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第10話 side:boy and girl

   ◆ ◆ ◆




 しがない普通の都立中学に通う少年、片山恵一には少々悩みがあった。

 迫る高校受験もではあるが、それ以上に気になっているのが、彼の幼馴染みの少女のことであった。


 恵一が十歳の頃、父の栄転で東京のちょっと豪勢なマンションに引っ越してきた際に、隣の部屋に住んでいたのが彼女だった。日本人の父とイギリス人の母を持つ彼女は、彼女の母親に良く似た美しい金髪と碧い瞳を持っていた。

 恵一にとって髪も目の色も異なる存在は、テレビや本、ネットの中の世界のものでしかなかった。けれど彼女は恵一と同じ年に生まれ、同じ学校の同じ学年に通っていた。同じ世界に生きていた。

 必然、彼女のことはとても強く印象に残った。


 彼女は生まれてからほとんどの時間をこの国で過ごしていたために、見た目の異質さとは裏腹に話す言葉や行動は恵一のそれととてもよく似ていた。

 外国人は外国語を喋るものだとばかり思っていた恵一にはそれがなんだかとても面白くて、彼女とはすぐに打ち解けていった。


 小学生時代を共に過ごし、中学生となっても共に日々を過ごす内に、恵一は彼女に対して特別な想いを抱くようになった。

 何てことはない。どこにでもある、初恋だ。


 子供っぽかった彼女も成長期に合わせてすくすくと成長していった。

 恵一と同じように背が伸びていきながらも、恵一とは違って胸が膨らんできた。

 恥ずかしくてとても人には言えなかったが、きっかけと言えばそれがきっかけだった。同年代の女子よりもいくらか大きめのそれは、どうしたって意識してしまうものだった。


 彼女に恋したことを自覚した恵一は、やがて回りの世界が違って見えてくるようになった。

 なにしろ彼女はいかんせん、美人だった。

 外国人の血を引いてるだけあって日本人離れした顔や体型を含めて、とにかく彼女は人目を引いた。


 要するにモテたのである。


 真面目で友情を大事にする優等生。しかししっかりしているようでどこかぼーっとしている。

 そんな彼女の絵に描いたような性格は嫌われることも多かったが、それ以上に同姓異性を問わず多くの人に好かれた。


 その彼女の名前は、しずく・クリフォードといった。




 恵一は中学三年生の夏休みに、しずくからオンラインゲームで一緒に遊ばないかと誘われた。

 一応受験勉強もしなければいけなかったはずなのに、しずくは自分は成績が良いから志望校も余裕なのだと舐めたことを言うのであった。恵一はそうではないのに。

 だが結局恵一は、勉強なら教えてあげるからと言う彼女に抗えず一緒にゲームを遊ぶことになってしまった。よりによって時間を多く取られるオンラインゲームをだ。

 これも惚れた弱味というやつである。


 始めたのはクアンタム社がリリースしていたVRMMORPG、レヴァイアサンアークオンライン・VRというゲームだった。

 コンピューターゲームは恵一本人はあまり遊ばないが、しずくがよく遊んでいたのを隣で見ていたので多少は知識があった。

 なんで旧約聖書に出てくる海獣の名前なのにゲーム中に出てくるモンスターはギリシア神話の名前なんだろうかと疑問に思った、あのゲームのシリーズであった。


 しかしまさかVRゲームとは。恵一は困り果てた。

 専用の機器は結構値が張るから大変なのに、無茶をさせられたものである。なんとか両親に頼み込んで受験もまだしていない高校合格の前祝いとして買ってもらうことができたのは、恵一にとって今後頭の上がらなくなる出来事だった。

 実際のところは、クリフォード夫妻が娘のためにと気になる幼馴染みへプレゼントした物を、片山夫妻が息子へ買ってあげたように見せかけただけなのだったが。

 しかし当然そんなことは恵一も、もちろんしずくも知ることではなかった。




   ◆ ◆ ◆




 晴れてVRMMORPGの世界にやってきた恵一は驚いた。

 仮想世界の臨場感もさることながら、ゲームの世界のしずくは、名前も容姿もほとんど現実世界のものと一緒だったからだ。

 自分はちょっと控えめに、格好良すぎない程度の外見でキャラクターメイクをしたのに。

 どんだけ自分に自信があるのかと思ったものであった。


「しずちゃんのはそのまんまなんだね……」

「ん……当時は、未来の自分を意識して作ってみたんだけど、追いついちゃったみたい」

「え……? ちなみに聞くけど当時って、いつ……?」

「小学校卒業した後の春休み、かな」


 つまり、二年半ほど前から。

 立派な廃人だった。


 そして何より驚いたのは彼女の強さである。なんでもゲームがサービス開始されてからずっとやっているとのことで、恵一が普通にやっていてもとても追いつけそうにないほどだった。

 そう愚痴をこぼしたが、しずくは笑って答えた。


「良いじゃない、別に。ケイのペースでやれば良いと思うよ」


 恵一の最初の二文字を取ってケイ。独特の発音のせいでケインと聞こえなくもないその名を、恵一は自分の分身となるキャラクターに与えていた。


 VRゲームの独特の操作感に慣れるよう手伝ってもらいながら、恵一はしずくとこのRAOVRの世界で同じ時間を過ごし始めた。

 ギルドとかいうものにも参加させられ、ネットの向こうにいるはずの顔も見えない人間とも友達になれた。

 年齢も立場も違う、顔も知らない仲間たちと遊ぶことはとても新鮮な楽しさだった。

 しずくが大人っぽく見えるようになったのは、彼らと遊んでいたおかげだったのかもしれない。恵一はそう思った。


 恵一の知らなかった世界をしずくは見せた。

 そんな世界で輝くしずくを、恵一は見た。


 恋する気持ちは、どんどん大きくなっていった。




 しかしその内に、不安も抱くようになった。


 近くで見ていたから知っていたのだが、しずくはモテる割に誰かと交際などをしたことがない。

 ひょっとしてしずくも自分が好きなのだろうかと恵一は密かに思っていたのだが、この世界に触れて違う可能性を抱いてしまった。

 しずくはもっと、大人の男性が好みなのではないかという可能性だ。


 ギルドで目立った男性は二人。リア充という名の調子の良い兄貴分な人物と、ライオという名の落ち着いた雰囲気で丁寧に新参者の恵一を面倒見てくれた人物だ。

 たぶん、どちらも恵一より年上……つまり、しずくよりも年上の男性だった。


 大人っぽさ。恵一にはまるで足りないものであった。

 ゆえに、悩んだ。

 ギルドの尊敬する二人のどちらかが本当に、しずくが恋する相手だったとしたら。

 その時自分はどうすれば良いんだろうかと。




 悩んだ結果、こっそりギルドのマスター、innocenceに相談してみることにした。

 散々茶化されはしたが、一応答えてはくれた。


 本当に好きなら諦めちゃいけない。

 諦められるくらいならその程度の気持ちなんだ、と。


 いつもはおかしなことしか言わない人だったが、その言葉だけはなぜだか信じてみたいと思わせる力があった。




 だからと言ってそうすぐにも具体的な行動を起こせるほど、恵一は人生経験を積んでいなかったのだが。

 諦めないと言っても、じゃあ何をどうすれば良いのやら。そんなことばかり考えて事態は結局何も変わらずにいた。

 そうしてぐずぐずしている内に、恵一の心を焦らせる出来事が発生してしまった。




「シズちゃんならライライとどっか行っちゃったよ。二人で」

「二人で……!?」


 当然二人が何の話をしているのかは知りようがない恵一はひどく焦った。

 戻ってきたしずくに話の内容を聞いても、秘密だ。としか答えてくれなかった。


 二人きりで秘密の話。


 少年の心の防波堤を打ち破るのには、十分な出来事だった。



   ◆ ◆ ◆



 その翌日。夕陽が差し込む教室で、恵一としずくは二人きりで向かい合った。


「……話って、なに?」


 恵一は放課後、教室に誰もいなくなったのを好機と見た勢いでついしずくを呼び出してしまった。

 おかげでいざ面と向き合ったら何を話したものか、まったく準備できていなかった。


 どうしようもなかったので、いっそ勢いに身を任せてしまうことにした。


「お、俺はずっと、ずっと前からしずくのことが好きだったんだ!!」


 風情もへったくれもない、勢いだけの告白だった。

 校内に他の生徒が残っていたら絶対に聞こえていただろう。

 恥ずかしさで更に思考が上手く働かなくなる。


「……知ってるよ?」


 頭が真っ白になっていた恵一に、しずくは不思議そうな表情で返した。

 なぜ今更、そんなことを言うのかとばかりに。

 恵一は肩透かしを食らった気分になる。だが逆にそれで少しだけ冷静にもなれた。


「いや……そうじゃなくて、その……幼馴染みとしてとか、家族みたいな存在として好きって意味ではなくてだな……?」


 ひょっとして意図が正しく伝わっていないのかと思う。

 そういうとぼけたところがあるのはよく知っていたから。


「うん。わかってるよ」


 しかしその考えも否定されてしまう。

 そうじゃないとわかってるなら。


「……あの、あれだぞ?」

「うん」

「女の子として好きって意味で……だよ?」

「わかってるよ」

「か、彼女に……恋人になってほしいって、い、意味、でだな……」


 恵一は自分で口にしながらだんだんと気恥ずかしくなってくる。

 彼女だとか恋人だとか、そういう具体的な単語が出てきて自分の求める関係も具体的にイメージできてしまったからだ。


「うん。私も、ケイのこと好きだよ」


 しかししずくはと言えば、どこまでもいつもと変わらない調子で言うのだった。


「それは……か、彼女になっても、い、いいい、良い、って、こと……?」

「ケイは、私と恋人同士になりたいんだよね?」


 顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら言う恵一に、しずくはなおも落ち着いた表情で答える。

 とは言えしずくも少しばかりは頬を染めていたのだが、夕陽の赤さと、本人に落ち着きがなかったせいで、恵一には気付くことができなかった。


「そ、そりゃあ……うん。なりたい。……いつまでも幼馴染みみたいなままってのは……嫌だ。しずくを他の男に取られるのは、嫌だ……!」

「……そう」


 恵一は素直な気持ちを吐き出した。

 しずくもそれを受け入れる気持ちは確かにあったが、すんなりと受け入れられない気持ちもあった。


「でも、恋人同士になったら……何か変わるのかな」

「……え?」

「私とケイは、ずっと一緒にいたよね。一緒にいろんなことをしてきたし、お互いのいろんなことを知ってる。……当たり前みたいに」

「……うん」

「それって、もう恋人同士みたいじゃない?」

「そう……なのかな。……そう、かも」

「じゃあ、今から私とケイが恋人同士になったら、どうなるのかな?」


 しずくにとっては今ある恵一との日々が何も変わらないなら、わざわざ恋人同士になろうだなんていうやり取りには意味を見いだせなかった。

 肩書きが幼馴染みから恋人同士に変わって、それでどうなるのだろうと。

 恵一の自分を好きだという気持ちも知ってたし、自分の好きだという気持ちも恵一は知ってくれていると思っていた。


 それでも恵一が改めて恋人同士になりたいと言ってくるなら、そこには何か、違うことがあるのかもしれない。

 ……それが何なのか考えられることも、ないわけではないのだが。


 恋人同士が、する行為。


「恵一は……私とキスしたいの?」

「は!?」


 しずくの心境など知るよしもない恵一は、色々すっ飛ばした一言にすっとんきょうな叫びを上げた。


「でもキスなら出会ったばっかりの頃にもしたよね」

「あれはノーカンですー! ノー! カウンツ!」

「うん……そうだった」

「う、うん。覚えてるなら良い……。えっと……そりゃあ、まあ……し、したいけど……」


 恵一はボソボソと答えた。

 キスだってしたいし、それ以上のことだってしてみたい。

 でもそれ以上に、お互いを恋人同士だと認識することが大事なのではないかと、恵一はふと思った。


「別に……何かが変わることが重要って訳じゃないと思う」

「……?」

「俺としずくが、互いをこ、恋人同士だって意識してれば……自然と何かが変わってくるんじゃないかなって、思うんだ」

「自然と……?」


 しずくは恵一の言葉を噛み締める。


「俺にはしずくの考えてること、少しはわかるけど、全部はわかんないよ」

「……」

「しずくだって、俺の考えてることの全部がわかってる訳じゃないと思う」

「……そうなの?」

「そうだよ。……俺はあんまり頭よくないけど……でもそれなりに色々考えてる。しずくが思い付きもしないようなことだって、きっとたくさん」

「……そうなんだ」


 しずくはお互いのことならなんでも知っていると思っていた。

 だが恵一はお互いのことで知らないことはまだたくさんあると思っている。


「お互いの考えてること、もっとちゃんとわかるようになろうよ。……そうするのが、恋人同士になる……付き合うってこと、なんじゃないかな」

「……」

「どうかな?」


 しずくはあれこれと考える素振りを見せる。

 恵一も、今しずくが何を考えているかを想像する。


「そう、かもね」


 結局出てきた言葉は、単純なものだった。


「あんまり難しく考えなくても良いかなって」

「……はは。それもそうだ」


 わからないことを考えたって仕方がない。

 なら、二人で色々と試してみるのが良いんだろう。

 二人はそう思った。




「しずく……」

「ん?」

「……キスしても、良い?」

「ん……良いよ」




   ◆ ◆ ◆




「うげェーッ! 甘酸っぱすぎて砂糖吐いて死にそうだァーッ!!」


 恵一は相談を聞いてもらった手前、簡潔にでも結果をinnocenceに報告してみた。ひどい反応をされた。

 まあ中学生が告って付き合い始めたなんて話はどうしたって青臭くて甘酸っぱいもので、そこそこ歳を重ねた人間が聞いたら逆に聞いた方が恥ずかしくなるような代物なのだ。


「えっとまあ、相談してもらったお陰というかなんというか」

「そうなるとイノさんは仲人みたいな存在になるのかな」

「シズちゃんそれは……」

「勘弁してよもぉーッ! 殺す気か! もういいよこんなバカップルと同じ部屋になんかいられるか! 私は一人で休ませてもらう!」

「やめなよ死亡フラグ」

「うっせーバーカ! リア充爆発しろ!」


 innocenceが飛び出していき、ギルドホームには二人だけが残された。


「なんでみつるくんが爆発……?」

「……そっちじゃないと思うな」


 会話はそれで止まり、そして静寂。

 二人で黙ったまま特に何も起こらない状況はよくあったことだが、今の恵一は今までほどその状況で落ち着くことはできなかった。


「こ、このゲームってさ、すごいリアルだよね」

「そうだね。仮想現実ってやつだし」

「さ、触ったりもできるじゃん?」

「できるね」


「き、キスとかもできるのかな……」

「できるでしょ?」

「そ、そうか……」


「してみる?」


「……うん」




 間の悪いことは起きるものだ。

 誰も見ていないからなんて思っていても、案外見られてしまうものなのだ。




「おはよー」


 よりにもよってその相手は、恵一がギルドの先輩として慕い、そして、しずくと深い関係なのかと疑ってしまっていた、あの男だった。


「あ……」


 想いが叶ってしまったことで、すっかり彼の存在を忘れていた。

 そして今の彼の表情を見て理解する。

 やっぱり彼、ライオも、しずくを口説き落とそうとしていたのだと。


 ならこの状況を見られてしまったら……。


 ……

 ……どうなるんだ?


「……!」


 逃げられた。


 どうすれば良いのか。恵一は考える。

 思い付かなかったので、また感情に身を任せた。


「お、追いかける!」

「あ……じゃあ、私も」


 そして恵一としずくは、大切な友人を追うため二手に別れて駆け出した。




   ◆ ◆ ◆

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