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冒険者向け求人案内

 何事もない、とあるある日。


「ずっと訊きたかったことがあるんだけど、いいかい?」


 ふと、ヒロさんが昼の片付けの途中で、すぐそこにいた僕に声をかけてきた。すっかり慣れてきたらしく、話しながらもテーブルクロスを剥がす動きは乱れない。

 だからこそ、作業中のささやかな談笑、なんてこともできるようになったわけだ。


「何か気になることがあったんですか?」

「いや、些細なことなんだけど……君達は、何をどうやって、こんな立派な工房を手に入れられたんだろう、と。テッカイ君やレインさんは、見るからに熟練のプレイヤーだったみたいだからお金はあったんだろうけれど、それでも一軒家となると、流石に難しそうだよね」

「そう、ですね。みんなで何ヶ月もかけてお金稼いだんですよ。個人の資産は、それぞれの作業部屋の設備にみんな使ったみたいです。あとは初期の材料費に回したんじゃないかなと」


 材料費は、今は暇人工房の名義で一括で購入することも多い。特に何人かが共通で使うようなものなんかは、まとめて買うから割引されたり値引き交渉の余地で安くなったりする。

 例えば火をつけるためのやつとか、そういうのだ。

 特にすることがないというのもあって、僭越ながら僕がお金の管理を任されている。他のみんなはそれぞれの仕事に集中してほしいから、これも適材適所ってやつだろう。

 僕が適材なのかどうかは、あまり自信がないんだけど。


 しかし、こういったら最初から順調にギルド運営がなされていたように聞こえるけど、さすがに何から何まで苦労もなく順風満帆といったわけじゃない。辛いこともそれなりにあった。

 このギルドがギルドとしてまともに機能し始めたのは、工房を手に入れてからだからごく最近の話。なんか中途半端にゲーム時代を引きずっているというか、拠点がないと正式に登録申請が通らないとか聞いてない……。そんな理由で、正式にギルドになったのは最近のことだ。

 心から、仮登録制度があってよかったと思う。

 定期的にちゃんとメンバー揃って活動しているのか、という報告義務はあったけど、これに関して何もなかったかもしれない、と想像すればこれは苦労と呼ぶにも値しない。


 まぁ、こんな調子に何から何までゲーム時代みたいには行かなかったっていうのが、もしかしなくても一番面倒だったかもしれない。中途半端にゲームの要素が残っていただけに。

 僕はさほど気にならなかったけれど、例えばテッカイさんやレインさん、ブルーはサービスが始まる前や、始まってすぐの頃からやっていた古参組だから、いろいろと戸惑ってもいた。

 一番躓いたのは、そう、冒険者組合という組織そのものだったと思う。

 これは冒険者と呼ばれる存在、つまり僕らのサポートや管理をするために存在する国営の組織だ。彼らが認めてこそ、僕らは冒険者という立場を名乗ることが許されている。

 人々はだからこそ僕らを信頼してくれて、いつでも気軽に仕事を持ち込んだりしてくれるわけなんだけど、逆に言うなら、自称ではまともに仕事もできないということにもなるわけだ。

 金銭や、時に生命も絡むことにおいて、信頼できない相手に任せられるわけはない。

 だけど組合がそれを認め保証するならば、とみんな安心するという仕組み。

 国営というのも、その安心感の一つだと思う。

 当然、何かすればペナルティもあって、指名手配されたりすることもあるらしい。レーネにも張り紙はされているし、たまに有名な犯罪者が捕まったなんて話も聞く。


 ともかく、僕らが生きる道は冒険者しかないわけだ。そんなこんなで合流した後は、とりあえず話だけでも拾えたらぐらいの軽いノリで、レーネにある冒険者組合に向かった。

 その時が、クリュークさんとの初顔合わせということになる。

 未だ混乱の中で、絶望を隠さないままぼんやりする冒険者が多い中、歩いて行くのはなかなか心に重くのしかかるものだった。自暴自棄になって、喚いている人も少なくなかったし。

 ありえたかもしれない自分の姿から、あの日の僕は目をそらした。

 そして、組合の事務所の扉をくぐったのだ。



   ■  □  ■



 冒険者の突然の姿を前に、組合の事務所は戸惑いに満ちていた。

 この世界での冒険者がこれまでどういう存在だったのかは定かではないけど、間違っても帰りたいと泣きじゃくる大の大人がいるものではなかったはずだから、無理も無い話だと思う。

 外と変わらぬ中の様子に、僕の後ろにいたウルリーケが、ひっ、と声を上げる。

 彼女じゃなくても、この様子には悲鳴が出そうだ。

 早いところ外に出て、どこかまた落ち着けそうな場所に行きたい。

 そうは思うのだけど……。

「この場合、何からどう相談すればいいんでしょうか」

「そうだなぁ……ギルドを作るのは当然として、まずは住む場所を、できれば宿以外にも無いかって尋ねるか。あとはそれぞれ、アイテムを入れてある倉庫類の確認だな」

 といっても、とテッカイさんがぐるりと事務所を見渡す。


「アイテム管理とかのねーちゃん、いねぇな」

「そうだね。壁際にいかにもそれらしい出で立ちの人が、ずらりと並んでいたんだが」

「今はそこのメガネひとりなのだ」


 言いながら、ブルーがカウンターの方を見る。

 受付カウンターの向こう側にいるのは、ブルーの言葉通りメガネを身につけた僕より年上に見える男性だ。見た目の年齢は二十代半ば、テッカイさんと変わらないぐらいだろうか。

 彼は数人の――おそらく冒険者に詰め寄られては、ぺこぺこと頭を下げている。レーネには彼ぐらいしか職員がいないのか、そこそこ広いカウンターの中に人の姿は見当たらない。

 半ば罵倒に近い、その言葉を拾った感じでは『質問』しているつもりの女性は、もういいといういかにもな捨て台詞を残して、カツカツとヒールを鳴らしながら外へ出て行ってしまう。

 残された男性は小さく息を吐いて、肩をがっくりと落とした。

 けど、すぐそばにいた僕らに気づくと、ぱっと表情を切り替える。


「あ、ようこそ、こちら冒険者組合レーネ支部です。冒険者の方ですか?」

「はい、そうです。それでええっと、まずみんなのアイテムを確認したいんですけど、大丈夫でしょうか。こちらに預けているヤツ……えっと、倉庫のを」

「はい、承りました。立て込んでおりますので、少しばかりお時間がかかりますがよろしいでしょうか、ここには私しか常駐の職員がいないもので……」

「大変ですね」

「レーネがこれで賑わうなら、職員としては本望です。それではお一人ずつ、冒険者登録をした都市の名前と、登録名をどうぞ。手続きと本人確認が終了次第、お名前をお呼びします」

「と、登録した都市……?」


 早速よくわからない説明が飛び出し、僕は思わず後ろを振り返る。

 そこには、僕と同じような困惑が浮かぶみんながいた。どういうことかわからないし、だけど僕らの後ろに人はもう並んでいるし、焦りだけが頭の中でぐるぐると踊る。

 と、そこでテッカイさんが何かに気づいたように手を叩いた。


「あー、もしかしてサーバー名のことか? たしか各都市の名前ついてたよな」

「それなのだ!」

「なるほど、ならば私は第三都市ストラ登録のレイン、で通じるだろうか」

「じゃあ俺は第二都市、デニアンだな。名前はテッカイ」

「僕らは第四都市エルートですね。名前は僕がガーネット、こっちの姉がウルリーケ」

「私は第一都市、帝都ヴェラ・ニ・アのブルー。よろしく頼むのだ。それとこっちのはおそらくここレーネ登録だと思うのだ。仮に登録ができていないなら、その手続きをしてほしい」


 ちら、とブルーに話をふられたのでみんなのように名乗る。

 もっとも、僕の場合は倉庫にアイテムなんて一つも預けてないから、見ても意味がない気がするけど。そもそもゲームでもまだ開いてないぐらいだったような、一回は覗いたかな。

 忘れてしまうくらい一瞬だったことは、間違いなさそうだ。

「ではお一人ずつ照会しますので、少しお待ちください」

 男性はにっこりと笑い、パソコンのキーボードのように使うのだろう、何かの機械をカタカタと操作した。半透明な板に見えるそれは、ファンタジーというよりもSFって感じだ。

 ひとまず第一段階を乗り越えた僕らは、開いたとこたソファーに移動する。

 それから、それぞれ連絡がつきそうなフレンドとの通信を試み始めた。僕はというと、唯一ゲームをしてた知り合いには見捨てられたので、そんなことをする相手はいない。


 仕方ないので、適当に置いてあった書籍を手に取り、中を見た。


 文字は、読める。

 日本語で書かれているように見える。


 そう思えるだけで実際は違うのかもしれない、日本語に見えているだけで、例えば英語っぽいものだったりするかもしれないし、謎の記号が組み合わさっているのかもしれない。

 だけど、何も読めなくて困るってことだけはなさそうだ。

 ちなみに手にとったのは、初心者冒険者が気をつけるべき心得などを書いた本だ。ここで依頼を受ける際のやり方や注意点、各地のダンジョンで生き残るために守るべきことなど。

 僕は当然、他のみんなも目を通して損はない内容だと思う。

 そうこうするうちに、一人ひとりと呼ばれていって、最後に僕が呼ばれる。

 案の定、アイテムなんて何一つ無い、空っぽの画面を眺めるだけに終わった。

 が、これで終わったら僕の価値や立場があまりにもなさすぎる。倉庫やアイテムのチェックが終わったならば、次は一時的にせよ長期的にせよ、僕らが滞在するための拠点についてだ。


「あの、宿以外に宿泊できる施設というか、小さい家でもいいんですけど、そういうものはありませんか? 僕らにはその、寝起きする場所がなくて……宿代もバカにならないので」

「そう……ですね、大農園の方に空き小屋ならあると思いますが、レーネの中には仮の住まいにするような家屋は今のところなかったかと。あってもすでに抑えられているでしょう」

「じゃあ、定住するための家ならあると?」

「えぇ。ですが役所で手続きが必要なのと、定住用なので相応のお値段となります」

「そうですか……」


 まぁ、一軒家となるとそれなりの値段なのは明らかだ。

 六人が住むとなると、あまりにも小さいものではちょっと困る。非常事態とはいえ異性がいる部屋で眠れるほど僕の神経は図太くはないし、女性方優先にするとしても限界はある。

「他に何かありますか?」

 青年が、心配するように僕を見た。

 一瞬だけ、いいのかもう一度聞いてこようかなと思ったけど、ぐっと腹に力を込めて。


「僕ら六人でギルドを作りたいです」


 ここに来た最大の理由を、ちゃんと告げたのだった。

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