重い、苦しい、よろしくない
という経緯でやって来ました、第三都市ストラ。
三階から四階ありそうな建物も多く、ここだけみるとそういう景観を維持している現代みたいな感じがする。もっとも、僕の横を通り過ぎたり、その建物に入っていく人々の姿はファンタジーのそれそのものと言った意匠で、それ以前に人間ではない種族も少なくないけど。
いつも通りなら、この見慣れない光景に僕は目を輝かせるだろうし、そうするべきなのだろうと思うけど、あいにくそれらを遮断するものが鈍感な僕ですらわかるほど立ち込めている。
なんというか、あれだ。
気分としては――実体験はないけど、不良のたまり場に迷い込んだような。
一言で言うなら、近寄るのもイヤだなぁって思うくらい、雰囲気が悪い。明らかに悪いという感じではなく、暮らせないほどでもなく、だけど長居するのは、みたいな感じの絶妙さ。
たぶん、その絶妙さがこの都市と都市として保っているのだろうと思う。
どこからそんな気配がするんだろうと見回すけど、決定的なものは見当たらない。
しいて言うならガッチガチに装備を固めた冒険者が多くて、普通の人っぽい身なりの通行人があまり見られないことだろうか。表情も硬い、というかあまり笑っている人がいない。
道を歩く人は住民も冒険者や旅人もみんなラフな格好で、笑顔を浮かべて楽しげに歩いているレーネとは真逆といえる。そういうのもあって、人一倍雰囲気の悪さを感じるのかな。
「……なかなか、すさまじいのだな」
僕と同じような感想と印象を持ったのか、ブルーがしかめっ面でつぶやいている。
彼女は髪を三つ編みに結い、それをフード付きの街頭ですっぽり隠していた。これはこちらに来る際にはこうしてほしいという要望に答えたもので、フードを目深にかぶっている姿からは髪はもちろん瞳の色すらうかがい知れない。覗きこまないかぎり、顔はわからないだろう。
この指定を聞いた時、僕らは『囮』が目的なんだなという結論を確信した。
彼女が青い髪であることを見られてはいけない、何かがあったのだろうと思う。
その場合、やっぱり『囮』の一言が浮かんでくるわけで。
「宴にぃが迎えに来るから適当に待ってろってさ。そこのカフェっぽいとこで待とうぜ」
と、向こうと連絡をとっていたハヤイが、指をさす。その先にあるのはオープンカフェといえば聞こえがいいけど、客層などを見た感じではむしろ飲み屋に近い店舗が一つ。
とはいえ小綺麗な感じの内装のおかげなのか、比較的お付き合いしやすそうな顔が多いように見える。立っているのも目立つし、ハヤイが誘うということはたぶん知っている店だろう。
僕らはその誘いに頷き、足元の荷物を持ち直すと店へと向かった。
適当なテーブルに腰掛けて、メニューを開く。
「カフェ兼軽食……って感じだね」
「ここは冒険者がやってる店でさ、ほっとさんど、っていうんだっけ? あのサンドイッチの端っこくっつけた感じのぬくいやつ。あれが食えるからねーちゃん好きなんだよ、ここ」
「いろいろ種類があるから女性受けしそうなのだ、ふむふむ」
きらり、とブルーの目が商売人のそれになっている。
たしかあれは、パンと具材をサンドしたものを挟み込んで温めて……みたいな作り方をするんだったっけ。テッカイさんに頼んだら、その挟んで温めるための器具は作れそうだ。
たぶん僕よりブルーの方が詳しいだろうし、食堂のメニューに関しては任せておこう。
こういう時ぐらい、食堂のことを忘れてゆっくりしてもいい気がするけど。
■ □ ■
それぞれ注文したものを食べていると。
「んぐ」
肉を甘辛く煮付けたものに生野菜を組み合わせたモノを食べていたハヤイが、それを口に加えたまま立ち上がって周囲をきょろきょろする。その視線が、ある方向を向いて止まった。
「んーん、んぐぐぐー」
食べ物を持っていない方の手を、大きくぶんぶんと振る。
彼が見ている方に目をやると、そこには長身の美丈夫が一人、周囲の――主に女性の悩ましげな視線を集めつつ、姿勢の良いフォームでこちらへ歩いてくるという光景があった。
どことなくハヤイと似た面影を持つ、彼は宴さんだ。彼は立ち上がりはしゃぐ弟を見て小さく手を振ると、その直後に通りかかった馬車の通過を待つべく足を止める。
その姿をしげしげと眺めつつ、僕はふと気になることがあった。
「ねぇ、ハヤイ」
「ん?」
「宴さんの格好、落ち着いた感じだけど……なんか、前よりハデになってない?」
以前会った時のこれでもかと肌を露出させたいたものと違って、今日の宴さんはわりと大人しい格好だった。肩周りはさらされているし、あの羽衣のようなストールも健在だけど。
その代わり増えたのは、貴金属系だと思われる装飾品だ。
腕輪や指輪、首飾り。
幾つか重ねるように身につけられたそれは、動くといい音を奏でそうに見えた。
「露出は減ったから良いと思うのだ。というかたぶん――」
「たぶん?」
「私が知る限りあんな露出の高くハデハデな男性用の衣装、いや装備はゲーム中には存在しなかったはずなのだ。おそらく、ゲームでは女性キャラでプレイしていたのでは、ないかと」
たしか『踊り子』の女性用装備にああいうのがあったのだ、とブルー。つまりあれやっぱり女性用の装備だったのか。それでも着れていた辺り、どういうものかよくわからないけど。
ただ、性別が男性になっているのはなぜなのだろうか。
それなぁ、とハヤイが話に入ってくる。
「たぶんウタにぃ、キャラは女子だけど中身は男のままだったからじゃね? 別にオンナノコのフリとかしてなかったし。それでちゃんと男認定されて、あんな感じになったんじゃね?」
「へぇ……」
それって性別を偽って異性キャラになりきってた人は、と今後冒険者を見る目が変わりそうな怖いことを考えたけど、あまり深く追求したらいけない気がして、そっと思考をやめた。
ハヤイが言うには、あの格好だったのは他にちょうどいいものがなかったから、という理由があるらしい。装備としての価値はともかく、布地の少なさの割にあれは動きやすく丈夫なものだったのだそうだ。宴さんはああ見えて前衛らしいので、簡単に破ける服では困るとか。
他所の国では朝夜を問わず襲ってくる盗賊への対処の方が面倒なくらいだったそうで、結局装備を見直しも新調しないまま、あの日レーネに現れたというのが事の真相らしい。
普通の旅人ではそうでもないらしいのだけど、なにせ彼らが同行していたのはあのキャラバンだ。ハヤイもよくは知らないそうだけど、あのキャラバンでも結構な財力があるというし。
ある程度の組織力があるなら、狙わないほうが逆に不自然と言える。
しかし彼らは残念ながら魔物じゃないので、ドロップ品はない。
つまり、装備を新調したくとも、なかなか難しかった、ということのようだ。
そういえばガーネットも、商品に使う素材にはすごくこだわってたっけ。テッカイさんも重すぎると使えないし、軽いと脆いし威力もない、と呟いてるところを何度か見かけた。
ゲームそのままではないだけに、難しいところのようだ。




