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お茶会同好会シリーズ

『喧嘩百景』第3話「日栄一賀VS緒方竜」

作者: TEATIMEMATE

   日栄一賀VS緒方竜


 「どうせ相手にはしないと思うけど、一賀(いちが)は怒らせない方がいいと思うぞ」

前会長成瀬薫(なるせかおる)はそう言っていた。

 「うーん、俺たち昔、半殺しの目に遭いましたからねぇ」

銀狐も口を揃えてそう言った。

 現お茶会同好会会長、日栄(ひさかえ)一賀。

 緒方竜(おがたりょう)がこの学校に転校してきた時、日栄一賀の地位は、お茶会同好会イコール龍騎兵(ドラグーン)のナンバー2として確立していた。

 ――何でや。何であんな年中風邪ひいたような奴に俺様が勝てん言うねん。

 竜はやってみる前から結果を宣告されて憤慨していた。

 しかも、当の一賀は病気がちを理由に彼を相手にしようともしなかった。

 ――いつかやったる。

 その「いつか」は永遠に来ないはずだった。

 それが。

 「貴方の望みを叶えてあげましょうか?」

 そいつが竜に囁いた。「白黒つけさせてあげますよ」

 一年の学年首席、佐々克紀(さつさかつき)はにっこりと笑った。


★          ★


 夜遅く、竜は克紀に電話で呼び出された。

 何や、こない遅うに。

 不審に思いながら竜が指定された学校横の公園へ行くと、そこには克紀ではなく一賀が待っていた。

 ――日栄一賀。何であん人が。

 竜はきょろきょろと克紀の姿を探した。いるわけないと、竜も薄々感じていた。

 公園のベンチに腰掛けていた一賀が、ゆらりと立ち上がって竜の方に近付いてくる。

 「竜」

 一賀は二○センチ近く背の高い竜の肩にぽんと手を置き、下から彼の顔を見上げた。端正な顔の、ぱっちりとした奥二重の目が上目遣いに彼を見る。

 ざわっと竜の肌が泡立った。

 ――ちゃう。こいつ、いつもと――――。

 俺のこと、名前でなんか呼んどらへんかった。

 一賀の目に殺気を感じた竜は後ろへ跳び退こうとしたが、それよりも早く、一賀の右拳が竜の鳩尾にめり込んだ。

 「がっ…あ」

 胃の中のものが押し上げられ食道を逆流する。

 前のめりになった竜の首筋に一賀が容赦なく腕を振り下ろす。

 「…あ…」

 強烈な一撃が竜の頭蓋を揺らした。

 脳震盪を起こして彼は地面に膝をついた。

 景色が歪み吐き気が込み上げる。

 「立てよ」

 目眩が治まらないうちに、一賀が彼の襟首をひっつかんで無理矢理に引き起こした。

 中腰になったままの竜の腹に今度は一賀の膝が食い込む。

 「げ…ふ…」

 (たま)らず竜は胃の中のものを吐き出した。そのまま地面に倒れ伏す。

 たった三発で彼が這い蹲るなどということは初めてのことだった。

 「最強最悪――ここいらの奴らが俺のことをそう言わなかったか?」

 一賀は竜に馬乗りになると左腕――竜の利き腕を取って思いっきり(ねじ)りあげた。

 肩が鈍い音を立てる。

 一賀はさらに手首を掴んだまま肘にも手をかけた。

 ――利き腕潰すつもりかっ。

 竜は身体を(ひね)って一賀を振り払った。

 左肩に激痛が走る。

 ――こないに簡単に肩外しよってからに。遠慮っちゅうもんがないんか。

 「最強やと?――あんた、そない性悪で、よう今まで猫被っとったもんやな」

 竜は重い左腕を掴んで近くの木に()ち当てた。

 「ぐっ…ぅ」

 痛みに声が漏れる。

 一賀は感心したように「へえ」と呟いた。

「自分で肩を入れたのか。少しは根性あるな」

 竜は肩を回し、

「手加減なしでやらしてもらうで、こっちもそない余裕ないんでな」

ぺっ、と、唾を吐いた。

 「来いよ」

 一賀はくいっと顎をしゃくった。

 竜は拳を握り締めて一賀に殴りかかった。

 今までのお茶会同好会メンバーの戦い方から見て、ただ殴りかかっても()けられるだろうと竜は思っていた。それは計算の内で、次のアクション、次の次のアクション、それで勝負するはずだった。

 しかし、腹を狙って時間差で繰り出した、右の拳は受け止められ、左は手首をいとも簡単に掴まれてしまった。

 馬鹿力には定評のある彼のパンチを、日頃は青い顔をして病弱そのものの一賀が、正面から受け止めるなんて、竜には信じられないことだった。

 「逃げるが勝ち」がお茶会同好会の連中のやり方ではなかったのか。

 「…いっ…つ…」

 竜は掴まれた手首にちくりとする痛みを感じて声を上げた。

 彼を見上げる一賀の唇の端が少し持ち上げられる。

 竜は痛みを(こら)えてそれを見下ろした。

 痛みに混じって手首に感じたことのない違和感が広がる。

 彼を掴んでいる一賀のひんやりした手の感触に熱いものが滲む。

 ぽたり。

 何か(しずく)が地面に落ちる音が竜の耳に届いた。

 ――こ…こいつ。

 一賀の色白で細いすらりとした指の、女の子たちのように綺麗に生えそろえた形のいい爪が、竜の手首に食い込んでいた。

 血が滲んで滴り落ちる。

 ――最悪。その意味が竜にも(ようや)く理解できた。彼には生身の人間の身体を傷つける時のいやな感触に対する遠慮というか躊躇(ためら)いがないのだ。――刃物だとか何だとか、凶器を使わず素手でそれができるなんて。

 何ちゅう性悪や。

 竜は力任せに一賀の手を振り(ほど)いた。

 手加減しないといった竜でさえ、相手を殴るときには僅かに加減はしている。それは意識的なものではなくて、相手を傷つけまいとする無意識のものだった。ちょいと痛い目を見せる以上に傷つける必要がないからだ。骨が折れたり肉が裂けたりする感触は決して気持ちのいいものではない。それを()けるための遠慮が力をセーブさせる。

 この華奢な一賀がこれだけの力を出せるのはその躊躇いがないからなのだ。

 「竜、お前は人が良すぎるんだよ」

 一賀は血の付いた指を少し舐めてみて眉を顰めた。

 「あんたみたいな性悪でのうて結構や」

 竜は左手首の血を振るってもう一度一賀に殴りかかった。

 相手の正体は分かった。

 それ相応のやり方をさしてもらう。

 肋の一本や二本は覚悟してもらわんと。

 竜は一賀に捕まらないように続けざまに攻撃した。――捕まったら何されるかわからへんからな。

 しかし、最初は五分以上に竜の攻撃を受けていた一賀も、竜の体力にものを言わせた無茶苦茶な攻撃に、次第に肩で息をするようになってきた。

 ――喘息持ちっちゅうんは、ほんまなんか?

 やっぱ、身体は弱いんか。

 なら。

 彼の強さから言って、殴られることには慣れていないと竜は踏んだ。傷つけられることには慣れてないはずだ。

 竜は馬鹿力と体力にだけは自信があった。打たれ強いということも彼の常勝記録を支えていた。

 一発や。一発当てりゃあええ。

 それで片付くはずや。

 竜はタイミングを計り、力を溜め、渾身の一撃を一賀の腹に叩き込んだ。

 が。

 竜の拳は一賀には届かなかった。

 「やめないかっ」

 声と同時に二人の間に薫が割って入った。

 竜の腹に蹴りを入れ、一賀の両腕を掴んで引き離す。

 「一賀っ!何やってるっ」

 薫が怒鳴りつけると一賀はそのまま糸の切れた人形のようにがくんと後ろへ仰け反った。

 「一賀、おいっ」

 倒れ込む一賀の身体を薫が抱き留める。

 何や一体、どうなっとんのや。

 竜には、薫がなぜここに現れたのか、一賀がどうして倒れたのか、さっぱり判らなかった。

 「竜っ、一賀に無茶させるんじゃないよっ」

 薫は一賀を抱えて竜を怒鳴りつけた。

 「せ…せやかて……」

 仕掛けてきたんはそっちや。おまけに痛い目におうたんは俺の方や。そいつ、ごっつ性悪やんか。

 竜としては言いたいことはたくさんあったが、薫の剣幕にたじたじとなってそれ以上は言えなかった。

 薫はちらっと竜の手首の傷に目をやって、

「いや、悪ぃ、お前だけが悪いんじゃなかった」

と首を振った。

それでもまだ納得のいかない顔をしている竜に、

(たまき)女史が教えてくれたんだ。あいつが、克紀が何か企んでるってな。――たく、一年坊主にいいように躍らされやがって」

 竜にはますます分からなくなった。

 克紀が?企む?――で、何で、環女史が?

 「お前もそのうち判ると思うけどさ、この辺りには妙な連中がうろうろしてんだよ。――一賀でさえこの様だ。お前ももう少し用心しろ」

 薫の台詞はまだ謎だった。佐々克紀がそんなやばい人間なのか?それともまだほかに何かあるのか?竜には想像もつかなかった。何に対して用心しろと言うのか。

 「とにかく――こいつはホントに身体が悪いんだ。もう二度と無茶させるなよ」

薫は言った。

 「すんまへん」

 しょぼんと竜は謝った。

 ――せやけど、そいつほんまにむっちゃ性悪ですやん。

 一賀に目を落とす竜の視線に気づいて薫はもう一度口を開いた。

 「こいつだけは怒らすなって言ったろ。今じゃもう滅多に悪さはしやしないよ」

 薫は一賀を抱き上げて(きびす)を返した。

 ――お茶会同好会メンバーに、これで(ゼロ)勝四敗かいな。

 薫に蹴られた腹を押さえて、竜は彼の後を追った。


★          ★


 次の日の放課後、授業を休んだらしい一賀が、部室などないお茶会同好会が活動の場として利用している図書館の一室に顔を出した。

 「一賀ちゃん。どう?具合は」

 不知火羅牙(しらぬいらいが)が声を掛ける。

 「うん、大丈夫、午前中はきつかったけどね」

 一賀は普段通りの様子で窓側の席に腰をかけた。

 滅多にお茶会には顔を出さない神田環が、一賀のためにハーブの入った紅茶を入れて運んできてやった。

 「ありがとうございます」

 一賀は丁寧に礼を言って差し出されたカップを受け取った。

 「緒方、あんたにゃ学習機能は付いてないのかい」

 羅牙は今度は竜に向かって話しかけた。

 「何やねん」

 「身体動かしたいのなら銀狐でも相手にしなって」

 「そうそう、一賀ちゃんみたいな虚弱体質に喧嘩売らないでさ」

 「そうよ、一賀ちゃんの顔に傷でも付いたらどうするの」

 碧嶋美希(あおしまみき)神田恵子(かんだけいこ)も口を揃えて竜を非難げに言う。

 「何や何やよってたかって。悪いんは全部俺かい」

 怪我をしたのは自分だけなのに皆から散々言われて、竜は恨めしそうな目を一賀に向けた。

 「緒方は僕の顔は狙わなかったもんねぇ」

 昨日とは別人の一賀がにっこりと微笑む。

 ――顔?そういやそうやったかな。この綺麗な顔は手ぇ出しにくいさかいな。

 「会長、べっぴんやから」

 「緒方はお人好しだよねぇ」

 一賀は笑った。

 「馬鹿だね」

 羅牙が決めつけた。

 「そうそう、みんなからあれだけ忠告されてたのにさ」

 「そうよ、脱臼とそのくらいの傷で済んで良かったわよ」

 美希と恵子に続いてまた羅牙が口を開いた。

「薫ちゃんが止めてくんなきゃさ、その左手か目玉の一つくらいなくなってたかもよ」

彼女はそう言った。

 ――何、やと。どういうこっちゃ。お前らみんな、こいつの性悪、知っとったんか。こん畜生。ほな、あいつのこともか、佐々克紀。畜生。みな根性曲がっとる。

 リベンジや。――竜はまた拳に誓うのだった。

日栄一賀VS緒方竜 あとがき


 相変わらずいじめられっ子な(りょう)ちゃんと、日頃猫被って大人しくしている一賀(いちが)ちゃんの対戦でした。これも仕事時間を少々使って三日ほど(実質時間は一日もないはず)で書きました。

 この話に出てくる佐々克紀(さつさかつき)は、お茶会同好会のメンバーではありません。一年生の学年首席の超天才児。頭も顔も良く運動神経も抜群でお金持ちですが、性格はごらんの通りあまりよくありません。こんなのを野放しにしているとはお茶会同好会メンバーも心が広いよな。で、彼の特技は数々あるわけですが、手品もその一つです。手先が非常に器用です。あと催眠術を使います。今回一賀ちゃんはこいつにやられたわけですな。竜ちゃんも軽くかけられてたのでしょう。夜遅く下級生に呼び出されてのこのこ出ていくくらいだから。克紀はかなり怪しい奴ですが一応普通の人間です。彼の義理の妹、(すくな)は超能力者です。また別の話で出てくるでしょう。

 一賀ちゃんは竜ちゃんの言うとおり、結構性悪です。今は(たまき)女史ラヴラヴなので悪さどころじゃないだけなのです。

 薫ちゃんとの仲については謎。薫ちゃん、一賀ちゃんのこと構うよなぁ。

 あと、登場人物たちの間では一賀ちゃんが最強と呼ばれているけれど、学園物としての【お茶会同好会シリーズ】男性キャラでは、薫ちゃんが最強。ただ、薫ちゃんは性格がいいのでそう思われてないだけなのだ。

 でも、お茶会同好会のメンバーってよく動いてくれるよなぁ。書いてる方としてはすごく楽。また、書こ。

 ぢゃ。みなさんまた会いましょう。




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