第07話 チーターと誘惑
僕はまた当てもなくフィールドをぶらついていた。
この日やってきたのはザンマールル渓谷。
街と街をつなぐ街道から少し道を逸れると到着する場所で、使い道の少ない木の実が取れる木々と使い道の少ない魚が釣れる綺麗な河が美しいフィールドだ。
僕は特に釣りスキルは上げていないし他に釣っている人もいないので、また一人で特にすることもなく無駄に時間を浪費することにした。
ダンジョンも近くにあるが、今いる場所とは別の道なのでやはり人はいない。
……みんな今ごろ、どうしているだろうか。
チートがどうこうの話をした途端に消えたら、チートを使っていると疑われてしまってもおかしくないだろうな。
もしそうなら、みつるくんはやっぱり怒るだろうか。
いつもおかしな言動を繰り返すけどみんなのまとめ役であり、僕の密かな憧れでもある彼を怒らせたら、つらいだろうな。
シズさんは軽蔑するだろうか。
クールで物静かで、しかし誰よりあの空間を愛している彼女。綺麗で優しい彼女が、僕は好きだった。嫌われたくないな。
トリスさんは僕を信じて擁護してくれてたりするのかな。
万が一にも本当に僕に気があるんだとしたら、それは嬉しいことだけれども。正直に言えば、ほんの少し期待してしまっている。
イノさんやカイくんは、どう思ってるかな。
たまにしか顔を出さない他のメンバーは、どう思うのかな。
……いつからこんな風に、みんなと会うのが嫌になっちゃったのかな。
「こーんにーちはー。っと」
突然背中の方から声がした。
女の声。だが、知らない声だ。
立ち上がって振り向く。
そこには真っ黒に染められた鎧を全身に纏った背の低い人間と、見覚えのある三人の男がいた。
「……!」
いつぞやトリスさんに絡んできたMPK集団であった。
その前にいる鎧姿は……うん、知らない人物だ。
兜で顔を隠しているが、装備のデザインやさっきの声の主であろうことから察するに、女キャラのようではある。
……彼らの親分だろうか。
「やあ。探すのはそんなに大変でもなかったんだけど、こうして誰もいないところにのこのこやってきてくれるのを待つのは大変だったよ。暇で」
鎧姿の女……名前を見ると、ユッケというらしい。
ユッケはフランクな調子で僕に喧嘩を売っているような態度を見せた。
「……なんだよ、子分がやられたから仕返しにでも来たのか?」
「はっ、まさか」
僕の挑発をユッケは鼻を鳴らして一笑に伏した。
「えっ! 違うんすか!?」
「そんなひどい!」
「どいひー!」
三人組は本当に仕返しに来たのだと思っていたみたいだが。
「ちげーよカスどもが。ほら、顔は確認できたんだからもう帰って良いよ」
「いやそんな……!」
「帰れ」
「……はい」
睨み付けられた男たちは、すごすごと携帯用ワープクリスタルを使ってどこかへと消えていった。
「……で、何の用?」
僕は問いかけた。
「聞きたいことがあるの。……わかるよね?」
「さあね」
「ふん、まあいいや」
ユッケはすっと指を立てると、それを僕に向けてこう言った。
「あんたも、やってんでしょ?」
あんた……も?
「何のことだか」
「しらばっくれんなよだりーな。……改造だよかいぞー」
「……!」
僕に向けられていた指はそのまま彼女自身の頭に向いた。
改造。あの日みつるくんも話していた、脳波コントローラ……通称ヘッドギアの違法改造行為。
「あの三馬鹿がさー、言ってたんだよね。あたしみたいに速かった、って」
「……」
「あたし並みっていうとだいたいAGI2000相当の速さってことじゃん? 普通に育ててたらとてもいくわけねー数字なの。あいつらがボケてたんじゃないなら、あんたもやってるってことにしかならない」
「……」
「あたしはルールは守らないが、他人の秘密だけは絶対守る。だから白状しちゃいなよ。……改造、やってんでしょ?」
「……俺はあんたに話すことは何もないよ」
どうやらこのユッケという鎧女はヘッドギアの改造を行っており、あのMPK集団の報告から僕も同じことをしているのだと予想してきたようだ。
そしてそのことをわざわざ僕のことを調べてまで追及しにやってきたらしい。
だが、何のために?
「仮に俺がそれをしているのを認めたらどうするんだ? 通報でもするか? 晒しでもするか?」
「ははっ。そんなつまんないことはしないよ。……何てことない。同じ穴のムジナということで、お友達になりたいってだけさ」
なるほど。ろくでもなかった。
「帰れ」
「ふふ、好きだよそういうつれない態度。でもさ良いじゃないの、もっと自分の気持ちに正直になったって」
「……何?」
「ちょっと調べたよ、君のギルド。……良い名前だよね、胃のセンス」
嫌味ったらしくその名を口にするユッケ。
あまり気に入ってる名前ではないが、赤の他人に笑われるのは腹が立った。
「チーター狩りのギルドとして、そっちの筋じゃ結構ウザがられてるみたいだね。不正を正す正義のギルド。いやいやかっこいいねえ」
そう。積極的にそういう活動をしているわけではないが、チート疑惑のあるプレイヤーにみつるくんやイノさんはよくPKを仕掛けている。
よく、と言ってもたまたま遭遇したらというくらいの頻度だが。
「他人に厳しいだけじゃなく、身内にチーターがいると知れても今まで仲良くしていたのをクルっと手のひら返してぶちのめしにかかるそうだね。徹底してるわ。恨み言はちょっと探せばいっぱい出てきたよ」
「当然のことだろ。不正はしちゃいけことだから正しいに不って書くんだ」
「ああ。そこは否定しないよ。でもね」
「?」
「君はどうなのさ」
「俺は……」
「内心じゃあいつらのこと嫌ってるんでしょ? 隠さなくて良いよ。こいつらがいなきゃあ好きなだけチートして無双できるのになーって、思ってるんでしょ?」
「……そんなこと思ってない!」
「うっそだー。あたしも今までやってる奴はそれなりに見てきたもん。だからわかる。君は軽い気持ちで使ってみちゃったチートに、もうこれなしじゃやってらんないってくらいドハマリしてるタイプだね」
「……ッ!」
痛いところを突かれ、僕は言葉に詰まる。
だがそれは絶対にしてはいけない反応だった。
「はいその反応ビンゴー。やっぱりそうなんだねえ」
付け入る隙を与えてしまった。
「……誰がっ!」
「まあ怒るなよ。……ああそうだ。ならあたしのも見せてあげるよ。そうしたら秘密を共有したってことで、君も素直になれるんじゃないかな」
「……はあ?」
「すぐそこにダンジョンあるよね。行ってみようよ」
「何でお前なんかと……」
「チート使ってる証拠見せてあげるんだよ? 君も正義のギルドにいるなら、運営さまに通報するチャンスじゃないか」
「く……」
「ここであたしを通報してBANさせれば君もギルメンからチヤホヤされるんじゃないかな」
「そんなもん望んでない……」
「さてどうだか。……まあ望んでないならないで、誰に自慢するでもなくクールに悪を潰すってのもかっこいいんじゃない?」
何を考えているのか理解できないことをユッケは言い出した。
こいつの言い分だと僕はチートを見せないから、自分だけ通報されるリスクを負うことになる。
それはいくらなんでも馬鹿すぎやしないだろうか。
「何考えてるんだお前……」
素直な気持ちが口をついて出た。
「ふふ、そうだね。……君は絶対通報しないってわかってるから。だからこう言えるのさ」
しかしユッケは、自信満々にそう答えるのだった。
僕が通報しないだと?
僕もチートをしているから、それがバレると困るから通報しないと思っている?
ふん。あいにく僕のチートは運営公認なのだ。BANはされないとお墨付きである。
「良いよ、わかった。精々見せてもらおうじゃんか」
「ふふ……ありがとう。とても嬉しいよ」
だが挑発に乗った僕に対し、ユッケは実に丁寧な態度で礼を言うのだった。
……くそ、ペースを乱されちゃ駄目だ。
渓谷の奥、木々と岩の影に入り口が存在するケフェウスダンジョンへ進入する。入ったのはその下層。
ご丁寧に通行証まで用意していやがった。
「敵はあたしが全部倒すから、君は見てるだけで良いよ。あ、経験値は等分配設定にしとくから」
「いらねえよ」
パーティを組んで、二人でダンジョンを進む。
ユッケは自分のチートを見せつけるために、僕には戦う必要がないと言う。まあ言われるまでもなく手を貸す気はさらさらなかったが。
入場の都合上パーティは組んだが、今すぐ抜けてやろうかとも思う。別にそれで攻略に支障が起きるわけじゃないし。
鉄格子から部屋の中へ、ユッケは一人で入っていく。
僕は外から観戦するだけだ。
「よーく見ててねー」
そしてユッケは、なるほど確かにそこらのプレイヤーでは比にならないほどの動きを見せた。
「あたしのは神経接続を加速させて、いわゆる反応速度を高めているの。このゲームではAGIが高ければ高いほどかかる能力補正を、あたしは素の状態で持ってるってわけ」
今のユッケには敵の動きがスローモーションのように見えていることだろう。
動きの遅い攻撃ほどかわしやすい物はない。
すいすいと敵モンスターの攻撃を避けながら、体と同じくらい大きい両手剣『ドラグスラッシャー』を振り回し、バシバシと攻撃を決めていく。
そのダメージ表示は、かなり高い。
「とんだザル運営だよね! あたしがすごいのは所詮運動能力だけ。本当に強くなるにはここまでレベルを上げなきゃいけなかった。それまであたしはこのチート使い続けてきたけど、BANなんて全然されやしない!」
調子に乗って高らかに叫ぶユッケ。
確かに表示されているあのダメージを出すには、相当STRを鍛えてなければ届かないだろうものだった。
ここの運営は不正利用者潰しだけは評価されてたのにな。どうなってるんだか。
やがて部屋内のモンスターは全滅し、鉄格子が自然に上がっていく。
「どうかな? 少しはわかってくれた?」
「お前のチートがマジっぽいことはな」
「ふふ。見ていて心が踊ったんじゃない? 俺もあんな風に好き放題やりたいって」
「思わないね」
「ふう、つれないな」
ダンジョンは更に奥へと続く。
「おい」
「何かな?」
僕はどうしても腑に落ちないことがあった。
「なんでお前、こんなチートしてまでゲームしてんだよ」
ヘッドギアの改造は単なるチートではない。逮捕だってあり得るのだ。
とてもそんな気軽に、たかがゲームごときに行って良いものじゃなかった。
VR技術には様々な用途が存在した。それはゲームに限らない。
軍隊の訓練とか、医者が手術のシミュレーションをするとか、……現実でやれば犯罪となる行為の代替とか。
いくらでも悪用できる余地があった。そして実際に色々事件も起きた。
それゆえ商品として流通するVR機器の機能は厳重に審査がなされ、違法行為はほぼ確実に行えないように法整備がなされた。
その審査基準を越えられるように改造行為を行えば、それを使って実際に罪を犯さなくても、改造を行った時点で罪に問われるようになった。
なのに、こいつは今それを行っていることを僕に公言している。
「バレたら逮捕だぞ、逮捕。お前の歳は知らないが、今の時代、少年法も形骸化しつつあるんだ。子供でも余裕こいてなんかいられないんだぞ。わかってるのか?」
子供だから、事の重大さがわかっていないとかなのだろうか。
もしそうなら、止めないといけないだろう。
「ははっ。あたしは逮捕なんかされないよ。このゲームのアカウントはBANされるかもしれないけどね」
しかしユッケはおかしなことを言うのだった。
ああ……これは本当にわかってないんだろうなと、僕は思った。
けれど、少し違った。
「あたしのは、身障者用のヘッドギアだから」
「……は?」
「足が動かない人が仮想空間に入る時のための、操作補助プログラムが入ってるヘッドギアなの」
なんだそれ。
足が動かない?
……いや、そっちじゃない。そっちも気になるが……。
補助プログラム?
「そんなもんで、反応速度が上がるのか?」
「上がらないよ。ただ、その補助プログラムをいじってるの。そうすれば速くなれる」
「……それじゃあ結局違法改造じゃねえか!」
「補助プログラムは利用者ごとに少しずつ違うんだよ。症状の経過によって逐次更新する必要もあるし。だからついでにちょこっとゲーム用のチートプログラムを仕込むくらいはわけないし、いちいち調べてくる奴もいない。……と言うか、黙認されてるくらいだね。体の不自由な子はハンデを抱えているんだから、少しくらい得したって良いだろうって思ってくれてるんじゃないの」
「……っ」
「ただゲームの規約でそういうことは禁止されてるけどね。だから見つかっちゃったらBANはされる」
「……それじゃあ、意味ねえじゃん」
「BANされたら別のゲームに行くだけだよ。……太く短く生きる、ってね。律儀にルールを守って狭苦しい思いをするくらいなら、やりたいようにやってさっさと追い出されるくらいが良いね、あたしは」
「……お前……」
言葉がでなかった。
「あたしはこんな足になってから、楽しいことなんか一つも無かったよ。ずっと車椅子から見てた。楽しそうに走り回る健常者どもをね。上っ面だけで人のこと心配してるふりしてる、あのろくでなしどもを」
「……そんなこと言って、同情でも誘うのか」
「まさか。君にも知ってほしいだけさ。自由に生きることの楽しさを。窮屈な思いをし続けることのくだらなさをね」
「うるせえ。お前はただのクズだよ。……自分の立場の弱さを利用して逆に人を見下してる。お前こそろくでなしだ」
「まだそんなこと言うんだ。強情だね」
「……反省する気なんか、欠片もないみたいだな」
僕はいい加減我慢の限界だった。
このクソガキを、ぶっ飛ばしてやりたくてたまらなかった。
そして気がつけば、EJ94リングを装備していた。
すぐそばまで歩み寄って、情動の赴くまま、
殴り飛ばした。
「何様のつもりだお前は!!」
とてもかわしきれやしない超高速の拳が兜の上からぶちこまれ、六桁ものダメージを叩き出した。当然ユッケのHPは即0となって死亡する。
そしてそのまま勢いよく壁に叩きつけられ、ずるりと力なく床に転がっていった。
「……はぁ、……!」
だがすぐに、リヴァイブクリスタルが使用された際のエフェクトが倒れたユッケの体を包んでいく。
「あ、はは……」
まだ衝撃から立ち直りきれていないのか、乾いた笑い声だけが漏れていた。
ユッケはゆっくりと体を起き上がらせていく。
「何様のつもり、だってさ」
「……」
「このクソチート野郎が、偉そうに」
僕の拳は、ちっとも心に響かなかったようだ。
いや、それよりも。
僕がチートアイテムを使ってしまったことで、更に調子に乗らせてしまった。
「……どうだい? 気持ちよかっただろう?」
ユッケは勝ち誇ったような声で笑った。
「さあ、これであたし達は同じチーター。仲間だね。これから一緒に好き放題やりまくって雑魚どもをぶちのめして、気持ちよくなろうよ」
「……」
「ふふ……。ああでも、ちょっと予想してたのと違ったな。攻撃力も上がってるなんて想定外だったよ。どんな改造してるんだい? それともまた別のチートとの合わせ技?」
そして一気に態度を急変させ馴れ馴れしくなった。
ずいぶんと嬉しそうにしている。
その様子はまさに、自分の知らないことに対して興味津々な子供のそれだった。
「まあいいや。とりあえず……これからよろしくね。ライオくん」
ユッケは僕の名を呼ぶと兜を外し、その素顔を晒した。
あどけない少女の純真な笑顔がそこにあった。
傾ける首の動きに合わせ、濃紺色の長い密編みの髪がふわりと揺れる。
その笑顔は、ろくでなしのクズにしては不思議なくらい、魅力的に見えてしまった。




