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宰相アオイと勅命

 ……ひどい目にあった。

 なんていうか、とにかくひどい目にあった。


 頭がグワングワンするし、ちょっと気持ち悪い。

 すんでのところで僕、そしてハヤイと本人の耳にもふもふ精霊が張り付いたおかげで、直撃することだけはなかったんだけど、それでもうるさいものはうるさい。

 直撃というか、直聞というか……。

 普段はもふもふの下位精霊しか呼び出さないこともあって忘れそうになるけど、ブルーの精霊術師としての力はかなりのレベルだ。まぁ、あの量の精霊さんを常時展開できている時点で説明されなくても察することができるような気はするけれども。

 そんな彼女が呼び出したのは花。巨大な百合のような花。これもまた精霊で、音を発して攻撃するとかなんとかかんとか、そんな感じのことをブルーは説明してくれた。ゲーム時代にはいなかったらしく、つまり自力で調べて身につけたものらしい。

 あの花弁をさながら、というかそのままスピーカーにして、レッツ大音量攻撃。

 直撃を見舞われた敵は、かわいそうなことになったというわけだ。

 だけど、もう少し加減というものをしていただきたかった。


「あー」


 ハヤイは未だ地面に転がっているし、敵だった連中は昏倒したまま動かない。

 持参したロープで手足をぐるぐるに縛り上げて、念の為に全員を繋いでみたけど、この様子では必要なかったような気がしている。なにせここまでやっても起きなかったくらいだ。

 これ、鼓膜をどうこう、どころではないような……。


「ふぅ」


 一方、やらかしたブルーはどこかスッキリした顔をしている。

 やりきった顔、ってきっとあれのことだ。


「んー、とりあえずにぃたちに連絡は入れておいたー、けど、まだ返事こねーな」


 よっと、と跳ねるように身体を起こし、ハヤイが言う。

 寝転がったまま、連絡を入れていたらしい。

 末っ子気質なのかどうなのか、そういうところで妙に気が利くなと改めて思う。口調はとてもそうは思えないけど、精神的な年齢は僕なんかよりずっと上になるんじゃないだろうか。


「ま、たぶんあっちも戦闘中なんだろーから、しばらく待機だな」

「そうだね。捕まえたのはいいんだけど、僕らじゃ運べないし」

「精霊に運んでもらう手もあるのだが、そうなると私が先頭に参加できないのだ。流石にそこまで多重であれこれ呼び出せるだけの脳みそは持っていない。この様子だとしばらくは叩き起こしても起きないだろうから、警戒しつつ待機するのに同意するのだ」

「向こうの人数がアホみたいに多いってわけでもないなら、こっちは安全だろーけどなぁ」


 ブルーとハヤイの間で、細かく交わされる作戦内容に、僕は口を挟めない。

 二人の言葉に同意というのもあるけれど、どうも僕と違う次元の話をしているんじゃないかという気が若干してしまう。僕の場合、そこまでのことは考えてないから余計に、だ。

 作戦を立てたり出したりという分野では、僕はさっぱり役立たずだ。

 レーネでの暮らしでは必要ないから、と今までは深く考えることもなかったけど、ギルドマスターでもあるのだから、もう少し知識を入れた方がいいのかもしれない。

 現に僕らは以前、こういう輩の起こした事件に巻き込まれているわけなのだから。

 けれど今の状況ではできないこと。

 今の僕にできることは、カバンから飲み物をとりだすくらいで――。


『あー、てすとてすと、こちら帝都の宰相室ー』


 声が聞こえた。

 聞こえた、というよりもこれは――声を『感じた』というべきか。

 僕はカバンに手をいれたまま、ハヤイは大きく伸びをしたまま、ブルーは精霊を抱き上げようと軽く前かがみになった瞬間のまま、ぴしり、と動きを止めてしまう。

 時が止まったかのような感覚。

 けれど、そんなはずがない。


『冒険者諸君、私はアオイ。この国――ヴェラ・ニ・ア帝国で宰相を務めている。立場としては君たちと何ら変わりない存在。つまり元は日本という国に住んでいた、どこにでも存在していたごく普通のゲーマー。そんな私から、一つミッションの話があるのだが、よいかね?』


 一方的に感じる声は、文字通り頭の中から聞こえている。

 いや、いやいや、それより内容がわからない。

 宰相? この国の?

 僕の知識が確かなら、宰相、とはそれなりの地位のある役職だったはずだ。そしてこの国における冒険者とは、決して身分ある存在ではない。一般人とさほどかわらない程度だ。

 それがどうして宰相になれたんだ?

 しかも、ミッション?


『現在、この国における冒険者の地位を揺るがすクソバカ共が存在している。この世界に住まわせてもらっている身分であるにもかかわらず、悪事に手を染める愚か者のことだ。君たちも聞いたことがあるのではないかね? 誘拐、窃盗を繰り返す――大手ギルドからの出奔者を中心とした犯罪組織のことを。そう、このミッションはひどく簡単な話なのだよ』


 一息、空気を飲み込む音を挟んでから。




『皇帝エクスよりの勅命である。――その不届き者が根城とする古城を攻め落とせ』




 アオイと名乗った宰相は、少し低い声でミッションの中身を告げた。


『詳しいことは各々組合の受付で聞いてくれたまえ。三日後、第三都市ストラにてミッションは開始される。ゲーム時代ほど報酬は潤沢ではないが、苦労に釣り合う程度には用意されていると自負するので安心し給え。それでは君たちの善意とやる気を期待している』


 ぷつり、とテレビを消すような、電波が途切れるような、乾いた音。

 そして声は、少しも感じられなくなった。


「……今の、なんだ?」

「しらない」


 僕が知るわけがない。今でさえ冒険者間の連絡は文字によるチャットの類が基本で、音声なんてものはまったく使えないシロモノだ。せめてギルド間では、と思うことは少なくない。

 今のは、たぶんそんな範囲も飛び越えている。

 まずこの場にいる三人限定のものではない。あの口調は、それ以上の不特定多数にかけた言葉であるように思う。そう、しいていうなら校内放送。それくらい大勢に向けたものだ。

 だけど、いつの間にそんなものが作られていたのだろうか。

 宰相ということはそれ相応の権力があるけど、それを利用して作ったのだろうか。


「あ、とりあえずもうしばらくここに待機だわ」


 にぃから連絡きた、とハヤイが言いつつ、手元を動かしだす。

 一方、僕のところにもテッカイさんから『今のなんか変なの聞こえたか?』という、簡潔なメッセージが入っている。聞こえた、理由はわからない、と返すと、どうやら店にいた他の冒険者が何事だと大騒ぎになって、そのまま言われたように組合へ向かっていったらしい。


「冒険者全員に聞こえてたんじゃねーの。にぃたちとやりあってた連中、大慌てになってそのまま逃げてったってよ。つーことは敵にも丸聞こえってことだよな? なんで?」

「なんで……って、言われても」


 何もわからないよ、これは。

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