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跡取り娘の憂鬱

 僕がセリカを見つけたのは、最初に出会った畑のそばにある水路脇だった。ドレスの裾が汚れることもきにならないらしい彼女は、膝を抱えるようにして背を丸めて座り込んでいる。

 足音を消さずに僕は近づき、すぐ横に腰を下ろした。


「勝手に来ちゃったの?」

「……」


 こくり、と頷くような動き。

 貴族がよくわからないでいる僕も、そういう身分の人の立ち振舞の重要性は何となくわかっている。書物、物語を通じて、というあやふやなものでも、今回のセリカの行動は褒められたものではないことは明らかだ。普通に危ない、現代日本人の感覚でも普通に危ない。

 見たところは確かに姉弟と同じぐらいか少し下――最低限小学校は卒業してそうな年齢に見えるけれど、そんな子がたった一人で嘘までついて、ここにくるなんて危ないにも程がある。

 あと、これは僕の偏見も入っているけど、司法に関係してるとなるとやっぱり逆恨みとかもあるだろう。ましてやセリカみたいな子供が一人でいたら、狙ってくれと言わんばかりだ。

 エリエナさんの心の中を思えば、我を忘れて叱責するのも無理はない。

 彼女もそれはわかっていて、今はすっかり落ち込んで元気がない。

 何となく身に覚えがある、ちょっとだけ嫌な部分が刺激される姿だなと、思う。

 罪悪感と、苛立ちと、申し訳無さと、だけど張り詰める意地。

 そういうものが混在して、すねたような態度を取るしかできない感じ。親に怒られた、それに対して納得しつつも気に入らないというか、おそらく誰でも経験したことのある感情だ。


 こうなったら、なかなか脱却するのは難しい。

 自分で振り払って立ち上がらなければならないからだ。いや、人に言われてどうにかすることもできるんだろうけど、後々思い出してはモヤモヤする元凶になることもある。

 僕にできることは、彼女の話を聞くことだけだ。

 話を聞いて、彼女が自分で立ち上がる決意を促すこと。それも手を引いて行くのではなくて自然とその方向に歩き出せるように、少し後ろをついて歩くような感じで。

 本来なら、こういうのってうちではレインさんの領分だ。

 所詮僕なんかはただの高校生で、親の庇護がないと生きていけない子供。そういう意味ではセリカと何も変わらない。だから本当なら、僕がするべきことじゃないのかもしれない。

 しかしこのままほっとくわけにも行かない、乗りかかった船だから。


「どうして、レーネに来たかったの? エリエナさんに会いたかった?」

「……それも、あるけど」


 ぼそぼそ、と口元を動かす小さな声を聞き取った限り、動機としてはこんな感じだ。

 セリカの家、つまりジェリオール家は、僕が思った通り代々司法に携わる家系で、彼女の祖父は裁判官を勤めているという。ご両親はいない、というか覚えていないのだという。

 説明はされなかったけれど事故か病気で、まだ彼女が幼い――物心もないような頃に相次いで亡くなってしまったようだった。そんなわけで、彼女は祖父に育てられたのだ。

 厳格な祖父は子煩悩な人で、たった一人残された孫娘を不憫に思い、旧知の仲にあるエリエナさんの祖父を通じて二人を出会わせ、少し歳の差のある二人は仲の良い友人関係になる。


 しかしエリエナさんが家を継いでしまうと、なかなか会うことができなくなった。

 元より都市間の距離もあり、年齢差もあって、祖父同士がいなければ接点すらなかっただろう二人がそうやって疎遠になっていくのは、ある種自然のことのようにも思える。

 それに、たぶんセリカもまた『跡取り娘』なんだろう。

 年齢的にまだ本格的ではないだろうが、彼女もいずれは祖父を継ぐために勉強とかに励まなきゃいけなくなる。そうなったら二人の縁は、途絶えてしまうかもしれない。

 それが、何となく嫌になった、らしい。

 ふとした瞬間、思い出して耐えられなくなって、衝動的に飛び出した。

 それが彼女の行動の、たぶん彼女なりに考えた理由だろう。

 セリカ自身、自分でもなんでそうしたのかわからない、というのが正直なところなんだろうと思う。気づいたら、そんな言葉がしっくりくるような行動だったんだろうなと、そう思う。


「自分でもバカなことしたとは、思うけど……でも、他に誰もいないんだもの」

「友達は?」

「あんなバカな子、友達じゃないわ」

「そ、そんな言い方は良くないと思うな」

「口を開けば殿方の品定めしかしない、頭の悪い子ばっかりよ。あの子達は適当な相手と結婚して子供を産めばそれでいいのだろうけど、ジェリオール家はエルートの理を司る名家。わたしはいずれあの街を守る『番人』にならねばいけないのよ」


 だから、とセリカは続けて。


「エリエナの方が、ずっとずっと話が合うわ。彼女は賢くて、いい人だから」

 そう言って、またセリカは口を閉ざす。


 気持ちはわからなくもない。学校でも名門大学を狙うような子は、いつ見ても難しそうな書籍を広げて勉強しているし、そうじゃない子は絵に描いたようなゆるい高校生をしていた。

 どっちにも属さない僕みたいなのは、前者からすると後者の枠組みなんだろう。

 セリカは、その例えだと前者。エリエナさんもそうだと思う。若くして背負うものを見定めていたり、実際に背負っている彼女らからすると、そういうものがない同年代の子は子供に見えるんだろう。実際僕なんかは子供だし、考え方ひとつとっても彼女らとは別物に違いない。

 そういう意味で、セリカに取ってエリエナは特別な相手なのだ。

 未来の自分のモデルケースであり、憧れであり。ただの友情では収まらないものを、否応なしに向けてしまう相手。そんな相手との別離を、仕方ないと言える年齢ではないだろう。

 しかしそれはそれ、これはこれ。

 彼女の言い分を伝える前に、彼女にはやることがある。


「そろそろ、戻ろうか」

「……」

「エリエナさんだってちゃんと謝って理由を言えば許してくれるよ。それとも、セリカが大好きなエリエナさんは、ごめんなさいって言う人を許してくれない人なの?」

「だ、大好きじゃない! あ、ちがう、好きだけど、だけど」

「はいはい」

「……じゃあ、戻るわ。道案内しなさい」


 真っ赤な顔で睨まれるけど、少しも怖くない。それではお手をどうぞお姫様、とちょっと気取ってみたら怒ったので、仕方がないな、と普通に手をつなぐことにした。

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