キャラバン、来る
やけに人通りが少ないな、なんて思っていた。いつもなら工房前に設えてある、オープンカフェ風のスペースにそれなりに人がいて、甘いものが飛ぶように売れている時間帯なのに。
一体、何があったんだろうなんて。
のんきに考えていた僕は『嵐の前の静けさ』という言葉の意味を、知った。
■ □ ■
この数日は、とても穏やかな日々だった。
キャラバンが来るからそれなりには騒がしかったとはいえ、騒動はなく。僕らはお祭りの屋台なんかでよくあるようなものを出す、という方向性で出店決定。たこ焼きとお好み焼きとついでにクレープの作り方を覚えた。結構、細々と難しかったように思う、特にクレープが。
まずあのうすーく焼くのが無理だ。
ブルーしかまともなものが作れない有り様。
僕はたこ焼き担当。かろうじてそれなりのものが作れるようになったから大丈夫、だと思いたい感じ。テッカイさんがお好み焼きで、普段からよく食べに行ってたのか慣れた感じだ。
とりあえず残りは接客と、クレープのトッピングを担当。
今は明日からの大騒ぎに備えて、主にキャベツをせっせと刻んでいる。
だけど、一つ気になったのは街から人が消えたことだ。
せっかくキャラバンが来るんだから、もう少しそわそわと表に出て到着を待つものだと思っていたのに、もしかしてそういうのとはまた違うのだろうか。僕の認識では、これはちょっとしたお祭りのイメージなんだけども、そういう場合は主に子供が待ちきれない感じで。
だけど、街はいつも以上に、静かで――。
「なーんか不気味なのだ」
ざくざくとキャベツを刻みつつ、ブルーが呟く。
手っ取り早くエリエナさんからキャベツを仕入れて、全部纏めて準備を整え、迎撃作戦をとるからこんな下準備をしているんだけど、よそ見しつつもブルーの手は乱れがない。
まぁ、キャベツは基本的に細かく切り刻むだけで、手の置き場所さえ間違えなければよそ見してても大丈夫そうではある。僕はやろうとは思わないし思えないけど、恐ろしい……。
「お祭りの前だっていうのにどうして引きこもるのだ? 解せぬのだ」
「まぁ、それは確かに……でも、誰も出てないってわけじゃないですから、ブルーさんの気にしすぎじゃないんです? それにあんまり大勢で出てきても、通行の邪魔っぽいですし」
大きな泡だて器を使って、小麦粉を出汁などで溶いたものを、ひたすらグルグルとかき混ぜるガーネット。その向こうではウルリーケが、同じように泡だて器を握っている。
二人はそれぞれお好み焼きとたこ焼きの材料を作成中だ。
クレープは更に向こうで、レインさんが作業中。テッカイさんは表でテーブル並べたりとかそういうところを。他の材料――タコやフルーツなんかはこの一週間で確保済みだ。
祭りの開始はキャラバン到着後すぐ。
そのための、これは最後の仕上げという感じ。
問題はそのキャラバンがまだ登場しないことと、あとは人がいないこと。
「まぁ、キャラバンが来たらきっと人が出てきますって」
そういうもんでしょ、とガーネット。
確かに近所の祭りでも、本番はお神輿などが出てきてからだった。というか、近所の人はそれに合わせて予定を片付けるから、お神輿が出てくる直前までは子供ぐらいしか外にいない。
微かに子供がはしゃぐ声はしているから、そんな感じなんだろうと思う。
それに、お客さんがいないのはこっちにとっても都合がいい。
見ての通り、準部が終わっていないので……。
「おーい、表のは終わったぞー」
そこに手ぬぐいで汗を拭いつつ、テッカイさんが戻ってきた。
休憩用の椅子に座ると、あー、と低い声を発しながらぐったりとする。力仕事は俺に任せろというので甘えてしまったんだけども、僕も手伝えばよかったような気がしてきた。
「お疲れ様です。ブルー、ここ、ちょっといいかな」
「うむ。少し休憩するから、全員分のお茶を頼むのだ」
わかった、と僕はてきぱきとお茶の準備をする。セットで買った全員分のカップ。
ポットなども全部セットで揃えたそれは、白地に薄い青の花が控えめに描かれたシンプルなデザインだ。華美すぎず、しかし全部真っ白ということもない感じだ。食堂で使っている食器は丈夫さ優先で木製が多い。というか、この世界は陶器はあまり使われないようだ。
基本的には木製、あるいは金属で、茶器系は陶器。どういう基準での違いかはわからないけれど、だいたいそんな風にわけられている。まぁ、食堂で使うものの場合は、丈夫さ優先だからむしろ陶器ばかりじゃなくて助かった。さすがにプラスチックなんてものは無いし。
茶葉を適量ポットに入れて、お湯を注いで少し待機。
いい香りを放ちながら、お茶をポットとは違う入れ物に注いだ。
こうすることで味にムラが出ないのだとブルーは言う。
よくわからないけど、ブルーはこれがおこのみらしい。レインさんも同意するから、それなりによくある手法なんだろうと思う。僕は、基本的に緑茶だし、紅茶はティーパックだし。
で、いざお茶をカップに淹れようとした時だ。
「どうせなら、表で一杯といこうじゃねぇか。キャラバン待ちながらよ」
「いいですねー。じゃあ、僕と姉さんでお茶菓子探してきます」
「あ、ま、まって、ガーネット……」
という流れが起きて、じゃあそれでいいか、と自然と決まる。
もう少しキャベツを刻んでいたそうだったブルーを、まぁまぁ、となだめつつ外へ。
確かに準備は足りてないから急がなきゃいけないけど、急いだからってすぐにどうというわけではないし、急がなかったからダメになることでもない。さすがに十玉分のキャベツがあっという間に消えるほどは、僕らの店は繁盛しないはずだし……その、普段を考えれば、ね。
時間的にも三時前で、おやつタイムに入るのにちょうどいい。
彼女が納得できるだけの言い訳を、つらつらと並べていた時だった。
「キャラバンがきたぞー!」
どこからともなく、大きな男性の声。
ばたばたどたん。重なるように響く扉や窓が開く音。やっぱりみんな、家の中にこもっていたらしい。ぞくぞくと、特に子供が我先にと道にあふれて、周囲は一気に騒がしくなった。
タイミング的に、僕らが外に出たのはちょうどよかったらしい。
しばらくすると足音が迫り、その一団が姿を見せた。
まず、目を引くのは先頭集団ではなく、その後ろに続く荷馬車の大群だ。遠目にも大きさがわかるそれには、どっさりと荷物が乗せられている。それを引いているのは、かなりどっしりした馬――のような生き物だ。馬だと思うけど、サラブレットとかとは別物っぽい。
載せているのはテントの材料か、それとも取引する品物なのか。
次に目が向くのは、周囲を取り囲む武装した人々だ。
立派な装備で固めた数人の男女。あるいは少年少女。上は二十代後半、下は十代前半、そんな不揃いな年代の、ついでに見るからに種族だって異なっている集団がぞろぞろと歩く光景。
彼らは、おそらく冒険者だと思う。
僕らと同じ、元はただのプレイヤーだった、冒険者。
この前、冒険者組合でそれとなくチェックしてきたけれど、当然ながらキャラバンの護衛なんて依頼はない。そもそも、キャラバンという設定すら誰も知らなかった。
彼らは、彼らなりにこの世界での生き方を決めたのかもしれない。僕らが工房を構えて、ここで暮らしているように。無いはずのところから有を生み出し、暮らしているのかも。
どういう日々なのか、話をしたいなとは思うけど。
きっと、それは無理なんだろう。そもそもの接点なんてものすらない僕らは、目を合わせることもなくすれ違うように出会って、そして何事もないままに別れた。
■ □ ■
こうして田舎の都市に大量の人と物資が溢れる、宴の日々が始まる。
僕らには、だけど関係はないと思っていた。
ここでキャラバンを離れるから先行して到着していた、ギルド『シロネコ運送』のマスターと幹部数人が、閉店間近の工房に現れるまでは、すべては対岸にある出来事だったのだ。