拍手ログ その3
■ 問いかけ ――『存在未設定』星屑の少女
ねぇ、アオイはどうしてエクスのそばにいるの?
どうしてカノープスは存在しないの?
わたしはどうしてポラリスになれないの?
彼女はなぜ■■■しまったの?
彼が■■■しまったの?
ねぇ、アオイ、カノープスはどうなるの?
ポラリスはどこにいってしまったの?
彼女は眠っているの? 目を覚ましてくれるの?
どうしてわたしは何も知らないの?
……ん、ごめんなさい、もう質問はしないから。ちゃんとおとなしく眠っているから。見つからないように、おとなしく氷の奥の、死の間際で静かに眠っているから、待っているから。
だから最後に答えてほしいの。
ねぇ、アオイ、あなたはなんだってしっているんでしょう?
じゃあ、あなたに答えてほしいの。
――聖女スノゥ・リア。
どんな物語なら、彼女はこの世界に自分自身の存在を定義できたのかしら。
誰が作った物語なら、彼女は生きていけたのかしら。
わたしはただの星屑だから、わからないの。
■ また、あした ――『伯爵令嬢』エリエナ
大量の帳簿と書類を片付けた時、外はすっかり夜だった。
「疲れたー」
エリエナはよろよろと部屋においてあるソファーに近寄ると、そのままそこへ突っ伏すように崩れ落ちる。両親が死んでもうだいぶ経ったが、仕事にはなかなか慣れない。
向いていないのだろうと、時々エリエナは思った。
動く方が好きで、畑で土を弄ったりする方が好きで。
デスクワークは得意じゃなくて、だから毎日こんな疲れ果てているのだろうと。
「……でも、社交界より、マシか」
腹を探り合って、媚を売り買いして。
そんな下らない話は、もうだいぶ遠い世界の話だ。
今でも『田舎の小娘』だと甘く見て、『大農園の管理者の配偶者』というポジションを欲しがって、それを露骨にして隠しもしない縁談は多いけど、バカにしないでほしいなと思う。
こっちはもう、何年も『伯爵家の当主』をしているんだ。
親に甘やかされた末っ子やらに、価値を見出すわけがないだろう。
いっそ男だったら、よかったんだろうなと思いつつ、エリエナは仰向けになった。
「ケッコンなんて、しなくていいしー」
めんどくさい、仕事以外がぜーんぶ面倒でたまらない。
子供が欲しくないというわけではないけど、そのために雑草ほどの価値もないバカと結婚するのは耐え難い。……まぁ、今のところは自分も若いし、また数年したら考えよう。
王族縁、なんていう由緒正しき家でもない。
養子縁組も一つの手だ。
あぁ、それにしても気分が滅入って仕方がない。疲れたし、煩わしい問題は今もぶり返すように振りかかるし。疲れた、身体は主に腕が疲れて、心が全体的に疲弊している。
幸い、仕事は片付けたから明日はそれなりにヒマだろう。
「あ……そうだ」
ふと、エリエナはいいことを思いつく。
せっかく時間の余裕が有るのだ、明日はあの工房に行こう。
美味しいものを食べて、ちょっと土いじりを手伝わせてもらって、些細な日常の話を聞いたり聞かせたりして、そんな平穏を味わいに行こう。身分なんて気にしない彼らに会おう。
食事に呼ばれるまでの少しの間と言い聞かせ、彼女はそっと目を閉じた。
■ あのクソ高いが綺麗なビーズ ――『暇人工房』テッカイとレイン
工房の別棟の二階、客もいない日の店主二人は、二階で適当にだべっている。
一人は昼寝をするか菓子を齧るかしかしないのだが、もう一人は丁寧な動きで手元、指先を蠢かせている。調味料入れを流用した入れ物に材料を入れ、時々そこに指を入れ、色とりどりの小さな粒を取り出しては糸に通していく、という、少しばかり気が遠くなるような作業。
その手が編みあげる細い糸が、絡めとって形に変えるそれは。
「地味だな」
ただ、じっと見ていただけの一人――テッカイは、そんな言葉をつぶやいた。
視線はもう一人、レインの手元に注がれている。
一言で言うなら彼女がしていたのは、よくあるビーズアクセサリーの作成だ。子供向けに作っているものなのだが、どこの世界でも女の子というものはおしゃれをしたいのだろう。
すでに何件かの予約が入った状態が、連日続いている。
いつものように開いた時間にそれを作っていたレインは、少し唖然として。
「あぁ、ビーズのことか」
テッカイが何を言いたかったのか、それを理解した。
色とりどりといっても、この世界のビーズの種類など元の世界に遠く及ばない。
色こそそれなりに豊富だが、形は基本的に丸いものだ。煌めくようなカッティングなど望んでも無意味なほどで、あえて勝った部分を上げるなら木製のビーズの種類が多いことか。
まじないの意味を込めた紋様などを彫り込んだそれは、大粒で見栄えがいい。
だがやはり加工に手間がかかるのか、子供向けで使える値段ではないが。
……いや、今考えるのは、そこではなく。
「もしかして、こういうのに興味が?」
「いや、従姉妹やそこのお嬢ちゃんがな、そういうビーズを組み合わせてアクセサリーとか作るセットみたいなので遊んでたんだよ。俺は興味なかったが、手元でキラッキラしてたから」
意識に残って、とテッカイは言い。
「スワロなんちゃらだっけ、こっちにはそういうのはないのか」
どこか残念そうな声に、レインは、そうだね、と答えた。
「これは体感だけど、たぶんこちらは宝石が主流なんだろう。まぁ、庶民の手に回るのはガラスで作った、こういう小粒のビーズなんだが。おそらくね、あんな感じに仕立てる加工方法がまだ無いんだろう。それをする道具類もないだろうし……需要も、ないんだろう」
それに、とレインは続けて。
「同じようで、同じ名前で、だが成分が違うのか、こっちの宝石は総じて固い」
「ガラスより?」
「おそらく。だから宝石加工のノウハウを、そのまま転用しにくいというのも、問題としてあるのだろうね。とはいえ、最終的には需要の違いだろう。需要がないから、ノウハウを転用して宝石のように輝くビーズを、なんて誰も思わない。ほしいなら宝石を使えばいい」
「面倒なことだなぁ……」
めんどくせぇ、とつぶやいたテッカイは、そこで話題への興味がなくなったのだろう。
寝るわ、と言い残してそのままソファーへと移動していった。物音を立てないよう、レインは作業を再開する。一つ一つ、きれいな模様を描くように、ビーズを選んで形を整えつつ。
――普段は無骨なくせに、それでいて『綺麗なもの』は好きなんだな。
おそらくは、まじまじと見たわけでもないあのビーズの輝きを、覚えているなんて。
そういえば普段の言動と比べれば仕事は丁寧、商品としてはさほど関係ない、ちょっとした装飾もよく施している。単にデザイン的なバランスかと思ったが、趣味なのかもしれない。
今度、あんな風にカットした魔石で、専用のお守りでも作ってやろうか。さすがにあそこまで光ることはないが、それなりにはキラキラさせられるだけのスキルはあるだろう、なんて。
そんなことを、ふと思った。
■ ハラペコとハラグスリ ――『ぼっち』ピピとクスリ
魔物を切る。
殺す、腹をかっさばいて息の根を止める。
そうして後は、血の滴るそれを適当に切り分けて、軽く塩を振って口へ。
切る魔物の種類はそれなりに選ぶ。人間に似たかたちのやつや、腐ってそうなのはさすがに口に入れたくはない。獣、動物のような見目をしたのを選んで、すするように腹に流す。
「おい、ナマニクくってんじゃねぇよ悪食偏食家」
背後から低い声の女がなじる。
ぼろけたローブを引きずる、枯れ枝みたいな食えない身体の女だ。
目つきも悪い。口も悪い。子供なら一目見ただけで涙目になり、口を開けば号泣して逃げるような感じだ。いっそ男だったら箔も付いたろうに、哀れにも性別は男じゃない。
――身体、だけは。
「てめぇが腹壊したら薬つくらねぇといけねーだろうが。労力考えろボケが」
がさがさと懐から小袋を取り出す。
「何を口にいれようとてめぇの勝手だが、迷惑かけるなっての」
そうは言われても、腹がへるのは困ることだ。
戦えないのは悲しいことだ。
そもそも、お前が戦えないのが悪いんだろう。こんな小さい体で頑張っている、少しは褒めて頭をなでてもいいと思う。あぁ、膝抱っこでもいい。横抱きはかんべんしてやる、今だけ。
「さすがにそのちんちくりんを横抱きできねぇほど、ヤワじゃねぇよ。言っとくがてめぇは俺の興味や趣向の範疇から大きく外れてるからな。ガキにどうこうするほど落ちぶれてねぇよ」
非力を絵にしたような、後衛どころか市街職ともいうべき薬剤師がなにか言ってる。
聞き流しておこう。
「ゲーム時代と違って、てめぇの身体に合わせないといけねぇんだよ。レシピ通りだと、その乳臭いナリじゃ強すぎる。その細かい手間暇がクソめんどくせぇって何度言わせやがる」
偉そうに何か言っているが、やはり聞き流す。バランスがとれたこの細身、どこにケチを付けたいのかわからない。人より胸部がまっ平らなだけだ、こちらには何の落ち度もない。
安心しろ、そのうち何とかしてイケメンになる方法見つけてやる。そうしたらこの魅惑のボディのよさにも気づくだろう。きっと身体が女だから、思考もそっちにズレたんだ。
そう誓った瞬間、口に苦いものを叩きこまれた。