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水辺の妖・リクヴェトール

 揺れる水面越しに、ゆらり、と長い尾を揺らす魚。

 リクヴェトールと呼ばれる魚である。

 甘みのある身を持ち、焼いたり煮付けたりすると格別に美味い魚だ。さすがに生で食べることはできないが、どう調理しても美味しくなるので人気が高い。

 しかも繁殖力が高く、常に一定の釣果があるというすぐれものだ。

 この湖の近くにある集略――漁村も、この魚を多く出荷して収入を得ている。あまり日持ちのする魚ではないので、もっぱら干物にするなど加工を施しているが。


 そんな魚が群生する湖のほとり。

 椅子にテーブルを運び込み、石を汲んで作ったコンロに火を入れて、といういかにもキャンプしています、と言った体制を整えた一団がいた。一部は水際に立って釣り竿を握っている。

 それは四人いて、大柄な男性が一人、それよりは小柄な少年が二人。

 最後に、ひときわ幼く見える小柄な少年が、一人いた。黒髪を短く切りそろえた、あちこちにガーゼを貼り付けた少年だ。わんぱく盛りの彼は、どうにも生傷が絶えない。

 そんな彼は、釣り竿の針にエサをつけながら、他の三人に言う。


「にーちゃん達、いいか。釣りってのは結局は意地と根性のぶつけあいなんだ」

「意地と根性?」

「そーだ。ひたすら石のごとく耐え忍んで、オレ達の敵である魚が、エサと針に食いつくのを待つ! その根気、忍耐、意地とかいろいろ必要なんだ。息を殺してただ待ち続けるんだ」

「……狩人みたい、だね」

「そうだなー。自然と野生を相手にするから、同じようなものだなー」


 ひゅん、と釣り竿をしならせ、針を遠くへ飛ばしながら少年――ナルが笑う。その手首やうでの動きは最小限、まるで手を振るかのような軽い動作で、釣り竿を前後にしならせる。

 それは驚くほど遠くへ、まるで向こうから手繰られているかのように飛んでいき。


「まぁ、にーちゃん達もやってみなよ」


 遠くの方で、ちゃぽん、という水音が聞こえた。



   ■  □  ■



 馬車を使わず徒歩で街道を歩くこと、しばし。

 湖の近くにある集落に辿り着いた僕らは、初心者向けでおすすめのポイントに来ていた。

 ここは湖の向こうの方に集落の港が見える、だいたい反対側の位置。この湖自体はかなり大きい物で、まるで海のようにどこまでも水が広がっている。僕らがいるところの近くには小さいながらもちゃんとした船着き場があって、僕らは船に乗ってここまでやってきたわけだ。


 船を出してくれたのは、漁師さんの息子のナルだ。

 年齢はウルリーケやガーネットよりまだ下。

 中学生……いや、小学生かもしれない。

 少年というよりも、子供というべきだろう。けれど、さすが体力などがモノを言う生業をしている家柄の生まれなのか、腕力とかはひょろとした僕やガーネットよりずっと強い。

 さすがにテッカイさんには負けるだろうけど。


 で、そんなナルは当然ながら、釣りがかなり上手だ。

 始めて結構な時間が流れてしまったけれど、一人で五匹も釣り上げている。釣り上がったお魚はすぐさまブルーによって回収され、丁寧に腸を取るなどの処理をされてから開きに。

 塩を丁寧にすりこまれてから、専用の容器に詰め込んでいる。

 家に帰ったらしばらく軒下などにずらっと吊るして、干し魚にするらしい。

 かりっと焼いても美味しいし、出汁を取るのに使ってもいい感じになるのだそうだ。出汁を取ったら和風スープにして、身はそのままほぐして具にすればいいから無駄がないとのこと。


 しかしブルーのごきげんは、実はあまりよくない。

 ナル以外の釣果が、散々なものだからだ。

 僕もガーネットもテッカイさんも、さっきからエサを取られるばかり。

 魚が、こう、つんつんっと竿を引いている感覚はある。事前に教わった通りに、その動きに合わせてぐっと振り上げてもいる。そうすることで、針を確実に魚に引っ掛けるためだ。


 しかし――結果はご覧の有様なわけで。


「釣りって難しいんだなぁ」

「が、がんばって、ガーネット……」

 弟を応援するウルリーケは、摘んだ花を両腕いっぱいに抱えていた。といってもこれ、遊んでいたわけじゃない。この花も薬草の一種で、乾燥させてすりつぶして使うそうだ。

 レインさんはウルリーケのお手伝いだ。同じように花を抱えているけど、どちらも実に絵になる姿だともう。残るブルーは血塗れの包丁片手に、じっとこっちを睨んでいるから怖い。

 早く釣らなければ、釣り上げなければ……。


「……お」


 と、そこでテッカイさんが嬉しそうな声を発する。

 ぴくぴく、と釣り竿の先が上下に揺れていた。

 彼はぐっと竿を構え。

「きたきたきた……きたぞぉ」

「え、ちょ、逃がしちゃダメですからね! 絶対ですよ!」

 ここへ来て久しぶりのアタリ。


 テッカイさんは腰を少し落として、竿を一気に上へ振り上げた。折れてしまうのでは、と思うほどに曲がる竿。ナルが、糸を巻くんだ、と叫ぶ。ぎりぎり、ぎりぎり、と音が鳴った。

 水しぶきを上げる魚影が近づいてくる。

 ガーネットが網を手に、魚を待ち構えた。僕は自分の分とガーネットのと、二人分の竿を抱えてただ近くで見守るだけ。そんな僕の目の前に、ついにその姿がきらりと見える。


「ふぃーっしゅ!」


 再び振り上げられる竿。青空の中に舞い踊る魚。

 程良い所まで巻かれた糸は、竿を立てた状態にすると、ちょうど僕らの目の高さに魚をぶら下げてくれた。びちびち、と身を震わせる魚は、この上なく新鮮そうでいきもいい。

 おっしゃああああ、と竿を持っていない方の腕を振り上げるテッカイさん。

 ここに初めての釣果が生まれた。


 この後、うまい具合に魚の群れがぶつかったのか、僕ら三人合わせて十匹、ナル一人で十五匹ほど釣り上げて、本日の釣りは終了。一部はお弁当としてその場で焼いて食べたけど、新鮮でなおかつ釣りたてのお魚が、こんなに美味しいなんて僕は知らなかった。


 自然の中で、いい経験ができたと思う。

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