第08話 微笑みと別離
自称足が不自由な身体障害者でチーターな少女、ユッケ。
彼女のつまらない煽りで僕は怒りを募らせ、あまつさえEJ94リングというチートを僕自身もが使って、ぶん殴ってしまった。
煽りに乗った時点でまずかった。
EJ94リングを装備する必要もなかった。
これでは本当に僕は、こいつと変わらないチート野郎じゃないか。
「……お前、なんでそんな性格ねじくれちゃってるんだよ」
僕は力なく呟いた。
「あはは。なんだい、体に大ケガを負ってる子はみんなおとなしくて心優しい儚げな性格だとでも思ったかい? まああたしにもそんな悲劇のヒロインみたいな時期がなかったわけでもないけどさ」
本当かよ嘘臭い。
そもそも足が不自由なんて話も嘘かもしれない。僕の同情か逆ギレのどちらかを誘うのが目的だっただけかもしれないのだ。
なら良かったな。大成功だよ。
「人生なんて楽しく生きたもん勝ちじゃないかな? ライオくんだっていつまでも自分を押さえつけない方がいいよ」
「うるせえ。俺は今までのスタイルに満足してるんだ」
「本当に? 嘘だよね。……あたしのことぶん殴って、気持ちよかったでしょ?」
「……よくない」
「はは。本当に強情だ」
確かに、こいつの僕に対する評は全部正しいのかもしれない。
こいつをぶん殴って気持ちよかったかもしれない。
隠れてこそこそ使っている内に、これなしではいられなくなっているのかもしれない。
あの気の良いギルメン達に出会ってなければ、堂々とチートを使っていたかもしれない。
僕は、彼らのことが本当は嫌いなのかもしれない。
みんながいなければ、僕はこんなに悩まなかったかもしれない。
こんなに悩んでいるのは、彼らのせいかもしれない。
だから……。
「……!」
思いきり首を振って嫌な念を振り払う。
こんなこと考えていたらダメだ。
「……ねえライオくん。ダンジョンはまだ終わってないよ。二人で一緒に攻略しようよ。もちろん『全力』でさ」
そんな僕にユッケが優しい声で語りかけてきた。
なぜだかそれは、とても心惹かれるような提案に思えてしまった。
「……うるせえ、お断りだ。生肉食って食あたりでも起こしてろクソガキ」
「はは、ひどいなあ。こんな足だとトイレに行くのも一苦労だからお腹を下しちゃうと大変なのに」
「知るか。俺はここで落ちる。二度とお前とは会いたくない」
僕はログアウトコマンドを入力する。
再ログインすれば、また自分の部屋からだ。
こいつからも逃げられるだろう。
「そうかい。残念だな。……でもきっとまた会えるって、信じてるよ」
意識がゲームの世界から切り離される直前、かろうじてその言葉は僕の耳に届いていた。
翌日。今日も僕はギルドに顔を見せていない。
もういっそログインそのものをやめようかとも思ったが、前にも散々悩んだあげく無理だったのでもう諦めた。
その間、ずっとユッケのことを考えていた。
あいつと一緒に、好きなだけEJ94リングの力を振りかざして暴れまわる日々を思い描いた。
そしてその度に頭を振って、そんなもの考えないようにしようとした。
僕は露店街を歩く。
木を隠すなら森ではないが、人の多いここならば逆に知り合いから見つかりにくいんじゃないかと思ったのだ。
「やあ、ライオくん」
しかしその希望はあっさりぶち壊された。
「何でいるんだよ……」
ユッケが背後から僕の肩を叩いていた。
昨日別れた時から同じく兜は装備していない。あどけない少女の微笑みがよく見える。
「偶然だよ。数日監視している内に君は定期的にここへやってくるみたいだってのがわかったから、会えたら良いなーって思って来てみたの。まさか本当にいるとは思わなかったけど」
「……」
「嘘なんかついてないよ。これは運命ってやつなのかな。とにかく会えて嬉しいよ」
「俺は嬉しくない」
「相変わらずつれないね。でもあたしはライオくんにすごく興味がある。一緒に楽しいことをしてみたいって思ってる。不思議だね。ひょっとしてこれは運命じゃなくて恋ってやつなのかな」
「笑えない冗談はやめろ」
早足でこの場から立ち去ろうとした僕だったが、ユッケはぴょこぴょことした歩みで当然のように追いかけてくる。
「一緒にどっか行こうよ。そんで思いっきり遊ぼうよ」
「……」
「ねえねえー」
鬱陶しく絡んでくるユッケ。
これでは本当に遊びをせがんでくる無邪気な子供のようである。
「いい加減に……!」
「おーい! ラーイーくーん!」
強引に振り払おうとした時、正面から僕の名前を大声で呼びながら駆け寄ってくる人物の姿が見えた。
「みつるくん……」
気の良いギルメンが、久し振りに出会った仲間に嬉しそうな笑顔を向けていた。隣にはイノさんの姿もある。
「ああーいたかーった、ぃよおおー!」
「あ……」
飛びかからんとばかりの勢いでみつるくんは僕に近付いてくる。
後ろのイノさんはその様子に呆れたのか走るペースを落としていた。
「……おおらッシャアアッ!!」
「!!」
そしてすれ違い様、みつるくんは僕ではなく隣にいたユッケを殴り倒した。
……え?
「おやあぁ? どこかで見たと思ったら悪名高いクソチート集団のクソユッケさんじゃないですかぁー? とっとと出荷停止されねーかなこのクソ肉!」
みつるくんは僕のことを無視してユッケを地面に倒し、その頭を踏みつけにしていた。
周りにいた人々が突如始まった荒事にざわつき始める。
「……お?」
ぷるぷるとユッケの体が震え、みつるくんがバランスを崩す。
その隙にユッケは腕で地面を叩きつけ一気に立ち上がった。
「おわわ」
バランスを崩したみつるくんに向けて、超高速で抜刀されたユッケのドラグスラッシャーが振り下ろされる。
「……!」
しかしその攻撃は予想されたものだったのか、みつるくんもオメガスラッシャーを抜いてその斬撃を受け止めていた。
「……」
無言で睨み合う二人。
その表情からは既に、先程までのゆるい雰囲気は完全に消え去っていた。
目の前に立つのは単なる敵。飢えた獣同士が互いを餌だと認識し、牙を唸らせている。
そんな風に感じられた。
「!!」
やがてどちらからともなく、互いの剣がぶつかり合う。
激しい金属音が響き渡り、それと共にびりびりとした空気が広がっていく。
AI制御のモンスター相手ではない、心を持った人間同士の戦い。
こんなにも違うものなのか? そんなまさか。
更に斬り結び合い。
二人の攻撃は毎回ほぼ同時に開始される。その度に剣がぶつかり合い、お互いダメージを受けずに終わる。
「……」
二人はひたすらに無言だった。
当然だ。
獣は言葉を発しないのだから。
「……!」
そして五度目の打ち合い。
またも金属音が鳴り響くだけ。
モンスターに比べてプレイヤーキャラクターのHPは全体的に低い。
高HPのモンスターと戦うことを前提としたSTR周りのゲームバランスは、PVPにおいてだと一撃必殺が必至の緊迫したものとなりがちだ。
かわし合い、読み合いが中心の戦いになる。
その点においてユッケのチートはかなりの優位性を持つ。
誰よりも鋭い感覚、誰よりも速い攻撃。その前には読み合いなどほとんど意味をなさない。
プレイ期間が長くレベルもトップクラスに高いが、あくまで普通のプレイヤーでしかないはずのみつるくんが敵うはずもない相手だった。
なのに。
「……!」
みつるくんはユッケとの八度目の斬り結びにおいても、未だその全てを通さずにいた。
読まれているのだ。
チートにかまけてごり押しするユッケに対し、みつるくんは数多くの経験から感覚で斬撃の方向を先読みして、あらかじめそこに剣を置くことで攻撃を防いでいるのだ。
「……ちっ」
イラついたようにユッケが舌打ちする。
そのわずかな気の緩みに、みつるくんが一気に距離を詰めて斬りかかった。
「!?」
しかしユッケは不敵に笑った。
罠だった。
全身を乗せた渾身の一撃はまたも防がれる。
チートにかまけた雑な戦いをするユッケが冷静にフェイントを入れてくるなんて思わなかったのだろう。
みつるくんの余力を残さなかったその一撃は、防がれてしまったことで致命的な隙を生み出した。
「ははっ!」
ユッケの膝蹴りがみつるくんの腹部に突き刺さる。
みつるくんの体がくの字に折れ曲がる。
更にユッケは突き出された顎に向かって蹴り上げ。
上半身が派手に反り返った。
それでも終わらない。腕を伸ばし、髪を掴む。
後方へ倒れようとしていたその体を強引に引っ張り、そのまま地面に叩きつける。
「……っ!!」
みつるくんの体が、無惨にも転がった。
その頭にユッケは自分の足を乗せて踏みつけにする。
決着に、周囲のざわめきが大きくなった。
別に誰もがチーターの敗北を望んでいるわけではない。
かと言って正義の味方の敗北を望んでいるわけでもない。
どちらが勝つかも興味ない人もいるし、そもそもこういう場でのPVPそのものを望まない人も多い。
ただ誰であれ、決着がつくことにだけは興味があった。
「ったく、ざまあねえ……」
ユッケが勝ち誇ったその瞬間、ズドン、という重低音が響いた。
重低音からほんのわずかに遅れて、ユッケの体が横っ飛びに吹っ飛んでいく。
戦いは終わっていなかった。
僕は音のした方向に顔を向ける。
弓を構えたイノさんがそこにいた。
弓スキル『マグナムアロー』で強制ダウンを取ったのだ。
さっきは一緒に来たのにいつまで経っても近寄ってこないと思ったら、準備の良いことだ。
「横やりとか、うっぜえな……くそが……」
派手に地面を転がっていった先でユッケがよろよろと立ち上がる。
僕にぶっ飛ばされた時とは違い、随分と怒りに震えているようであった。
「良いよ、まとめてぶちのめし……!?」
再びユッケの台詞が途中で止まる。
いつの間にか背後に立っていたシズさんが鎧の襟元を掴んで急に持ち上げたからだ。
「……」
「手前ぇ!」
無言で睨み付けるシズさんにユッケは剣を振るう。
しかしシズさんは手を離すと同時に屈み込んでそれを回避。インベントリから片手剣『フランヴェルジュ』を二本取り出して両手に構えた。
そしてその体勢からスピニングスラッシュ。再びダウンするユッケ。
今度は即座に立ち上がる。だがそこへシズさんの追撃。
二本の剣が連続、かつ不規則に迫る。
ユッケの持つ大きな剣では対応するのが難しそうだった。
「こんの……!」
奥歯を噛み締めるユッケ。絶え間なく迫る二本の剣を必死に防いでいくばかりで反撃ができない。
「……足元がおろそか」
「!?」
急に攻撃を止めるシズさん。ユッケも慌ててガードの手を止める。
しかし遅い。
そのわずかな隙に、シズさんは足払いをかけてユッケの体勢を崩した。
「……!!」
ユッケの表情が怒りに歪む。
足を狙われたことが屈辱だったのだろうか。
シズさんが体を捻らせる。
そして背中から倒れていくユッケの胴体に、反動をつけて二本の剣を一気に叩きつけた。
「がっ……!!」
転倒する勢いに斬撃の勢いが乗せられて、ユッケの体は豪快に地面へと叩きつけられた。マグナムアローとのダメージと合わせ、HPが0になる。
今度こその決着。
華麗なシズさんの戦いぶりに、周囲から歓声が沸き上がった。街中での騒動に眉を潜めていた人達の声は掻き消される。
「おーい!」
シズさんの背後からカイくんが僕に向けて駆け寄ってきた。
「やあ、大丈夫? なんか変なことされなかった?」
「いや……ちょっと絡まれただけだよ」
「そうか、良かった」
カイくんが僕のことを心配してくる。
悪名高いクソチート女のことはカイくんも知っていたようだ。あいつが僕にチート行為を誘いかけていた、とでも思ったのだろう。
「またいなくなっちゃったから心配してたんだよ。いやでも、変な人に捕まる前に見つけられて良かった」
「カイくん……」
本気で心配していた様子であった。
やっぱり、僕の考えすぎだったのかな。
「ういーっす、やあライライくん三百年ぶりだね」
「そんなには経ってないよ……」
「ああ、うん、そうだったかな。まあいいや」
起き上がったみつるくんも僕のそばにやってくる。相変わらず脈絡のない冗談を言っていた。
「あいつ復活したと思ったら逃げちゃったよ」
「さすが逃げ足は速いね」
シズさんとイノさんもやってくる。
ユッケは姿を消してしまったらしい。
いつものメンバーが集まってしまった。
「まっ、しゃーなしだな! じゃあ帰るか!」
「おー」
みつるくんの号令で、一同は拳を掲げた。
けれど僕は、なぜかそれができなかった。
……ていうか君ら買い物に来たんじゃないの?
「あ……!」
久し振りのギルドホームに戻ってくると、これまた久し振りのトリスさんが出迎えてくれた。
「こ……このばか、全然顔も見せないで……!」
トリスさんは泣きそうな顔になりながら僕のことを叱りつけてきた。
「ああ、いや……ごめん」
「私はまた、てっきりあんたが……! ……いや、いい。なんでもない」
僕が謝るとまた少し怒らせてしまったが、結局すぐに落ち着いた。
「おお、ナイスツンデレ」
「……」
「イデデデデ」
茶化したみつるくんがシズさんに足を踏まれた。
「よしじゃあ久し振りにライライも帰ってきたし……飲むか!」
「飲むな」
「ああん!」
そして騒ぎ始めるみつるくんやイノさん。
久し振りにやってきたこのギルドは、やっぱりいつもと変わらないままだった。
それから僕は頃合いを見てホームから出ると、またあの場所へやって来ていた。
何となく、そこにいるんじゃないかと思ったからだ。
そして、その予想は当たった。
「おい」
ザンマールル渓谷。
ユッケに出会った場所だ。
「うわ、なんだい。まさかライオくんの方から来てくれるとは思わなかったな」
「別に。何となくここに来たらお前がいただけだ」
「ふふ。まあどっちでも嬉しいよ」
振り返って僕を見上げたユッケは、どこか寂しそうに笑った。
「あんだけ派手にチート使ってたから、もうおしまいだろうね」
再び背を向けて河を眺めだしたユッケがぽつりと呟いた。
「だろうな。いずれGMが来て事実確認するだろうよ」
「そしたらBANは確実。お別れだね。……それとも、かばってくれたりする?」
「……するもんか」
「はは、だよね。それでこそだよ」
そうやって笑うと、ユッケは押し黙った。
そのまま僕も黙って何もしないでいると、視界のすみに小さくメッセージログが表示された。
ユッケ さんからメッセージが届いています。
とのことだ。
「なんだこれ」
「ああ、届いた?」
「読まないで捨てるわ」
「それはちょっと勘弁してほしいかな……」
珍しく本当に困ったような態度を見せるユッケであった。
「あたしの携帯番号とメルアド」
「はあ?」
さすがに意外すぎたので僕は変な声を出してしまう。
「BANされちゃったらそれまでってのも、寂しいからね。あたしが恋しくなったら連絡してよ。君とならオフで会うのも良いかなって」
「……馬鹿じゃないのか」
「たぶんね。でも言ったでしょ」
「何をだ」
「恋かも、って」
「……」
今度は声も出なかった。
昨日出会ったばかりで、今日にも別れる。
話したことは、チートをしただのもっとしろだの。
あまつさえ思いきりぶん殴り、目の前でぼこぼこに叩きのめされる様を見過ごした男に。
「ねえ、さっきの戦いで、ライオくんは何を思ったのかな」
「え……?」
「あたしがぼこぼこにされて、スカッとしたかな。それとも可哀想だと思ってくれたかな。逆にギルメンのやり方にドン引きしたとか、かな」
「……」
「まあ、なんでも良いけど」
「……さて、どうだったかな」
「ふふ。……でもきっと君はこれからあのチートを使ったり、あのギルメン達と会う度にあたしのことを思い出してくれるよね」
ユッケは不穏なことを語り始めた。
「たった二日間の付き合いだったけど、あたしはライオくんに対してそこそこ強烈な印象を残せたと思うんだ」
「……まあな」
「嬉しいね。忘れられない相手には、きっとまたいつか会いたくなるもんだよ。……その時にこそ、さっきのアドレスは役に立つ」
「……」
「待ってるよ。また君に会える日のことを」
そう言って、ユッケは儚げに笑った。
「……ああそうだ。せっかくだしこれもらってよ」
そして背中に背負っていたドラグスラッシャーを地面に突き立てる。アイテムがドロップした状態になった。
プレイヤー自身が直接ドロップしたアイテムは、誰でも拾って自分の物にすることができる。もっともシンプルかつ危うい手段でのアイテム交換だった。
「……いらん」
だが僕はそれを拾うことはしなかった。
「……ちぇっ」
やがて僕たちの背後に何者かがワープして現れた。
不正プレイヤーへの制裁権限を持つゲームマスター、GMの一人だ。
「こんにちは、ユッケさん。あなたに不正プログラムを使ったゲーム規約違反の疑いがかかっております。詳細を聞かせてもらえますか?」
礼儀正しい態度でGMが問いかける。
「詳細も何も確かにやってまーすよっと。好きなだけBANしてくださーい」
「そうですか、では……」
「……!!」
立ち上がったユッケは素直に罪を認めた。
そしてGMが処分を言い渡そうとした瞬間、彼の股間を強烈に蹴り上げた。
ゲームなのでそこを蹴られたところで何がどうなるわけでもないが、見ているだけで僕も自分の股間が痛くなってくる気がした。だがGMは何ともなさそうにしている。
「……では、現時刻を持ってプレイヤー、ユッケさんのログイン状態を強制切断、アカウントの一時凍結を行います。アカウントの正式な処分は三日以内におこないます」
「はいはい。それじゃあね、ライオくん。……またどこかで」
それだけ言い残し、ユッケはひどくあっさりと、ごく普通にログアウト時のエフェクトを発して姿を消した。
彼女がこのゲームに再びログインすることは、もうない。
「それでは私はこれで失礼します。何か不正行為を発見するようなことがあれば遠慮せずに我々GMを呼んでください。それでは今後とも、レヴァイアサンアークオンライン・VRをよろしくお願いします」
GMの男も僕に向かって一礼すると、ワープエフェクトを発して姿を消した。
そしてザンマールル渓谷に残ったのは、僕と、河のせせらぎと、主を失い突き立ったままの剣、ドラグスラッシャーだけとなった。




