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トラブルメーカー

 できあたった料理は、鍋というよりもスープに近いものだった。

 野菜たっぷり、具たっぷりの……レインさんが『ポトフのようだね』といったけど、確かにそんな感じだったように思う。ポトフみたいに澄んだスープではなかったけど。


 皮をパリっと焼いた鶏肉は油っこくなく。

 大きめの野菜は柔らかいのに、どうやったのか煮崩れていない。


 さすがにこの仕上がりはブルーも驚きだったのか、どこか悔しそうな顔をしている。一方で姉にさぁ食べろやれ食べろ、と言わんばかりに要求するのはガーネットだ。自分が作ったということでたくさん食べてほしいらしい。ウルリーケは小食だから、無理強いはよくないとは思うけど……まぁ、弟なんだからそこら辺もわかっているし加減はするだろうと思う、たぶん。

 テッカイさんは、うめぇなこれ、などと言いつつがつがつと豪快に食べている。

 食い散らかすというよりひたすら食べている感じで、ああも美味しそうに食べてくれると作りがいがある。ついつい言いそびれてしまっていたけど、僕もこれからはおいしいとかそういう言葉を言おう。たった一言が、こんなに嬉しく思えるなんて知らなかった。

 まぁ、僕はそれほど手伝ったわけではないけど、それでもこう感じるのならば、普段から全部作っているブルーなら、もっと嬉しいと思うに違いないし。


 そのブルーは、スプーンでスープを口に運びつつ、何かを考え込んでいた。

「んー、これは……パスタなんかを入れても良さそうなのだ」

「ん、ねーちゃんはいつもそーする。スープパスタ? みたいな感じらしーぜ」

 よくわかんねーけど、と言いつつ肉をかじる。

 ブルーは少し考えるように視線を彷徨わせ、パスタないのだ、と悔しそうにつぶやいた。この世界の麺類は基本的にパスタで、乾かしたよくあるあのタイプか手打ちの生の二択だ。

 しかし乾かした方は元の世界のと製法が違っているらしく、結構な時間ぐつぐつしなければならないし、そもそもこのへんでは見かけない。見かけてもそれなりのお値段だったかな。

 あれは基本的には、旅路に持ち歩く保存食なのだという。

 このレーネではそんな保存食は必要なくて、パスタはその日使うものを手作りが普通。

 だからブルーもレインさんやウルリーケと一緒に、開いた時間にせっせと夕食用のパスタをこねて作っている。食堂のメニューにするには、今はまだちょっと不便なのだという。


「まぁいいのだ。次はちゃんと私にも相談を入れて、パスタ用意するのだ」

 こうして、次する時はパスタを用意しておく、という決定がなされて。

 またいつか、この鍋が振る舞われることが決定したのだった。



   ■  □  ■



 次の日のこと。

 朝早くからハヤイは出かけて行き、工房はいつもの通り開店準備に勤しんでいる。

 僕もまたいつもの通りに、ブルーの手伝いに駆り出されていた。

「おはよう、ブルー」

「ん」

 ブルーは包丁を手に、ざくざくと漬物を切っている。だけどそれとは別に、綺麗に洗っておいてある野菜もある。あれはきゅうりだ。それと人参と大根。あとやけに小さく丸いナス。

 あれは新しい漬物にするのだそうだ。

 昨日、市場をくまなく歩きまわって吟味した、懇親の野菜達とのこと。

 どことなく、ブルーは楽しそうに準備をしている。

 キャラバンが持ち込んだものの中に、遠い――ハヤイが言うところの和風で中華でアジアンな文化を持つとある国に伝わる、それに野菜を漬け込めばあっという間に美味しくなるという謎のペースト。ブルーはあの朝市でそれを見つけ、どっさりと買い込んできた。

 まぁ、謎も何も、よくあるぬか床というものらしい。

 僕は見たことがないけど、テッカイさんやレインさん、ブルーがそう言っていたし。


「これでまた違った漬け物が出せるのだ」

「お店用?」

「今のところは自分達で消費する用なのだ。ぬか床も少ないし」

 自作できれば、とブルーはつぶやく。

 さすがのブルーもぬか床の作り方までは知らないようで、それを調べるのも難しい。

 以前ならスーパーに行けば何から何まで揃ったし、わからないことは検索サイトに入力したらどこを見るか迷うほどに表示された。調理中に思ったフードプロセッサーといい、文明の利器の消失は結構キツいと思う。僕の場合は、戦うのに必要な書物は、全部手書きなのだし。

 誰かの手が入ったものでも大丈夫、とはいえ自分がしっかり物語を把握しておかなきゃいけないから結局は自分で作るほうが手っ取り早かったりで、パソコンが欲しいかな……。


「そういえば、アレは今日も森にいるのか?」

「アレ……あぁ、ハヤイ? たぶん森にいると思うけど、呼ぼうか?」

「いや、別に。どこにいるのか気になっただけなのだ」

 ぶっきらぼうにも見えるブルーの態度は、これでも柔らかくなった方だ。どうもブルーの周囲にああいうタイプは、今までひとりとしていなかったらしい。僕や姉弟の場合はクラスメイトにいたし、テッカイさんはそういうのを気にしない方で、レインさんも経験済み。


 だけどブルーだけ、知らない類の人物、だった。

 とはいえ僕と同年代だから、一人くらいはいると思うんだけど……もしかして通っていたのは女子校だったりしたのかなと思う。さすがにああいうのは、男子だけだろうから。

 なので嫌いではなく、苦手。

 どう扱えばいいのかよくわからない、という。

「……まぁ、面倒な人間なら身内にもいた、だから大丈夫なのだ」

「そっか」

「それに悪いやつじゃないから、大丈夫。そのうち慣れるのだ」

 なんて、ブルーが笑った直後だった。


「よっ、お二人さんよー。ちょっとこれ見てくれよー」


 どこからともなくふらりと現れたハヤイが、腕に抱えたものを僕らに見せつけたのは。

 頭に葉っぱなどをつけた彼は、やはり森に行っていたらしい。そこまではいい。腕が鈍らないようにこっそり鍛錬しているのだろうし、肉類を中心にいろいろ持ち帰ってくるからむしろ助かっている、とブルーも言うし。だけど今日の『獲物』は、かなりぶっ飛んでいた。

 彼は、一匹の生き物を抱きかかえていた。

 ぴきゅあああああああ、と高い鳴き声が響き渡る。


「……お、おま、おまえ、それどこで拾ってきたのだ」

「森ン中? 奥とかどーなってんのか気になったからよー、ちょっくら見に行ったわけよ。そしたらでっけー卵あるじゃん? きっとウメーんじゃねって思ったから、持って帰った」


 孵っちまったけど、と軽い調子で笑っているハヤイ。

 彼の腕の中で泣いているのは、黒い鱗に赤い目の小さなドラゴンだ。そう、どう見てもそう呼ばれる生き物だ。大きな目に小さな翼、長い尻尾、つややかな黒鱗――ドラゴンだ。

 頭に、帽子よろしく卵の残骸をかぶっている。

 大きさは大人の猫ほど、だろうか。

 僕はそれほど動物に接する環境にいなかったけれど、道端で見かける大人のノラ猫はだいたいあれくらいの大きさだったように思う。抱きかかえるのにちょうどよさそうな大きさだ。

 どうすっかなー、とどこか他人事のハヤイに。


「そこになおれきさまあああああ!」


 ついにブルーがキレて、ぶわっとどこからともなく毛玉――もとい精霊があふれる。みゅうみゅうと重なる声は歌うようで、普段ならかわいらしいものだけどこの状況では違った。

 精霊を呼び出すことは、ブルーにとっては戦闘態勢にはいるということ。

 このまま何らかの魔法なりをぶっ放す可能性も少なくない、というかこの場合はむしろそれ以外のルートが存在しない。さすがに工房の中で暴れないとは思う、思いたいけれど。

 ひとまず大騒ぎになる前に、僕はブルーをなだめる。

 ハヤイはというと、ぴぎゃあ、と泣いているドラゴンを撫でている。それは猫じゃない、犬とかとは違うものだから、うかつに手を出すのは危ないんじゃないだろうか。

 まぁ、言ったところで聞かないから、先にブルーを何とかしよう。

 彼のおかげで賑やかになったと、そう思うには少し騒がしい気がした。

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