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かつての廃課金者はかく語る

 お金、マネー、円。

 この国ではそんな呼ばれるその存在は、彼女にとっては空気と同じかそれよりも軽いものだった。俗にいう大富豪、その家に生まれた末っ子の一人娘というやつだったからだ。

 常に使えて当たり前の、そんな存在だったからだ。


 上にはすでに五人の兄がいて、念願かなったかわいい長女。


 そんな彼女が可愛がられることは生まれた瞬間にわかりきっていたことだし、娘を欲しがっていた家族一同を知る人からするとそれをやめろとは言い難かった。とはいえ何をしても許すようなことはなく、両親は専門の教師をつけてありとあらゆる教養を身につけさせたが。

 ありとあらゆる習い事をこなし、どこに出しても恥ずかしくない、むしろ『当家自慢の娘をとくと見よ』と自慢できるほどの女性に育った彼女の、趣味は意外にも『ゲーム』だった。


 ほんわかした子供向けファンタジーから、年齢制限のトップランクを付けられるようなドロドロした血みどろのホラー。胸躍る冒険があるRPGもしたし、最近は恋愛ゲームも嗜んだ。


 習い事はさせるが、だからといって遊ぶことを禁じなかった両親は、それなりにゲーム類を我が子らに買い与えていたのである。兄の横でゲームを知り、兄と共にゲームで遊び、それなりの場所に広い部屋を買ってもらってからも、彼女の趣味はゲームのまま。

 そんな彼女がネットゲームに手を出すのは自然なこと。

 そして、そこにあまり気味のお金を少しばかり突っ込むのも、いつものこと。

 お嬢様系の大学で知り合った友人らがブランドモノに不必要に突っ込むお金を、彼女はいつも無駄だと思っていた。笑顔の裏で、どうせそれは二度と着ないのに、と思っていた。

 実際彼女らの多くが一度袖を通した服は二度と着ないし、次から次へと新しいものに飛びついては古い方を忘れていく。捨てるのではなく、存在そのものを忘れてしまうから恐ろしい。


 ――あの子達は、大丈夫なのかしら。


 彼女はそんなことを腹の底で、小馬鹿にするのではなく純粋に疑問に思った。

 だって彼女は覚えている。どんなゲームを遊んだか、どんなイベントが起きたのか、どんなキャラが何を言って、どういう物語を作ったか。彼女はちゃんと覚えている、思い出せる。

 お金を使った対象を忘れることが、彼女には理解できなかったのだ。

 むしろ、お金を使ったからこそ覚えているべきではないか。彼女も友人も大学生。バイトもしていない。使っているお金は親の金。ひいては会社などで働く従業員が作ったお金。

 それを当たり前のように使うことの是非は、ともかく。

 そういう流れで作られたお金で手に入れたものを、すぐに忘れるなんて。


 あぁ、そんなの。

 すべてに対して失礼なことじゃ、ないのかしら。



   ■  □  ■



「ねぇ、レギオン。だからネネはあなたのことをちゃーんと覚えていたのよ。あなただけに会いたい会いたいってずっと思っていたの。だからほめて? ネネはいい子って、して?」


 月があった。

 満月が暗い夜空に浮かんでいた。

 それを背に、銀色の髪の女は微笑む。赤い口元に笑みの曲線を描き、己が馬乗りになったそれをじっと見ていた。そこから感じられるのは愉悦、狂喜。彼女はこうなって嬉しいのだ。

 四角い画面の向こうで流れる物語。

 その一片、ある書物アイテムにだけ記載されていた存在。

 彼女はずっとそれにあってみたかった。

 会いたいからゲームに消えてほしくないと願った。ただ嘆願するだけでは意味が無い。課金制度がある以上、すべては商売だ。口だけではどうにもならないのが、この世界の常である。


 よろしい、と彼女は課金した。

 目当ての『彼』が実装されるならそこだろうと、それに関するところに徹底的に、それこそ湯水のように金を注いだ。家族には心配されてしまったのだが、先行投資だと言っておいた。

 そうして、彼の登場を願い続ける。

 いくら設定上とはいえど、その設定ならば彼はおそらく『上位』だろう。


 よろしい、と彼女は自分のキャラを鍛え上げた。

 気に入らない容姿を課金アイテムで徹底的にカスタマイズ、なかなか伸びないスキルレベルを課金アイテムでがんがんドーピング。しかし面倒事は避けたいために、専用サーバーを作らせたのは少しやり過ぎだったかもしれないと、一瞬だけ考えたけどまぁいいやと流す。


 プレイヤー同士の交流?


 どうでもよかった。

 彼に会えればそれでいいの。


 こうして彼女は、彼女が操作するそのキャラクターは。多くの冒険者がいる他のサーバーではまず見ない、恐ろしいほどに鍛え上げられた『召喚術師』となったのである。

 そう、彼女の目当てはおそらく出るならばボスであり、召喚術の対象となるに違いないとある獣だったのだ。神とも崇められる獣の、その設定の断片に一目惚れしたのであった。

 つぎ込んだのは……はて、いくらだっただろうか。


 まぁ、問題ない。

 ゼロがまだ六つ七つはつく程度に貯金はある。


 彼の実装はすでに嘆願済みだし、ここまで金をつぎ込んでやったのだ。自分専用に彼を用意するぐらいはしてほしい。そんな願いを抱きつつ、誰もいない世界に僅かな寂しさを感じ。

 だけど、彼に会えるのならと妥協していた頃だっだ。

 彼女の知る言葉でいうところの『異世界トリップ』現象が、起きたのは。

 自分以外いないはずの世界に、しかし冒険者はたくさんいた。一つのサーバーではなく、ゲーム全体が対象だったのか。まぁ、そんなことはどうでもいいこと、それよりも。


「異世界に来てしまったということは……じゃあ、彼もいるんだわ」


 ゲームでは設定上しかいない彼は、この世界に実在している。

 ずっと会いたかった人が、会いにいける距離に在る。

 元の世界を求めて嘆く冒険者には目もくれず、彼女は彼がいるとされている森型のダンジョンへと飛び込んでいく。数人の冒険者が、嬉々として奥へ進む彼女を、まるでバケモノか何かを見るような顔をして見送った。無理もない、彼女は使役できる召喚対象の数を限界まで広げているし、彼らと契約するアイテムはいかなるものも用意した。

 普通では考えられない、まさに『チート』な女が、そこにいたのだから。

 だけど彼女は元の世界なんて望まない。彼がいる世界があるのに、どうして彼がいない世界に帰らなければいけないの。そんなバカなことをするなんて、まさに愚の骨頂だ。

 ダンジョンを踏破し、ボスがいる広間にたどり着く。

 大樹の前に佇む、獣の耳と尾を持った長身の青年。


 ――賢狼王レギオン。


 つい最近実装されたばかりのこのダンジョンに住まう、とされている存在だ。当然、多くのプレイヤーから彼がボスとなるだろう、と言われて、召喚対象にもなるだろうと言われて。

 その強さも、神に数えられるのだから相当なものだと、言われていたのに。

 おそらくゲーム中でもトップクラスに強いはずの、その狼は。

 無数のしもべを従えるだけの、しかし色も白く四肢も細い一人の女に敗北した。




 彼女は寧々子。本名も寧々子。

 ゆえに愛称はネネで、本人の一人称もネネ。

 今日も一匹の規格外な狼を連れて、彼女は異世界での永遠を望んだ。

 それこそ元の世界に帰ろうとする勇者志願を、殺してやろうと思うほどに。相当な額の金をつぎ込んで手に入れたしもべをすべて手放した彼女が、最後に捕まえたのは一匹の狼。


 そこには、帰る気など一欠片も存在しない、恋する女がいるだけだった。

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