第02話 腕輪の力とギルドの仲間たち
謎の運営公認チートアイテム、EJ94リングを手に入れてステータスがカンストできるようになってしまった僕ことライオ。
しかしこれまで真面目にゲームを遊び愛着を持って自キャラを育ててきたこともあって、正直こういうのには抵抗があった。
仲の良いフレンド達もチート行為には否定的であるし、いくらBANはされないと言われたところでこんな物堂々と使うわけにはいかないだろう。
それに、まだ違和感もある。
このゲーム、RAOVRは他のゲームに比べて取り立てて変わった要素はそんなにない。
オーソドックスなゲームシステム。適度なアップデートの頻度とボリューム。珍しくもない世界観。並み水準のビジュアル。課金アイテムの価格帯。ガチャのハズレっぷり。どれも普通だ。
だが、不正利用者への制裁だけは真面目なのである。
バグはよく出るし塞ぐのも遅いが、バグやチート、マクロ、RMTなどを利用して不正に得をしたプレイヤーへの処罰は厳格かつ素早い。
だからこそ、このEJ94リングには強い違和感があるのだ。
そんな運営が、気まぐれという理由だけでこんな物を適当なプレイヤーに押し付けるものだろうか。
……罠、なのかもしれない。
妖精さんがさっき僕に語ったことは全部嘘で、このアイテムを利用してモンスターを瞬殺した瞬間にそのログが送信され、運営は僕が真面目に育ててきたこのキャラクターをあっさりと抹消させるのかもしれない。ちょっとしたいたずらのつもりで。こんなふざけたアイテムを送りつけるくらいだ。あり得ないとは言えない。
……それは、嫌だ。
いっそこんなアイテム見なかったことにして、この場にポイ捨てしてしまおうかとも考える。自由にして良いと言っていたし、なら捨てるのも自由だろう。
そう思ってためしにインベントリから『捨てる』コマンドを選択してみる。
だがすぐに『捨てられないアイテムです』とのメッセージログが視界に映し出された。
ドロップ不可属性が付いているようだ。くそめ。
仕方ない。街に戻ってNPCに売却しよう。
NPC取引ならプレイヤー間取引ではないので、買い取らせたアイテムが商品として陳列されることはない。ゲームからこのアイテムは消滅するのだ。
しっかり売却不可属性も付いていそうな気がしたが、まあその時はその時だ。
インベントリから携帯用ワープクリスタルを取り出して使おうとする。
しかし、ここが通行証が貴重なオリオンダンジョン深層であったことを思い出して躊躇する。一度脱出したら再入場はまた通行証を用意しないとできない。
……もうちょっと稼いでから帰ろうかな。
沸き上がる思考。
けれど、そんな考えはしてはいけなかったのだ。
妖精さんと遭遇した部屋には結局モンスターが出現しなかったので、さっさと次の部屋に向かう。
格子の隙間を覗くと、ここにもスパイダーウォーリアが二体いた。
先程の戦いを思い出して、ふとギルメンの廃プレイヤーと比較する。
彼は現在手に入れられる武器の中で最も高い攻撃力を持つ両手剣『オメガスラッシャー』を愛用していた。本人のステータスも高く、あのスパイダーウォーリアをクリティカルヒット発動なしのハイスラッシュ一撃で倒すことができるほどの実力者だった。
そんな彼に僕は憧れていた。
あれだけ強かったら、さぞ楽しいだろうな、と。
だが今の僕はEJ94リングを装備してステータスをカンストさせれば同じこと、いや、それ以上のことができる……はずだ。
僕の持つクレイモアはそこそこ強い方の武器だが、オメガスラッシャーに比べればだいぶ性能は落ちる。
しかし基礎ステータスが武器性能を加味しても上回るほどずっと高ければ、クレイモアでもオメガスラッシャー以上のダメージを叩き出すことは可能だ。
実際僕と彼のクレイモアとオメガスラッシャーを交換して攻撃しても、彼の方が与ダメージは高くなるだろう。
僕は今、このEJ94リングを使ってしまいたくなっていた。
これを使えば、彼よりもずっと強くなれるのだ。
……どうせ、誰も見ていないのだから。
――アカウント凍結なんてしませんし……
妖精さんの言葉が思い起こされる。
信じて、良いのだろうか。
いや、いやいや。
バレないなら使っても良いなんて考えは、真面目にプレイしている仲間たちへの裏切り行為とも言えないだろうか。
気の良い仲間たちだ。このゲームが楽しい理由のほとんどは、彼らがいるからなのに。それを、裏切るなんて。
ああ、でも……。
散々思い悩んだ後、僕は……
EJ94リングを装備して、鉄格子を開けた。
ハイスラッシュ。さらにクリティカルヒットが発動。
ダメージ表示は、十万を越えていた。
スパイダーウォーリアは、最大HPの十倍以上のダメージを受けて一撃の元にオーバーキルされた。
やばい。なんだこれ。
アホか。
なんだか笑いすら込み上げてきた。
強すぎる……!
僕はもう一体のスパイダーウォーリアに向き合う。今度はスキルを使わず、通常アタック。
一撃で、HPゲージが九割ほど削れた。
アタックは武器次第で数回、ダウンさせずに連続で攻撃できる。両手剣カテゴリのクレイモアなら、最大三回攻撃できる。
だがその三回目の攻撃を受けることもなく、二回目の攻撃でスパイダーウォーリアはHPが尽きて倒れ伏した。
先程の戦いでの苦労が何だったのかと思うほど、一瞬でケリがついてしまった。
アタック一発で沈まない辺りは常識的というか、カンストといってもこの程度かとも思ってしまう。まあ、それだけスパイダーウォーリアが高いHPと防御力と兼ね備えているのだとも言えるが。
しかし上がったのはSTRだけではない。よくよく考えてみれば、HPとDEFもカンストしていることの方がすさまじいことかもしれない。恐らくスパイダーウォーリアなんかには、どれだけ殴られたところで戦闘不能にはならないだろう。
想像するだけで、楽しくなってくる。
僕は先程までの躊躇をすっかり忘れ、この超絶ステータスを試すためにダンジョンを更に進んでいった。
何度か試してみたが、案の定僕への被ダメージは一桁ばかりであった。僕のHPゲージはちっとも減っていない。
攻撃もアタック一撃では敵を倒せなくとも数回攻撃すればあっさり倒せるし、ダメならば素直にハイスラッシュを使えば良い。五倍近くのダメージを与えるこのスキルなら、モンスターを容易く沈める力がある。
スピニングスラッシュを使えば威力200パーセント増加の補正と範囲攻撃効果で、部屋の中に現れたモンスター郡をまとめて蹴散らすこともできた。
僕はだんだんとこのステータスでの戦いにも慣れていき、本来今の僕一人ではとても攻略し得ない高難易度のダンジョンをさくさくと進んでいくのだった。
そしてついに、ボス部屋の到着を恐らくどの廃プレイヤーよりも短い時間で完遂させた。
三十分、かかっただろうか。大抵の廃プレイヤーでもあと倍の時間はかかっただろう。
もちろん道中で苦戦などは、一度もしなかった。
そして、迫るボスにも不安はさっぱり抱いていない。
ボスモンスター、星王オリオン。
顔に巻いた布で両目を隠した、身長五メートルはあろうかという巨人。
巨体を活かした高い位置から振り下ろす高威力の拳をメイン攻撃とする近接攻撃型ボスだ。
本来ならパーティを組み、前衛に攻撃を引き受けてもらいながら後衛が強力な魔法で袋叩きにするのがセオリーである。
が、今の僕はたとえ正面からノーガードで打ち合おうと負けることはないだろう。
ボスに向き合うと、すぐさま巨大な拳が迫ってきた。
しかし意識を集中させるだけで、その攻撃がスローモーションのように遅く感じられてくる。
AGIの値が異常な高さとなったことで、体の動きが加速する。それは感覚もしかりだ。
僕は振り下ろされた動きの鈍い拳を紙一重で回避し、その隙に飛びかかってハイスラッシュを叩き込む。
スパイダーウォーリアよりは高いDEFを持つため、ダメージはぎりぎり十万には届かなかった。それでもHPゲージの三分の一ほどが削れる。
続く攻撃をさらに回避し、もう二回ハイスラッシュを打ち込んで、とどめを刺した。
数人がかりでも十分はかかろうかというこのボスを、僕は二分と経たず討伐したのだった。
「はは……」
笑い声が溢れてしまう。
ここオリオンダンジョン深層には何度か攻略にやってきたことがある。どれも僕を含めたギルメン六人、フルパーティでの参戦だった。
時おり休憩を挟んでは駄弁りながらの、長時間の攻略。
協力しての攻略で、自分の与ダメージの低さで迷惑をかけたと歯がゆい思いをしたこともあった。
けど今はどうだ。ザコもボスも、瞬殺だ。
こちらのダメージだって、ほとんど全くと言って良いほど無い。
楽勝、ってやつだ。
今僕が感じている、この不思議な感覚はなんだろう。
達成感?
満足感?
全能感?
それとも、孤独感?
よく、わからなかった。
ダンジョンの再奥の部屋がボス部屋だ。ボスを倒せば攻略は終了である。それと同時に部屋の隅にはクリア報酬が入った宝箱が、中央には脱出用のワープクリスタルが出現する。
宝箱はダンジョンに入場した人数分だけ出現する。レアアイテムが入っているかどうかの判定は宝箱一つずつ行われるため、大人数で攻略すればレア入手の確率は上がる。今回は僕一人なので確率は低い。
開いてみれば案の定、ポーション詰め合わせとそこそこの額のゴールドだけであった。当然ながらそこにまでチートの効果は及ばなかったらしい。
しかし思い返してみれば、道中で手に入った経験値が何よりの報酬だ。パーティを組まなかった分、分配されるべき経験値は全てが僕の物になった。
ダンジョン入場時に比べれば2レベルも上がっている。次のレベルまでの必要経験値も残りわずか。かなり稼げた。
改めてステータスウィンドウを開いて確認する。
「あ……そっか」
しかしステータス表記を見て気付く。
このEJ94リングは全てのステータスを上限値まで引き上げる。
つまりこれを装備している限り、レベルが上がってもステータスは9999以上には決して上昇しないのだ。
ふと僕は、ろくでもないチートを使ってしまったのだということを強く実感する。
別にステータスが上がらなくても、スキルポイントなら手に入る。スキルポイントを消費してスキルランクを上げれば、スキル自体の性能は上がる。強くなれる。
けど、そんなもの結局は微々たる差でしかないのではないか。
ステータスのどれか一つでも1000に届いているプレイヤーはまだいない。けれど僕はその十倍近いステータスを得てしまった。
たぶん、もうどんな敵に対しても苦労はしないだろう。
それは、何だかとてもつまらないことではないかと思えた。
僕はEJ94リングを装備から外し普段着に着替えると、すぐにダンジョンを出た。そのまままっすぐギルドホームに帰ってくる。
忘れよう。確かにあの無双っぷりが少しは楽しかったさ。けれどその後やってきたむなしさは、二度も体験したくない感覚だった。
いいんだ。これからも今までの僕と同じくギルドの中の下くらいのポジションでほどほどに頑張りつつ、少ないスキルポイントでどのスキルを上げようか悩むような、チートとは縁がない小市民でいよう。
それがきっと、一番楽しいから。
あの妖精さんもひょっとしたらそれを教えたかったのかもしれない。なんてね。
ワープクリスタルのある玄関から扉を開けて、部屋の中に入る。相変わらず誰もいない。
いや、一人いた。
金髪碧眼の、下着姿の女の子が。
「……ごめん」
僕はすぐに目を閉じる。
たとえゲームでも、アバターは生身の人間が操っているのだ。たとえその中身が男だとしても、女性の姿をしているなら下着姿なんかじろじろ見て良いものじゃないと思うわけで。
「ん、もう良いよ」
返事はすぐに返ってくる。ゲームの世界なので服を着るのも一瞬で済むのだ。
目を開けると、先程の少女はちゃんと服を着ていた。
同じギルドメンバーの、シズクだ。愛称はシズさん。
「みんなは? 知らない?」
僕が椅子に座ると、シズさんは下着姿を見られたことなどまったく気にしていない風にそう問いかけてきた。
「ああ……。三十分くらい前にも来たけど、その時もいなかったよ」
「そう」
さらさらとした長い金髪を結わえたシズさんの外見は、一言で言えば、美少女だった。
真っ白に染められた頭装備『ユリアンボリュームベレー帽』、同じく白、アクセント的に一部を青く染めた胴体装備『シャーロットゴシックドレスショートタイプ』、全体を同じ青で染めた足装備『シャーロットゴシックブーツ』を装備している。
たとえゲームのポリゴンと言っても目を引く美しい顔貌。凹凸のはっきりしたボディライン。透き通るような声。そして一朝一夕では身に付かない、日頃からしっかり心がけているであろう立ち振舞い。
どれもが完璧な美少女だった。
そんな彼女に、僕はずっと前から心を奪われてしまっている。
中の人も同じく美少女であることを、露ほども疑っていなかった。
「……ところでシズさん」
「なに?」
「なぜ半裸で……?」
「……暇だったからひとりファッションショーしてたの」
「ああ、よくやるよね……」
セクハラ上等で僕は会話を試みた。とは言え彼女がその手の話題を特に嫌がらないことは知っている。
……別に、彼女とどうにかなりたいと思っているわけではない。
ネトゲのフレンドとリアルでも仲良くなってどうたらこうたらなんて、そんな都合の良い夢を見るほど僕は脳みそお花畑ではないのだ。
けれどもただ……そう。
彼女と少しでもこのゲーム世界で楽しい時間を過ごせれば良いな。と、その程度には思っていた。
「でも結局、いつも着てるそれになったんだ」
「ん。気に入ってるしね」
「そっか」
会話はあまり続かない。僕が話の種をあまり持ち合わせていないのが原因だが、シズさんが無口なのもそれに拍車をかける。
ただ彼女は沈黙を嫌うわけではないらしい、ということが救いだ。「私は一緒にいるだけでも退屈はしないけど」と、そう言われたことがある。
そうしてただ二人で無言のままでいると、やがてギルメン達が帰ってくる。
「やっほー、ただいマンゴー」
「お、ライライとシズちゃんだけ?」
「や、おいす」
ギルドホームに戻ってきたのは三人。
ただいマンゴーの人がギルドマスターのinnocence。全身を覆うローブ装備『ネコローブ』を着ている。太った白猫を思わせるだぼだぼのローブで体型が分かりにくいが、これでも女性キャラである。中の人はおっさんらしいが。
愛称はイノさん。ちょっとアホだがみんなをぐいぐい引っ張ってくれる良いマスターだ。たぶん。
僕をライライと呼んだのが、ギルドでも最強クラスの廃人、例のオメガスラッシャー使い。名前はリア充。そういうキャラクター名だ。ギルドのサブマスターも務めている。
頭装備『ラバーゴーグル』をいつもかけている背の高い男性キャラだ。
愛称はみつるくん。ギルマスのイノさんよりずっと頼りがいのある、僕らの兄貴分的存在だ。
最後のが胴体装備『シモンズマフラージャケット』がトレードマークな、ギルドでも数少ない僕よりレベルが低い、caine。
愛称はカイくん。正しくはケインと読むらしいのだが、イノさんが間違えてカイネと呼んでからそれが定着し、縮めてカイになった。本人としてはその呼び名は少し不服らしいが。
「お帰り。三人だけ?」
と、彼らに向けて語りかける僕。
もっと大人数で出掛けたと思っていたのだが。
「ああ……他のみんなは死んでしまった」
「良い奴らだったのに……」
「泣くなイノ。俺たちはあいつらの分まで強く生きなければならない」
「みつるくん……!」
要するにログアウトしたらしい。僕はイノさんとみつるくんの寸劇を無視してフレンドリストを確認する。
確かに、さっき見た時に比べるとログイン中のキャラが減っていた。まあダンジョンを攻略し終え、疲れてそのままログアウトするのはよくあることだ。
「どこ行ってたの?」
とシズさん。カイくんが答える。
「ヴァルゴ深層。みつるくんが通行証10kで売ってたの見つけたーって」
深層の通行証が10000ゴールドで。
どっかで聞いたような話である。
「やすー。なんで私達誘わなかったの」
「インしてなかったじゃん」
「おみやげとかないの」
「いや、これと言っては……」
二人の会話。
そこへイノさん達も割り込んだ。
「やっぱりバル剣なんて都市伝説だったよ」
「もう百周くらいしてるのにね」
「そんなにはしてねえよ?」
「ん、そうだっけ」
四人はその後もわいわいと会話を続ける。
僕はというと、いつも以上にその輪へ入り込むことができずにいた。
なんだかんだであのEJ94リングのことが頭のすみに引っ掛かってしまっていたからだ。
「まあおかわりも出たから、後でまた行こうぜ。ちょっと休憩させてちょんまげ」
「良いよ。三十秒ね」
「えっ、短い……。ライライも行くよね」
みつるくんが僕のことも誘ってくる。
あぶれた人を見過ごすことなんて絶対しない人だと知っているが、やはり急にだと少し驚く。
「あっ、いや俺は……。あ、そうだ用事があるんだった」
しかし僕は後ろめたさからつい誘いを断ってしまう。
それに、問い合わせをしてくれれば返信すると言っていた妖精さんの言葉を思い出したのだ。
あれが本当に運営側の人間で、あの言葉が嘘ではないことを確かめないといけない。そのためには一度ゲームからログアウトしないと。
「なんでえー、そのいかにもな言い訳はよー」
「いや、本当ごめん。そこそこ急ぎの用事で……」
問い合わせメールの返信は、確か業務時間を過ぎるとまた明日以降になってしまうはずだ。するなら早く済ませたい。
「終わったらまたインするかもしれないけど、気にせず行ってきてくれよ」
「そうかー? まあしゃーなしだなー」
僕はなんだかんだであのアイテムを装備して、その力でダンジョン攻略まで終了させてしまった。
立派な不正行為である。罰せられる可能性は充分にあった。
だからすぐにでも、事実確認がしたかった。
「じゃあ、ひとまずおつかれさま」
「ん。おっつー」
「おつんこー」
「うんこー」
「えっ」
ログアウト時の挨拶を交わし、僕はログアウトコマンドを実行した。
世界が、暗くなっていく。
そうやって僕は、まるで逃げ出すように彼らと別れた。




