警告
警告。
僕の頭に、その言葉は綺麗に収まってくれない。
右から左へ、するするりと抜けていく。
事態を飲み込めず、言葉も出ない。
彼女が言いたいことが、わかるようでいてわからない。
目の前にいる四人の、代表として話しかけてくる彼女の声を、僕は確かに認識しているはずなのだけれど、そこに理解というものが付属しない。何を言われているのか、掴みきれない。
攻略組の意味は、僕が想像したもので間違っていないはずだ。攻略、つまりこの世界をゲームに見立てて行動する感じ。その目的は――おそらく、元の世界への帰還だ。
この状況において、元のゲームのシナリオを確かめようなんて考えるとは思えないし。
それをあえてする行為、その先には何らかの『利益』があるはず。現状だと、それは元の世界に戻る手がかりと考えて間違いはないはずだ。むしろ、それ以外に何があるのか。
じゃあ、傍観者っていうのは、一体。
「傍観者とは、つまり元の世界に帰るための行動を取らない層。そう、あなた方のように生活拠点での日々をメインとした冒険者の総称です。誰が言ったともわからぬ、通称ですが。帝都や第三都市などでは、当たり前のように冒険者の間で使われている言葉のようですね」
「拠点での生活を、メインに……」
「そう、異世界で暮らすことに重きを置く冒険者、ならびにギルドのことです」
つまりわたくし達のことであり、あなた方のことです、と。
アイシャさんは言って。
「攻略組とは文字通り攻略するもの。察しはつくでしょうが、要するにこの謎の現象の解決を望み冒険を続けるものです。ある意味では、もっとも冒険者らしいのかもしれません。彼らの物語を見ているだけ、だから傍観者という言葉が対となる言葉として選ばれたのでしょう」
かちゃ、と指先でメガネをいじり、アイシャさんが口を開く。
彼女の仲間が集め、彼女がその口で語るのは僕の知らない冒険者の話だ。
僕らの知らないところで、冒険者はその立ち位置を変化させていた。
それが顕著だったのは、帝都である第一都市ヴェラ・ニ・ア。
並びに冒険者の都と呼ばれている第三都市ストラ。
港町の第二都市デニアンと、芸術の都である第四都市エルート、それから僕らのいる第五都市レーネでは、とても考えられないような大きな変化が二つの都市であったのだという。
その筆頭が『攻略組』と『傍観者』という区分だ。
アイシャさんの言うように、誰かがそう名づけたのではない。
いつの間にかそんな名称の区分があった、という具合の俗称のようなもの。
今ではわりと一般的なものになっているらしく、この世界に住まう冒険者としての立ち位置を示す基準のようなものらしい。それで言うなら確かに僕らは、傍観者といえると思う。
「それでアイシャ殿」
僕の少し後ろで成り行きを見守っていたブルーが、軽く手を上げる。
「警告、という穏やかではない物騒なワードの真意は何なのだ?」
「文字通りの警告、です」
よろしいでしょうか、と彼女はわずかに目を細める。
居住まいを正すようにすっと背筋を伸ばすと、柔らかい色をした茶髪をくるくるっとお団子に結いあげているかんざし――のような髪飾りに付いた鈴が、ちりりと鳴くように揺れた。
アイシャさんの外見は、洋装に近い男性陣と違って完全に和装だ。
着物というよりも、華やかな袴姿。テレビで報道されていた大学の卒業式や、大正あたりを舞台にしたドラマなんかで見かけるようなものだ。淡赤の、かわいらしい装いだと思う。
ちなみにハヤイは真っ黒だ。
黒と灰色と灰色で構成されている。
動きやすさ最優先なのだろう、装飾らしい装飾は皆無。強いて言うなら、ベストにポケットが沢山あるぐらいか。宴さんは露出が高く、トキさんはほとんど肌が見えない。
「警告といっても、レーネにいるのならばそれほど深刻とはならないでしょうが……」
一度、軽く息を吸うために言葉が途切れる。
「実は攻略組と呼ばれる方々にとって、致命的とも言える『誤算』があったのです」
「……誤算?」
訝しむような声は、テッカイさんのものだ。
攻略組と呼ばれそうな冒険者の、致命的な『誤算』。
それは、あれのことだろうか。
盛大に生産職プレイヤーなどを切り捨てた行為、とか。
あれにいい気がした人はいないだろうし、直接されたわけではない僕でさえ憤る。知っているようで知らない土地だから、少しでも負担を軽くしたかったのだろうけど、あまりに非情。
そんな生産職にしかできないことが、この世界だと地味に存在する。
例えば俗にいうレアな武具、それを修理したり――あるいはレアアイテムを加工するなどの技術を持っているのは、基本的に冒険者と数人のマイスターという職人さんだけだ。
マイスターはすでに何らかの企業なりに就職しているから、直接依頼するなんてことはまず無理と言っていい。だから、必然的に同じ冒険者にそういう依頼は回されてくる。
その時に突っぱねられるというのか。もしそうなら、それは『誤算』というより当然の結果であるのではないか。そして、そんなことが起きる可能性は、僕の考えでは少ない。
僕らがこの世界で生きていくためには、当然ご飯を食べなきゃいけない。
お金を稼いでいかなきゃならない。
腹の底でどう思っても、結局冒険者相手の商売からは逃れられない。少なくとも、冒険者という存在が一種の産業となっているに等しいこの国では、縁を断ったままというのは不可能。
こんな周りに何もないド田舎にさえ、冒険者はやってくるのだから。
ゲームだったら、断ればいい。断って突っぱねればいい。向こうだってそれで構わないとおもうだろう。ゲームは常に新しい層が入り込む。そもそもあんな切り捨てられ方をしたら、たぶんゲームそのものをやめてしまうから。だからゲームであったならば、なんの意味もない。
だけど、ここは現実だから。
仕事は頑張らなきゃいけないんだ。
だからこそ生産職な人が手を抜くということも考えられない。そんなことしたら評判が落ちてしまうから、普通の依頼も減ってしまって結局自分の首を締めてしまう。
つまり何もできないわけだ、こちらからは。
だとすると、彼らの言う『誤算』は何のことなのか。
考えるも答えが見えず、うーん、と唸っていると小さく笑う声が聞こえた。
低い、最初は声かわからないくらいかすかな声が。
「なぁに……そう、難しいことではないさ」
くっく、と肩を揺らす宴さん。恐ろしくきれいな低音だった。どこかトキさんと似た響きをしているように聞こえたけど、どちらも体格が似ているからかもしれない。
「彼らの誤算は、ただただ、自分達の『力』の程度を見誤ったこと」
しゃらり、とあちこちにつけた銀色の飾りを揺らし、彼は。
「この状態を解決しうる『英雄』も『勇者』も、冒険者には存在しなかった」
たったそれだけのことさ、と笑った。