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ひょい、ぱく
ひょい、ぱく
ひょい、ぱく
……食卓一杯に並べられた料理は、次々と彼の中へと収まっていく。細身の癖によく入るな。私なんか年々食べた分だけ身についてるぞ……。乙女は食べることにも気を使わないといけない、とは私の名言である。大学の友達にも賛同を貰えたので間違いない。
「気持ちいいくらいよく食べるねぇ」
「ほんとにね……。見てるだけでお腹いっぱいだわ」
本当に?という目を向けないでほしい。私は別に大食らいじゃないよおばあちゃん……。痛い視線から逃れていれば、手を合わせる彼が目に入る。やっと胃袋が満たされたらしい。
「葉子さんの料理は、やはりう、うまいな」
「ふふ、ありがとう」
…なんだか空気がほわほわする。険悪なムードよりはそりゃ断然いいんだけど、なんか、なんか……。
「久遠さんは、よく食べるんですねー」
「……」
縦に振られる頭。……この差である。私が話かければ視線は下、眉間に皺。泣いていいかな。なんて思っていると、おばあちゃんに手を握られた。え、私そんなにやさぐれてるように見えたの?
「華ちゃん」
「な、なに?」
「白くんのこと、お願いね」
「え?」
なにが?どういうこと?首を傾げて見れば「かよちゃんの所」と言われた。え、もしかして「久遠さんも、行くの……?」そう問えば、笑みを深くしておばあちゃんはこくりと頷いた。……まじか。
「なんの話だ?」
「えー、と……今日これから、田中のおばちゃん家へ行く予定なんです。届けるものがあって……」
「…私は行かないぞ」
久遠さんが行く気ないのなら、この話は無しの方向でーと言えば、「かよちゃんが白くんに会いたいらしくてねぇ。白くんが気に入ってたお団子用意してるー言うてたし、行ってらっしゃいな」とおばあちゃんが背中を押した。いや、そんなお団子に釣られるって、子どもじゃないんだし……。
「……仕方ないな」
「え?」
「ほら、さっさと用意しろ」
「え、行くんですか……?」
「…田中さんには世話になってるからな」
違うでしょ、お団子が食べたいだけなんでしょ?さっきまで行かないって言ってたじゃない……。
「ふふ、気をつけて行ってらっしゃいね」なんていい笑顔で言われてしまえば、頷くしかない。まあ、行って帰ってくるだけだしいっか。
「……おまえが運転するのか」
「はい」
「……だ、大丈夫か?」
私の愛車の前で、泣きそうな顔をする久遠さん。可愛いけど、失礼極まりない。こう見えても安全運転をポリシーに掲げているんですけど。
「華ちゃんは運転巧いよねぇ」
玄関前に立つおばあちゃんがフォローしてくれると、「葉子さんが言うなら大丈夫そうだな」と溜息を漏らした。うん、もうなにも言うまい。
手を振るおばあちゃんに、ミラー越に手を振り返しゆっくりとアクセルを踏んだ。
ここからおばちゃん家まで車で30分。少しでも会話して、友好度を高めよう。
目指せ!頷き以外の返答!
「久遠さんは、どうしてこんな田舎に住もうと思ったんですか?」
「……」
「…そう言えば、久遠さんてお幾つなんですか?私より2、3歳上かなって勝手に思ってたんですけど」
「……」
「えー、と…酔ったりしたら言ってくださいね?すぐ止めますから」
こくり。目標達成の道のりは遠いな……。でも無言よりはマシだと身に沁みたよ。よく耐えた、私の精神!次話かけて応答がなければもう静かにしておこう。
「おばあちゃんの料理、美味しかったですか?」
「…葉子さんの料理は、舌に…合う」
「それはよかったです」
「揚げ豆腐は絶品」
「あーあれ、美味しいですよねー。お豆腐好きなんですか?」
「まあな。一番はいなり寿司だが」
か、会話が続いた……!言葉のキャッチボールが!できてる!早くも目標達成かもしれない!食べ物の話題限定だけど。最初から高望みはいけないよね。うん。その内食べ物以外の話題でも、盛り上がってみせる!
決意改に燃えていると「でも、葉子さんの料理は全部美味しい」と隣から聞こえた。目を細め、口角を上げ、うれしそうな表情を見せながら。
……久遠さんとの距離を詰めるには、彼の胃袋をゲットするのが一番手っ取り早い気がしてきた。