エピローグ
◇ ◇ ◇
目が覚めて、ベッドから起き上がる。
僕はあのボスモンスターを倒し、それから強制ログアウトを食らって、こっちに戻ってきて……。
それで、ヘッドギアを脱ぎ捨ててベッドに倒れた。そのまますぐに眠ってしまって……。
……そうだ。あの槍はどうなったんだろう。
いや……どうでもいいか。
もう、どれくらいこんな生活をしていただろう。
一年か、二年か。
学校もいつの間にか行かなくなってしまった。
両親は心配してくれたが、僕は応えられなかった。
あれから、誰かに会うのが怖くなっていた。
誰かを信用して、誰かに信用される。
その信用を裏切って、裏切られる。
そういうのが、怖かった。
あの日々が崩れ去った苦しみから、僕は結局立ち直れていない。
逃げるように仮想世界で戦いを続けてきた。
でも、もういい頃かもしれない。
何もかもがどうでもよくなったような気分だった。
悪いのは全部僕だったんだから。
僕の身勝手な思い込みが、僕の弱い心が、あんなことを引き起こしてしまったんだ。
今ならそう、認められる。
それで何かが取り戻せるわけではないけれど。
今なら外に出ても、誰かを怖がることも無さそうだ。
そっと誰もいない家を抜け出し、外に出た。
まだ少し肌寒い、四月の夕方。
道路を歩いていると、ちらほらと学校帰りらしい制服姿の学生たちが目に映った。
何人かの友達と一緒に歩いていたり、恋人同士で一緒に歩いていたり、たった一人で歩いていたり。
僕はそれを見ても、何か特別な感情を抱くことはなかった。
別にあの輪の中に戻りたい、とか。そういうことは思っていない。
ただその中にいた少女の一人に、つい目を奪われてしまった。
日本人らしからぬ、金色の髪をした少女。
留学生だろうか。男女三人ずつほどのグループの中にいた彼女の外見は、どうしても僕の記憶を呼び起こさせてしまう。
僕は彼らから目を背け、家に向かって来た道を引き返すことにした。
◇ ◇ ◇
結局、ここに戻ってきてしまうんだな。
安っぽい木造の部屋。窓から見えるいかにもなファンタジー世界の風景。
じっと見つめていると、心が落ち着いてくる気がした。
ここは異世界イムダリア。VRMMORPG、レヴァイアサンアークオンライン・VRが作る仮想世界の中だ。
習慣で、インベントリを開いて装備を取り出してしまう。
ずっとダンジョンにこもる日々を続けていたから、非戦闘時に着るような軽めの衣装はまとめて処分してしまった。
ちょっと邪魔くさいが、いつもの重鎧を着込むことにする。激しい戦闘の後だったから、耐久値がかなり下がっている。まず修理に行かないとな。
そう言えば、あの時のドロップアイテムやゴールドは、結局拾えずじまいか。
……それならそれで、もう一度手に入れるためまた戦ってみるのも良いかもしれない。
インベントリからEJ94リングを取り出し装備する。
こいつは変わらず、当然のように残り続けていた。
改めて思うが、本当にBANされないんだな。これ。
兜を被って顔を隠すと、僕は部屋を後にした。
白黒升目の床を歩き、真っ直ぐワープクリスタルに向かう。
このロビーには、少々嫌な思い出がある。早く抜けたかった。
「お、おーい、あんた! ちょちょ、ちょっといいか!」
後ろから慌てたような女の声が聞こえた。僕は無視した。
「ちょ、ま、待ってくれよ。あんただよあんた」
声の主は回り込んで僕の前に立ちはだかった。
男喋りに、がに股。中は男だろうな。
何の用だと言うのだろう。癪なことだが有名になったせいで変な取り巻きがつくようになってしまった。そいつらだろうか。
「お、俺、あんたの戦い見てたんだよ。それでさ、あの時のドロップアイテム預かってるんだ。受け取ってほしい」
「……」
「ほ、ほら」
男な女が強引にプレゼントウインドウを開いてそこにアイテムを置いた。
アイテム名は、レヴァイアサン。
「別に代わりに何かくれとか言わないからさ。あ、金はもう送金しといてあるからさ、そっちも受け取っておいてくれよ!」
「……」
なんだこいつ。
「……俺、俺たちはさ、あんたの戦いぶりに感動してるんだ。アスダンはあの百五十層で終わりだったけど、あれでもうやめたりしないで、まだまだ挑戦し続けていてほしいんだよ。……あ、別におこぼれがほしいって訳じゃないぜ。純粋にあんたの戦いぶりに憧れてるんだ」
……憧れ?
「よしてくれよ」
「……え?」
「拾っておいてくれたのには、礼を言っておく。……でも俺のことは、俺が決めるから」
「……あ、そ、そうですよね……」
僕はそれだけ言うと、また歩き出してワープクリスタルに触れた。
周囲が光のエフェクトに包まれ、周囲の光景が変わっていく。
そんな中で、ふと思う。
……誰かと話したの、久し振りだったな。
装備品を一通り修理する。金はかなりすっ飛んでしまったが、あの男な女が言った通り大量のゴールドが入金されていたので痛くも痒くもなかった。
僕は修理したてのドラグスラッシャーを構える。
今日までの日々が、自然と思い出されていくような気がした。
……いや、やめておこう。
そして僕はどこへ行くでもなく、またこのアスクレプオスダンジョンにやって来ていた。
入り口の近くにたむろしていたプレイヤーの集団が、僕に気付いてざわついた。よく僕の後ろをついてくる連中だった。
何かを期待するような視線が僕を見た。
まあ……いいさ。それならそれで。
「おい」
僕の方から声をかける。
「……来ないのか?」
そう言うと、連中の顔が明るくなる。
僕が一歩を踏み出すと、彼らもその後ろに続いた。
そして僕は再び、この深い深い戦場へと足を踏み入れる。
この見えない腕輪と共に、もう一度誰かと共にある日々が始まろうとしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。ぺこりん。




