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近所に棲む変わった人の話。  作者: 椎名
変わった人と田中のおばちゃん
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8

「ぶにゃ〜」


庭を我が物顔で歩くブチ猫。前足を使い猫用のボールを転がすのは可愛いらしいが、その変わった鳴き声がそれを少し半減させている。


「華ちゃん、お風呂の用意できたわよ」

「未希子さん」


夕飯を食べてさあ帰るか、となった頃「泊まってきなさい」と爆弾発言が投下された。もちろん有無を言わせないおばちゃんによって。でもこれには正当と言える理由もあったので、強く拒否もできなかった。なんでも明日、家のことで不動産屋が来るらしい。久遠さんも一緒に話を聞けば、二度手間にならずに済み効率的らしいのだ。


「ね、華ちゃん、そろそろ彼氏とかできた?」


いたずらっ子のような笑顔でそう話す未希子さん。明るく快活で、優しく面倒見がいい――それが本来の未希子さんだ。


「できないですねー」

「えええ!花の女子大生なのにー!」

「うーん、今はつくってる暇がないというか……」


もちろんつくろう、と思ってつくれるものではないけど。でも今は本当にいらない。きっと彼氏なんてできようものなら、面倒臭いことになるのはわかってるから。


「……華ちゃん、」

「ん?」

「…あ、あのさ……?」

「うん」

「…あー、やっぱいいや!うん、なんでもない!」

「おばちゃんのこと?」


おもしろい程固まる体。なんだかんだ言って、二人ともお互いを気にしているようだ。未だうんうん唸っている未希子さん。


「…家、帰るって言ってた?」

「…近々、戻るって………」

「やっぱりかー」


盛大な溜息。…おばちゃん、未希子さんにはまだ伝えてなかったんだ……。「まだ日にちとかは決まってないみたいだけど…」と言えば「……別に、喧嘩別れしたい訳じゃないんだけどな」と弱々しく呟いた。


「だからって、無視とか近所の人に悪口言ったりなんか許せないけど!」

「え、おばちゃんが?」

「そうよー。お蔭で私、近所じゃ姑を虐げる嫌な嫁で通ってるんだから」


鼻を鳴らす未希子さんに呼応してか、遠くの方で「ぶにゃ〜」と猫が鳴いた。

おばちゃんが悪口……。そういうこそこそとやるの嫌いな人だ、っておばあちゃんは言ってたんだけどな……。


「ほんと困ったもんだわ!」


あははは!と豪快な笑い声が庭に響くも、その声に覇気は感じられなかった。



しんとした客間、障子で区切られた続き部屋からは、ガタン!バタン!と音が聞こえる。…なにやってんだか。

湯船に浸かり体を暖めた後、湯冷めしてもなんだしと私は早々に布団に潜り込んだ。やることもないので、寝ようと目を瞑るも隣室からは尚も激しい音がそれを邪魔する。止まない音に嫌気が差し、声をかけてみるも応答はない。


「久遠さーん?開けますよー?」


大きめの声で発し、シャッと勢いよく障子を開けば、ぶち猫と追い掛けっこをする久遠さん。……無言で障子を閉めれば「違う!!」という声が聞こえた。久遠さんて大きい声出せるんだ。


「……なにが違うんですか」


もう一度、障子を開ければ猫と対峙する彼が。


「違う!帯を…帯を、盗られただけだ!」

「……帯?」

「明日の、」


久遠さんの指差す方向に目を向ければ、紺色の帯を咥えたぶち猫が。ああ、明日着る着物の帯か。実は久遠さん、着物男子である。普通に似合うから突っ込まなかったけど、なんで着物なんだろう……。


「か、返せ……!」

「ぶにゃ〜」

「噛むな!!」

「ぶにゃ!」


眉を吊り上げ怒る久遠さん。だけどその相手は、ぶち猫。シュール過ぎる。


「くそっ!」


そう言って走りだす彼。ドタン、バタンと畳の上を右往左往する彼ら。久遠さんは必死だが、ぶち猫は瞳を爛々としている。きっと遊んでるつもりなんだろう。なんて、呑気にそのやりとりを見ていれば「ぶにゃーーー!」と高らかな鳴き声とともに、猫が面と向かって飛び込んできた。


「ぎゃ!!!」

「ぶにゃああああ!!!」


可愛くない悲鳴には、目を瞑って貰いたい。いきなり猫に飛びつかれたら、誰だってこうなるよね。にしてもこの子意外とふわっふわだなー。小さな頭を撫でてやれば「ぶにっ」なんて変な声で返された。ぶにってなんだぶにって。でも本当いい毛並みしてる。変な声を背に、止めることなく撫でれば近づいて来る黒い影――基久遠さん。


「…帯は!」

「え?……ああ、とりますね」


撫でながら帯を少し引っ張れば、ゆっくりと開かれる口。おお、思ってたより素直だ。ちょっと皺くちゃだけど、これならまあ使えるだろう。…涎は見なかったことにしよう。


「凄いぞ、葛城!!」


どうぞ、と帯を手渡せば、差し出した手ごと握りしめられた。…って、名前……!


「初めて呼ばれた……」

「な、なにがだ……?」

「名前です!久遠さんと出会って、初めて……!」


いつもおまえとか、おいとか……そもそも話しかけられることなんて数える程だったけど。物凄い衝撃とともに、喜んでいれば「そうだった…か…?」なんて驚愕を貼り付けた顔で言われた。そうですよ!そうなんですよ!


「久遠さん、名前呼んでくれなかったですもん!」

「そ、それは…すまなかっ、た……」

「ほんとですよ!もう!」


おばあちゃんや、おばちゃんのことは呼ぶのに!………おばあちゃんの名前呼びに関しては突っ込まないでおこう。いや別に気にしてる訳じゃないんだけどね?うん別に、なんで私は名字なんだとか思ってないよ?


名前を呼ばれてうれしいなんて、いつ以来の感情だろうか。

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