異世界生活のすゝめ番外 ~畑仕事~
空は快晴、適度な気温。
魔物の皮をあれそれして作られた長靴のようなブーツを履いて、僕は畑の中で芋掘りをしていた。芋、だと思う。食感も形状も概ねじゃがいも。芋、と呼称されているし芋だ多分。
農具というものはそういう目的で使う限り似たような形状になる運命なのか、だいたい元の世界と同じような形の、同じような使い方をするものばかりで、ある意味で助かっている。
僕はほどほどの深さに埋まった芋を、傷つけないよう丁寧にクワで掘り出していた。うねというんだったか、作物を植えた盛り上がりみたいなところの、横から入れて抉りだす感じだ。
これでいいのかわからないけど、他の人も同じような感じだし大丈夫だと信じたい。
芋を拾うのは主に子供の仕事。足元を、リュニやマリーシェといった小さい子が楽しそうに動きまわっている。女性は集まった作物をカゴに入れて、荷車にせっせと乗せていた。
この畑にいるのは僕とハヤイ、あと数名の男性。テッカイさんやヒロさんは別の畑で違うものを収穫しているんだと思う。ブルー達は更に別の所で、別の何かをしているはずだ。
そうやって役割分担して作業を進める、というのがこの農園の方針。まぁ、いつもは子供の手伝いはないらしいけど、そんなことを言ってる場合じゃないんだろう。
この様子だとみんな作業に入ってて、子供だけが残されることになる。妙なところで妙な遊びをするくらいなら目の届くところに置いとこう、というのは保護者一同の総意らしい。
実際、僕より体力があるというか、作業も早いから戦力としては充分なほど。
しかしふんすふんすと鼻息荒く人一倍張り切ってるアティさんは、可及的速やかに自宅に閉じ込めるなりした方がいいと思う。大きなお腹を見てるとすごく心配になるし、そろそろ旦那さんが飛んできそうだし。働き者なのはわかるんだけど、それはいいことなんだろうけど。
なんてことを思っている僕の背後で、神への祈りを叫ぶ声とアティさんの怒声が響く。この農園では見慣れた光景を背に、僕は何も見なかった聞かなかったと作業を続けた。
「よいしょっと」
ざくり、と土を掘り返す。
運動場か、というくらい畑一つがとても広い。そこにこの……うね、だったと思う溝というか山というか、そういうものを何か植えるたびに作っていくのは大変だろう。
元の世界なら機械でどうとでもなるんだろうけど、こっちだと人が丁寧にクワを使って作業しなきゃいけない。いくら数人がかりでやるとはいえ、この広さとなると結構な重労働だ。
ましてや雑草をむしったり、肥料を与えたり、水を与えたりするわけだし。
「大変だなぁ……」
工房裏の畑の手入れも大変だと思っていたけど、これと比べたらずっと楽だ。よく考えればレーネと周辺の都市の胃袋を支えている農園なのだ、裏庭の家庭菜園とは別物である。
エリエナさんが必死に頑張っている、その理由を畑に立つとよくわかった。
あの華奢な両肩に、たくさんのものを背負っていることが。
首に引っ掛けたタオルで額の汗を拭い、さぁもうひと頑張りとクワを振り上げた時だ。
「ねぇ」
ふと、声をかけられた。
周辺をきょろきょろと見回すと、畑の外にこちらを見る瞳がある。
一言にするなら、絵に描いたようなお姫様。薄桃色のドレスにはフリルがふんだんに使われていてかわいらしく、足元は赤い――革靴のような、これもかわいいデザインの靴がある。
髪は金色に、ちょっと赤を確か感じの色味。
瞳はたぶん暖色だと思うけど、距離的に赤なのか茶色なのかの判断はつかない。
白いレースの日傘をさした姿は、まさしく『お姫様』。
絵本から出てきた、と言われたら信じてしまうかもしれない。
見るからに畑仕事に着た出で立ちではない、その子の見た目は大体ウルリーケら姉弟と同年代の女の子だ。中学生ぐらい、だと思う。僕らと同じ高校生ぐらいの年格好には見えない。
加えて、僕は彼女と初対面だ。
レーネにいる貴族なんて領主として都市を守っている人と、大農園を管理するエリエナさんぐらいしかいなかったはずだ。でも別荘持ちの人はいるらしいので、そこの子かもしれない。
何にせよ見たことのない子だった。
「えっと、何かごようですか?」
「なにをしているの、あなた」
それ、とどこからともなく取り出された扇子が、僕が振り上げているものを指し示す。彼女の言う『それ』とはすなわちクワであり、何をしているのかというと普通に畑仕事だ。
とはいえ相手はおそらくお嬢様。何も知らないのだろう。
「これは土をこうして、掘ったりほぐしたりする感じの道具で、僕がしているのはできた作物を収穫する作業ですよ。僕というか、ここにいるみんなが、今はそれに従事してます」
「……はたけ、しごと?」
「食べ物を育てることですよ。お野菜とか、そういうの」
ほら、と足元の芋を拾って見せる。距離的に見えているか怪しいけど、実際に見た方が早いだろうと思った。しかし少女は、土まみれの芋を見て、不思議そうな顔をするだけだ。
「……初めて、見ましたか?」
思わず尋ねると、むっとした顔をして。
「そんなことないわ」
拗ねたような返事。
あぁ、これは知らないんだなと思ったけれど、あえてそれを指摘して状況を悪化させるのは愚策だから、そうですか、とだけ答え、芋は駆け寄ってきた子供に手渡した。子供達は見慣れないドレスの少女には目もくれない。貴族のお嬢様がいるのは、珍しくないのだろうか。
しかし商談相手としてそういう身分の人はやってくるだろうし、街からエリエナさんが暮らしているあのお屋敷までは農園の中を進むことになる。単純に見慣れてるのだろう。
「おにーちゃん、どうしたの?」
おいもさん掘らないの、と傍らからマリーシェの声がする。ふっくらしたほっぺたに土汚れをつけた彼女は、クワを持ったままぼーっとしていた僕を不思議そうに見上げていた。
そのドロを、懐から取り出したハンカチで拭いてあげながら、問いかける。
「ねぇマリーシェ。そこにいるドレスの女の子、どこの誰かわかる?」
「んーん、しらない。たぶんね、エリエナおねえちゃんのおきゃくさん」
「……まぁ、そうだよね」
さすがに子供に記憶力を求めるのは、ちょっと無理だったかな。話したことがあるというならともかく、あの様子だとそういう感じはしないし、マリーシェでは遊び相手には幼すぎる。
あれはどこの誰なんだろう、というさほど深い意味は無い疑問に答えは与えられず、僕は一度それを記憶の片隅に置き去りにして、目の前の作業に専念することにした。
少女は、まだじっとこちらの方をみているようだった。




