拍手ログ その2
■ 誤字と脱字と誤変換 ――『暇人工房』ギルマスとガーネット
「それにしても、これ、不思議ですよね」
ふいに、ガーネットがつぶやく。
彼が見ているのは、すっかり見慣れたメニュー画面各種。
だけど、設定系の画面を筆頭に、いくつか存在が抹消されている。現在、僕らが閲覧することができるのは魔法などのスキル系をまとめた画面、それとフレンドをまとめた画面。
ステータス関係は当然のこと。
あとはチャット用の、キーボード付きの画面だろうか。
装備品などは、メニューの一覧からも消えた。まぁ、僕らが身につけている服という名の装備品なんて、一般人の服、とかそんな眺めるまでもない名称だろうから別にいいけど。
「不思議っていうか、SFって感じがするよね」
僕らの手元や目の前に、ふっと浮かんだ半透明の薄い板。本当にSFって感じだ。ゲーム時代はもっと開ける画面があったそうだし、そのまま現状になっていたら壮観だったろう。
最初は文字入力も不慣れで、誤字脱字はいつものことだったっけ。
キーボードと違うから、どうにもこうにも入力しにくくて。
「今も焦ると間違えまくりですけどねー。ま、姉さんは標準装備ですけど」
ほら、とガーネットが見せてくるのは姉ウルリーケからのメール。
そこには、こうあった。
『市場にきれいなむのがあったから、一緒にksいにいこう』
……間違えすぎじゃないかなと、思う。
■ せめて涙を拭いたい ――『霊魂の守り手』少年と少女
死んでしまった。
彼女が死んでしまった。
ふんわりとした、くせ毛を長く伸ばした彼女。おどおどしつつも、必死に戦って楽しんでいた彼女。その淡い色彩の装いをした、彼女が、目の前で薄く透き通ったままになった。
触れられない、何もできない。
彼女は、死にかけていた。ただのHPの枯渇。神殿で目覚めるはずだった。少しドジっちゃったなんて笑っていた。それだけの、いつも通りの『遊び』の時間だった、のに。
消える、まさにその瞬間で止まってしまったエフェクト。彼女はHPをゼロにしたまま、未知の存在へと変貌してしまった。それはまるで、見ることができる『幽霊』のよう。
世界は未曾有の大惨事。
ゲームと言う名の遊びの場所が、今は紛れもない現実で。
じゃあ、目の前で消えそうなほど儚げになった、彼女の現状さえも現実。
「ごめんね、迷惑かけて」
目の前で泣くように笑い、笑いながら涙をこぼす。
そんな、一人の少女も抱きしめられない。
この手は、腕は、とても無様で無力な形をしていると、彼は思った。
■ 死と夜 ――『死霊使い』朝比奈
あぁ、この世界は素晴らしい。
くだらなくぬるいシステムに遮断されていた、全てが手に取るようにわかる。夢想するだけだったことを、この世界ではたやすく行うことができる。楽しいと、そう言わざるを得ない。
口元を歪めて笑う、その黒い影。
周囲には、白い骨を晒す屍の軍団が群れる。
死霊、死体。命を失って、だが土に帰ることもない死者の軍団。
さぁ踊れ、切り裂け。指先から意思を放ち、そのとおりに振る舞う下僕。
――こんなの、ゲームにはなかった!
引きずるほど長い黒髪をたなびかせ、術者にして主たる少年は笑う。素晴らしい、これはとても素晴らしいことだと叫ぶ。ゲームではなかった力、死霊を統べる異能。
それを手にした、手にすることができた。
他にもなんだってできた。ゲームにはなかったものが、この世界には腐るほどある。
特にすることはないけれど、未知を求めるのは悪くない。まずは寝床だ、住む場所を探さなきゃいけない。それから研究をして、会得、理解、さらに進化。
することは多い、ずっと時が止まればいいと思うほど。
■ 薬膳スープ、カレー味 ――『暇人工房』ブルーとウルリーケ
「……やく、ぜん?」
ごりゅ、とすり鉢で香辛料を砕きながら、ウルリーケは問い返す。
うむ、と返すのはブルーだ。青い髪を結いあげて、戦闘態勢といった感じだ。実際に魔物と戦う時は手を入れないのに、料理をする時は何らかの形で結い上げ、まとめている。
――ブルーの戦いは、キッチンだから。
それはもうわかっていることだ。
問題はそこではなく、彼女の発言内容である。
薬膳。要するに薬。そして料理だ。この世界では普段の料理に、この世界では薬効があるとされる薬草の類を、薬味や出汁の元として使っているという。元の世界ではいろいろ種類があったのだろうが、この世界では基本的にスープになっていることがほとんどだ。
基本、煮るだけになるので庶民でも扱いやすいということだろう。
ちなみに冒険者にしか見えないHP、この数値もそれなりに回復する。あくまでもそれなりというのが、微妙にリアルだ。アイテム分類としては、状態異常などの回復系か。
まぁ、異世界と呼称していいこの世界では、さほど関係ないことだが。
「その薬膳、どうする、の?」
「いや、今夜の食事にでもしようかと思ったのだ。体調管理は大事だからな。うまく行けば店のメニューにもなる。モーニングメニューも足らないし、一石二鳥とはこのことなのだ」
「……ん、じゃあ、あとで使えそうなの、探しておくの」
「頼むのだ。調理は任せろなのだ」
ととととん、と素早く野菜を切りそろえていくブルー。
人参、玉ねぎ、それからじゃがいも。
そしてウルリーケがゴリゴリと砕く香辛料。
ふわりと漂うスパイシーな、そして懐かしい香りに、口元がほころんだ。