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適材適所の料理担当

 市場からあれこれと買い込んで帰ってすぐ。

 厨房を占拠したハヤイは、シンプルな青チェック柄のエプロンを身につけて。


「つーわけで、トマト鍋っぽい鍋をつくりまーす」


 右手にフライパンを、左手にお玉を。それぞれに握って掲げながら言った。

 ちなみに彼が使うエプロンは、ガーネットが作ったものだ。こちらではエプロンといえばフリルがつくなど女性向けの物が多く、というより基本的に料理を作る時に身に付ける類のエプロンは女性のもので、僕らがよく知るあのシンプルで男性でも身につけやすいものはない。


 飲食店のコックさんなんかは逆に男性が多いそうだが、どういう格好かは不明だ。

 キッチンは完全に『裏方』になり、お客から見ることはできない。

 向こうではよくあったカウンター席というものも、酒場ぐらいだという。

 まぁ、よく考えればこの世界じゃお店は基本的に地域密着、ああいうハデなパフォーマンス的なものは必要ないのだろう。今となったら、冒険者が食いつくかもしれないけれど。


 そんなこんなで、まず存在しないだろうこのシンプルなエプロン。

 身につけているからには、僕『達』も手伝わなきゃ、いけないんだろうな。

 そんなことを思いつつ、ちらりと視線を向けた先にはガーネット。

 テッカイさんもいたんだけど、ハヤイに『テツのにーちゃんは無理かな……』と戦力外通告されたので自分の工房にいる。本人は気にした様子はなく、むしろ『あー、料理ってダメなんだよなぁ』と、むしろ喜んでいた。ガーネットは逃げたがったけど、失敗した感じだ。

 偶然そこに居合わせたガーネットは、ほとんど強制連行された被害者。かわいそうにと思いつつも、こうして巻き込まれたんだから諦めて一蓮托生でいてほしい。


「僕、料理とかできないんですけど……」

「作るのオレだし」

「ちょ、じゃあ僕がいる意味がないじゃないですか!」


 帰ります、と言い出したガーネットを、しかしハヤイと僕は帰さない。

 当たり前だ、そんなことは許されないのだから。

 ギルマス命令です、諦めてもらおう。

「言った通り、作るのオレだから安心しろって。二人にはなー、ちょっと材料とかざくざく刻んでもらおーかなって。まずタマネギ、それからトマト。にんにくは潰してから刻んで……」

「一気に説明されてもわかりませんから!」

 ごもっともな言葉で、ハヤイの言葉を遮ったガーネット。


「とりあえずタマネギをちゃっちゃと刻めばいいんですね……みじん? 薄?」

「みじん切りだなー。できるだけ小さめでたのむぜー」

「小さく……ないとダメなのかな」

「料理するときゃー、その方がまとまりがいいんだよ。でっかいのにちっちぇーの、混ざってたら面倒じゃん? オレらみたいなひょろっとしてちっこいのと、テツのにーちゃんやオレのにぃらみたいなのが同じ扱いできるわけねーっしょ。そーゆーことだ」

「……要するに、火の通りとかがばらつくから、ってことだね」

「舌触りもじゅーよーだぜ?」


 任せたわ、とどかんと置かれたのはタマネギの山。

 ざっと見積もって数十個。

 皮を向いてあるのは、彼なりのサービス……なのだろうか。

 確かにめんどくさそうだとは思っていたので、これは有難いといえば有難いのだろう。しかしこの量はなんなのか。まさかこれ全部みじん切りに? さすがの僕も絶句する。

「……テッカイさんにフードプロセッサー、作ってもらおうかな」

「さ、さすがに電化製品は無理じゃないかな」

「いーや、きっと魔法とか精霊とかの奇跡で何とかなるはずです。研究すれば、きっと携帯電話、ガラケーぐらいは何とかなるもんです、そういうものじゃないですか、こういう場合」

 ぶつぶつ、と小さく何かをつぶやいているガーネット。


 気持ちはわかる。僕自身は使ったことがないけど、フードプロセッサーはとても便利なものだということは知っている。そして僕らが任された仕事が、どれだけ面倒であるのかも。

 まずタマネギだ。これは切ると目が痛くなる。何らかの方法で痛くなくすることができるとテレビで言っていたけど、僕は覚えていないし他二人も同じようだから地道に刻むしかない。

 こういう時こそ、フードプロセッサー。

 わかるけど、嘆いても夢を見ても終わらないから、手を動かすしかないわけで。

 しかし、ああいう道具は便利だろうから、手動でするようなものなら作れるのではないだろうかと思う。例えばタマネギをおいて、それに押し付けるようにして切る道具とか。

 そんなのを、テレビか何かで見た気がするから。

 ああいうのならできそうだな、と、そんなことを思った。

 それはそれで、大変なんだろうとは思うけど。



   ■  □  ■



 そんなこんなでひたすらタマネギを刻み、次に人参を刻み。

 とにかくハヤイから差し出される野菜という野菜を、ひたすら細かく細かく切り刻み。それが終わったら次は鳥の骨やらを大鍋に入れて、いろんな野菜などと一緒にぐつぐつと。

 僕らがそういう作業をしている間に、ハヤイは他の準備をしている。

 具材となる肉を一口にちょうどいい大きさに切りそろえ、しかもその前にまるまる大きいままで皮目だけをパリっと焼いて。ああした方が、あとで煮込むとしても見栄えがいいし美味しいのだという。適度に油も落ちるらしい。確かに油を使わずに焼き始めたのに、鉄製の結構重たいフライパンの中には油がたっぷり。そのまま野菜とか焼けそうだ。


 僕らがしているのは鍋の具といいよりもソース的なもので、ほとんど溶けて見えなくなってしまう部分らしい。だけどこうやって野菜類をたくさん使うことで、味を深くするとか。

 金属の串にトマトを差し、火の上で回し、浮いた皮をむく手つきは慣れたもの。

 トマトはあんなふうに火で炙ったり、あるいは軽くゆでたりして皮をむくと知識としては知っているけれど、実際にしているのを見たのはこれが初めてだ。母はいつも缶詰になっているものを使っていたし、生のトマトは普通にサラダにされるのが常だったから。


「っていうかハヤイさんって料理慣れる感じですけど、お姉さんに教わったんです?」

「あー、ねーちゃんはダメだあれは。ねーちゃんと料理は混ぜるな危険」

「……?」

「ねーちゃんさ、これまで三人ぐらいカレシいてさー、たまーに家に呼んで、それとなくいちゃいちゃしつつ手料理とか振る舞ったんだけど、何作っても相手をノックアウトしてさぁ」

「の、ノックアウト? えっと、メロメロにした的な意味で?」

「おいおい、そう聞こえるかー?」

 ははっ、と乾いた笑いを挟んで。

「そのうち人を殺すんじゃないかって思って、料理禁止令が家訓になった」

「家訓……」

「ウタにぃがさ、めっちゃくちゃ真剣な顔でさ、ねーちゃんの肩をしっかりと握って『妹を殺人犯にしたくないし、妹に好きな相手を死なせてしまうという不幸を背負わせたくない』とかいいだしてさー。それ聞いて、オレ大笑いしてたんだけど、普通にねーちゃんにボコられた」


 あははは、と笑ってるハヤイだけど、それはアイシャさんじゃなくても普通に怒るだろうと思う。宴さんにも怒りたかったのだろうけど、兄だし、真剣に心配しての言葉だと思ったらまさに『怒るに怒れない』段階で、そこにバカにしてくる弟がいればはけ口にされるだけだ。

 ただハヤイはどことなく、わざとふざけている感じもする。

 僕を適当に理由をつけて連れ出したりとか、そういうところから考えるに。


「まぁ、ねーちゃんが劇毒物生成器なのはいいとして、な。すぐ上のねーちゃんでさえ結構ねんれー離れてるからさー、わりと放課後がヒマなオレが必然的に夕飯係になってたわけよ」


 確かに部活をしているでもないなら、学生が帰り始める時間は世の中の主婦が夕飯の買い物に出る時間帯と重なる。ちょうどタイムサービスなんかもする頃合いだ。

 詳しい職業は知らないけど、おそらくあの三人は会社勤めなのだろうと思う。

 そう考えると、やっぱり夕方から食事の準備とかは無理だし、買い物しつつ帰ってきて作るなんてさすがに酷というものだ。ハヤイが、最低でも買い物ぐらいはしないときついだろう。

 どうも、その流れで彼が夕食調理担当になったらしい。

「がっこ帰りにスーパーよってさ、えっちらおっちら食材買って、いい子ねー、ってお店のおねーちゃんになでなでしてもらってた中学生よ。ちなみに学ランな。オレはニィらのお古でよかったけど、サイズあわなかったわ。二人ともリアルでもでけぇっていうか、なんつーか」

 こっちがリアルっぽいっつーかそんな感じ、とハヤイは言いつつ。


「まぁ、そんなわけで主夫歴数年の腕前、特と味わえ!」


 ふっふっふー、と自慢気にする姿に僕は期待した。

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