英雄譚の大誤算
速やかな事態解決を目指した冒険者は、足手まといになる弱者を切った。そうして少数精鋭になった彼らは、手がかりを求めてありとあらゆるダンジョンに向かい依頼をこなした。
その勢いは人々の目に鮮やかに入り、彼らはまさに英雄だった。
あるいは、勇者の集合体のようなものだった。
画面越しには得られない高揚感、触れることがないはずだった世界。
自分達の働きで多くが救われるなんて、普通の生活ではなかなか叶わないこと。とても甘美なものに見えたのかもしれない。そんな夢に、あるいは『逃げ出した』のかもしれない。
問題は、その行為の先に何もなかったことだ。
依頼を受けども受けども、物語が存在しなかったことだ。
僕も確認したけれど、それらしい依頼は今まで見たことはない。
僕が知っている依頼は、例えば足りない素材を取ってきてほしいだとか、エリエナさんのところでの収穫手伝いのお願いだとか。そんな、とても他愛無い小さなものばかりだ。
だけどかつては、ゲームの頃にはあったという。
曖昧で、何かを隠したような依頼が、特別なものを意味するアイコンと共に。
ブルーや他のみんな曰く、元のゲームではメインを中心に、物語が少しずつ進行していたらしい。時にサブで物語を補強したり、あるいはフラグ立てなどを行っていく感じだとか。
それさえクリアーしていけば、どうにかなると思ったのだ。
きっと、最初に誰かがそう思った。
現実は違う。
僕らは半年経ってもこの世界にいるし、こうなった元凶すらわからない。多くのギルドが底辺を切り捨ててまで突き進み、その果てで得られたのはとても単純な一つの答えと現実。
すぐに解決しなかったこと。
手がかりすらも、見つからないままだったこと。
これが、最大にして最悪の誤算。
宴さんはこれを『英雄』も『勇者』もいなかった、と言い表した。
確かにそういう人がいれば、この『物語』はもっと簡単に終わっていたに違いない。僕らの知らないところでそう呼ばれる選ばれし存在が、人知れず物語を引っ張ってハッピーエンド。
しかし僕らの中にはいなかった。
そんなもの、誰一人として存在しなかった。
「一ヶ月か二ヶ月か、それくらいした頃かな……いくつかのギルドが、足を止めたんだ」
適当に椅子を引きよせ、宴さんはそこに腰掛ける。
アイシャさんはとくになにか言うつもりはないらしい。静かに聞いている感じだ。残りの二人も同じようなもので、あぁ、だけど二人はずっと帝国の外にいたんだっけ。
じゃあこれは、二人のための説明でもある……のだろうか。
「代わり映えのない依頼内容に、違和感があったらしい。大手ギルドの知り合いから直接聞いいたんだよ。他の連中は知らないが、彼――あぁ、男なんだけどね、彼は漠然と、何の確証もないままに思い込んでいたそうだ。依頼さえ受けていれば、きっと何とかなるはずだって」
だって今まで『冒険者』はそうだったからね、と宴さんは苦笑する。
それはまるで、現実逃避だ。
深く考えて現実を直視したくなくて、そこから逃げるような行為。
……でも、それは責められるものじゃない。あの状況で、落ち着いて行動できた人なんてどれだけいただろう。今も、落ち着いて行動できていると言い切れる人は、どれだけの数か。
僕だって、できているなんて言えない。
毎日大変なことばかりで、覚えることが山のようで。必死に目の前の問題に飛びついて片付けていくことしかできなくて、それすらちゃんとできていないことが多かったりして。
半年経って、それでもこの体たらくなのに。
あんなことがあった直後に、ちゃんとするなんて難しいことだ。
ブルーがいて、みんながいたから、僕は平気だった。だけどもしあの時、彼女と出会わなかったら、僕はどうなっていたんだろう。どんな場所でどんなことをしていたんだろう。
ちゃんと――生きていくことができただろうか、僕は。
これまで、何度か襲われた後ろ向きの嫌な考えを、意識して眠らせて沈める。
さり気なく深く息を吸い込んで、静かに吐いた。
今は目の前の、彼らの話に意識を向けなければ……。
「こうして僕達は、誰かの物語のモブキャラ『冒険者』として、この世界で生きていくことになった。誰かというのは、別に誰でもないさ。自分以外の『すべて』のことだ」
「自分以外の、すべて……」
「そう。異世界でもゲームの世界でも同じこと、ここは僕らの『現実』だ」
だからこそ、初期の選択が今、誤算という名の災いとなっている。
例えば攻略組は装備の手入れと、新しい武具が必要だ。
どんなに強い魔物を倒し、どんなにすごい素材を手に入れても、加工できなければ苦労を重ねた意味が無い。加工する技術がない以上は、できる誰かに何とかしてもらうしかない。
傍観者――それも生産者は、とにもかくにも材料が必要だ。
僕らのように自力で取りに行ける環境があったり、戦力があったりするならいい。
だけどそれがない場合は、基本的に冒険者などから買い付けるしかない。それに戦力があっても、生産職が得られる戦闘能力では到達すら敵わない、高難度のダンジョンだってある。
そこの素材がほしいなら、僕らは『専門家』に頼るしかないわけで。
「持ちつ持たれつ、ギブアンドテイク。それが現実だろう?」
宴さんの言う通り、冒険者は互いに互いを支え合わなければ成り立たない。
そもそも依頼というシステム自体が、そういうものなのだから。
「しかしこの期に及んでも理解しないバカがいるから、おたくらに警告にきたのさ。テイクだけを欲しがるワガママなのがね、意外とこの世界にはまだ多いから。嘆かわしいことだけど」
「えっと……?」
それはつまりどういう意味ですか、と言いかけた僕。
それをかき消すような大きな大きなため息が、一人の少年からこぼれた。長めの茶髪を適当にひとまとめで結った彼は、一番僕から遠いところに立って無言だった彼――ハヤイだ。
「なーんでわっかんねーかなー、自分らのステみろよ、なぁ」
つかつかつか、と僕の目の前に歩み寄るハヤイ。名前の通りに足早だ。あっという間に間合いを詰められてしまう。身構えるヒマもないだろうなと、至近距離で睨まれつつ思った。
「ゲーム時代みたいにカッキンカッキンで何とかなんねーんだしさ、よわっちーの拾ってせっせとちまちま育てるより、ある程度もう育ってるのを『使い潰す』方がラクじゃん? きゅーしゅーがっぺぇとかいう栄養剤ぶっこむみたいなアレだよ。で、あんたらがその栄養剤な」
そーゆーこったよ、とハヤイが言って。
僕は、彼らが伝えたい警告の、その真意にようやく気づいた。
生産職を取り込みたい側にとって、僕ら――正しくは僕以外の五人は、冒険者としての活動に都合のいい生産系スキルを鍛えてある、まさに都合のいいメンバーが揃っていると。