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歓迎会をしよう

 唐突に増えた新しい仲間。

 ひたすらに早さを追求した『忍者』のハヤイ。


 ハヤイの部屋は、適当な物置として使われていたところを整理することになった。それまでは適当にそこらで寝ると本人は言ったけど、それはそれで問題なので僕の部屋で。

 なお、ベッドはシングルサイズなので、床に布団のようなものをしく方向性である。僕としては早く部屋の整理が終了し、各種家具を運び込む日をひたすら待つのみだ。

 そんなこんなで彼がギルドに入り、工房で手伝いを初めて数日。


「おっはー」


 と、今日も明るい声で人の布団を引剥がし、たたき起こしてくださる同居人。明後日にはベッドも届くので、こうして彼にたたき起こされるのもあと数日だ、たぶん。

 というか彼――ハヤイは、どうしてこんなに朝が早いのか。

 時間だとまだ五時とか六時とか……ブルーは起きてるから早いとはいえないけど、なんで誰に矯正されたわけでもない彼が、こんな朝からテンション高く僕を叩き起こすんだろうか。

 いや、助かってはいる、いるけど。

「朝から……元気だね」

「あー、にぃ達がみんな早起きだったからさぁ。ほら、朝ニュース始まるかまだやってないかってぐらいにさ、起きるんだよ。それでオレも自然にその時間に起きるようになってさ」

 それって、朝の四時とかそれくらいじゃないだろうか。

 ものすごい早起き一家なのかな、と思いつつ、僕も起きることにした。いつものように服を着替えて軽く髪を整えて、顔を洗って歯磨き――は、朝ごはんを食べたあとにする。


 歯ブラシがあるのは、喜ばしいことだと僕は思っている。

 さすがに歯磨き粉はないようだけど、この世界でも歯を大事にする文化はあるそうだ。

 仮に歯ブラシそのものがなかったとしても、ガーネット曰くそれっぽい繊維があるにはあるそうなので、そのうち誰かが何とかして作って売りだすなりしていただろう。

 僕の部屋には専用のコップと歯ブラシがおいてあって、歯磨きしに行く時はこれを持っていくという流れになる。洗面所らしい洗面所がなく、井戸の側でしゃこしゃこするから。


 あぁ、今日は忘れずに持って降りておかないといけない。

 でないと食べ終わった後に、わざわざ取りに来なきゃいけなくなる。昨日はお陰で余計な運動をすることになって、朝から不必要な疲労を食らうことになった、結構つらい。

「お、着替え終わった?」

 いつものようにシンプルな服を来たところで、部屋の外にいたハヤイが戻ってくる。

 さっきは下ろしていた髪を、いつの間にか綺麗に結っていた。

 俗にいうポニーテール、彼には似合っていると思う。ポニーテールにしていることが大半だけれど、寝る前とかは項の後ろ当たりでやっぱりひとまとめにしている。

 そっちも似合っているように思った。


「じゃあさ、顔洗う前にちょーっと相談してーんだけど、さ」

「相談……?」


 脱いだパジャマを片付けつつ、ハヤイから告げられた言葉に疑問符を浮かべる。

 この数日で痛感したけど、ハヤイは結構な暴走タイプだ。そういう意味ではテッカイさんと同じと言えなくもない、テッカイさんも暴走しがちな人でレインさんに止められているから。

 違うのところは、テッカイさんはそれでも大人であることを崩さないこと。

 要するに、暴走するにしても限度があるということだ。

 ハヤイにはそれがない、あるのだろうけどだいぶ遠いところにある感じだ。

 これまではそれとなく兄弟が止めていたのだろうけど、それがない。ほどほどのところで止めてくれる存在がいないので、何をしでかすかわかったもんじゃないという感じだった。

 もちろん本気でヤバいことはしない。

 ただひたすら、巻き込まれたがわの疲労度が悲惨なだけ。

 良くも悪くも子供のような、そういう感じなのだ。ちなみに、彼の暴走に巻き込まれるのはだいたい僕。ハヤイと違って元の世界でもこっちでも体力無いので、勘弁して下さい……。


「歓迎会ってさ、やってねーなーって思って」

「……歓迎会?」

「そー、かんげーがい」

「だ、誰の?」

「オレに決まってんじゃん」


 やっぱやっとかないとなー、とハヤイは笑っている。

 行うことはすでに決定事項らしい。このモードに突入した彼を止めるには、おそらく実姉アイシャさんを呼びつける必要があるだろう。あいにく、直接連絡を取るすべはないけれど。

 そして、こんなくだらないことで呼びつけるのも忍びない。

 あまりにもくだらなくて、呼びだそうと思うことすら許されないだろう。

 もう目的地の第四都市にたどり着いている頃だろうし、たぶん。

「やっぱ鍋だな。みんないっしょに食えるし」

 僕の何とも言えない気分など知らぬ様子で、ハヤイは歓迎会の妄想を続ける。あぁ、確かに鍋だったら面倒なことなくて、楽にすべてが片付くよなと、そんなことを僕は思う。

 料理となると、一番大変なのはブルーだ。

 鍋なら彼女の疲労はとても少ない。野菜を切るぐらいなら誰でもできるからだ。僕だってさすがに野菜ぐらいなら、それなりにできる。それを調理するとなると、ちょっと無理かな。

 なので鍋にしよう、というハヤイの申し出はいいことだ。

 ……うん、いいことのはずだ。

 どこかズレた方向に納得しようとしているのは、自覚している。


 話を戻そう。ハヤイは鍋をご所望だ。歓迎会で鍋を食べたいという、自分の歓迎会で。

 だが何の鍋が食べたいのかは、特に決まっていないようだ。

 鳥もいいし豚もいい、などいろいろ具材、それも肉類に限定して希望と願望をつぶやいてはうっとりしている。鳥は水炊き、豚は味噌だろうか……味噌はあるから、どっちも行けるな。

 豆乳鍋とかいわれたら、さすがに困ってしまう。

 そもそもの豆乳がないから、そこから作るとなるとすぐには難しい。原材料もうまく見つかるかどうか。大豆っぽい豆類は市場で見かけるけど、それが大豆かはわからない。お店の人に聞いてみたところ、当然のように『豆』としか言われなくてあえなく撃沈。

 トマトとか、そういう野菜は普通に呼ばれているのに。


 あぁ、でも細かい品種の違いはないから、これは理不尽でもないのか。

 例えばトマトだっていろいろ品種があるけど、どれも一括で『トマト』呼び。小さかろうと黒かろうと、全部トマト。……これは何料理向き、とかいう区別はあるっぽかったけれど。

 まぁ、それはおいといて、とかく野菜に関しては充分整っているレーネだけど、それ以外は割りと不足気味だ。もっともそう感じるのは、僕ら冒険者ぐらいなのだろうとは思う。

 豆はあるけどその加工品――豆腐だとか納豆だとかは無い。かと思えば異国伝来だとかで醤油や味噌は入ってくる。納豆はともかくとして、日持ちするものが残っているのだろうか。

 もしも味噌も醤油もレーネになかったら、ブルーが何が何でもそれらを自作しかねない勢いだったので、それなりに手に入る環境でとても助かったと思います、はい。

 そんなアンバランスな食材事情もあるので、できれば手持ちの材料で苦労なく作れる簡単な鍋がいいと思う。水炊きなんか最高じゃないだろうか、醤油はあるし裏庭にはゆずがある。


 そんなことを考えていたせいだろう、ハヤイの言葉の一部を聞き取れなかった。

「……ってな感じでどーよ。な? オレって頭いいだろ?」

「そ、そうだね、うん」

 何を言われて『感じでどーよ』なのかわからないけど、とりあえず頷いておく。

 ハヤイはなにかやる気を見せているようだ。何を言われたんだろう、とりあえずで頷いたりしなければよかったと思うけど後の祭り。オレってあったまいいな、と自画自賛している。



 頭がいいのかはわからない、だけど自分で自分の歓迎会を企画するとか、少なくとも僕は初めて聞いた。歓迎会を所望するぐらいなら、たぶんよくありそうなんだけどね……。

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