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第11話 彼の素顔

   ◇ ◇ ◇




 僕は走った。

 走って走って、逃げ出した。

 走っている内に、答えは出てしまった。


 あの二人は付き合ってたんだ。って。


 ネット上の恋愛なんてあるわけないと思っていたらこれだ。

 僕の知らないところで、あの二人はいつの間にか進展していたんだ。

 ……もっと上手くやれていたら、あの場にいたのは僕だったんだろうか。


 僕は何を、どこで、間違えちゃったのかな。




 走り疲れてふらふらと立ち止まる。ゲームの中でも走ったら疲れるんだな。

 ……どこだろ、ここ。

 ギルドホームからワープクリスタルでどこかへと飛んできて、それから走り続けて……。

 無意識だったのでワープ場所にどこを選択したのかも覚えていない。

 この草原は……ああ、コンボラ平原か。

 いつだったか、トリスさんに初めて出会った場所である。


 そう言えば、あの人は僕のことを……。

 いや、だめだ。よそう。


 どうせそれも勘違いだ。

 シズさんだって僕に優しくしてくれていたのに、実際は他の男と付き合っていた。

 だからきっと、トリスさんが僕に好意を抱いているかもしれないなんて考えも思い込みに決まってる。

 調子に乗って、失敗して、またこんな思いをするなんて。


 嫌だ。


「ああああああ!!」


 おもむろに僕は叫んだ。


 ちくしょう。


 真面目に、普通に、みんなとの日々を楽しもうと決めたのに。

 積み重ねた物が崩れていく。

 想いが、決意が、脆く崩れていった。


 高く積むほど崩れやすくなって、

 高く積んだ物が崩れた時ほど、積み直す気力は削がれる。


 僕はもう駄目かもしれない。

 たった、これだけのことで。 


 ……なんで、こんなことになってしまったんだろう。




 気付けば周囲には何体かのモンスターがうろついていた。

 モンスターの出現地帯まで走ってきてしまっていたらしい。


 ……ならちょうど良い。

 少し、八つ当たりさせてもらおうじゃないか。


 しかし、剣は届かなかった。

 乱雑に振り下ろした剣は避けられて、体のバランスが崩れる。

 隙だらけの僕の体は、モンスターの鋭い爪に切り裂かれてしまった。


 ふらりと体がぐらつく。

 立っていられない。

 当たり前だ。僕のHPは0になってしまったのだから。


 こんな雑魚に負けるなんて。

 そんなはずは無いのに。

 僕は誰にも負けない強さを持っていたはずなのに。




 インベントリを開いてリヴァイブクリスタルを使おうとする。

 その時、ふと目についた物があった。

 ……ああそうだ。これを装備してなかった。


 死亡状態では装備の変更は行えない。僕はおぼつかない感覚でまずはリヴァイブクリスタルを使用する。

 復活のエフェクトが発生し、ステータスが回復していく。

 その数秒間が実にもどかしい。


 そしてようやく復活した僕は、ためらうことなくEJ94リングを装備した。

 ステータスが限界まで強化されていく。


 みなぎる力。僕はそれを出し惜しみすることなくモンスターを蹴散らしていった。

 派手に吹き飛んでいく敵。のろのろとした爪の振り。痛くも痒くもないダメージ。


 そうだ。これが、僕の力だった。


 僕は思うままに剣を振るい、群がるモンスターどもを次々と蹂躙していった。


「はは……」


 渇いた笑いがこぼれた。

 なんて、楽しい。

 誰にも負けないこの力。


 誰も僕には、敵わないんだ。


 誰も。




   ◇ ◇ ◇




 少し疲れた僕はログアウトをとって休むことにした。

 ベッドで横になる。

 体が沈んでいく。


 しかし、記憶は浮かび上がってくる。


 あの情景が。

 彼女と過ごした日々が。

 親切にして上げた弟分の思い出が。


「……うああああ!!」


 胸が軋んだ。

 苦しい。

 大切なものを奪われた痛みが、ぶり返してくる。


 誰も敵わない力を持っているのに、手に入れられないなんて。




 ……もういいや。

 もう、会わない。

 彼女にも、みんなにも。


 誰にも会わず、僕は……孤独に生きよう。




 起き上がり、再びPCに向かう。

 そしてふと思い出す。ユッケという僕に絡んできていた女の子。


 ――恋かも。


 そう言っていたはずだ。


 僕はメッセージの履歴を開き、彼女の携帯番号を確認する。

 自分の携帯電話から、その番号を入力、発信する。

 耳に当てて、コール音が鳴るのを待った。


「……お客様のおかけになった電話は、現在院内モードになっているため電波を受信することができません。もうしばらく待ってからお掛け直しに……」


「……え?」


 なんだよ、それ。

 よりにもよってこんな時に出ないなんて、なんのための携帯だよ。


「……ざっけんな!!」


 怒りを携帯電話に込めて放り投げる。

 かろうじて理性が働いたのか、ベッドの布団にぶつかったおかげで破損などはしなかった。

 けれど、僕の気持ちはおさまらなかった。


 そうだ。また、一暴れしてこよう。

 僕には力があるんだから。




   ◇ ◇ ◇




 ログイン直後の自室から出て、広いロビーに到着する。

 どこへ行こうか。

 またフィールドか、それとも露店で通行証でも買って高難度のダンジョンに行くか。


「そこなお嬢さん、一緒に狩り行きません?」

「俺ら結構強いから楽に経験値稼がせてあげるからさ」


 辺りにはたむろしている人も多い。ナンパみたいな声が聞こえてくることもよくあることだった。


「今は、知り合いを捜しているところなので」

「いいじゃないべっつにー。そいつとはいつでも会えるっしょ?」


 しかし馴染みのある声が聞こえてくるのは、僕にとっては珍しいことだった。


 綺麗な金髪と、よく整った体型。清潔感のある白いドレス。

 なんで彼女がこんな所にいるんだろう。


 ……僕を、捜している?


「そいつには急用ができたとか言っておけばいいじゃない。でさ……」


 自然と僕の足はそちらに向かっていた。

 あんな光景を見てしまったのに。

 二人の関係を知ってしまったのに。

 鬱陶しい男どもに絡まれている彼女を、放っておこうとは思えなかった。


「あ……」

「あん? ……ごわぶっ!」


 男の一人が殴り飛ばされていく。桁外れのダメージが表示された。


「な、なん……!」


 もう一人も同じように飛んでいく。

 二人とも即死亡だった。


 僕は残された彼女に目を向けた。

 シズさんは、少し驚いたような顔をして僕を見つめていた。

 しかし僕は、すぐに目を背けてしまう。


「……カイくんと、付き合ってたんだね」

「え……」


 小さく呟いたその言葉に、シズさんが小さく反応した。


「うん……まあ」


 肯定。

 ……はっきり口にされると、やっぱりきついな。


「でも君は、俺とだって……」

「……?」

「いや……なんでもない」


 僕の言葉にシズさんは何かを考え始めた。

 そして理解してしまったらしい。

 僕の想いを。


「そっか……私、勘違いさせちゃってたんだね」

「……!」

「ごめんなさい。そういうつもりではなかったんです」


 なんだかこなれた様子で彼女は頭を下げた。

 男を振るのなんて、慣れっこみたいに。

 それがまた僕の心を抉る。

 彼女にとっては、数いるどうでもいい男の内の一人でしかなかったんだと思わされて。


「……でも、それとこれとは話が別」

「……あ?」

「約束、破ったよね」

「……」


 約束。

 そうだ。

 もう、EJ94リングは使わないって。


 ……だからどうした。

 何を今更。

 そんなものに、もう意味は。


「……うるさいな」

「!」


 僕は力任せに彼女の体を地面に倒し押し付けた。


「お前が……ずっと! ……僕は、お前の……!」


 馬乗りになって、首に掌を押し付ける。

 言葉を上手く発せられない。何を言いたいのか、何を言ってやりたいのか、わからない。

 首を絞められて、ゲームだから苦しいわけでもないのに彼女の顔が歪んだ。


 はっ。

 良いじゃないか。

 苦しんでしまえば良い。


 どうせ僕のものにならないなら、誰かのものになってしまうくらいなら、

 ここで壊してやってしまった方が、いっそ。


「……!」


 殴った。

 僕が、彼女の顔を。

 首が派手に横へ跳ねたが、体を押さえつけているからそれ以上は跳ばない。


「……っ」


 僕はまた殴る。また殴る。

 何度も殴った。

 心の奥にある、彼女への想いをぶつけるように、吐き出すように。


 そうだ。

 僕は結局ただ、この女を好き放題にしたかっただけなんだ。


 形は少し違うけれど、たいして変わりやしない。

 この綺麗な顔を、体を、滅茶苦茶にしてやりたかっただけなんだ。


 結局そんなものだ。男が女に向ける感情なんて。

 あの男だって、そう思ってるに決まってる。


 僕がやるか、あいつがやるかの違いだけだ。


 何度殴っても彼女は声のひとつも漏らさなかった。

 最初の一撃ですでに死亡していたからだと気付いたのは、もう何度殴ったかわからなくなっていた頃だった。


 死亡していても触れれば感触はあった。でももう殴る意味はない。

 ならばと僕は、背中の剣を抜いた。

 これで刺せばどうなるか、試そうと思った。


 僕は高くその剣を掲げると、

 白くか細いその首に向けて、振り下ろした。




 がきん、と金属の弾ける音がした。

 そこにいたはずの彼女の姿はどこにもなかった。

 かすかにきらきらと輝くCG合成の光の粒が残っているだけだった。


 ログアウト、したんだ。


「……ああああああ!!」


 今日でもう何度叫んだことか。

 怒りはとめどなく沸いてくるものだった。


 むかつく。

 力ずくであっても、思い通りにはできないのか。


 僕は天を仰いだ。

 真っ白な光だけがあった。

 広場を照らす、照明。

 眩しいだけだった。


 その内に、周囲のざわざわとした雑音が耳に届いてきた。

 誰も彼もが、突然の暴虐に騒然としていた。


 やめろ。

 見るな。

 見るんじゃない!


 僕は立ち上がって駆け出した。

 ワープクリスタルに触れて、ここから逃げ出す。

 誰もいない。誰も来れない場所へ。


 これまで築いてきた全てを捨てて。




   ◆ ◆ ◆




 恵一はPCの置かれた学習机に向かって座って目を閉じていた。

 頭にはヘッドギア、両手にはグローブ。

 RAOVRにログインしている最中だった。

 その仮想世界の中で、彼は今もなお友人の姿を捜していた。


 そんな彼の部屋に、扉を開けてしずくが入ってきた。

 家族ぐるみの付き合いだ。勝手に部屋に入るくらいなんともない。


 しずくは恵一がまだRAOVRにログインしていることに気付くと、軽く肩を叩いた。こうすればログイン中のキャラクターにも反応が伝わる。

 現実世界で誰かが呼び掛けてきたとわかれば、彼もログアウトしてくるだろう。しかし当然、ログアウトコマンドを入力する必要はあるし接続を断つ処理も一瞬では終わらない。少しはタイムラグがある。

 しずくはその間に、恵一のベッドへ勝手に潜り込んだ。


「はいはい、お待たせっと……あれ?」


 ゲームからログアウトした恵一は、部屋に誰の姿も無いことに疑問を抱いた。

 母親が夕飯が出来たと呼びに来たのかとも思ったが、時計を見るとその時間にはまだ早いことがわかる。


「……? ……うわっ!」


 部屋を見渡すと、ベッドの布団が不自然に盛り上がっていることに気付いた。明らかに誰かいる。


「……し、しずちゃん?」


 よく見ると、布団の隙間から綺麗な金色の髪がはみ出ていた。


「どうしたのさ? ライくん捜さないの?」


 布団に向かって声をかける。


「……やだ」

「やだって……」


 布団からはくぐもった声が返ってきた。


「……なんかあったの?」


 しずくの声から不安の色を感じ取った恵一は問いかける。

 何か嫌な予感がした。


「こわかった……」


 相変わらずくぐもった声。ただ、それに加えて震えも感じた。

 怖がるようなことが、あったのだ。


「……大丈夫。ここなら安全だから」


 昔地震でマンションが揺れた時にも、しずくはこんな反応をしていたことを思い出す。

 何があったかはわからないが、恵一は安心させるように優しく声をかけた。


「ケイは……あんなことしないよね」

「……あんなこと?」

「な……殴ったり……」

「するわけないだろ!? ……いったい、何されたの? 誰に?」

「……」


 予想外の一言に恵一は驚く。本当に何があったのか。

 しかししずくは、結局黙ったままだった。


「俺が……俺がついてる。……頼りないかもしれないけど、俺、頑張るから……だから、泣かないでよ……」


 彼氏なんだから。

 恵一は強く意識する。

 恐怖に怯える彼女を救うのは、自分なんだと。


「うん……」


 小さな小さな声が、返ってきた。

 恵一は布団の中から差し出された白くか細い指を、そっと握りしめた。




   ◆◇◆◇◆




「おいーっす。最近どう?」

「ええ良いっすよ。実は今度付き合い初めて一周年の記念日で」

「おめーの彼女の話は聞いてないっての! ちげーよ! うんこ漏らせ!」

「わ、わかってますよマジギレしないでくださいよ。……ライオくんのことですよね」

「そうそう」

「ちょうどさっきすごいことになってましたよ。今は落ち着いちゃったけど。ログ見ます?」

「見る見る」


 ここはクアンタム社(株)の本社の片隅。

 古早川高彦が特命を受けこっそり作成した装備アイテム、EJ94リングの行方を監視するための場所だった。


「え、なに、修羅場ってやつ? いやん怖い」

「ギルメンのこの子とこの子が付き合ってたみたいで」

「マジかよ。この子ライくんがお熱だったのに。哀れだなー」

「顔笑ってますよコバさん。んでこの後一回ログアウトしちゃったんですけど、それからまた入ってからがすごくて」

「えっ、何々。……うわ殴った! ついに人前で使った!」

「やっちゃいましたねー。でここからが……」

「うわっエグい。さすがの俺でもそれは引くわってくらいエグい!」

「キレちゃいましたねー」

「ねー。うひゃあ」


 彼らはランダムで選出されたプレイヤー、ライオにEJ94リングを与えた。

 そして絶えず、監視を続けていた。


「んんー。それにしても適当に選んだ割には面白い反応する子だねえほんと」

「もう使いません! って土下座かました時はどうなるかと思いましたけど」

「いやあ意地張るのに必死になってるのも良かっただろ? 俺ああいうの好きよ。チーターのなんとかちゃんに絡まれてた時も良かったし」

「あーあの子。ならBANさせないで放っておくのも良かったんじゃないっすか?」

「んー、それも悩みどころだったけどねー。チートを肯定してくれる仲間がいなくなった。ってのは良いと思うんだ。これからギルドからもハブられるだろうし、面白くなると思うよ」

「あー、なるほど……」

「まあ俺は最初からいつかやらかすって思ってたけどね。何だかんだで性根がクズいんだよこの子」

「言いますね」


 彼らの目的は、チートアイテムを手に入れたプレイヤーがどう行動するかを鑑賞することだった。

 使うか使わないか思い悩む様を楽しむのもよし。

 おおっぴらに使いまくってゲームを混乱させていくのを楽しむもよし。

 なんであれ、楽しめればそれで良かったのだ。


 RAOVRのサーバーは六つある。

 六つのサーバーは同じゲーム世界だが独立しており、キャラクターの交流やアイテムの行き来はない。

 EJ94リングはその六つのサーバーの内の一つであるラースサーバーのみに、ライオの持つ一つしか存在しなかった。

 例えサーバーの一つがEJ94リングの影響でどれだけ混乱しても、他の五つのサーバーに影響は起きない。

 だから売上などにも特に大きな問題はないと判断され、そのアイテムは社長直々の公認によって与えられた。


「社長が見たら面白がってくれるかなー」

「あ、社長もこいつはいつか絶対キレるねって言ってましたよ」

「マジでか。さっすがこんなこと思い付く人はわかってるもんだねー」


 EJ94リング。

 それはクアンタム社社長のろくでもない思い付きによって生まれたアイテムだった。


「くくく……ここからが本当の始まりだぜ」

「うわー悪っぽい顔。でも楽しみっすねえ」


 彼らはひたすら見続けるだけ。

 何もせず、ただ行く末を見続ける。

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