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第05話 憧れのあの子と新人のあの子

 時は過ぎ、僕がチートアイテムEJ94リングを手に入れてから一週間が経った。

 僕は人前でそれを使うことはMPKに絡まれていた女の子を助けて以来一度もなかったが、人目につかないソロでダンジョンに入った時などには、時々使ってしまっていた。


 いけないとはわかっているが、どうしても使ってしまうのだ。

 人前でさえ使わなければ良い。

 僕の中では自分でもわからないことに、そういうルールがいつの間にかできあがってしまっていたようなのだ。


 このアイテムは、本当に呪いのアイテムなのかもしれない。

 ゲームシステムやプログラムがどうとかではなく、もちろんオカルト的な能力があるわけでもなく。

 ただそこにあるというだけで、人の心に悪魔のように囁きかけてくるような。


 特に捨てられずいつまでもインベントリに残るというのが曲者だ。

 やめようやめようと思っていても、インベントリを開けば必ず目についてしまう。

 そうすると、使ってしまおうかという誘惑が大なり小なり訪れる。

 一度二度は耐えられても、いつかは耐えられなくなる。


 ……このゲーム自体をやめてしまえば逃れられるのだろうか。

 そう思って、二日ほどログインしなかったことがある。


 暇すぎて死ぬかと思った。


 学校もつまらない。家には他に誰もいない。家にある他のゲームはやりつくした。

 もうこのゲーム、RAOVRしか僕には楽しめるものがないのだ。


 そう思ってしまうと、無性にゲームの世界に飛び込みたくなった。

 圧倒的パワーでその辺の奴らを片っ端からぶちのめしてやりたくなった。

 さすがにそれはまずいので、ダンジョンでモンスターを狩り続けた。


 物凄い晴れやかな気分になった。


 世間的にはこういうのを廃人、もとい中毒者と呼ぶのだろうかと、他人事のように僕は思った。


 もう、駄目なのかもしれない。




「なんか最近ライライ一人でばっかり遊んでないー?」


 久し振りにギルドホームへやってきた僕に、みつるくんがそう聞いてきた。

 今ここにいるのは、僕とみつるくんにシズさんの三人だけだ。


「ん……ちょっと集中してレベル上げしたくて」

「ふーん」


 適当に言い訳する僕を、みつるくんは特に疑いもしない。


「体調でも悪いのかと思ってた」


 横からシズさんがそんなことを言ってくる。

 心配してる……のかな。


「シズちゃんはわかってないなー。男には一人になりたい時があるもんなんだよ。主にエロい意味で」

「死ねばいいのに」

「ぐえーっ! バタッ」


 シズさんの冷たい一言に、みつるくんは自分から床に倒れていった。


「……そんなんじゃないよ」

「なんだそうか」


 僕の冷静な返しに、復活したみつるくんが答える。


「でもあれじゃん? このゲームチョメチョメとかはできなくても触ったりするくらいはできるじゃん。要するにおっぱい」

「最悪」

「あひい! ……う、うちの女子どもはこんな感じで嫌がるにしても、そういうことさせてくれる子もどっかにはいるだろうし、一度試してみればスッキリするかもよ。結構やーらけーよ?」

「触ったことあるんだ……」

「クズが」

「うひゃん! あ、ああ……俺みたいに罵られて喜べるなら今この場でスッキリできるのに! 修行が足りないよライくん!!」

「したくないよそんな修行……」


 なんで急にみつるくんはこんなことを言い出したんだろう。

 と、思ったけど、そうか。

 シズさんが体調を心配してくれたからそれに続いたのか。

 見ての通り陽気な人なので、直接的に言葉に出すのは苦手なのかもしれない。


 それにしても……なんだ。

 ちらりとシズさんの体を眺めてみる。

 本当に、ゲームなのにえらく綺麗なボディラインだ。胸だって呼吸の度に小さく上下しているのがわかるし、触ったら確かに柔らかそうだ。

 みつるくんの言うこともさして間違いではなさそうである。


「ライ、目がやらしい」

「ご、ごめんなさい」


 バレてた。



 このゲームでのハラスメント行為に対する通報機能は、主に接触行為でのみ行える。

 他のキャラクターが自分の体のどこかに触れたログは、キャラクターのデータベースにきっちり保管される。期間は丸一日。

 同じキャラクターにその期間内に三回以上触られると通報が可能になるそうだ。するかどうかは任意だが。

 通報されたキャラクターは、一定期間GMの監視下に入るという。

 僕は一日に三回も同じキャラに触れるようなことが無いのでそこから先はあまり詳しくないが、GMがアウトと認定したり一定回数通報されるとアカウントの一時凍結もあるとかないとか。

 女性側が機能を悪用して理不尽にアカウント凍結をさせた事件もあるらしい。まあ僕とは縁がなさそうな話ではあるけれど。


 ちなみに発言などのハラスメント行為に対する通報は判断があいまいなので、別途GMにメールで報告しなければいけない。いたずらも多いので取り合ってもらえないこともあるらしい。

 シズさんはエロ発言くらいならあまり気にしてないようなので、通報もしていないみたいだ。



「……ちょっと、露店でも見てくるよ」

「と言いつつピンクなお店に!?」

「行かねーよ!」


 ギルドホームを後にしようとした僕に、またもみつるくんがアホなことを言ってきた。

 まあ、心配してくれるのはありがたいけどね。




 露店街をぶらぶらしていると、後ろから肩を叩かれた。


「あれ、シズさん……?」

「やあ」

「なんか用事?」

「ん、まあ」


 僕を追ってきたようだ。


「ああは言ってたけど、やっぱり悩みでもあるんじゃないかなって」


 そして、またもそんな見透かしたようなことを言ってきた。


「……あると言えば、あるけどさ」


 僕は観念して、その事実だけは認めてしまった。


「なんでわかったの?」


 みつるくんも気になってはいたみたいだが、すぐに引き下がった。

 でもシズさんはそうじゃなかった。

 ……正直、ちょっと嬉しかった。


「ずっと見てればわかる」


 ……訂正。

 すごく嬉しかった。


「ずっと、って……」


 思わず僕はうろたえる。こんなかわいい子にずっと見てたと言われて嬉しくない男はいないだろう。

 ひょっとしてフラグ的な物がいつの間にか立っていたのかと、つい期待してしまう。


「なにかあるなら、相談してみれば。……私じゃダメなら他のみんなでも良いし。あんな連中だけど、ちゃんと真面目に話せば真面目に聞いてくれるよ」

「シズさん……」


 ああ。

 僕は大切に思われているんだな……。


 やべ、泣きそう。


「うん……大丈夫だよ」

「そう? 無理してない?」

「してないよ。自分でどうにかできるから」

「……そっか」


 シズさんは少し寂しそうな顔になった。

 いや、無表情のままあんまり変わってないような気もするけど。

 僕の妄想かもしれないけど、でもやっぱり、そう見えたんだ。


「シズさんてさ……」

「ん」

「ああいうこと言われても、嫌がらないよね」

「みつるくんのあれ?」

「そうそう」

「言われたり見られたりするだけならね、別に」

「そういうもんか」

「……でも触られたりするのは嫌だよ」

「そういうもんですか……」


 何気ない会話を続ける僕たち。


「あ」


 すると突然、シズさんが手を上げて遠くの方を見た。

 僕もつられて見ると、そこには同じように手を振っている人がいた。

 カイくんだった。

 サーバー内のプレイヤーがもっとも多く集まる露店街だし、見知った顔に出会うことはおかしくもなんともない。


「やあ。なんだい二人してデートかい? 羨ましいねえ」

「……」


 そう思うならとっととどっかに行ってほしいね。

 ……とは言わないでおく。


「カイくんはなにか良い物でも買えたのか?」


 茶化されたのは少なからず恥ずかしかったので、僕は露骨に話題を変える。


「うん。ほらこれ」


 カイくんはインベントリから武器を取り出した。両手剣『メガスラッシャー』であった。

 みつるくんが使うオメガスラッシャーの下位互換装備だ。性能も低いが、修理費や価格も安い。

 それでもカイくんくらいのプレイ歴だとギリギリ手が届くかどうかの価格帯のはずである。


「鍛冶品なんだけど失敗したとかで耐久が2低いんだ。それだけで相場の半額ってすごいねえ。貯金ほとんど無くなったけど買っちゃったよ」


 嬉しそうに語るカイくんであった。



 武器に限らず装備品には全て耐久値が存在する。

 現在値と最大値の二つ。武器なら攻撃すれば、防具なら攻撃を受ければ現在耐久値が減少する。ゼロになるとその装備は壊れてしまい、ステータス補正の効果がなくなる。

 鍛冶屋のNPCに頼んで修理してもらえば現在耐久値を回復できるが、一定確率で修理が失敗することがある。失敗すると最大耐久値が減少する。最終的な寿命が減ってしまうわけだ。

 貴重な武器ほど長く使えるに越したことはないので、最大耐久値は売値にも特に大きく影響するのだ。2ポイントでも大きな違いである。



 それから僕たちは三人で露店巡りをした。

 おまけが一人くっついているとは言え、シズさんと一緒に歩けたのは楽しい時間だった。




 で、その翌日のこと。


「今日もイノさん来てないね」


 僕はギルドホームにやってくると、ふと疑問に感じたことを聞いてみた。昨日もいなかったが、あれは単に狩りに出かけていたらしい。

 ギルメンみんなが常にここでたむろしているわけではないが、イノさんは大抵いる。いないのは珍しい。

 今日いたのは僕とみつるくん、シズさん、カイくんだけだ。なんだか雰囲気も変わってくる気がする。


「ああ、今日は新人さんに会いに行ってるんよ」

「新人さん?」


 みつるくんの返答に僕はまた疑問を抱いた。

 新人というのは、ギルドの新人……だよな。

 加入申請があったのだろうか。


「珍しいね」

「そだねえ」



 うちのギルドは何となく出会った野良プレイヤーに絡んでみて、気が合ったらギルドに誘ってみるというスタイルだ。

 もっと言えば、単にイノさんとみつるくんのノリ次第。

 どこかの掲示板でメンバー募集をかけてるわけでもないので、全然会ったこともない人からギルドに加入申請されることはまず無いはずだった。



「そういえばみんなどういう流れでこのギルドに入ったの?」


 最も最近加入したカイくんが、他のメンバーがギルドに入った経緯を聞きたがってきた。

 ちなみにカイくんは彼がこのゲームを始めて間もない頃に、シズさんが面白そうな新人見つけた。と言ってどこからか連れてきた。


「んー、そうだな。話せば長くなるが、あれは三十年も前のことだ……」

「そういうのはいいから」

「あ、はい」


 みつるくんが昔のことを語りだした。

 付き合いの長いらしいシズさんもそれに混ざる。


「最初はねー、サービス開始して間もない頃に野良同士で集まったパーティで俺とシズちゃんが一緒になって、それからその後もよく遊ぶようになったって感じかな」

「後でお互いベータ組だってわかって」

「そうそうそうだったそうだった。ベータ当時は全然顔も会わせた覚え無いんだけどね。……そう言えば当時のシズちゃんはまだ若かったからか色々と言動が初々しくてねえ」

「やめろ」

「あ、はい。やめます。……それでそれからしばらくしたら俺は別のギルドに入って、でもシズちゃんは入らないままソロ続けて、それからしばらくあんまり会わなくなってったんだよね」

「うん」

「それで俺のいたギルドはメンバーが色々リアルの事情とかもあって段々インしなくなってきて、自然消滅しちゃったのよ。そんで久し振りにシズちゃんと遊ぼっかなーって誘ったら、シズちゃんは始めたばっかりのイノさんを手助けしてたところだったわけよ」

「それから三人で新しくギルド作ったんだよね」

「そうそう。イノさんをマスターに仕立て上げてね。あの頃のイノさんも初々しかったなあ。今みたいなオッサンキャラ丸出しじゃなかったし」

「想像つかないな……」


 大してドラマチックな展開もない、どこにでもありそうな出会いのエピソードが語られた。

 まあ世の中そんなもんだろう。


「ライライはどうだったっけ」


 みつるくんは、今度は僕のエピソードを聞いてくる。

 忘れたのかあれを。


「……あやしいおどり」


 僕はぼそっとそれだけを言ってやる。


「ああああああ!!」


 思い出せたのか、みつるくんは恥ずかしそうに大声をあげた。


「え、なに?」

「なんてことないよ」

「そうそうなんてことないよ! だから言わなくて良いよね!」

「俺がダンジョンの入り口近くで休んでたら、いきなりみつるくんが僕の目の前で変な踊りを踊り始めたんだ」

「いやああああ!!」

「半裸のイケメンが不気味な仮面をつけて目の前で踊ってる様は酷いものだったね」

「やめてー!」


 別に普段の言動からしてもそれほど恥ずかしがるようなことでもないだろうに、みつるくんはなぜかあの時のことをやけに恥ずかしがる。

 不思議だ。


「それがきっかけでギルメンに?」

「誘ってくれたのは後ろでそれを見てゲラゲラ笑ってたイノさんだけどね」

「もう思い出させないで……」


 うなだれるみつるくん。


「そんなことより新人の話しようぜ!」


 しかしすぐに起き上がって話題を強引に切り替えた。


「まさかなにも知らずにたまたま目についたから申請したってこともないだろうしさ! 誰かの知り合いじゃないかと思うんですよ僕ぁ」

「はぁ」

「……トリスティンって子なんだけど、知らない?」

「知らない」

「知らないなあ」

「……」


 知ってます。


「おっと! この顔は知ってる顔だぜ!」


 みつるくんは目ざとく僕の様子に気がついて絡んできた。

 しかし参ったな。


 トリスティン。MPK集団から僕が助けてあげたあの子。

 彼女の前では、バレないように気を付けたとは言えEJ94リングを使ってしまっていた。二度と会うこともないだろうと思っていたが、まさかこんなことになるとは。


「は! さては最近付き合いが悪かったのはその子と遊んでたからなのか!?」

「え! いやそんなんじゃ……!」

「なんだよーこのーちょっと心配しちゃったじゃないかよもー! 隅に置けないねーあははは!」

「だから違うって……!」


 僕は鬱陶しく絡んでくるみつるくんを蹴飛ばしながら、シズさんの様子をこっそりうかがう。


「……」


 冷たい視線が飛んできていた。

 真剣に心配してやったのに女かよ。みたいな意思がこもってそうな視線である。

 やめて……そんな目で見ないで……。


「ぐはは帰ったぞものどもー!」


 そんなベストともワーストとも言えるタイミングで、イノさんが帰ってきた。

 その隣には確かに、一週間ほど前に出会ったあの女の子の姿があった。


「はいー我がギルドの新メンバーちゃんでーす!」

「……どうも」

「名前はトリスティンちゃん! 貴様ら仲良くするよーに!」


 あの時のようにどこか不機嫌そうな無表情で、トリスティンさんは小さく頭を下げた。


「ライくんのお知り合いだそうだね! いやあ良いねえ! 君の名前からギルド探し当てたみたいだよ! すげえ!」


 何が良いものか。

 ……しかしよく見つけたものだ。キャラクター名から所属ギルドを検索する機能はこのゲームにはないのに。



 各ギルドにつき一個、ゲームのフィールド中のどこかに置く必要があるギルドストーンという物がある。ギルドの紹介用掲示板のような物で、ギルドを作ったら必ずこれをどこかに設置しなければいけない。

 ギルドストーンにはギルドの名前、所属メンバーの一覧、自由に設定できる紹介文などが保存され、誰でも見ることが可能だ。

 つまりトリスティンさんは、総当たりで世界中のギルドストーンを巡り、僕の名前を探しだしてこのギルドに加入を申し込んだということらしい。


 ……バカじゃないのかこの子?


「へーへー。で、馴れ初めはどんな感じだったの?」

「馴れ初めとか言わないでくれ」

「教えてよー。それともトリスちゃんに聞いてみようかね」


 僕に絡んで素っ気なくされたみつるくんは、今度は新人ギルメンのトリスティンさんへと絡んでいった。容赦ねえなー。


「別に……。そいつとはそんな関係ってわけじゃないし」

「うわ! ツンデレだ!」

「ち、違う!」


 やがてみつるくん以外にもシズさんやカイくんも新入りに話しかけていく。転校初日に机の回りへクラスメイトが群がってる転校生みたいなことになっていた。


 しかして僕はと言うと、どうしても彼女のギルド入りは受け入れがたかった。

 何しろ目の前でチートを使ってしまった相手だ。何かの拍子にバレてしまうことだってあるかもしれない。


 全ては彼女次第。……いや、僕次第でもあるのか。


 こうして密かに、僕の戦々恐々とした日々が始まるのであった。

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