあるのは、酔っぱらいさんがふざけて鳴らしてうるさかったせいだけど、そしてそれは今はどうでもいいことだけど。ともかく、この時間に音があるのは、来客の知らせだ。

 この工房は、元々あったものを増改築して今の形になっている。大きくいじったのは主にテッカイさんやレインさんの店舗部分で、それ以外は適当に目的に合わせた感じだ。

 元は倉庫として使われていて、二階より上は宿泊用の施設。

 厨房と食堂本体の間に壁はなくて、食堂にする時にカウンターもセットでリフォーム。

 で、ブルーが『どうしても』と用意したのが、あのドアにつけるベル。

 あれがなければ雰囲気が出ないのだ、とのことだ。

 それが響くことが、僕らの仕事の始まり。


「……い、いらっしゃい、ま、せ」


 たどたどしい声はウルリーケのもの。

 どうやら偶然い合わせて、必死に接客を開始したらしい。

 そう、現在時刻は開店直後。ハヤイのせいで、彼の『手土産』のせいですっかり思考からふっとんでいたけれど。つまりお客さんが来たならもてなさなきゃいけない、お店だから。

 朝はそれなりにお客さんが来るので、遊んでいる場合じゃない。

 そしてこの時間の主力は食堂、つまりブルーだ。

 そりゃ料理だけなら、それこそ僕もそれなりに作れないこともないけど。商品として提供するレベルとなると、ブルーしかいない。肝心の彼女は、身構えたまま硬直している。


「ブルー、しっかり!」

「……はっ」


 ドラゴンを前に精霊を大量に呼び出したままフリーズしかかっていた彼女を呼び、何とか意識を現実へと引き戻す。臨戦態勢のまま固まった時には、ある意味でほっとしたのは秘密だ。

 ふわふわふわ、と溶けるように精霊が消えて。

「お前、ハヤイ! とにかく『それ』をひとまずどこかに隔離するのだ!」

「え、食わねーの?」

「今すぐお前の実姉を呼び出してもいいのだ、無いこと無いこと吹き込んでやるのだ」

 いえっさー、と謎の敬礼を残し、ハヤイは飛ぶように走っていった。



   ■  □  ■



 ハヤイがドラゴンを抱えて戻ったのは、昼をだいぶ過ぎた時間帯。レインさんにカフェの方を任せつつ、僕とブルー、ハヤイと一匹はひたすら悩んでいた。

 だってドラゴンだ。

 ゲーム時代の設定にもなかった……と思う。


 一応掌編を書く時に、それなりにはちゃんと調べたし。裏で実装されてました、なんてことでもない限りは、元々のゲームには存在しなかったものだ。――ただし、味方としては。

 敵、つまり魔物としてのドラゴンはむしろ王道。

 召喚対象にこそならなかったけど、これは多分大きさの問題だと思う。

 多くが人型に近いものか、ファンシーな童話調のデザインに対し、ドラゴンはもうまさにドラゴンと言った容姿が基本だった。いつか、どこかの山で戦ったような感じのが普通。

 連れ歩くという設定上、ドラゴンは需要こそあれど召喚対象にはならず、つまり『味方』になることがない存在だった。僕が調べた限りではそうだったし、おそらくこの世界でもそう。


 これは僕の推論だけど、この世界にドラゴンとの共存関係はない。

 あれば絶対に、馬の代わりに荷車を引いている。

 いや、空をとぶドラゴンもいるのだから、運送業に持ってこいだ。

 下道を数日かけて進むところを、ドラゴンなら一日か、もっと短い時間で飛んでいけるに違いない。共存関係があるとするならば、ド田舎レーネと言えど利用されているに違いない。

 それがないということは、つまりそういうことだ。

 だとすると、ここにドラゴン――の雛がいるのはまずいだろう。

 魔物がいるということと、同じ意味なのだから。

 だから慎重に動かないといけない、と。


「思ってたのにどうしてエリエナさんにナルに、あと知らない兄妹を連れてくるかな」

「いやー、こういうのってケンリョクシャが詳しいんじゃねーかなって。そこのチビ三人は貴族のねーちゃんと一緒だったから連れてきた、これが。オレ呼んだわけじゃねーよ、うん」

「つまりその子に釘付けでついてきちゃったわけだね……」

 言いながらハヤイが指差すのは、見知らぬ二人の子供達だ。

 小学生の……三年生か四年生ぐらいの兄と、それより三つ四つ年下っぽい妹。こちらは幼稚園か保育所って感じだ。ベージュや茶色が基本の、フリルが多いエプロンドレスを来ている。

 この二人、エリエナさんのところで働いている農夫さんのお子さんらしい。お兄ちゃんの方がリュニ、妹がマリーシェ。ハヤイが彼女を訪ねた時、一緒にいてついてきたのだそうだ。


 理由は兄妹がじっと見ている、ドラゴン。

 ナルも混じって、果物をかじっているそれを見ている。


「えっと、すみません……」

「え? あー、大丈夫ですよ。別にドラゴンだからって駆除対象じゃないですし」

 あくまでも襲ってくる個体だけです、とエリエナさん。

 というのも、魔物の世界にも『ピラミッド』というものは存在するのだという。さすがにその呼称ではなかったけど、序列とか、力関係、と言っていたからピラミッドでいいと思う。

 要するに、食物連鎖的な関係性というものなのだそうだ。

 ドラゴンは頂点に君臨するいくつかの存在の一つで、世界を守る柱。

 もしドラゴンが今すべて消えてしまったら、魔物の世界のバランスは大きく崩れてしまうだろうと言われている。だから魔物は、基本的に襲ってきた個体だけを倒す、というのが基本。

 増えすぎたものの数を調整したりして、この国はうまくやっているのだとか。

 だからドラゴンが、というよりも魔物と共存しているかんじだろうか。

 いざ魔物を駆逐するとしても、それをしている他国が結局この帝国と変わらない程度に魔物の被害を出している辺り、こういうのが一番楽で無難なやり方なのかもしれない。


「これくらい小さいなら飼いやすいんじゃないですかね」

「……飼う? 飼える、の?」

「っていうか飼ってもいいものなのか?」

「ドラゴンの生態的に難しいだけで、ドラゴンを保護したりしている人はいますよ。彼らって卵は産みっぱなしにするので、それを探して持ち帰るとかして。……まぁ、あまり褒められたことでもないというか、基本的にはほら、俗にいう裏ルートってヤツになるので、ね」

「つまりはよー、保護してますっていう連中以外が連れてると、目立つっつーことか?」

「そういうことです」

 ここは大丈夫でしょうけど、とエリエナさんは言い。


「むしろあの森で卵が見つかった、ということの方が重要です。あの森は地域の人もよく訪れる場所ですから。ドラゴンがこんな近くに来るなんて、今までなかったのに……」


 みんなと相談しないと、と真剣な声。

 エリエナさんは領主というわけではないけれど、レーネでも重要なポジションに位置している関係からか、そういうところで発言を求められることも多いのだろう。

 ああやって真剣な顔をしているのを見ると、彼女はやっぱり貴族令嬢なんだなと思う。

「じゃあ、この子はこのまま僕らが面倒を見てもいいんですか?」

「いいと思いますよ。こうして孵っちゃったからには。一応、私の方から領主様とか、そういうところに話を通しておきますね。むしろ捨てられて野生に帰る方が迷惑というか、はい」

「この状態で捨てるってよー、まさにオニのすることだぜー」

「食おうとしてたお前が言うな、なのだ」

 ぎゃいぎゃいと言い合う二人を放置して、僕は子供らが見守る中、おとなしく果物を食べ終わったドラゴンを拾い上げた。おにーちゃん、にーちゃん、と兄妹が僕を見上げてくる。

 この子達はエリエナさんに任せるとして、ドラゴンはやっぱりハヤイか。


「……言わなくてもわかってるね?」

「お、おぅ」


 ドラゴンを抱きかかえると、忍者よろしく、しゅっと消えてしまう。少しして、そういえば彼は『忍者』だったっけ、と思い出した。普段の言動からは、忍んだところは見えない。

 とりあえず、いい加減カフェの方を何とかしようか、ブルー。

 今日の業務を終えてから、それからこのドラゴンについて考えよう。

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