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第04話 悪いことと良いこと

 僕はふらふらとした足取りでギルドホームに帰ってくる。

 結局またあのチートアイテムを使ってしまった。

 その挙げ句、レアアイテムまで入手してしまった。


 そして……


「マジで!?」

「うん。安く売ってたから代わりに買っておいたよ」

「うわー買う買う! 安いっていくら!?」

「4M……」

「うひょおおおお」


 手に入れたレアアイテム、バルディッシュソードは、イノさんが前々から欲しがっていた武器だ。

 前々から露店で見つけたら教えてねと言っていたので、僕はそういうこと……たまたま露店で安く買えたということにして譲ろうとした。


 嘘をついた。


「ちょっと送金してくゆ!」


 イノさんはギルドホームを飛び出して銀行へすっ飛んでいった。



 アイテムの取り引きは露店で売り買いする以外にも、トレード機能を使っても行える。

 今回はイノさんの銀行から僕の銀行へゴールドを送り、その後僕がバルディッシュソードをプレゼントするという形になる。

 普通のトレード取り引きでは小切手を発行してそれと交換するのが普通だが、そちらだと手数料として余計にゴールドを消費してしまうのだ。

 持ち逃げの可能性があるとはいえ、信頼できる相手ならこちらの方式を使う方がお得なのである。



「バル剣4Mってかなり安いね」

「……早く売り抜きたかったんじゃないかな」


 シズさんの呟きに、僕は冷や汗を浮かべながら答えた。


「もったいねーと思うけどなー」

「人それぞれじゃないの」

「俺は1Mも値下げるなんて想像つかないよ……」

「大丈夫俺もつかない」


 みつるくんとカイくんも、相場より1000000ゴールドも安かったという点には思うところがあるようだ。

 カイくんのような始めて間もないプレイヤーには結構な大金だ。よくわかる。しかしみつるくんほどのプレイヤーならそうでもないだろうに。

 しかもみつるくんはあれで結構羽振りが良い。

 ギルメンにアイテムを融通する時は二束三文で譲ってくれるし、値の張る通行証をよく買ってきてはダンジョンに誘ってくれたりもする。もちろん通行証代を貰おうとはしない。

 そんな彼が、1000000ゴールドの値下げをもったいないだなんて。


 僕は自分の悪事に対する後ろめたさがあったからか、そのことに疑問を抱き、ついたずねてしまった。


「え? そのへんは、ほらあれだよ。ノリで……」

「軽っ!」


 しかしその返答は、至極いつもの彼らしい大雑把なものだった。

 僕は気が抜けてしまう。

 少なくとも、露店で買ったという僕の言葉を疑っているわけではないと、はっきりしたから。


 そうこうしていると、僕の視界の端にメッセージログが表示された。銀行へ送金を受けたとの通知だ。

 イノさんのだろう。確認すると確かに、innocenceさんから4200000ゴールドの送金がありました、と表示された。


「送ったじょ!!」


 はぁはぁと息を荒げイノさんが帰ってくる。


「確認したよ。ちょっと多かったけど」

「手間賃ということで。では早速……ぐふふ」


 僕はイノさんに向けてプレゼントウインドウを開き、インベントリからバルディッシュソードをそこに置こうとする。

 だが、少しばかり躊躇する。

 これは僕のリアルラックで手に入れた物だ。

 しかしそこにまでたどり着いたのはチートアイテムのおかげだ。

 これを死蔵させておくならともかく、イノさんに渡して使わせてしまうとなると、僕のチートでイノさんが……他人が恩恵を受けてしまうことになる。

 しかも僕は、それを隠している。


「どしたー?」

「え、あ、ああ、ごめん……」


 けれど今さら、もう止めることはできない。

 ゴールドもすでに受け取ってしまっている。


 そして僕は……


「やたー! うひょおおおほほほお」


 結局、渡してしまった。


 黄金の剣を手に躍り回るイノさん。

 あまりに嬉しそうなその姿に、僕はつい目を反らしてしまう。


「何その剣悪趣味」

「ダサい」

「いきなりひどい!」

「あはは」


 冗談を言い合う仲間たち。しかし僕は、どうにも疎外感が拭えなかった。


「……じゃあ、またちょっと出掛けてくるよ」


 僕はいたたまれなくなって、ギルドホームを出ていこうとする。


「あれ、またどっか行くん?」

「うん。ちょっと疲れたから、気分転換に」

「ふーん、いってら。バル剣あんがとねっ!」


 そう言って笑うイノさんに背を向け、僕はドアノブに手をかけた。

 どこか人気のないところでもぶらぶらしてこようと思う。


「……ライ」


 ふと、シズさんが僕の名を呼んだ。

 振り返ると、彼女の碧い瞳と目があった。


「通行証、売れた?」


 そして、見透かしたようなことを聞いてきた。


「あ、ああ。すぐに売れちゃったよ」

「そう。良かったね」

「うん……それじゃ」

「いってら」


 僕はまた嘘をついた。

 彼女にだけは、こんなことしてるなんて知られたくなかった。




「はぁ……」


 ため息をついて、どこまでも広がる平原を当てもなく歩いていく。



 コンボラ平原。

 アフリカ辺りを彷彿とさせる、やたらとだだっ広い平原状のフィールドだ。アフリカ行ったことないけど。

 歩いているとライオンやシマウマなどのモンスターに遭遇することもある。よほど近付かない限りは襲ってこないので、ちょっとした動物園気分にもなれる場所だ。

 とはいえあまり他のプレイヤーは見かけない。

 倒しても特にレアアイテムは落とさないし、経験値だってもっと美味しいモンスターは他にもいるからだ。

 だからこそ、一人になるには適してもいるのだけれど。



 僕はインベントリを開きEJ94リングを装備する。

 このアイテム、本来存在しないアイテムだからか、装備してもグラフィックが反映されない。

 透明の腕輪だ。

 装備しているだけなら誰かに気付かれることはないだろう。

 だがモンスターに攻撃でもすれば、ダメージ表示のせいでめざとい人なら気付くだろう。

 僕が攻撃を食らったときにも、その被ダメージの異常な低さで気付く人もいるかもしれない。


 だがここには誰もいない。

 適当なモンスターに八つ当たりでもしようかな。




 圧倒的ステータスでもって、僕は百獣の王ライオンを一撃でぶっ飛ばした。

 ああ、爽快。

 続けて暴れていると、リポップしたライオンが次々と近くに沸いてくる。

 その度に僕は目についた敵からぶっとばしていく。

 軽く振った剣でも物凄い勢いで飛んでいくその様は、笑いすら浮かんでくるのだった。


 ほどほどに倒しているとレベルが一つ上がった。きりも良いからこの辺にしておこうか。

 僕はその場から離れ、ライオンからターゲットされないくらいの距離に腰を下ろして休憩することにした。




 ああ……雲が流れていく……。


 ゲーム世界のグラフィックは、ある程度のクォリティに行き着いてから頭打ちになった。

 フルダイブ式のVRが発展したせいで、あまりにもグラフィックが現実的になってしまうと仮想世界と現実世界の差がなくなってしまい、実生活に支障をきたす可能性があるためとのことだった。本当かは疑わしいけど。


 業界は自然と、意図的に作り物臭さを残すようになっていったそうだ。

 確かにここはよくできた仮想世界だが、じっくり見るとあの雲にもジャギがかかっている。現実にあんなものはない。


 ふう……。


 どうでもいいことを考えていると、心が落ち着くなあ。




 ふと見ると、さきほどのライオン地帯に三人ほど他のプレイヤーが現れた。

 彼らは適当に距離を開けながら、その内の一体に弓や魔法でちびちびと攻撃をし始めた。そしてゆっくりと後退しながら、そいつのタゲを維持しつつどこかへと誘い込んでいく。


 僕はその方向に視線を向けてみた。

 ……誰かいる。

 今まで気づかなかったが、僕と同じように休憩をしているプレイヤーがいたようだ。


 どうやら彼らは、MPKをするつもりらしい。


 案の定、あの休憩している人の近くまでライオンを連れていくと、彼らは携帯用ワープクリスタルを使ってどこかに消えた。


 ターゲットを見失ったライオンは、やがて休憩していた人の近くをうろうろし始める。

 ……気付いていないのかな、あの子。



 一時ログアウト、というものがある。

 ゲームへのログイン状態を維持したまま、プレイヤーの仮想世界への接続を解除するものだ。

 ゲーム内にはキャラクターがそのまま残り、プレイヤーは現実世界で行動をすることができる。用足しなどで席を外す際に使うものだ。

 その間キャラクターは一切の操作を受け付けなくなる。じっとしたまま動かない。

 しかしその場に残るのは変わらない。


 要するに、ああやってモンスターなんかに狙われたらどうしようもないってことだ。



 あ、殴られた。

 一発くらいで死亡するほどのHPとDEFでは無いらしい。

 しかしやられるのは時間の問題だろう。


 ……仕方ないな。


 僕は周囲に気を払いながら、そのプレイヤーに近付いていく。

 遠目ではわからなかったが、結構かわいい感じの女キャラクターだった。だから何だというわけでもないが。


「!?」


 ちょうどその瞬間に一時ログアウトから復帰したのか、彼女に動きがあった。

 しかし目の前に迫るライオンの爪には抗えず、その細い体が宙を舞っていくのが視界に映った。


「……!」


 HPゲージが残りわずかになるのが見えた。

 僕はまず彼女をターゲットするライオンへ剣の一振りを叩き込んだ。

 とんでもないダメージが表示されながら、ライオンが吹っ飛んでいく。


 ……やべ、装備そのままだった。


 ちょうど彼女は飛ばされているところだったので、ダメージ表示はたぶん見ていなかったのが幸いだ。異常に高い僕のSTRには気付いていないだろう。


「……大丈夫か?」


 僕はよろよろと起き上がる彼女に声をかける。

 ついでに回復魔法『ヒーリング』もかけてあげる。

 回復量はINT依存なので、今の状態なら一回かけるだけで全回復するだろう。

 攻撃する時と違ってダメージ表示はされないから、INTの数値も『異常に高い』ではなく『かなり高い』くらいにしか思われないはずだ。


「……別に、放っておいても良かったのに」


 HPが全回復した彼女は礼も言わずに憎まれ口を叩いた。

 ちょっとイラっとしたが、さすがにその程度で本気で怒ったりしたりはしない。


「でも今のMPKだろ。文句くらい言ってやっても良いんじゃないか?」

「……えむ?」

「モンスターけしかけて間接的に他のプレイヤー殺そうとすること。ほら、あいつらの仕業だよ」


 どうやら状況が理解できていないらしい彼女に、指を差して犯人たちを教えてやる。さっき駆け寄る前に位置を確認しておいたのだ。


「……あいつらが、私のことを?」

「そう。……何? 偶然ライオンが近くにリポップしたとでも思った?」

「……む」


 ムスっとした表情を見せる彼女。

 名前を見ると、トリスティンというらしい。


「おいおいーちょっと妨害とか空気読んでよねー」

「マジ困るよねー」

「ほんと冷めるわー」


 指を差されてはさすがに黙っていられなかったのか、MPK集団がいかにもな小者臭いことを言いながら近寄ってきた。


「僕ら何かおかしなことしましたかぁー?」

「バグもチートもやってないですよぉー?」

「正義のヒーロー気取りですかぁー?」


 ……なんだか僕の方がイラっとしてきた。


 チートさえしなければ、何やっても良いってわけじゃないだろう。


「……こいつらぶっ飛ばして良いかな?」


 僕は小声でトリスティンさんに囁いた。


「……ダメ」


 しかし、答えはノー。


「私がやる」


 そう言って、トリスティンさんは腰に装備していた片手斧を握り締めた。

 だがその瞬間、素早い動きでMPK集団の一人がその手を掴んで止めた。


「!?」


 ……速いな。


「ちょっとちょっとー何する気ー?」

「怖いわー最近のすぐキレる若者って」

「まさかこんな斧を人に向けちゃう気だった? ゲームだからってそういう怖いのはマジ勘弁だわぶっ!!」


「……!?」


 三人目のMPKは最後の一言まで発することができなかった。

 僕が顔面をつかんで地面に叩きつけてやったからだ。



 AGIの数値は体の動きや反応速度に補正がかかる。今の僕ならば、こいつらを目で追えないほどの速さで倒すこともできるのだ。

 STRも上がってしまうから、ダメージ表示が出たらチートはバレてしまうけれど。

 だがダメージを与えないように相手をぶちのめす方法は、いくらでもあった。



 次の一人の腕をつかんで引っ張り、そのまま後ろへ放り投げる。


「どわー!」


 チートに思われない程度に手加減はしたが、結構な勢いで飛んでいってしまった。


「!? ……何だテメ……!」


 最後の一人がトリスティンさんから手を離し、腰の剣に手を伸ばした。

 しかし僕は素早くその手を押さえつけた。


「ちょっとちょっと、何する気?」

「……この!」


 自分の台詞を返されてMPKの顔が歪む。

 僕はそのまま手を引いて、最初に倒れていたMPKの体の上に叩きつけてやる。


「ぐえーっ!」


 その下にいて潰されたMPKが変なうめき声をあげた。


「……ちっ!」


 叩きつけられたMPKは舌打ちをすると、これ以上は自分が恥を上塗りするだけと判断したのか、即座に携帯用ワープクリスタルを使ってどこかへ消えた。


「あっ、あの野郎……!」


 潰されたMPKも仲間が逃げたことを理解し、すぐさま携帯用ワープクリスタルを使って消えた。

 投げ飛ばしたMPKの方を見ると、そいつも姿を消していた。同じく携帯用ワープクリスタルを使ったようだ。

 言動の小者臭さの割に、引き際はしっかりわきまえていたらしい。


 僕は残されたトリスティンさんに向き直る。

 かっこよく決めたのにあっさりとその手を押さえられ何もできなかった彼女は、情けなく地面にへたりこんでいた。


 赤いセミロングの髪に、同じく赤い瞳。学生服風のデザインで人気な『ラビアンゴシックブレザー』を着ている。

 腰に装備されている片手斧『フランキスカ』とは、少々不釣り合いに感じる組み合わせだ。


「あー、ほら。あいつらは逃げてったからさ。……立てるか?」

「うん……」


 僕が声をかけると、ぼんやりとした返事がきた。

 やがてゆっくりと僕のことを見上げてくる。


「あんた、なんかすごい強かったね。……廃の人?」


 廃の人て。何その微妙におかしな呼び方は。

 あんまりこの手のゲームに慣れてないのかな。MPKのことも知らなかったし。


「いや、まあなんというか……そんなでもないよ。向こうが大したことなかっただけさ」

「ふうん……」


 それっぽく誤魔化す僕を、トリスティンさんは何か興味深そうに見つめている。

 ……やめてくれよ。


「じゃあ、俺はもうそろそろ行くから。休憩するときは気を付けなよ……って言っても、ああいうのはどこにでも現れるもんだけどさ」


 そう言って僕は逃げるように背を向けた。

 何だかんだで人前でチートを使ってしまったのだ。あまり長い間一緒にはいたくない。


「うん……じゃあね」


 その言葉を聞いて、僕は携帯用ワープクリスタルを取り出した。

 街やギルドホームにある物とほぼ同じ効果だが、インベントリに保管できる携帯用タイプは消費型のアイテムだ。使えばなくなる。

 物自体は安価だがインベントリの枠を大きく占有するので、持ち歩いている数は少ない。今持っているのもこれ一個だ。

 勿体ぶらずに消費して、僕はそそくさと彼女の前から姿を消した。




 アイテムを使いながら、ふと思う。


 チートを使って人助けをすることと、

 チートを使わず他人に迷惑をかけること。


 どちらが、悪いことなんだろうかと。

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