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歌姫ユーフォリア

 ユーフォリア、という名前に、僕はある人物を思い出す。

 それは工房の常連カップルの彼氏さんの方、ザドーウィスさんだ。歌い手として有名な彼は各地を飛び回り、確か少し前にユーフォリアという歌姫と一緒に仕事をしたと聞いている。

 この、青い髪の少女がそうなのだろうか。


 話を聞いた感じでは、妖艶な美女のようなイメージがあったのだけれど、見た感じは僕らと変わらない背格好。高校生か中学生くらいにしか見えない。

 服装は華やかで大人びているから年上に見えるけど、顔つきは幼げだった。

 流石に顔の作りは別人だけど、でもフードを目深にかぶるなどして隠していれば、遠目には判断できないんじゃないだろうか。ブルーだと背丈も似ているし、髪の長さも同じくらいだ。

 そもそもユーフォリア最大の特徴はたぶん声。あの声は一度聞いたら忘れることはできないだろう。つまり、喋らなければ近づかれてもわからない可能性もある。

 やっぱり囮要員なんだろうか、僕たち――というか、ブルーは。


「早速だが――」


 挨拶しようとしたそのタイミングで、トキさんが口を開く。

 アイシャさんがお茶を配り終えるよりも、それは早い。


「状況を説明させてほしい。弟からはどの程度聞いている?」

「急ぎの仕事だ、という感じです」

「そうか……」


 ふむ、とトキさんは少し考え込んでたから。


「この仕事は彼女、ユーフォリアの護衛だ。同時に彼女を狙う者、誘拐を企てている連中を捕まえることも含まれるが……それは一度忘れてくれていい。優先すべきは彼女の無事だ」

「あの、それならどうして、えっと……」

「囮のようなものが必要なのか、って? そこはあれだ、一緒に仕事を受けたギルドからの要望でね。向こうでも囮は用意するそうだから、よほど深い事情があるようだよ。そもそも守るのではなく捕縛を言い出したのはあちらだ。人手不足だっていうのに、無茶するよまったく」

「あちら? って、なんだよウタにぃ」


 怪訝そうに兄を問いただすハヤイに、それは、と答えたのは宴さんではなかった。記憶にガリガリと刻み込まれるような美しい音を持った声、それは歌姫ユーフォリアの声。

 僕らの方をじっと見た彼女は、眉尻を力なく下げた表情を浮かべている。


「わたくしが最初に護衛を頼んだギルドですわ。冥刻の新月騎士団はご存知?」

「た、多少は」

「最初は、彼らに護衛を頼みましたの。ストラでは一、二を争うトップギルドですし、そこらのゴロツキなど敵ではないでしょう? けれどあちらにも何か事情があるようで、このシロネコ運送の皆様にも助力を願うことになって、おかげでわたくし、ここに缶詰状態ですのよ」


 ふぅ、とユーフォリアさんは憂鬱げに息を吐く。


「早くエルートに、第四都市に帰りたいだけですのに」


 聞けば、ユーフォリアさんはストラでの定期公演を終え、これからしばらく仕事を入れずにオフにする予定なのだという。今となっては、オフにする予定だった、というべきか。

 ともかく彼女は帰りたかった、家に。

 移動する時に護衛を雇うのは珍しいことじゃない。僕らが使う定期馬車にも、護衛として雇われた人がひっそりと乗り込んでいるという話もある。確たるものでないのはたぶん、見せしめのようなものなのだろう。いないかもしれない、でもいるかもしれない。そう思えばよほど腕に自信がない限りは、襲ってこないはずだという考えだ。


 しかしユーフォリアさんの場合は、まず彼女が有名人なので定期馬車は使えない。

 声を出さなければ、なんてさっきは思ったけれど、あんな密室ではそこにいるだけで気づかれてしまう可能性もあるし、その距離ならたぶん――冒険者の特権の一つ、ステータス画面を開くこともできるだろう。いくら見た目を変えても、ごまかしきれないものを見られてしまう。

 こんな回りくどいことをしているんだ、たぶん彼女を狙う誰かの正体が未だにつかめていないんじゃないだろうか。もしそうだとしたらこれ、想像以上に厄介な案件なんじゃ……。

 悩みつつ紅茶を飲んでいると、ふいにブルーが口を開く。


「……というか、帰りたいだけの人間に対する護衛で、どうしてこんな大事になったのだ。シロネコ運送なら充分送り届けることができるし、戦力的にもまったく問題ないと思うのだが」

「それは――」


 トキさん、そして宴さん、アイシャさんがユーフォリアさんを見る。

 言うべきか、言っていいのか。

 迷うような視線に、やはり答えたのは当事者である歌姫だった。


「奴らの狙いがわたくし――歌姫ユーフォリアの『冒険者としての力』だからですわ」

「ユーフォリア、さんの、力?」

「わたくしに対する『力技の協力要請』ですのよ、ふふ」

「それって……」


 僕は思わずブルーを見た。

 以前、彼女はその力を見初められ、誘拐されかかっている。そういうことをする人が少なくないという話は、度々冒険者との話でも上げられていたし、組合からも注意喚起がきていた。

 最近は、報告も減少しつつあったから、まさかここで話題に出るなんて。

 だけどブルーが狙われたくらいだ、ユーフォリアさんが狙われるのは当然か。


「わたくしの『出身地』が帝都である――といえば、理由は伝わると思うのですけれど、これでも最初期の頃から嗜んでいた、まぁ古参ユーザーの一人でしたの。そこの双子と、新月騎士団のギルドマスターとは知己の関係というか、今はもうないギルドに一緒にいた仲間ですわ」

「そのギルドは早期にギルマスが引退して解散になってしまったから、実際は一ヶ月くらいの繋がりだけどね。まぁでも、なんだかんだゲーム上で会えば話もしたし、ユーフォリアには時々手伝ってもらったりしていたよ。……なんていうか、あれだよ、ゲーム廃人だから、これ」

「だまらっしゃい」


 人のこと言えないでしょうが、とユーフォリアさんが宴さんを睨む。

 それから、こほん、とわざとらしい咳をして。


「そういうツテを使って、直接騎士団に依頼をしたのですわ、最初。だけど肝心の十六夜がいなくなってるし、何人か古参メンバーが抜けたとかで落ち着きもなく、それでも公演中から話を進めていましたのに、護衛なんだか犯人退治なんだかよくわからないことになってますの」

「確かに犯人をぜーんぶとっつかまえりゃー、逃げまわるより楽っちゃ楽だけどよー」


 雑じゃね、とハヤイが首をかしげる。

 確かに攻撃は最大の防御というし、犯人を捕まえればそれで万事解決だと思う。だけど状況から推察できるその作戦内容は、流石に危険な橋を渡っていると言わざるをえない。

 やっぱり、何かあるんだ。

 逃げるのでも守るのでもなく、捕まえなきゃいけないような何かが。


「説明をしたいが、当事者であるユーフォリアすら理解が追いついていないし、説明もされていないというのが現状だ。当然こちらにある情報も、不確かなものが多い。暫定団長のフェリニは無茶をするような性格ではないと思っているが、いろいろ解せない所があるのも事実だ」


 だが、とトキさんは僕を、ブルーをじっと見つめる。


「よろしく頼む」


 そう言って深々と頭を下げるトキさんに、たぶん僕は一番困った。

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