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第06話 不安とツンデレ

 新人ギルメンのトリスティンさんは、トリスさん、もしくはトリさんと略されて呼ばれるようになった。

 愛想がよろしくなく他のメンバーにはつっけんどんな態度をとりがちな彼女だったが、そのくらいでめげる我らがギルメンではなかった。

 その性格はツンデレキャラということにされ、それなりに受け入れられていたのだった。


「やっぱりライくん目当てなのかなー?」

「別に……。そろそろギルドにでも入ろうかなと思って、たまたま目についたのを選んだだけ」

「ヒュー! ナイス言い訳!」

「い、言い訳じゃない!」


 だいたいそんな感じのやりとりで。




 それからまた数日後のこと。

 僕がギルドホームにやってくると、イノさんとトリスさんの二人だけがいて、何かを話しているようであった。


「やあライくんおいす! おじさんはこれから出掛けてくるよ!」

「え?」

「は!? ちょっと待て!」

「じゃーぬぇー!」


 しかしイノさんは僕が現れると早々にどこかへと消えてしまった。

 トリスさんの反応から察するに、話は途中だったみたいだが。


「……」

「……」


 残された僕とトリスさんはなんだか微妙な雰囲気になる。

 どうもギルメンの間では、僕とトリスさんが何か深い関係にあるという設定にされているようだ。本気か冗談かはさておき。

 そういうわけで、折を見てはこうして何か二人きりにさせようとしている節があった。


 僕としてはこの人にチートがバレないかという不安があるので、二人きりにされるのは勘弁してほしかったのだが。胃が痛くなりそうだ。

 しかし僕の見ていないところでチートのことを他のメンバーにバラされるかも、とも思えて簡単に目を離すこともできやしない。

 ほんと、どうしたものだろうか。


「……ギルドには、もう慣れたかい?」


 何となく世間話を振ってみる。

 そもそもこの人は何を思ってこのギルドに入ったのだろうか。

 僕目当てなのは間違いないだろうが、さてその理由が問題だ。


「まあ、ね。ギルド名から察してたとは言え、変なやつらばっかりなのはアレだけど」

「う……。名前は、ね……うん……」


 僕たちのギルド、その名も『胃のセンス』。

 ギルドマスターであるイノさんことinnocenceさんから取った名前だ。命名者はみつるくんである。

 ギルドの雰囲気や仲間たちのことは気に入ってるが、はっきり言ってこの名前だけはダッサイので正直苦手だ。

 できれば口にしたくもない。キャラクターの名前と一緒にギルド名が表示されるゲームでなくて良かったと心の底から思っている。


「まあこんな変なギルド、そうは無いだろうなと考えたらラッキーと言えばラッキーかな」

「いやー、さほど珍しいわけではないと思う……」

「なん……だと……?」


 どっかの少年漫画みたいなリアクションをするトリスさん。

 意外とユーモアの通じる人なんだろうか。


「あ……そう言えば」

「ん?」


 トリスさんが何かを思い出したような顔をした。

 僕は思わずぎくりとする。


「……お、お礼。……言ってなかった」

「え?」

「……ありがとう」


 そっぽを向きながら、やたらと小さな声でその言葉が発せられた。

 ああ……MPKから助けてくれて、ってことね。

 そう言えば確かにお礼を言われた覚えはない。別に気にしてなかったけど。


「いいよ。別に」


 それから僕はふと思い付いて言葉を続けた。


「あの時のことはみんなには黙っててくれよ」

「うん……?」

「恥ずかしいだろ」

「……まあ、確かに」


 暴漢に絡まれた女の子を格好よく助けるなんて展開、あの連中に知れたら格好の弄りネタにされるだけだ。

 それはお互いに勘弁してほしいところだろう。


「うん、黙ってる」


 こうして僕は、さりげなくあの時の出来事を封印させることに成功した。

 ほっと胸を撫で下ろす。


「……おはよう」


 その時、絶妙なタイミングでシズさんがやって来た。


「や、やあ」

「おはようって時間でも無いんじゃ……」


 シズさんは僕たち二人をじろじろと見比べている。

 ……何でしょうその目は。


「通行証があるんだけど」

「は?」

「行かない?」


 ……ダンジョンのお誘いでした。




 ペルセウスダンジョン下層。

 難易度としてはオリオン深層やバルゴ深層よりはずっと簡単な方だ。だが三人で、となるとちょっと厳しいかもしれない。

 まあシズさんがかなり強い方なのでさほど苦戦はしないだろうが。


 実際その通りで、彼女に比べるとさして強くない僕やトリスさんが普通に戦えるようにシズさんが余計な敵をバシバシぶちのめしていったので、ダンジョン攻略はさくさくと進んでいった。


 トリスさんもMPK相手に平気で挑みかかろうとするくらいには確かに勇猛果敢で、モンスター相手にも積極的に攻撃を仕掛けていっていた。

 それなりにプレイ経験もあり、攻略サイトなどでもちゃんと情報を仕入れているようだ。動きもしっかりしている。

 レベルや装備の質は僕よりも下のようだが、いちいち僕が手を貸す必要があるほどではなさそうだった。




 三分の二くらいまでを終え、僕たちは休憩をとる。


「二人は仲良いの?」


 いきなりシズさんがズバッと核心をついてきた。

 いやいや、核心て何のだ。


「べべっ、別に仲が良いとかじゃないし!」

「そ、そうそう」

「ふーん」


 ひょっとしてシズさんも本気で僕とトリスさんがそういう関係だとか思っているんだろうか。

 ネトゲ恋愛がリアルに発展するなんて話はよく聞くが、実際そこまで発展するような関係なんてのはほんの一握りだろう。

 少なくともこの僕に限ってそんなことは起こりっこない。はずだ。……自分でも情けなくなるが。


「私は、別に……そんなんじゃないもの。ただちょっと気になることがあるというか、なんというか……」

「気になること?」


 シズさんの言葉にトリスさんがぽろりと漏らす。

 おい、それ言っちゃダメだろ。


「ん、まあ……こっちの話よ」

「ふうん」


 適当に誤魔化すトリスさん。

 大丈夫なのか、おい。


「まあいいや。そろそろ行きましょ」


 特に追及もしてこないシズさんは、攻略再開を提案した。

 僕もあまり突っ込まれたくないところなので、早々にそれを受け入れた。




 そもそもの話、このトリスティンというゲームアバターであるキャラクターを操っている人間が、女性だという確証はない。

 みんなやシズさんが考えていそうなことは、その時点でほぼあり得ないと言って良いのだ。



 このゲーム、RAOVRでは他者とのコミュニケーションは基本的に音声による会話で行う。喋って、話す。現実と一緒だ。

 音声の入力は肉体の操作同様脳波を送って行う。それゆえ当然と言うべきか、その声はプレイヤー本人のものではなくメイキングされたキャラクターの外見に合わせて自動合成された声が使われる。

 がたいのいい男キャラなら声も野太いし、線の細い少女なら高い声になる。何にせよプレイヤー本人の声とは別物になるのだ。


 要するに、外見だけでなく声からも中の人の性別はわからないってことだ。

 見ての通りトリスさんは女性のキャラクターで声も女性のそれだが、中の人もこんなとは限らない。中年のおっさんかもしれないのだ。


 予想できる要素があるとしたら、やはり立ち振舞いが大きい。日頃のちょっとした振る舞いでも男性と女性は結構違うものだ。

 個人的に特にわかりやすいのが歩き方。


 シズさんなんかは本当にそれが綺麗で、これが男ならもう仕事柄そういう歩き方をする必要があるような職に就いているとかそんなレベルだ。


 その点から見れば、トリスさんは……。まあ……確かに女の子っぽい、気はする。けども。

 でも保証はない。

 VRゲームができてからもうそれなりの年数は経っている。ネカマさんが他人をうまく騙せるためのテクニックだって広まっているのだ。

 トリスさんが男じゃないという保証はどこにもないことに変わりはない。


 まあシズさんが女の子であることは、微塵も疑っていないけど。



「ねえ」


 モンスターとの戦いの途中、こっそりと話しかけてくるトリスさん。


「……あんた手抜いてない?」


 何かと思えばこれまたぎくりとさせる一言であった。


「そんなことないって」

「そう? もっと強かった気がするんだけど」

「気のせいだよ。思い出補正ってやつじゃないか?」

「そうかなあ……?」


 疑いの目を向けるトリスさん。

 あの時に比べると確かにAGIの値が大幅に減少しているため、ここぞと言う時の動きにはどうしても違いが出てしまう。そこを手抜きしている、と思われたのだろう。

 ……まあ手抜きと思われるくらいなら良いさ。

 だがこれをきっかけにあの時の強さがあまりに異常で、それがチート行為に由来していると思われだしたら困る。

 どうしたもんか。気のせいだと思わせるしかないかな……。


「うーん、そう言われてみればそうだったかも」


 納得しかけるトリスさん。


「何の話?」

「ああ、私が助けてもらったときの……ってうわ!」


 しかし後ろからさりげなく聞いたシズさんに思わず答えかけてしまう。

 その口の軽さときたら、わざとやってんのかってレベルだった。


「な、なんでもないなんでもない……」

「ふうん……」


 すげー不安……。




 その後も特に問題なく攻略は進み、ボスモンスターを討伐して僕たちはギルドホームに戻ってきた。


「やあお帰りんこ」

「ただいまん……」

「こ」

「うっさい!」


 帰ってきた僕たちをイノさんとみつるくんが迎える。トリスさんが変なことを言わされそうになってキレていた。


「どっか言ってたん?」

「ペル下」

「なんかでた?」

「なにも」

「あ、うんそう……」


 シズさんもいつもの様子で仲間たちの輪に戻っていく。


 そんな中で僕は、トリスさんの危なっかしい言動のせいでどうにも落ち着けないでいた。


「どしたライー?」


 みつるくんが心配してくる。

 いかんな……。


「ああごめん。ちょっと疲れたから一旦落ちるね」

「ん、そうか」

「じゃ」

「おっつー」


 もし何かの拍子に、このみんながいる場所でトリスさんが口を滑らせて疑惑の目が僕に集中したら。

 そう思ってしまうと、耐えられなかった。


 また僕は、逃げるようにゲームの世界への接続を切った。




   ◇ ◇ ◇




 お腹が空いてきた。

 コンビニでも行ってこよう。


 お弁当を買いに家を出ると、もう十九時前。だいぶ暗くなり始めていた。もうすぐ冬なんだな……。

 早足ぎみでコンビニに到着すると、入り口近くでは部活を終えたばかりらしき男子学生たちがたむろしてアイスを頬張っていた。寒くないのか?

 店内に入ると今度は、ファッション雑誌か何かを三人くらいで集まって読んでいる女子学生がきゃいきゃい騒いでた。

 ……まったくどいつここいつも、楽しそうだね。


 そんな様を見ていると僕は逆に心が冷めてくる。

 僕は自分からあのような楽しい空間から逃げてきたんだ。


 ……嫌だな。

 心がムカムカしてくる。


 帰宅して弁当を食べ終えると、PCに向かって検索サイトを開く。

 RAOVRのチートについて検索してみたかったのだ。

 簡単にチートプログラムそのものの配布サイトが出てくるわけではないが、掲示板の情報などからだいたいどんなチートが存在しているかは見えてきた。

 当たり前だがEJ94リング、またはそれに似た存在の情報は皆無だった。


 そう。やはりこれは、僕だけに与えられた物なのだ。

 なら……。




   ◇ ◇ ◇




 ムカムカを晴らすために、EJ94リングを装備してダンジョンでひと暴れする。どうせバレやしないのだ。気が晴れるまで暴れまわってやる。


 そして攻略を終えすっきりすると、僕は何気ない顔でギルドホームに帰ってきた。


「ふーん。一口にチートって言っても色々あるのね」

「そ。でも使ったりすんなよー。うちのギルドはチーター大嫌いだから」

「しないわよ、そんなの」


 ……みつるくんとトリスさんがなにやら不穏な会話をしていた。


「あ、お帰りライライ」

「よ」

「……何の話?」


 いつもと変わらない二人の様子に、僕のチートがバレたわけではないらしいことを察する。


「トリさんがねえ、チートってどんなのがあるのかーって」

「へえ。トリスさんはチートに興味あるのか」

「別に使いたいとかそういうことじゃないんだからね」

「……わかってるよ」


 みつるくんが僕にもチートについて教えるように、先程までの会話を教えてくれた。


「一番有名なのが『レヴァニラ炒め』ってツールなんだけどな。これはまあかわいいもんで、日常のちょっと面倒なシステムに補助をしてくれるやつなんだ」

「ふむふむ」

「例えば倉庫やインベにあるアイテムを自動ソートしてくれるとか、指定した時間にタイマーを鳴らしてくれる、とかに始まってだな。生産スキルの仕上げミニゲームが100パー成功するようになったりとか、演奏スキルの自動反復トレとかをしてくれたりもするんだ」

「ほうほう」

「あとはフィールドボスの出現予想時間とか出したりな。あちこちにいる出現情報監視BOTが集めてる情報をまとめてるやつだ。これは単体で設置してるサイトあるよな。外部サイト見るだけだから運営にBANされる理由にならないからって隠れて使ってるやつも多い」

「へえ」

「日本じゃ少ないけど、海外とかじゃ武器や装備のグラフィック差し替える奴もたくさんあるね。これはバレにくいし実害も少ないからBANされにくいらしい。なにげにやたら良い出来のを作ってる職人とかもいたりするんだな。エロいのとか」

「ちょっと気になるね」

「おい」

「マクロによる自動狩りとか中華業者のよく使ってるBOTとかもチートっちゃチートだけど、mobが無限沸きするフィールドじゃないと使えないから誰かにすぐ見つかって即BANされてるな。このゲームじゃあんま見ない」

「はー」

「たまにあるバグを使ってアイテムをDUPE……あー、増殖させるのもツールこそ使わないがチートだな。これもすぐBANされるからやるのはバカだけだ。バグだと他に、昔修理が成功率100パーになるのもあったな。あれは知らずにやっちゃった奴も多くて一時凍結くらいで済んだのが多かった」

「そうなのかー」

「キャラデータの改竄とかする奴もいる。ただPCのクライアントだけいじるのと違って鯖に送る情報も弄らなきゃいかんから、バレるリスクもずっと高い。だもんでやる奴はほとんどいない。手間もかかるし」

「……」

「えげつないのだと、ヘッドギアの方を改造するやつもいるらしい」

「ヘッドギアって、ゲームする時に被るアレ?」

「そう。人間の脳波を送受信することでデジタル上の仮想キャラクターを操るわけだけど、その脳波の信号を改竄できるようにしちゃうと、操作感がもう完全に別物になるそうだ。反応速度がダンチだからAGIがレベル1並みでも超すげー動きとかできちゃう。STRとかはそのまんまだからダメージが増えたりはしないけどな。でもそれも普通にレベル上げりゃ良いだけだし、レベル上げるのもずっと楽になるらしいけど」

「……へえ」

「ま、でもヘッドギアの改造はガチの犯罪だからネタ抜きでやめとけな。アカウントどころか人生BANされちゃうよ」

「うん」


「……それにしても、詳しいね」

「配布されてるようなのは検証用にサブPCの別垢で使ってるからね。チートを知らなきゃチーターはわからないもんな。……ああもちろんこっちじゃ絶対使わないよ?」

「真面目だ……」


 みつるくんのチート講義によって、少なからずトリスさんは僕に疑念を抱いてしまったようだ。

 特に最後の。

 確かに僕は高いAGIの値だけを活かして、ダメージを与えずにMPKどもをしばき倒した。

 トリスさんからは、僕がヘッドギアの改造をしていると思われたかもしれない。




 そして案の定、たまたま二人きりになった時、そのことを聞かれた。


「あんた、その……改造、してるの? あの時の……」

「まさか。してないよ」


 僕は即答する。

 そうだ。ヘッドギアの改造なんかしていない。


「そもそもそんな技術もなければ委託するお金もないよ。逮捕だってされたくもないし。……あえて言っちゃうけど、俺はごく普通の男子高校生でしかないんだ。特別なところなんか、一つも無い」


 僕はきっぱりとそう言った。

 ついでに自分の身の上もばらした。

 それで何かの保証になるわけでもないけれど。


「そう……だよね」


 トリスさんも、納得してくれたようだ。

 そもそもそんなハイリスクな違法行為をしていたとしたら、僕の行動はそもそも穏やかすぎる。

 それをわかってくれたのだろう。


「うん、変に疑ってごめんね」

「いいよ、別に。……今度はすぐに謝れたんだな」

「う、うっさい! ……バカ。……年下の癖に」

「……え?」


 トリスさんはまた照れたようにそっぽを向いた。……年上なんだ……。

 いやそうじゃなくて。


 本当は、僕の方こそ謝らなきゃいけない。


 チート行為を行っているのは、事実だったんだから。




 それから僕は、またギルドホームに顔を見せなくなってしまうのだった。

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