表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/136

かもん★精霊さん

「そろそろ休憩なのだ」


 ブルーにそう言われたのは、空が若干赤く染まり始めた頃だった。軽い昼休憩を挟んでから延々と畑や土と格闘すること数時間、ひと通り収穫作業は終わって畑は更地になった。

 休憩、というよりも夕食なのだろう。

 確か女性らが何か、料理を作ってくれるという話は聞いた。

 呼びに来てくれたんだなと思いつつ、よくよく彼女を見れば農具ではない、見覚えのある杖を手にしている。精霊術師の必需品である、専用の装飾などを施したかなり長い杖だ。

 何をするのだろう、という疑問はさすがにない。

 実りを生み出した原動力とも言える精霊を呼び出し、感謝を捧げるのだろう。

「暇してるなら手伝えなのだ」

 ほい、と渡されるのは精霊のご飯。

 ブルー特性のハーブブレンド。もう一つの必需品である水は、畑のそばに水路が通っているからそれでいいのだろう。形的には、うちの裏庭菜園と同じような感じだ。


「わかった、ちょっとまって」

 ひとまず畑から出て、袋の口紐を解く。どこに広げたらいいんだろう、と少し見回すと、ちょうど良さそうな箱があった。収穫した芋を入れるための箱で、三つほど残されている。

「おにーちゃんたち、なにかするの?」

「ちょっとやることがあるから、先に行ってていいよ」

「わかった! にーちゃんもはやくな!」

 兄妹が大きく手を振りながら駆け出していくのを見送りながら、僕は袋の中身を箱の中へ注いでいく。ブルーはなにか薬品のようなものを使い、地面に模様を描いていた。

 それがどういう意味を持つのかは分からないが、よくある魔法陣なんだろうなと思う。いつも畑や店の中でみゅうみゅう言ってるあの精霊は、ブルーと契約しているから特別な手順などは必要ないのだろう。しかしここは他所様の土地なので、それなりに準備がいるらしい。

 思い出したのは神事だ。祭りの前とかに神主さんが何かしらやっている、あの子供ながらに緊張を感じる光景。それに近い何かを、ブルーからも感じる。厳か、というべきだろうか。

 よほど集中しているのか、僕の視線に彼女は気づきもしない。

 邪魔したら怒られるのは考えるまでもない結果なので、僕は自分の作業に戻った。


「……ねぇ」


 と、そこにまた声がかかる。

 いつの間にか、箱を挟んだ向かい側にあの女の子が立っていた。

 彼女の視線は僕ではなく、ブルーの方に向いている。

「あの人は、何をしようとしているの?」

「たぶん精霊を呼ぶんじゃないかと思いますよ」

「せいれい?」

「そう。畑に必要な精霊だから、水や土とか、草木とか……そういう類の精霊を」

 ブルーの属性は水と森だったから、その辺かもしれない。うまくやれば違う属性の精霊もよべるらしいから、もしかすると今回は今までのとは違うものという可能性もある。

 ただ水とか植物とか土とかだろう、だって畑にいるわけだし。

 女の子は精霊も見たことがない、というか縁が薄いのか、不思議そうにブルーの方をじっと見ている。日傘はいつの間にか閉じられて、そもそも手元にすらない。僕が見ていないところで誰かが持ち去ったのだろうか。盗まれたとかではなく、彼女の従者とかそういう人が。

 流石に盗まれたなら悲鳴一つは上げるだろうし、それなら僕も気づくし。


「じゃあ、それは何?」

 次に少女が目を向けたのは、僕が箱に注いでいる精霊のご飯だ。

 精霊と密接に生活していないと、やはりこれが何なのかピンとこないのだろうか。

「これはハーブを細かく切ったものと、あといろいろです。詳しいところは僕もよくは知らないけど、そこにいる彼女のオリジナルブレンドで。これは精霊にあげるご飯になるんです」

「……食事、だというの?」

「えぇ。これと――あと、そこの水路の水をあげます」

「……ふぅん」

 そう、女の子が息を吐いた瞬間だ。

 ちかちか、と視界の外で光が点滅して、ぶわりとした熱風のようなものが肌を撫でる。振り返れば淡い光の中に立つブルーの、青く長い髪が踊るように舞い上がっていた。

 ぽこり、ぽこり、と見慣れた毛玉がみゅうみゅうと、楽しそうに歌いながらそこかしこから出現し始める。ひっ、と小さく聞こえたのはドレスの子の声。彼女は毛玉にしか見えない精霊が怖いのか、僕の後ろにさっと隠れてしまった。震えているのは、気のせいではないと思う。

 本当に精霊を見たことがないらしい彼女は、ふわふわする毛玉を睨んでいた。


「怖くないですよ」

「……だって、獣にはさわるなって、おじいさまが」

「獣じゃなくて精霊だから」

「でも」


 怯えたように僕の服を掴む少女の、息が鳴る。

 ひゅ、とか細く、悲鳴になり損なった声の原因は、僕の腰の高さでふわりと浮かんだ毛玉のせいだ。毛に埋もれそうな短い手足をちみちみと動かし、それはこちらに近づいてくる。

 怖がるのに逃げることはできないのか、少女は僕にしがみついたまま動かない。

 ちらりと見れば、半分涙目になって精霊を睨んでいる。

 この様子では埒が明かないな、と僕は精霊に手を伸ばした。おいで、と小さく言うと、精霊はみゅうとかわいく鳴いて飛び上がると、そのまま僕の手のひらにもふりと乗っかってくる。

 うん、感触としては猫のそれに近い。

 指先で軽く揉むようにすると、嬉しそうなみゅうみゅうという声がする。

 そのまま、精霊を少女の方へと近づけた。


「触っても平気ですよ、ほら」

「……本当に?」

「うん」

「……ダメだったら訴えてやるわ。おじいさまは強いのよ」


 よくわからない脅され方をしたけど、噛み付きはしないから問題ない。恐る恐る、と少女は毛玉に指先を伸ばす。それではいつになったら触れられるのだろう、と思った時だった。

 みゅう、と精霊が鳴いて、少女の胸元へと飛びかかる。

「っ」

 驚きで声も出ない彼女の胸元に、ぺたり、と精霊が張り付く。

 あの短い手でよくできるな、とか、そんなことをふと考えた。

「こ、これ、これこれ、これ」

「撫でて、優しく」

 こう、と何もないところを撫でるような動きをすると、少女は歯を食いしばって精霊に、今度こそ触れた。細い指先が、毛玉の中へと埋もれていく。そして、一秒ほどの時間をおいて。


「……!」


 少女の目が見開かれた。

 恐怖ではない、感動に近い。

 きらきら、とはまさにこの眼のことをいうんだろう。いろんな感情でこわばっていた表情はだんだんと緩んで、かわいい、と小さな声が聞こえたので僕の勝利を確信する。

「お前は何をしてるのだ」

 そこに、一仕事を終えたブルーが呆れ顔で近づいた。

 頭の上には、みゅうみゅうとごきげんに鳴いている精霊が乗っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ