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かつて、そこにあった物語

 昔々の物語。

 この世界に『闇』が存在していた。

 それは世界のすべてを壊す毒で、人々は苦しんでいた。食べ物は育たないし、疫病がところかまわず蔓延し、人や何もかもが死んでいく。新しく生まれても、生まれた側から死ぬ世界。

 何をしても意味はなくて、どうやったって救えなくて。


 人々は祈り続けた。


 あぁ、神よ。世界を創りだした神々よ。


 どうか我らに至らぬことがあるなら教えてください。

 そして、新しい命が生きられる世界を、どうか、どうか。


 神々は慈悲深く、一人の少女を『聖女』として世界に遣わした。スノゥ・リアという名を持ったその少女の祈りは、世界に満ちていた毒を消していった。一国の皇子、騎士、腕利きの魔法使いなどを伴った聖女の旅は、何年もかかった。そして世界から悪しき物は消えていった。

 けれど『闇』は抵抗した、必死になって聖女に抗った。

 幾度と無く聖女は『闇』の襲撃にあい、そのたびに協力して退けた。そんな長い、とてもとても長い旅路の中、世界には光が灯されていく。だんだんと『闇』は姿を消したのだ。

 聖女が最後にたどり着いたのは、最初に降り立った帝国だった。

 ぐるりと世界を巡った聖女は、そこで力を使いきって倒れてしまった。

 彼女は神のもとへ帰る直前に言い残す。


 ――この世界には、絶えず聖女が招かれるでしょう。


 その言葉通り、帝国には必ず聖女が存在した。初代と同じスノゥ・リアと呼ばれる、不思議な力を持った美しい少女が、先代が死ぬ頃にどこからともなく現れるようになった。

 ヴェラ・ニ・ア帝国には聖女がいる。

 いつも、どんな世にあっても、神が遣わした少女が存在する。

 それがこの世界、この帝国に伝わる『聖女スノゥ・リア』の始まりの物語。



   ■  □  ■



 ゲームのプロローグは、そんな伝承から数千年ほど経った頃になる。

 新たな聖女に迫る危機を、偶然にも関わった冒険者が解決するというものだ。

 冒険者組合に登録した冒険者は、いくつかの依頼をこなす中で偶然聖女と知り合うことになってしまう。それは退屈な城の生活に飽きた彼女の、脱走に遭遇してしまうという始まりだ。

 偶然の出会いで彼女と知り合い、そこから物語は動き出す。

 冒険者は城への立ち入りが許される身分になった。聖女に気に入られた上に、ゴロツキに襲われた彼女を救ったからだ。依頼をこなしに行った先で偶然聖女に出会い、彼女が依頼で捕まえなければならない相手にからまれていた、という少々無理やりな流れらしいけれど。


 こうして聖女と出会った冒険者は、必然的に若き皇帝とも出会う。

 年齢は二十代半ば、見目のいい美青年というやつらしい。

 少しおてんばな聖女を慈しむ兄のような存在で、民に慕われるよい君主だそうだ。

 聖女に関する依頼はメインクエストの中に散りばめられていて、依頼主は彼女というよりももっぱらその皇帝によるもの。とある事情で聖女は城から出てはならないのに、聖女になんとかしてもらわないといけない魔物の討伐を、冒険者にこっそりと頼むという流れらしい。

 なぜ表に出せないかというと、聖女の力が『強すぎる』という理由から。

 強すぎて、呼ばなくてもいいものを――例えば『闇』を、呼んでしまうのだという。

 聖女が自身の力を使いこなせていればいいけど、そうではないから大変だ。呼ぶだけ呼んで対処不能なんて、とても危なくて外に出せない。だけど魔物はそこにいるから対処しなきゃ。

 そこで白羽の矢が立ったのは冒険者。聖女の力を込めた宝玉を手に、あっちこっちと魔物退治に明け暮れる。合間に普通の依頼もあって、そこで物語の裏側が見えてくる仕組みだ。

 例えば暗躍する黒いローブの謎の集団。ロミオとジュリエットを模した、対立関係からの恋愛話。より詳しく語られる、聖女スノゥ・リア伝承の細々した『真実』の手がかりなど。

 考察好きが喜びそうな材料が、ざくざくと出揃って――。


 この物語は、残念ながらそこで止まっている。

 なぜならアップデートされていないから。

 それがないまま、僕らがここに来てしまったから。

 町の人々が『闇』の復活に怯え、それらしいフラグがぎゅんぎゅんに立った状態で更新は止まっていたのだという。怯える民衆などの要素から判断するに、これから何らかのイベントがあり、最終的には『闇』がよみがえる流れがあるだろうなと僕は予想している。

 結局のところ、物語を構成する要素で未登場なのは『闇』だけだ。

 対となる聖女がいるなら、そちらが出なければおかしい。

 何かあるたびに名前が上がるし、登場してくれないとむしろおかしいぐらいだ。シナリオを直接見たわけではなく、知っている範囲で聞き出してまとめただけなのに、誰もが『闇』がどうのこうのという話を口にしているから、相当に印象に残っているのは間違いない。

 それくらい、印象に残すよう繰り返し語られたのだろうと思う。

 だから、ここから終盤だ、と仮定した場合、そろそろ『闇』の出番があるはずだ。


 封じられているという『闇』がどういう流れで出るかはわからないけれど、いくつかのイベントで存在が強く示唆され、いずれ封印が破られるなどしたのではないかと僕は考える。

 冒険者――プレイヤーは依頼を介して物語に参加する形だ。

 依頼がなければ、基本的に冒険者は物語を覗き見ることができない。

 その仕組みから考えて、聖女が誘拐などされてしまうのではないだろうか。当然その犯人となるのは『闇』か、あるいは黒ローブなど関係があると思われる個人もしくは集団だ。

 この流れからのそれ以外は、ちょっとしっくりこない。別に聖女に害が及ばなくても冒険者には討伐依頼が出されるだろうとは思うけど、そこはほら、物語だから。

 ここまで物語に深く関わった聖女という存在が、ここで外野に置かれるとは思えない。


 冒険者は皇帝に依頼され、敵を倒しにどこかのダンジョンへ。誘拐されていない場合は一緒についてくるというのも、考えられる流れだなと思う。城から一歩も出ない、出してもらえないという前提を覆すというのはよくある物語の流れだからね……と、レインさんは言うし。

 そして事件は解決。

 世界は冒険者の活躍によって救われる。

 さすがに詳しい終わり方までは予想できない。だけど、事件解決できなきゃ物語として不完全燃焼だから、そこは大団円のハッピーエンドで幕を閉じるんじゃないかなと思いたい。

 英雄か勇者か、そういう存在として讃えられてエンディングというのが、大雑把だけど僕なりに考えた予想図だ。確かめる日が来ればいいけど、そう外れたものではないはず。


「よくある英雄譚……いや、叙事詩、かな」


 徹夜でまとめた話の流れを読み直し、僕は細かく修正を加えていく。

 窓の向こうは明かりがいらない程度に日が昇り、みんなが起き始める頃合い。僕は昨日の出会いと聞かされた話が頭から消えず、結局この通り徹夜して一睡もしないまま朝になった。

 目元をこすり、僕はもう一度最初からまとめた内容を読み始める。

 別に今から攻略組というか、何かをしようとは思わない。

 だけど僕には知識がない。技術もない。みんなに出会わなければ何もできなかった。せめて人並みに動くはずの頭を使わなきゃ、僕は本当の役立たずになってしまう。

 頑張らないと、できるところで頑張らないと。

 僕が『強く』ならないと。僕がみんなの居場所を守らないと。今までは漠然とそうするべきなんだろうなと思うだけだったけれど、今は強くそう願う。守らなきゃいけない、と。

 だって僕は、このギルドのマスターなんだから。



 僕が、守らないといけないんだ、僕が。

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