僕達の居場所を創ろう
「あのー、ブルーさん、この人はどこのお方で?」
はいはーい、と片手をひょこっと上げたガーネットが問いかける。ちなみにウルリーケは僕の時以上に怯えて、弟にぴっとりとくっついていた。テッカイさんが怖いらしい。
まぁ、僕でさえ少し怖いというか、畏怖を感じる相手だ。
僕みたいなのにすらびくびくする彼女なのだから、怯えるなというのが無理だろう。
だがブルーは親しい相手なのか、半裸の成人男性にも物怖じせず。
「そこの半裸がテッカイ殿。言うまでもなく肉体派の『鍛冶師』なのだ。それから向こうにいるのが『吟遊詩人』のレイン嬢。ちなみにレイン嬢は、細工スキルに長けていらしゃるのだ」
「……嬢?」
「女性なのだ。かっこいい系のお姉さんなのだ」
「そ、そうなんだ」
改めてレインさんを見る。
白い、すらりとした服を着こなす、清潔感に溢れた立ち姿。
……やっぱり、華奢な青年にしか見えない。
このゲームはキャラメイクの多様さでもウケていたから、きっとわざと青年に見えるビジュアルの設定にしたのだろうと思う。着せ替え目当ての人も少なくなかったそうだし。
「で、これからお前……お前らはどうするよ」
「テッカイ殿は?」
「あー、俺とレインは揃ってギルド叩きだされてよ。どっちも鍛冶と細工にポイント振ってるからなぁ……小規模のとこにいたダチはそうでもないんだが、中規模から上はどこも同じだ」
「小規模のところは、そのままの方が楽ですしねぇ」
と、ガーネットが言うと。
「まぁな」
テッカイさんが、近くの空いた椅子を引っ張ってきて、それに座りながら答えた。
大きいところは少数精鋭に、小さいところはそのまま固まって動く。
こうなって数時間も経たないぐらいなのに、もうそんな感じになっているらしい。どこか一つの大きなギルドが動けば、それに倣えで動き出してしまったのだろうか。
「ま、上の考えてることもわからなくもねぇんだ。こんな状況で、甘ったれたことは冗談でも口にできねぇってところがある。弱肉強食、ありふれた熟語がピッタリの状態だな、これは」
ははは、と笑うテッカイさんだけど、その声に覇気はあまりない。
理解できるといっても、やっぱり複雑なのだろう。
そして僕も、ブルーやそこの姉弟も、そしてテッカイさんやレインさんもきっと、これからどうするのか決めかねている。僕なんてどうすればいいかもわからない。
ゲーム時代でさえ、どうにもならないと思ったくらいなのに。
何がどうなっているかわからない異世界――便宜上そう呼ぶけれど、この世界で、僕はどうやって生きながらえればいいのだろう。いつになったら元の世界に帰れるのか。
――そもそも、元の世界に戻ることができるのか。
そういうところを、考えるだけで気が遠い。
できることは、現状だと生産職としての活動ぐらい。
それもみんなと比べてはるかに低いスキルレベルだから、こんなのじゃ。
「せめて、帰る『家』でもあれば、少しはよかったのだけどね」
と、こちらにやってきたレインさんがつぶやく。
きれいな金色の瞳が、悲しそうな色をしているように見えた。
「……あ」
その一言で僕は、ふいにあることを思いついた。
どうせ生産職特化の僕らには、居場所なんて見つからないだろう。みんなはまだ戦力としても通用するだけの力があるからいいけれど、それでも最終的にどうなるかはわからない。
どこかのギルドに入っても、また追い出されるかもしれない。
それ以前に、門前払いにされるかもしれない。
だったら、それなら。
そんな僕らがいてもいい場所を。
自分の手で作ってしまえばいいんじゃないかと、僕は思ったのだ。
■ □ ■
断られると思った提案は、しかし満場一致で受け入れられた。橋渡しになったブルーがその気になったというのもあるけれど、結局、一人ないし二人ではどうにもならない世界だった。
いつか追い出されるかもしれないと怯えるなら、最初から追い出されないギルドを作ってしまえばいい。その方が好きなようにできる、どんなことも思いのままだ。
例えばギルドの所有物件でも、なかなか言い出せなかったことも素直に言える。
テッカイさんは専用の鍛冶工房がほしいと言ったし、ガーネットとウルリーケはそれぞれの作業に使う素材――綿花とかハーブとか薬草を育てるための畑があったら嬉しいと言う。
レインさんは静かな場所を望んだ。細工には集中力が必要なのだそうだ。
それをすべて叶えるには、それなりの広さの土地が必要。それぞれの全財産を持ち寄ってもまだまだ足りない。そこで僕らは、まずは徹底して稼ぎ倒すことから始めることになった。
時として誰かの作業を手伝い、時として素材を求めて魔物を追いかけ。
ついでにレベルも上げたりして、スキルも鍛えてみたりして。
そうして僕達は、僕達の『工房』を手に入れて、僕達のギルドを立ち上げた。
みんなの居場所になる、ギルドの名前は『暇人工房』。
それぞれが作った各種アイテムや装備品を並べた四つのお店と、ブルーが切り盛りする大衆食堂が自慢の集合商店。ちょっとしたショッピングモールみたいなものだ。
そんな具合に生活の基盤がどうにかこうにかなった頃には、僕達数万人のプレイヤーがゲームそっくりの異世界に飛ばされてから半年、という地味に長い時間が流れていたけれど。
未だに僕らは、この世界の『形』を知らない。
帰る方法も、何も。
え、攻略なんてしませんよ。
だってみんな、生産ライフ目当ての廃人揃い、メインクエストなんてろくに進めていないような人ばっかりなんですよ。なのに今から模索するなんて、そんな無茶はできません。
たぶん勝手に何とかなるさと、生産職な僕らは今日も生きていく。
……だけど、どうしてお荷物な僕が『ギルドマスター』なんだろう。
何でもできるから適任なのだ、って言われても困る、少し。