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ギルド『暇人工房』の割と穏やかで喧しい日常  作者: 若桜モドキ
工房の他愛無い一日の流れ
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集合商店『暇人工房』 ―朝―

 僕の一日は、工房三階の自室で目をさますところから始まる。

 ベッドの脇にある窓、そのカーテンを開いて、今日は眩しさに目を細めた。

 真新しい木の香りは薄れて、小さなキズもちらほら見える。

 この工房を得て、それなりの時間がすでに流れていた。

 僕達が何とか手に入れたこの工房には、カフェスペースとして整えられた前庭と、畑などがドーンと広がる裏庭がある。大通りではあるけどそこはド田舎のレーネ、かなり手頃だった。


 さて、この工房は全部で三階建てになっている。

 三階部分が僕達が寝起きする居住区。

 僕の部屋は一番階段に近いところにあって、端っこ。

 すぐ隣はレインさんだ。

 個室の広さはすべて共通。開いたスペースにはソファーとかテーブルをおいて簡易の休憩スペースにしたり、あるいはちょっとした日用雑貨を置く物置として使ったりしている。

 肝心の部屋の中はベッドと机、クローゼット。

 テッカイさんの部屋には筋トレ用のお手製ダンベルとか、ブルーやウルリーケの部屋にはたっぷり収納の本棚。ガーネットの部屋には、テッカイさんお手製のミシンがあるそうだ。


 共同で使うリビングなどは、一階の食堂で間に合わせてある。

 あと、毎日の食事なんかも食堂で済ませていた。スペースの節約ってやつらしい。

 居住するところと各種工房を設置するには、そうするしかなかったとか。


 そして一階にあるのがブルーが店主の大衆食堂『異世界亭』。和風洋風適当料理、何でもござれのごった煮メニューが自慢だ。材料供給の問題から、基本的には日替わり定食が主力。


 二階にはガーネットとウルリーケのお店、裁縫工房『きると*きると』と、魔法薬局『ぽーしょん』がある。ウルリーケはもう少し店名を吟味するべきではないかと思ったのは、おそらく僕だけじゃないと思う。でも本人がそれでいいというから、きっとそれでいいのだろう。


 で、一階の工房横にあるのが武具工房『鉄塊』だ。設備的に上の階には置けず、かと言って食堂と同じ空間にも置けず、土地も余っていたので別店舗みたいなことになってしまった。

 レインさん手作りの各種アクセサリーを取り扱う装身具店『ジュエリーボックス』は、その別棟の二階にある。静かな場所を望んでいたけど、下がテッカイさんの店だからどうだろう。


 ちなみに別棟と本棟は、渡り廊下でつながっているので行き来は楽だ。

 各店舗を手伝って回ることが多い僕は非常に助かっている。

 すでにみんな起きて活動している時間帯、僕も僕なりに手伝いにいかなきゃ。

 パジャマから普段着に着替えてから、換気を兼ねて窓を開ける。


「うおりゃーっ!」


 途端、部屋に飛び込む大声と、それに合わせて響く金属音。

 朝も早くからどっせいどっせい、がちんがちん。

 ひときわ賑やかなのは、当然ながらテッカイさんだ。

 今頃商品を作っているのだろうと思う。日常的に使う包丁などを筆頭に、武具の類も揃えた品数の多い武具屋を経営中だ。あとで手伝いに行こうか。簡単なものなら作れるし。

 まぁ、今は先にブルーのお手伝いだ。

 彼女が切り盛りするのは、大衆食堂――昼間はカフェ状態だけど、基本的には食堂だ。

 近くに大きな農場があるので、意外と朝と昼、夜間のお客さんが多い。ダンジョンも少ないとはいっても一つもないわけではないので、ダンジョン帰りの冒険者もそれなりに。


 この状況になって半年、いくつかわかったことがある。

 まず、僕達には成長も消滅もない。太ったり痩せたりはするそうだけど、基本的に時間は止まったようなものだという。当然だろう、そんなシステムのゲームじゃなかったわけだし。

 メニュー画面が出る程度に縛られているから、それは驚かなかった。


 次に分かったのは『死亡』について。

 数ヶ月前、ある新興の小規模ギルドが少しばかり無茶をして全滅した。ところが全員が最寄りの都市の神殿に、レーネの中心地にある神殿に強制的に転移してしまっていたという。


 ……はい、僕らのことです。

 ちょっと素材が欲しくて無茶しました。


 それを経験したのは僕らだけではなくて、すぐに死なないことは広まった。レインさんに言わせれば、これは『死なない』のではなく『死ねない』なのだそうだけど。

 どんなにこの世界が嫌になっても、データをデリートするようなことができない。死んで終わらせることもない。僕らは、この世界に『閉じ込められた』のだ、と。

 死亡のデメリットは、都市を出た瞬間の状態に戻されること。入手アイテム、お金、経験値や上がったレベル、そういうものが全部リセットされる。今のところは、それくらいだ。


 そして最後、都市を繋ぐ転移魔法による移動手段の消失。

 これが一番日常生活に、というより僕らに大ダメージだった。

 これまでは各都市には魔物避けの大きな結晶があり、それを使うことで都市の間を移動することができた。これはプレイヤー、つまり冒険者だけの特権で、サブクエストでNPCを護衛するとか言う場合は使えなかったけれど。まぁ、快適なプレイには必須のシステムだった。

 それを失ったのが、もしかすると一番やっかいだったのかもしれない。


 レーネから首都まで、馬や馬車だと一日ちょっと。

 ただしこれは休みなしでの計算、しかも道のりを出せる最大速度で突き進んた場合。

 当然のことながら、天候などのアクシデントなんて考慮していない。

 宿泊や休憩などの時間を考慮すると、片道数日。

 往復で、余裕をもたせると一週間ぐらいはかかるそうだ。いくら僕らには時間の制限がなくなっているとはいえ――さすがに、旅にかかる日数というものはバカにならない。


 それでも物流が保たれているのは、移動のついでに商隊を護衛する冒険者が少なくないからなのだと、香辛料や金属を売りに来る商人が言っていた。

 こんな状態でも『冒険者組合』は機能していて、当然そういう護衛依頼も来る。

 僕ら冒険者はすべてがそこに登録されていて、例えば護衛するフリをして強奪なんてことはやればすぐにわかるし、当然のことながらもれなく帝国内全域での指名手配で賞金首だ。

 その追跡には、時として帝国騎士団も出るという。

 なぜなら国が後ろにいるということが、庶民からすればならず者とも言える冒険者に、大義名分を与えてくれる。逆に言うなら彼らの不祥事は、そのまま国へと跳ね返るわけなのだ。

 まぁ、そんなことは冒険することを放棄した僕らには関係ないのだけれども。



 身支度を整えたら階段を降り、ひとまず食堂裏のキッチンへ。

 さてと、今日も開店準備に勤しもうか。

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