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ようこそ、第五都市レーネへ

「ごめんなさい! 本当に、本当にごめんなさい!」


 広場に戻ると、まず僕に謝罪が飛んできた。

 我を忘れて僕に怒鳴り散らしてごめんなさい、とエリエナさんが何度も頭を下げる。彼女が怒る理由はわかっているから、ちょっと驚いたけど迷惑じゃないよと伝えても終わらない。

 彼女を迎えに行ったのが僕だった、というのも悪かったようだ。

 エリエナさんは責任感が強い人だから、すっかり落ち込んでしまっているらしい。


「え、えーっと、それはもういいので、えっと……ほら、セリカ」

「……」


 僕の後ろに隠れているセリカは、ゆっくりとエリエナさんの前に向かう。一瞬、エリエナさんの目がまた鋭くなったが、とりあえずグっと飲み込んだようだ。さすがにここでまた同じことを繰り返されたら困る。一番危惧していたことだけは、何とか回避できたようだ。

 向かい合った二人は、しばらく無言のままだった。

 どちらとも、何から言うべきか迷っている感じだろうか。


「セリカ」

 最初に口を開いたのはエリエナさんだ。

「お祖父様にはなんと言ってきたの?」

「……なにも」

「巻き込んだ人に悪いとは思わないの?」

「……思う」

「じゃあ、することはわかるわね?」

「……うん」


 というやりとりはさながら姉と妹だ。僕の身の回りにはいないけど、昔見知らぬ姉妹らしき二人組が、同じようなやりとりをしているのを見たことがある。なにか悪いことをした幼稚園ぐらいの妹を叱る、小学校の――たぶん高学年だと思う姉の二人組だ。

 そこまでの年齢差はないけど、今の二人があの姉妹の記憶と少し重なって見える。

「ごめんなさい……えっと、あの」

 セリカがちらちらと僕を見上げた。

「えっと」

 名前、と言われて、そういえば自分の名前を言っていないことを思い出す。慌てて名前を伝えると、何度か唱えるように繰り返し呼ばれた。ちょっとくすぐったい感じがする。


「迷惑かけて、ごめんなさい」

「いいよ、僕が好きでしてたことだから」

「迷惑かけてごめんなさい。わざわざ手伝ってもらったのに……」

「いいですよ、それより……そろそろ、なんじゃないですか?」


 ちら、と僕は大鍋の方を見る。

 そこには食べられるのを待つばかりの料理。

 そして、ことの成り行きを見守る人々。

 エリエナさんはハっとしたような顔をしてから、息を大きく吸い込んで。


「えっと、ちょっとゴタゴタしましたけど、大農園の恒例、収穫祭を始めます!」



   ■  □  ■



 レーネ大農園の、恒例行事なんだそうだ。

 こうして畑一つを大きく収穫するごとに、売り物にはしない作物を使った料理を作ってみんなで分け合うというのは。ここぞとばかりに酒も用意され、ちょっとした祭りになるのだと。

 これは苦労をねぎらうという意味もあるけれど、同時に実りへの感謝、そして次への祈願が含まれているという。大人も子供もみんな大騒ぎの、楽しい声だけが満ちている。


「んー、おいしいですねー」


 僕の横にはウルリーケとガーネットがいて、それぞれ料理を口に運んでご満悦だ。スープはごろごろと野菜や肉が入っていて、スパイシーな風味と具材の甘味の調和が完璧。

 さすがブルーが味付けを担当しただけはある。

 スパイシーと言ってもきつすぎない風味だから、僕らにも食べやすい。ブルーがいうにはスパイスの調合を整えて陵も増やせばスープカレーになるだろう、とのことだ。

 スープカレー、僕は食べたことがないけど美味しいんだとか。

 そのブルーはレインさんやエリエナさんらと一緒に、自分の食事も後回しに小さい子供の面倒に追われている。本当に小さい子供はお母さん方でなんとかなるんだけど、リュニぐらいの子供まで手が回らない。まぁ、エリエナさんのいうことはみんな聞くから、大丈夫そうだ。


「……」


 一人、無言で食べ続けているのはセリカ。

 美味しいのかどうか尋ねたら、美味しいと答えたので大丈夫だと思う。しかめっ面をしているように見えるけど、ほんのりと顔が緩んでいるので安心した。やっぱり食事は、楽しい気持ちも一緒に食べないとダメだ。お腹は満たされても、心が満たされなきゃダメなんだ。

 少し離れたところでは、同年代のお兄さんらと飲み比べするテッカイさん。

 あんまりハメを外すと、レインさんが怒るけど……まぁ、今日くらいはいいかなという気がしないでもない。ただ、酒盛りの場に当然のように混ざっているハヤイだけは回収したい。

 器を置いて彼のもとに向かい、ずりずりと引きずるように連れ出す。

 飲むつもりはないんだろうけれども、ほら、巻き添えはかわいそうだし。

「ハヤイさん、よくあんな酒臭いところにいられますね」

 回収されてきたハヤイに、ガーネットが声をかける。

 確かにあの一帯、ものすごい酒臭かった。近寄っただけで酔っ払いそうだったけど、ハヤイはけろりとしたまま新しくよそってきたスープをスプーンで掬っている。


「あー、うちはにぃが結構飲むし、ねーちゃん絡み酒だし」

「……な、なるほど」


 そういえばハヤイの兄姉はみんな成人してるから、お酒は比較的身近なんだろう。一番暇という理由で主夫も担当しているから、買い物なんかも主導なんだろうし、実際にお金を出したり買うのは兄や姉としても、彼らが飲むお酒についてもいろいろ考えているのかもしれない。

 それにしても、あのアイシャさんが絡み酒……。

 うぅん、イメージがちょっと。


「あ、そうだ、セリカ」

 空の食器を手にしたエリエナさんが、僕等がいるテーブルのそばを通りかかる。

「領主様のところにお祖父様からの連絡が入っていたの」

「え……あ、うん。おじいさま、なんて?」

「静養ってことでしばらくそっちにいなさい、ですって。それからわたしにみっちりしごいてもらっておきなさいって言ってたから、明日から早速一緒にお勉強しましょうね」

 先生も来るし、とエリエナさんは笑顔を浮かべて去っていった。

 つまり、セリカはしばらくレーネに滞在していいらしい。勉強の内容は定かではないけれど結構厳しい物なんだろう、ぱぁっと明るくなった表情が、凍りついたように固まっている。

 そのまま口をつぐんでうつむく様は、まさに天国と地獄と言えるだろう。


「……大丈夫?」

「うれしいけど、うれしくない」


 複雑なその一言に添えられたのは、しかし嬉しそうな笑顔だった。

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