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予想外の来訪

 いつもよりも多いお客さんの相手をし、六人全員での迎撃体制で数時間の格闘。

 壁に、床に、机に崩れ落ちるように力尽きた死屍累々。そんな工房は、まだ喧騒の香りがしっかりと残っていて、『さっさと片付けなさい』と僕らをそれとなく叱りつけるようだ。

 だけど今はまだ動けないし、正直なところ動きたくない。

 確かに早めに食器は洗わなきゃいけないし、明日に備えて眠らなきゃいけないし、まだまだできていないことは多いし、とにかく休んでいるヒマなんてないんだけど。

 それを、あえて口にして自分を鼓舞する。

 そんな元気すら、なかった。


「……あちゃー、おつかれでした?」


 そこを訪ねてきたのはエリエナさんだ。いつもの活発そうな格好ではなく、ひざ下程度の丈があるドレス何かを着ている。あぁ、そういう格好していると、貴族令嬢だなって思う。

 少し鮮やかさを落とした赤を揺らしながら、エリエナさんは薄汚れた食堂に入ってきた。

 汚れるよ、と言いたいけどすぐに声が出ない。

 僕は机に突っ伏したまま、軽く手を上げるだけで挨拶にした。

 ブルーは厨房で死んでるだろうし、姉弟は床に座り込んだまま。レインさんとテッカイさんもそれぞれ、かろうじて椅子には座っている……と思う、最後に見た時はそうだった。

 そんな状態なものだから、当然お客様のお相手などできるわけがない。

 ごめん、もう無理。そんな感じだ。

 だけどそれこそが無理だと、僕が気づいたのは複数の足音のせい。ゆっくり視線を向けた先には見知らぬ数人の男女が、ちょうど工房に入ってきた光景があった。


 知らない、人だ。

 モデルみたいにすらりとした長身の男性と、ガーネットより小柄な少年、動きやすそうな和服のようなものを着たメガネの少女の三人――それからあと一人、変なものがいる、変な。


 彼らが冒険者なのは、すぐにわかった。

 だけど、エリエナさんと一緒にここにいる理由だけが、わからない。

「……これのことは気にするな」

 長身男性が、外見に似合う低い声で言う。

 これ、というのは僕が認識することを拒否した『変なもの』のこと。一言で言うならテッカイさんすら敵わない筋肉をもつ男性だ、半裸どころじゃないくらい露出している、ひどい。

 腕に引っ掛けているのは、あれは羽衣……だろうか。天女が持っている。ストールとも言うかもしれない。どっちでもいい、視覚の暴力なのは変わらない。


「こちら、キャラバンの護衛をなさっていた、ギルド『シロネコ運送』のマスター」

「……」

 エリエナさんの紹介に、件の長身男性が小さく頷く。

 彼がギルドマスターらしい。

「それと幹部、まとめ役の方々。なんか、みんなの話したらあいたいって言って、帰り道だから連れてきたの。皆さん、この国から長く離れていたから、お話を聞きたいんですって」

「話……?」

「そう。じゃ、あたしはもう帰りますね」

 門限とかあるから、と茶化すように笑って、エリエナさんは帰っていった。

 普段の言動を見ていると忘れそうになるけれど、彼女はお嬢様。

 それもこの世界の文化などから考えると、女子高生年代のエリエナさんは余裕で結婚適齢期に入っている。いいとこの、しかも嫁入り前の娘さんだから、そりゃあ門限ぐらいあるよね。

 優雅に礼を一つ残し、エリエナさんは帰っていった。


 残されたのは、彼女に連れてきてもらった見知らぬギルドの面々。

 さて、さすがにいつまでも死んでいるわけにはいかない。少し待ってください、と言って軽く話をするスペースを整える。散らかった物を片付け、お茶なんかも用意して。

 その間、彼らは静かに待っていてくれた。

 長くこの国を離れていた、という彼らが聞きたいことを、僕らは話すことができるのか。


 そもそも何を聞きたいんだろうと、そんなことばかり考えていた。



   ■  □  ■



 ギルド『シロネコ運送』は、幹部四人を含めて二十人前後の中規模ギルドだ。僕らのギルドと違ってゲーム時代から存在し、基本的には雑談中心ののんびりとしたギルドだったという。

 ギルドマスターはトキ、という体格のいい男性だ。

 どうやらメインもサブも守りに徹した職種で固めているようで、今は外しているそうだけどフル装備にするとすごく映えそうだと思う。鋭い眼光は、少しだけ怖く僕には感じられた。

 彼の傍らにいるのは――えっと、なんて言えばいいんだろう。露出の高い、肉体美を魅せつけるような男性、だ。男性だと思う、大胸筋に脂肪はないし、露出しているし。

 宴、とかいてウタゲと読むらしいその人は、トキさんとは違ってにこにこ笑顔だ。

 悪い人ではなさそうだけど、あまり積極的に交流したいかというと……。


「わたくしたちは、あの現象が起きてすぐに他国へと旅立ちました」


 と、喋り出すのは前述の二人ではない、メガネをかけた少女。一言にすると、秘書、という表し方が一番似合うと思う。長い耳を下向きにした、真面目そうな顔つきの少女だ。

 アイシャと名乗った彼女の説明によると、この半年はずっと帝国の外にいたという。すぐにキャラバンという見慣れない存在に気づいて、ギルドメンバーを二手に分けて。

 キャラバンについていったのはマスターのトキさんと、後方に立っている小柄な少年。

 名前はハヤイ。

 彼は『盗賊』と『忍者』を重ねがけの、スピード特化なのだという。

 ……安直すぎて、少しばかり言葉を失った。

 まぁ、ともかく彼らはキャラバンについて他国をめぐりつつ、帝国での情勢も逐一相互に情報をやりとりしていたのだという。ここでその存在感を増すのが、ギルド内チャットである。

 そうして過ごした半年。

 彼らは他国の情報をある程度収集し、再び帝国に戻ってきたのだ。

 それは、いいのだけれど。


「あの、それで僕らに何の用事が……」


 あるんでしょうか、と僕は問う。

 そう、ギルドメンバーを残していったということは、帝国に戻ってきてすぐに立ち寄った都市にいるギルド――つまり僕らに、こうしてわざわざ話をしに来る理由がなくなる。

 むしろ僕らが彼らに会いたいと思う側だ。

 だからこそ、この現実に戸惑う。


「わたくし達の目的はあなた方の『見定め』と、場合によっては『警告』するためです」


 攻略組か、傍観者か。僕らやギルドが、その二つのうちのどちらに位置するものなのかを見に来た。そしてその結果次第では、僕らに対して何らかの警告をするつもりだった、と。

 アイシャさんがそんな、よくわからないことを口にする。

 彼女が言う警告は、むしろ忠告、あるいは危険を知らせる類のものらしい。

「現在、全冒険者はだいたい二つに分かれています。我々やあなた方のように、この地での生活に馴染んだ『傍観者』と――そんな我々を裏切り者と呼ぶ『攻略組』の、二層に」

 ご存知なかったのですか、とアイシャさんが呆れ気味に言う。



 はい……ご存知ありませんでした。

 それ、思いっきり初耳なんです、けど。

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