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にゃーにゃー連絡網

 ハヤイの朝は早い。

 まだ明けきらないうちにそそくさと寝床から這い出して、まず顔を洗う。それから冷たい水をコップ一杯ほどくっと飲み干したら、軽い運動を兼ねてレーネの街中へと走りだす。


 これは元の世界からも続けている早朝ジョギング。

 全く違う世界に来てもなお、こういう習慣は抜けない。


 ジョギングのついでに森の中も少し見て回り、朝食のデザートになりそうな果物などを軽く物色するのが、新しい習慣だ。もちろん空振りに終わることも多いが、朝の森というのは空気が日中とは少し違って悪くないと思う。たまに魔物とエンカウントするのだけが問題だろう。

 今日はそういうこともなく、ついでにめぼしいものも見つからず、ハヤイは肩をすくめるように息を吐いた。といっても落ち込んではいない、ちょっと残念だと思うくらいである。

 もう少しぶらついて、朝市が開いたところに土産を買いに行こうか。


 そんなことを考えつつ、森を出たその時だった。

 視界の橋に、ぽこん、と浮上する画面。

 新着メッセージを知らせるそこには、実兄の名前が記されていた。



   ■  □  ■



 今日もいつも通りの朝が来た。

 変わらないようで、でもちょっと違う日々の中でも変化の薄い朝。僕は身支度を整えると洗濯物を抱えて、いそいそと部屋を出た。畑はブルーが見ていると思うから、その間に仕込みの準備を始めようか。ちょっと早いけれど買い物に出かける、というのもありかもしれない。

 あぁ、でもそれならこの時間、街のどこかを走ってるハヤイにお使いを頼む方が、無駄がなくていいかもしれない。一人で持たせるのも何だし、どこかで待ち合わせて一緒に行こうか。

 ともかく、そこら辺はブルーと相談だ。

 足りないものがあれば買いに行くし、不足がないなら彼女の手伝い。

 そんな感じに、僕の朝は通り過ぎていくのだけど。


「……ん?」


 ふと、廊下の窓からコツコツと音がする。雨が降っているのかと一瞬思ったけど、外は朝焼けが綺麗な空が広がり、少なくとも今すぐ振りそうな気配は微塵も感じない。

 三階廊下だから木なんかはずっと下に茂っていて、何かがぶつかっているわけもない。

 童話なら小鳥がくちばしでツンツンという流れなんだろうけど、さすがにそれは。だけどここで放っておいて割れたりしたら大変だから、僕は一度は通りすぎた窓の方へ数歩戻って。


「おーい」

「うわぁ!」


 直後、ばたりと開いた窓と、にゅっと下から顔を出したハヤイのせいで腰が抜けた。

 そりゃあ、彼の運動神経やスキルなどを考えれば、何かのゲームみたいにひょいひょいと壁を登ってくることは簡単だろう。実際、よっこらせとじじくさいことを言いつつ、廊下に入り込んでくる彼は疲れた様子など見せていない。この程度、文字通り朝飯前だったはずだ。

 だけど、だけどね、この工房にはちゃんと出入り口がある。

 壁を登らなくても問題ない入り口と、そこから通じる廊下並びに階段がある。


「入り口から入ってきなよ……」

 おもいっきりぶつけた腰というか尻を撫でつつ、僕は立ち上がった。周囲には腰が抜けた勢いで撒き散らされた洗濯物。ハヤイが拾ってくれてるので、それ以上いうのはやめた。

「それで、そんなところから出入りして何かあったの?」

「あー、実は散歩してたらにぃから連絡入ってさ」

 洗濯物を受け取りつつ話を聞くと、どうやらシロネコ運送の方で何かあったようだ。多分人手が足らないということなのだろうから、弟ハヤイに手伝ってほしい、というパターン。

 僕の記憶が正しければ、しばらくハヤイ――正しくは彼という戦力が必要になる仕事はうちには入っていない。さすがにこれから先がどうかは分からないが、今の段階では彼が離脱しても問題はないだろう。もちろん、スケジュールをチェックしないと返答できないけれど。


 ハヤイは妙にそわそわしている感じだ。

 もしや、あちらはだいぶ危ないのだろうか。

 シロネコ運送は今、第三都市を半分拠点に動いていると聞いている。

 冒険者の街というだけあって、競争率も高いだろう。何かと揉め事も多いらしく、お客さんの中には第三都市には近寄りたくない、と公言する人までいるくらいだ。依頼も、採集系が多いレーネと違って、討伐――それも強大なものが指定されることが多いらしいし。


「ブルーに言ってお弁当作ってもらおうか? 早めに出発したいよね、やっぱり」

「あ? あー、うん、それはそうなんだけどさー、今回呼びだされてるの厳密にはオレじゃないっつーか、こんなの頼むのアレかなってオレも思うんだけど、実はブルーなんだよね」

「え? ブルー?」

「うん。正しくは『高校生ぐらいの年齢で、青っぽい長髪の女の子がどうしても必要だから声をかけてくれないか』ってトキにぃが。なんか焦ってる感じだから、応えたいんだけどさ」


 どう言えばいいのかと、とハヤイが苦笑する。

 確かにこれは僕でも困る。

 まずこの工房はある意味ブルーが中心に回っている、と言っても過言じゃない。それぞれみんな店を構えてはいるんだけど、食堂の手伝いなんかは自然とみんなで行っている。

 食事なんかは彼女の仕事で、畑の管理も任せっぱなしだ。

 お客さんも買い物のついでにお茶や食事、ということも少なくないし、何より夜食堂が叩き出す売上はバカにならない。その額の見極めが、僕としては最重要課題になるほどだ。

 向こうの用事がどんなものであれ、彼女を向かわせるとなるといろいろ調整しないといけないことが多いだろう。受けられる依頼や、食堂が休店する間の損益だとか。

 いっそ工房を閉めて冒険者家業、いや僕が不安定すぎて無理だ。後方からの支援は基本的に二人で行っているけど、僕一人になった場合にどれだけ戦力のロスがあるのか……。


「……とりあえず、本人に話を聞いてみないとね」

「そだな。にぃ達にも連絡入れて、もちっと事情聞き出してみるわ。なんかホント忙しいみたいでさ、要件しか聞いてねーんだよね、オレも。たぶんオレも行くことになると思うよ」

「だろうね」

 ブルーだけで旅を、というのはそんなに心配していない。定期馬車を使えばそれほど困難な道程でもないし、むしろ気になるのは彼女を名指しで呼び出す、その案件だ。


「危ないことじゃなきゃ、いいね」

「だなぁ……」


 本当に、それだけが心配だ。

 トキさんや宴さんのことだから、そういうことはないんだろうけど、やっぱりね。

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