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はい、という訳で外です。
もちろん話に出しただけで、終わる久遠さんではなかった。行きたいと申し出た彼におばちゃんは快く頷き、案内役として私を差し出した。うん、気分転換に外へ行こうとは思ったけど、私一人が前提だったのに……。
でもまあ決まったことにうだうだ言っても仕方ないと、開き直り只今この周辺を道案内中である。正直、桜餅を手にしたら直ぐ様帰ると言いだすと思っていたが、彼は従順にも私の申し出を受け入れた。
「この町は、あそことは違うな」
小高い丘に立ち、眼前に広がる町を見つめる久遠さん。ここは、大型ショッピングモールもあり割と発展している。人口は、まあ少ないけれど。
「…久遠さんは、あの町が好きですか?」
散策中は割と饒舌だった彼。だから私も、食以外の話題を口にした。なのに、
「………好きでは、ない」
「そう、ですか……。久遠さんはこれからどうされるんですか?おばちゃん、戻ってくるって言っていたし」
「山にでも籠もる」
好きではない、そう答えた久遠さんの横顔が少し不安気に見えた。だからか、私は嫌いな理由を尋ねることに戸惑ってしまい、結果、口にしなかった。
「山……。そうなると久遠さんには会えなくなっちゃいますね」
「…別に、困らないだろう」
「困りますよ。私、久遠さんと話すの割と好きなんですから」
―――そう、私はこの人との会話を楽しんでいる。基本的に無言だが、その空気も嫌いではない。もちろん最初は居心地が悪かったが、慣れた今ではそうでもない。
「…私は…好きでは、ない」
眉を寄せ、絞り出した声。そう思うなら、もっと冷徹に言い切ればいいのに……。おばちゃんや、おばあちゃんが可愛がる理由はこういう所だろうな。
返事が聞こえなかったように「でもおばちゃんが同居するなんて、びっくりしたました」と話題を変えた。
「一人にあの家は大き過ぎる、と言っていた……」
本当に今日は、饒舌だなあ。「一年前にね、おじちゃんが亡くなったの。おばちゃん、気丈に振舞ってたけど……あの家じゃ思い出が多過ぎるんだろうね」そんなこと、気の強いおばちゃんは一言も言わないけど。
「……誰も、寂しさには勝てない」
「寂しさ……」
「もういいだろう」
「え?」
「おまえももう、私に構うな」
「……どうして?」
「鬱陶しいからだ。私はもうすぐあそこを出るし、おまえだってどうせ帰るんだろう?」
私を拒絶する言葉。なのにその瞳は酷く揺れている。そんな声で、そんな顔で告げたって説得力なんてない。私が、そう思いたいだけかもしれない。彼から発せられる信号は別のものだって。
「久遠さんは、寂しい?」
「は、私は別に」
「寂しい?」
「…そんな訳ないだろう」
「一人で、あの大きい家は心細くならない?」
大の大人に聞くことじゃないかもしれない。だけど、聞いておこうと思った。おばあちゃん曰く、久遠さんはずっと一人で生きてきたらしいから。
「一人が寂しいだと?ふん、笑わせるな。そんなものとっくの昔に、」
「昔に?」
「…なんでもない」
「とっくの昔に――慣れちゃった?」
「っ!そうだ!だから私は別に寂しくなんて……!」
少し、大きくなる声。初めて会った時なんて、視線も禄に合わなかったのに。今は、お互いの視線が痛いほどぶつかっている。
「久遠さんは、慣れてないよ」
「…なんだと?」
一層刻まれる眉間の皺。怒っていると丸分かりな双眼。冷たい印象を受けた瞳は、今はそこにはない。
「慣れてる筈がない。あの町で、あの家で、あの場所で過ごしてる限り、あなたは一人じゃないもの」
「……」
「一人に慣れた人は、こんな人里に居ないんじゃないの?人と関係を持ったりもしないよ?…それに、慣れるしかなかったって聞こえる言い方だね」
「……うるさい」
「一人で居ることに慣れないでよ」
「うるさい」
「…一人で生きれる人なんて居ないし、私は居てほしくなんかない」
…気付いたら出てしまっていた言葉たち。言わなきゃ、伝えなきゃって何故か強く思ってしまった。今言わなきゃ、取り返しのつかない事になりそうな、そんな気がしたのだ。
「…おまえに、私のなにがわかる」
「…なにをわかってほしいの?」
「わ、わかってもらうものなんて「私!久遠さんとはもっと関わりたいし、知りたい!」
「な、にを……」
「ね、私と関わって最悪だって思った?」
「ああそうだ、最悪だ」
「そっか!よかった!」
笑顔を向けてそう言えば、「は、なに言って…」と見るからに困惑した久遠さん。狼狽える彼の、両手をとる。ぎゅ、っと力を入れればびくついた肩。別に危害なんて加えないんだけどな。
「最悪な奴と関わった、ってことで憶えててもらえるなーって」
「な!……はあ、いやもう良い……。なにも言うまい」
「あ、ほんと?じゃあ私ともっと関わってください。最悪、から最高な奴に変えたいし」
「は?それはおまえが勝手に「という訳で明日からも遊びに行くので、お願いします!」
そう無理矢理話を進めれば、戸惑い、呆れ、諦めた彼。些か強引だが、手段も方法も選んでなんていられない。おばちゃんが帰るまでの間、嫌と言うほど通ってしまおう。
「……家事、やりますよ?」
「〜っ!好きにしろ!」
「はい、好きにします」
投げやりだけど、了承は了承だ。後日帰れと言われたら、この時のことを盾にして上がり込もう。
「…い、いい加減はな、せ……!」
「あ、そろそろ帰ります?」
「話を聞け!」
敢えて聞かなかったんだけどな。それに、嫌なら振りほどいてしまえばいいのに……。まあ、できないと思ったから私も握ったんだけど。
「……おい」
「ちゃんと離しましたよ?」
「此方の手も離せ」
「まあ、いいじゃないですか」
「よくない!」
彼の右手は離さないまま。少し距離が縮んだ記念だ。久遠さんは、不服そうだけど。でも、無理に手を離そうとすることはない。爪はちょっと立てられてるけど。これくらいなら、まだ我慢できる。
冷たくて細い彼の手は、まるで世界を拒絶しているかのようで、繋ぎ止めておきたかった―――なんて。
意外と読んでくださる方が多くて戸惑ってます。まだまだ続きます。これからもよろしくお願いします!