ひととき休息
結局外を見て回ることもせず、僕は与えられた客間の一つでくつろぐことにした。
ベッドが一つにソファーが二つ一組の部屋だ。
これからここに人が集まるらしく、一人一部屋なんてことは無理らしい。さすがにそこまで厚かましくなるつもりもなく、むしろソファーといえど休める場所があるのはよかった。
……あぁ、うん。
僕とハヤイはソファーで寝る予定だ。
ブルーは女の子だし、たぶん一番苦労するのは彼女だろうから。それをいうと同じ部屋もダメなんじゃないかと思うけど、流石に普通の一戸建て程度の建物だと次は床で寝るしかない。
いや、最初はもうそれでいいと思ったんだけど、ブルーから怒られたのでこうなった。
疲れた身体を少しは労れなのだ、と。
僕以外の二人も一緒の部屋で、それぞれ手元を動かしつつもくつろいだ様子を見せる。
たぶん誰かと連絡をとりあったりしているのだろう。
僕には、そういう相手はいないからな……一応、残ってるテッカイさんに、到着したことと思った通り面倒な感じで、戻るのは『予定通り』かかりそうって、報告はしておいたけど。
そう、予定通り。
いくら僕でもあんな内容の頼みごとを聞いて、パっといってパっと帰ってこれるなんて思ったりはしない。早くできれば一泊程度ですむかなとも思ったけど、どうやら無理そうだ。
たぶん今日はこのまま休息。
そして、明日が決戦。
僕に何ができるのかわからないけど、頑張らないとな。
「……うーん」
と、ブルーが唸って天井を見上げた。
「どうかしたの?」
「帝都周辺に住んでる、知り合いの『あんぽんたん』に連絡をとってみたのだが――」
「あ、あんぽんたん……?」
「そんな名前で登録してたアレが阿呆なのだ」
「名前なんだ、それ……」
「うむ……とりあえず『アン』と呼ぶのだ」
男だけど、と何故か不服そうに応えるブルー。
確かにアンって行くと、赤毛のあの子のこともあって……女の子っぽいよ、ね。
「話を戻すのだが、いくら『周辺』といえどそこは帝都。ここストラと並んで帝都もまた冒険者の都なのだ。だから今回のことに関係有るような、噂とか事件とかないかと思って」
もちろん仕事の中身はぼかしたのだ、とブルーは続ける。
「レーネにくる冒険者から、悪い冒険者、などの話を聞いたのだが本当なのか、と」
「……それで?」
「少なくとも、帝都辺りでは有名で、かつ問題で――そろそろ『帝国騎士団』辺りが動くのではないかという尾ひれまでついているらしい。どうもこちらの犯罪組織も噛んでいるとか」
その言葉に、僕は驚きを隠せない。
帝国騎士団というのは、文字通りこの国が組織している騎士団。つまり軍だ。よほどのギルドでもない限り、彼らに歯向かって無事ではすまない。なにせ人数が違う、それに組合所属の冒険者の多くが国の側につくだろう。どう考えても多勢に無勢、無謀すぎる行為だ。
それゆえに、騎士団は基本滅多なことでは動かないものなのだという。
彼らは基本帝都に存在し、城や王を守るだけ。
他国との戦争もない現状では、存在はほとんど『あるだけ』といえるかもしれない。
だけども、もし彼らが今回のことに関わるならば。
それは――とても、大変なことになるのではないだろうか。
「僕ら冒険者に足りないのは、この世界に関するリアルな情報、ゲームには出てこなかったり語られなかったりするようなところだけど……現地民と手を組むなら、そこはクリアだね」
「うむ」
「国の方の騎士団が動くっつーと、結構ハデな感じなんだなー」
「そうだね。国家レベルで問題になってる、ってことなんだろうし」
「犯罪組織に関わっているのは冒険者ではあるが、迷惑を被ってるのは冒険者に限ったことではないようなのだ。そうなると、国も動かざるをえないということなのだろう」
「ってことは、オレらが関わってるこの一件、まだまだおわんねーのかもな」
ハヤイが呆れるような、疲れたような、そんな声でつぶやく。
そう、たしかにそうかもしれない。
国が動くほどの事件が、僕らが関わるこの一回で片付くわけがないし。これから、あちこちで似たようなことが行われるなどして、じわじわと追い詰めていくのだろう。
それが長引くほどに、冒険者への扱いも変わるのだろうか。
僕がもしこの世界の人なら、犯罪組織と手を組むような人は怖い。
考えてみれば、僕らは『魔物という人を殺せるほどの生き物と戦う力』を持ち、ギルドという名の『同じような力を持つ数人が団体行動する集団』を構成しているわけなのだし。
いくら国が作った『冒険者組合』で管理していても、現にそこからドロップアウトした人たちがなんやかんやし始めた。……あぁ、だから国が動いたのかもしれない。
ややこしいことになってきた、のかなぁ。
うーん、と唸っていると、扉が軽くノックされる。
それに続いて。
「あっ、あのーっ」
という、聞いたことのない女の子の声がした。
扉に一番近いところにいたのはブルーで、僕とハヤイを見た後、小さく頷くと立ち上がって扉の方へ向かう。その手が扉を開くと、廊下に立つ少女の姿を確認できた。
「えっと、『暇人工房』のみなさんですね! はじめまして!」
ぎゅんと音がしそうなくらい、勢い良く頭を下げる少女。
見るからに後衛職、といった感じの服装だった。
「わたし、サクラっていいます! これでも『冥刻の新月騎士団』の団員です!」
「は、はぁ」
勢いに押され気味のブルーが、困惑した様子で答えている。
確かにあの勢いは、僕でもちょっと面食らう感じだ。
似たようなのだと一人平然としている、そう、そこのハヤイが近い。どっちも天然入ってそうだから、応対する側は振り回されつつ何もどうにも言えないって感じの……。
「フェリニさんが、みなさんとお話がしたいって言ってます、のです!」
「彼女が、こっちに来てるんですか?」
「はい! だってフェリニさんは『副団長』ですから!」
思わず割り込んだ僕の方を見て、サクラと名乗った少女が答える。
見た目、ウルリーケやガーネットと同じくらい、かな。性格の幼さもそんな感じだ。もちろんわざとそういうふうにしている、そう演技している、なんてことでもなければだけど。
それにしても、彼女が直接来ているのか。
きな臭い、というわけじゃないけど、僕が関わってよかったのか、無謀だったんじゃないかという思いが強まっていく。たぶんこの一件に関係している冒険者で、一番弱いのは僕だ。
けれどその存在がここにいるという状況で、僕は生き残れるのだろうか。
いくら復活すると言っても……そう何度も死にたくはない、なぁ。




