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第12話 影と光

   ◇ ◇ ◇




 あれから僕は、一人でダンジョンにこもるようになっていった。

 この力を好きなだけ振るえるように。


 他人から隠れるためではない。

 純粋に全力を出せるだけの相手を求めていたのだ。


 しばらくは手当たり次第に適当なダンジョンを巡っていたのだが、その後行われたアップデートで新しいダンジョンが実装されてからはそこにばかりこもるようになった。


 そのダンジョンの名はアスクレプオスダンジョン。

 RAOVRにおいて最凶難易度と銘打たれたダンジョンだった。



 ダンジョンという名でありながらそこは、通常のフィールドと同じ扱いで、他のダンジョンと違って進入に通行証は必要なかった。インスタンス形式でもないので、他のプレイヤーと同時に攻略することになる。

 部屋ごとに鉄格子もないのでモンスターを素通りすることだってやろうと思えばできる。

 階層は上層、下層などではなく一層、二層と言った風に数字でカウントされる。一桁目が九の階層にはワープクリスタルが置かれ、一度そこまで攻略できれば次からはワープして地上と簡単に行き来ができた。

 何階層まで存在するのかは告知されなかったが、多くのプレイヤーが最深層を目指しダンジョンに挑んでいった。


 いわゆる『ダンジョン』らしいダンジョンがこのアスクレプオスダンジョンであった。


 広いダンジョンのフロア内を進んでいくと、やがて下層に続く階段へ辿り着く。それを下へ下へと降り続けていけば、その度に強力なモンスターが出現するようになっていく。

 各階層の一番奥、階段の手前。ボス部屋に相当するその部屋にはとりわけ強力なモンスターが出現する。ボス扱いされたそいつらは一度に一体しか出現せず、倒されれば一定時間経たないと他のモンスター同様リポップはしない。

 貴重なアイテムをドロップするので、ボスへの攻撃は我先にと皆が挑みかかっていく。このゲームにおいては数少ない競争要素となった。


 しかし出現するモンスターは最初の一層であってもかなり強力で、実装から数ヵ月経った今でもボス討伐に成功しているのはどのサーバーにおいても五十層前後まで。廃人ギルドの連合パーティが総力を結集してもそこが限界であった。

 恐らくは今後のアップデートで新ダンジョンが追加されても見劣りしないものを目指したのだろうと言われ、完全攻略には数年単位で時間がかかると見越されていた。



 そんなダンジョンを、僕はたった一人突き進んでいた。

 誰の助力も得ることなく、ひたすら強力なモンスターを葬り続けていた。


 三十層は既に越えた。そこまではさほど難しくなかった。

 だが四十層を越えた辺りで、少し厳しいと思い始めた。

 それでも全ステータスはカンスト。負けることこそなかったが、四十層のボスにはHPを四分の一以下にまで削られてしまった。

 先が思いやられたので、しばらく四十層付近にとどまりレベルを上げることにした。ただでさえ経験値が多いのに加え、パーティメンバーに配分されることもないのでレベルはどんどん上がっていった。

 レベルが上がってもこれ以上ステータスは上がらない。だがスキルポイントは手に入る。スキルをランクアップさせれば戦いは楽になる。ついでにドロップで手に入った強力な装備にも着替えた。

 たとえステータスがカンストしていても、まだまだ強くなることは可能なのだ。




 何度か四十層のボスを倒していると、見覚えのある剣がドロップされた。

 両手剣、ドラグスラッシャー。

 かつてユッケが遺していった物と同じ武器である。


 ……そう言えば、あいつの言う通りだったなと、今は思う。


 あの一件から僕は、何も言わずギルドから離れた。

 チートのことがバレたのだろう。いつの間にかギルドからも追放されていた。

 ……別に構いやしなかったけれど。


 それから僕は自分の力を抑えることはなくなった。

 誰に憚ることなく好きなだけチートの能力を振るい、思うまま戦った。

 もうためらいも後悔はなかった。

 そうしていることが、なんだかひどく自然であるようにすら感じられた。


 そうだ。

 あいつらなんかとは、一緒にいない方が良かったんだ。


 あの時のユッケの言葉を受け入れていれば、僕の隣には今も彼女がいたかもしれない。

 けれど、もう遅いことだ。

 携帯電話に返信がかかってきたことは何度かあったが、僕はそれを取ることは結局一度もなかった。

 今更、何を話せというのだろうか。


 僕の手には、ドラグスラッシャーがある。

 かつてユッケから譲られて、しかし自ら放り捨ててしまったアイテム。


 あれとはもう別物だけど。

 これを手にして戦い続けることが、本当の意味でユッケと共にあることのような気がしていた。

 言葉を交わすわけでも、体を触れあわせるわけでもない。

 それでもこうすることがきっと、僕とユッケの繋がりなんだ。


 誰におかしいと思われても、僕にとってはそれが正しいんだ。




 それから長い間、戦い続けた。




 どれだけかかったか忘れてしまったけれど、気付けば僕はとうとう百層にまで到達していた。


 数字のきりの良さからここが最終層だと予想されているが、実際はボスを倒して下層への階段がないかを確認しなければそれはわからない。

 レベルも3000を越えていた。当然どんなプレイヤーよりも高い。スキルも主要なものは、ほとんど上限まで上がっていた。装備品も最上級品ばかり。


 他の一般プレイヤーたちは今も六十層辺りをうろうろしている。

 マップデータくらいは提供してやったが、モンスターの攻略情報は教えなかった。

 別に嫌がらせというわけではない。僕と同じ戦い方はできないのだから、教えても無駄だというだけだ。

 のろま達が悪戦苦闘している間に、僕は最強と思われる敵に挑む。


 星王アスクレプオス。

 ダンジョンと同じ名前を持ったモンスター。どれも深層に出現するのが定番だが、このアスクレプオスダンジョンでは百層で出現した。

 ということは、最深層に相当する階層がまだ残っている、ということなのだろうか。


 ……望むところさ。

 誰も僕には敵わないということを、教える相手が増えるだけでしかないのだから。


 誰の力もいらない。

 ……いるもんか。


 僕は僕だけの力で、生きていくんだ。




   ◆ ◆ ◆




 彼が孤独に戦い続けていたその日。

 東京、秋葉原駅前にて。


「……あの人かな」

「手振ってるけど」

「しずちゃんは目立つからね……気付いてくれたのかも」


 恵一としずくが高校生になってから最初の夏休み。

 二人が交際を始めてから十ヶ月近く経った頃のことであった。


 この日は、胃のセンスギルドの初めてのオフ会が開催されることになっていた。


「こんにちは」

「はいこんにちは。カイくんとシズちゃんで良いですかね?」

「しずく・クリフォードと言います。今日はよろしく」

「あ、本名は名乗らなくても良いんだよ……」

「そうなの?」

「はは、まあ同じ名前みたいだし良いんじゃないかな。でも名乗らせちゃった以上はこっちも名乗るべきか。……桜井真治です。リア充の中の人です。よろしく」


 連絡を聞いていた通りの外見をして集合場所で待っていた、リア充こと真治に恵一たちは声をかけた。

 既に恵一の他にはもう一人女性が一緒に待っていた。


「で、こっちはイノさんです」

「ど、どうも……」

「……え」

「女の子だったんだ」


 紹介されたinnocenceの姿に恵一としずくは驚く。

 自称三十路のおっさんというのは大嘘だったようだ。言うこと全てを信用していたわけではないが、さすがに意外だった。

 二十代前半くらいの少し幼い顔つきの女性で、十代と言われても信じられそうな見た目だった。


「みつるくんは……本当にリア充みたいな外見だね。背高いなあ」

「ははは。まあね。カイくんはうん、だいたいイメージ通りかな。女の子かもと思ったこともあったけどやっぱ違ったかー」

「え……」


 笑い合う恵一と真治。

 その一方でしずくとinnocenceもお互いについて話をする。


「イノさんちっちゃくてかわいい……」

「ち、ちっちゃくないよ! ああ……シズちゃんはなんかもうあれだね。ほとんど同じっていうか、生で見るともっとすごいっていうか……こ、この髪本物だよね?」

「うん」

「おっぱいも?」

「うん」

「どひゃあ……最近の中学生まじこええ……」

「もう高校生だよ」

「あ、そうなの……。あ、えっと……私は、田村いのりって言います。なんか名乗っちゃった方がいい流れかなって……」


 innocence……いのりも名乗る。

 ゲームの中の彼女と違い、現実世界での彼女は若干気弱な性格であった。


「いのり……いのさん?」

「う、うんまあ、そんな感じのあれでね!」

「なるほどなー」




「あと来るのは、トリさんと生中だね」

「都内近郊でもそのくらいしかいないんだね」

「まあ都民でもオフはちょっと……って子もいそうだし」

「それもそうか」


「おーい!」


 話している四人の元にまた一人やって来る。背の高い細身の女性だった。


「胃のセンスギルドの方々?」

「はいそうですよ」

「や、どうもお初です! 新人だけどオフ来ちゃったビールーでーす。よろしこ」

「んー、テンション高いね。いいよいいよ。あ、僕はリア充です」

「え、なに、いきなり自慢? ……って名前か! わはは!」

「ははは!」


 つい最近ギルド入りした、ビールーという名のキャラクターを使う女性、秋田瞳が朗らかに自己紹介した。




「こんにちは」


 そして最後にやって来たのが、トリスティンを使う木島かほ。左右に分けて結った長髪に、白いシャツに黒いベスト、黒いハーフパンツを履いていた。年頃は高校生か大学生くらい。


「コスプレみたいな格好だね。男装執事ってやつ?」

「こここ、コスプレちゃうわ!」


 以上六人がこの日のオフ会メンバーだった。




 駅前から移動してカラオケ店に腰を下ろした一行。


「えーえー、僭越ながら私ことリア充が司会をつとめさせていただきますがー、えー。本日はお日柄もよくー」

「そういうのいいから!」

「えー!?」

「まずドリンク注文しよう! 何がいい!? 私とりあえず生で!」

「ホントに飲むんだビール……」

「生中飲んじゃうよー! ぐはは」

「もう酔ってる?」

「酔ってないですよー! デュフフ」


 ゲームの中と変わらず陽気な瞳と、ゲームの中ほど陽気ではない真治を中心に、部屋は賑やかなムードに包まれていった。


「……イノさんがこんなちみっこだとは思わなかったよ」

「私も」

「あ、はい。なんかほんとがっかりさせちゃってすいません……」

「そんなことないよー」

「うんうん」


 二人が騒いでいる横で、しずくとかほがいのりに絡む。


「でもこんな子があんな発言してたなんて思うと、ネットの面白さを実感しちゃうね」

「はは、そうだねえ」

「ほんとすんませんでした……今日は下ネタ控えますので……」

「あははーなんかかわいいなーこの子」


 その輪に真治が加わってくる、恵一と瞳も参加した。


「実は今日はね、別の理由もある集まりで」

「あ、ちょ、真治くんそれ言わないって……」

「いいじゃんいいじゃん。……今日はなんと、イノさんの脱ヒキニートおめでとう祝いも兼ねてるのさ!」

「あらそうなの」

「ひい、すいませんすいません有職者ぶっててすいませんでした!」

「いやニートなのは知ってたけど」

「う……」

「でもやめられたんでしょ? なら自信持っていいじゃない」

「そうそうニートなんて私の友達にも一杯いるし! ふつーふつー! あはは!」


 縮こまるいのりを、しずくと瞳が慰めた。


「……て言うかみつるくんはなんで脱ニートしたって知ってたの?」

「ん? そりゃあれだ。ギルマスとサブマスのよしみで相談に乗ってあげてたんだよ。そしたら意外と家も近くだってことだしこりゃあ一肌脱いでやろうかと考えて、その内リアルでも会うようになってやがて二人は男と女の関係に……」

「あー! あーー!!」

「うるせえぞニート」

「もうニートじゃねえよ!」

「へえ、そんな馴れ初めなんだ」

「ひゅー」

「やめてー! うぎゃー! しぬー!」


 からかわれていのりが悶絶する。恵一は以前からかわれた借りをここぞとばかりに返してやる。


「高校中退して十年近くヒキニートしてたから、最初の頃はもうそれはひどくてな。臭いとか」

「ちょっと! それ以上ばらされるとさすがに! 女としての何かが!」

「えー、今更恥ずかしがることかよ」

「いやさすがに臭いとかどうとかは女の子的にちょっとやめてあげてほしいかな」

「同意」

「そうだそうだー!」

「え!? 女子からフルボッコだ! ……ていうか酒くせえ奴がなに言っていやがる!」

「え、知らんし」

「てめえ!」

「はー」

「くせえ!!」




 一騒ぎして落ち着いたところで、恵一が切り出した。


「ところでなんで秋葉原だったの? 集合場所」

「え、みんな好きでしょアキバ」

「いや、俺は初めてだけど……」

「あ、そうなの。でもトリさんとか結構好きそうだけど。どう?」

「え、私!? い、いやまあ、そりゃあ……来るけど。でもどっちかっていうと池袋のが多いかな……って、あ、いやそうじゃなくて」

「へー池袋。あ、俺知ってるよあれでしょ、乙女ロード」

「……う、うむ」

「あ、私興味あるんだそこ」

「しずちゃん!?」

「え、そうなんだ。じゃあせっかくだし解散したら寄っていこうか?」

「しかも何誘ってんのこの子!?」

「お、おじさんも行きたいな……」

「ええー?」

「じゃあ女の子みんなで行こうか。ビールーさんも行く?」

「よくわかんないけど行く!」


 恋人のまさかの趣味に始まり、いのりや瞳の予想外の反応に恵一は絶句した。


「……みつるくん」

「……うん。まあしょうがないよね。女の子って集まると強いし」

「……なんか場違いじゃない俺たち?」

「……こっちは男同士でアキバ巡ろうか。えっちな本売ってるお店も知ってるよ」

「マジで!?」

「おいそこの」


 それからしばらく飲み食いしたり歌ったりして、やがて一行はカラオケ店を後にする。


「まあそういうわけで今からは男女グループに別れて自由行動的なあれで」

「ひゃっほー!」

「それじゃあまた後でね……」

「はーい!」




 騒がしい女性陣がいなくなり、恵一と真治はのんびりと二人で秋葉原の街を歩き始めた。


「みつるくんは……覚えてる?」

「ん?」

「あの人のこと」


 恵一はそっと口を開いた。

 あの日からずっと忘れることはなかった。密かに慕っていた、ライオというプレイヤーのことを。

 自分としずくの関係がバレなかったら、今この場に彼もいたのではないか。

 そう思っていた。


「まあ……今は有名人だしな。忘れようにも忘れられないっていうか」

「確かに、そうだね……」


 アスクレプオスダンジョンを一人で攻略する謎のプレイヤーの存在は、もはやかなり有名になっていた。他のサーバーではそうでもないとは言え。

 異常な能力値の高さから何らかのチートであることは確実視されていたものの、その詳細は誰も知らないという謎の存在。いつまでもBANされないことから、実は特殊なNPCなのではという説も出ているほどだった。


 しかし恵一たちは全て知っている。しずくが彼から聞いた話は、ギルドのメンバー達にも語られたのだ。

 それがなんであれチートである以上、いのりは彼をギルドから追放した。メンバー達もフレンドリストから彼の名前を削除した。

 あれから、一度も顔すら合わせていない。


「俺のせいかも知れないんだ。彼があんなことになったのは」

「よくわからんけど……あんま思い詰めるなよ?」

「彼はチートなんか本当はしたくなかったんだよ。でも俺が、しずちゃんを奪っちゃったから……それで、彼の心は」

「……お前は悪くないよ。好きな子を自分のものにしたいと考えるのが、悪いことなわけない。そんな気持ちがかち合ったら取り合うしかないの。そんでお前は勝った。あいつは負けた。そんだけだ」

「みつるくん……」

「たったそれだけのことであんな風になるんだったら、あいつはそもそも最初からそういうやつだったってことなんだよ」

「そうなのかな……そうならないようにも、できたんじゃないかな」

「真面目だなー、カイくんは」

「……みつるくんこそ。随分かっこいいこと言うじゃん」

「ん? まあな。俺はリア充だから」

「はは……」

「でもまあ……」

「ん?」

「俺も別に、嫌いになったわけじゃないんだよな……」

「……俺だって、そうだよ」




 一方、池袋にやってきたしずくたち。


「しずちゃんは、あいつのことまだ忘れられてない?」

「え……」


 恵一たちの会話を知ってか知らずか、かほが聞いた。当然ライオのことである。


「うん……怖い思いもしたけど、忘れたいとは思わないよ。なんだかんだで一緒にたくさん遊んだ仲だし」

「そっか。……特別な気持ちとかはやっぱ無かったわけ?」

「ん……ゲームの中では一番仲の良かった男の子だとは思うけど。そういうのは。……ケイもいたし」

「ふーん」

「……トリスちゃんは? 好きだったの?」

「えっ……いや……。そりゃ初めて会った時……助けてくれた時は、ちょっとドキッとはしたけど……もう大分前のことだしね。今はもう、気持ちの整理ついてるよ」

「ふうん」

「でもなんだかんだ言って、もしまた戻ってくるようなことがあったら、受け入れちゃうかもな……」

「……そっか」


 二人の話は、いのりと瞳にも聞こえていた。


「……誰の話?」

「生ちゃんが来る前にいた人。……悪い人じゃあなかった、かな」

「へー。ギルドも長いみたいだし、色々あったんだろうねえ」

「あったよー色々。ま、おいおい話してあげていこうかね……」

「おほ。楽しみにしてるよー」




 そしてそれぞれ散策を楽しんだ後に再集合する一行。

 少し遊びすぎたら時間も遅くなってしまったので、再集合した早々だがここで解散することになった。


「えー。では本日は皆さんのおかげでオフ会も無事成功と言って良い感じになりまして」

「はーい楽しかったでーす!」

「そりゃ結構。……買い物も楽しめたようでなにより」

「はは……」


 真治は女子たちが抱える分厚い買い物袋を見て呟いた。


「帰り道には気を付けるよーに。家に着くまでがオフ会です。……じゃ、解散!」


 こうしてオフ会はお開きとなった。

 恵一としずく、真治といのりがそれぞれ同じ行き先の電車に乗り、かほと瞳もそれぞれ別の方向に帰っていった。


 そしてまた夜には、別の姿で同じ場所に集うのだ。

 一つの別れを経て、彼らは彼らでまたそれぞれの日々を過ごしていく。

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