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聖女の座が欲しいのであれば、御託を並べずともお渡しします

作者: Debby
掲載日:2026/10/31

その日、春の訪れを祝う夜会に出席するため、王城の大広間には着飾った貴族が集まっていた。


そんな中、王族の入場を待たずに、婚約者を伴い突然広間に現れたジュリアン・オルデンブルグ第二王子は、大階段の踊り場に立つや否や、一人の令嬢を見下ろし叫んだ。


「ヴィクトリア・アルトハイム公爵令嬢! 君は公爵家の権力と第一王子(兄上)の婚約者であるという立場を利用し、教会に圧力をかけ、国を守るに足る聖力が無いにもかかわらず、聖女としての立場を手に入れた。

それだけでなく、稀少な魔道具を利用することで聖力を増幅し、聖女としての権威と名声を欲しいままにし、国民の血税を不当に搾取していたことは分かっている!」


ジュリアンの言い分に、ヴィクトリアと談笑していたクララ・ロシュ伯爵令嬢が、咄嗟に前に出ようとした。

彼女は目立つことを嫌うくせに、ヴィクトリアが悪意を向けられるとすぐに矢面に立とうとするから困る。

ヴィクトリアは見事なドレスの裾捌きで前に出ようとするクララを止めると、ジュリアンを見上げて優雅に微笑んだ。


「ごきげんよう、第二王子殿下、そしてクレメンス侯爵令嬢。


申し訳ございませんが、おっしゃっている意味が、わかりません。

私(わたくし)が当代の聖女を務めておりますのは、教会と王家の意向です。そのように悪しざまに言われても困るのですが……

それに、『仮に』そのような魔道具が存在し、私(わたくし)がそれを使っていたとしても、結界は保たれ、国は平和です。一体なんの問題があるというのでしょうか」


ヴィクトリアは日頃から思っている。


聖(・)女(・)の(・)形(・)が(・)ど(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)物(・)で(・)あ(・)れ(・)、国が平和であればよいのだと。


だから、王族であるジュリアンが何を言っているのか、本当にわからなかった。


「聖女が魔道具に頼っているのだぞ! 国民の信じた『聖女の奇跡』が、君自身の力ではなく、魔道具によるものだったんだ──十分問題ではないか!」


数年に渡る罪が露見したと言うのに、少しの動揺も見せないヴィクトリアに、ジュリアンは苛つきを隠せないでいるようだ。


「──もしかして、証拠が無いとでも、おっしゃりたいのかもしれませんわ。だからあのように落ち着いていられるのではないでしょうか」


ジュリアンに寄り添うように立っていたロザリア・クレメンス侯爵令嬢は、そう言って階上からヴィクトリアを見下ろした。


広間には各家門の当主をはじめとした他の貴族もいる。そんな視線の集まる中、王族の婚約者とはいえ、家格が上で第一王子の婚約者である公爵令嬢に対し、上から見下ろし、声を発するなど──いくら王族である婚約者と共にいるとはいえ、褒められたものではない。


「チッ!」


ヴィクトリアの横に立つクララの口から舌打ちが聞こえた。ヴィクトリアに留められているため、ジュリアンとロザリアが好き勝手しているのを見ているしか出来ず、フラストレーションがたまっているのだろう。その伯爵令嬢とは思えない態度にヴィクトリアは苦笑した。

そんなヴィクトリアの態度に余裕を感じ、ジュリアンは苛立った。


「証拠はあるぞ。その指輪だ! アクセサリーであれば発覚することはないと思っているのかもしれないが、その右手の指輪が魔道具であることは分かっている。


これまで、聖女がそのような指輪を身に付けていたという記録はない。それは、君が聖女の任についてから、聖女の正装時のアクセサリーとして正式に登録されたものだ。

そして、君が奇跡をおこす際、その指輪がかならず光っていることも確認されている。その指輪こそが聖力を増幅する魔道具なのだ」


「……」


「どうした。ぐうの音も出ないか」


ジュリアンは証拠を叩きつけたつもりらしく、得意げに笑みを浮かべている。自身がおかしなことを言っていることに気付いていないらしい。


ヴィクトリアが儀式で祈りを捧げるところはその場に居合わせた全員が見ている。当然指輪が光るところも、だ。

そして、ジュリアンも口にしたように、この指輪は『聖女の正装時のアクセサリーとして正式に教会に登録されたもの』なのだ。

仮にジュリアンが言うように聖力を増幅するための魔道具だとしても、『教会公認』ということだ。


その矛盾にも気付かず、鬼の首を取ったかの様にふんぞり返っているジュリアンに、ヴィクトリアはどうしたものかと頭を悩ませた。


「え。そんなのみんな知ってるのに、なんであんなに偉そうなの……? 王子の癖に馬鹿なの?」


思っても決して口に出来ないことを、毒気を抜かれたように唖然としたクララが呟いた。幸いジュリアンには聞こえていないようだった。


(もぅ! クララ! 茶々をいれないでちょうだいっ)


心からの言葉だと分かる幼馴染みの呟きに、ヴィクトリアは笑ってしまいそうになる。


「その指輪は『聖絆(せいはん)の指環』というらしいな。名付きの魔道具は、国宝に匹敵する価値があるものだ」


その間も、悦に入っているのか、ジュリアンは誰もが知る事実と推測を織り交ぜて語り続けている。


「それは、いつか訪れる有事のために、歴代の聖女が聖力を込め、教会で大切に保管されてきた指輪に違いない。君は自身の少ない聖力をその指輪に封じられた聖力で補い、無駄に消費しているのだ!

そうでなければ私の婚約者であるロザリアに、遠く及ばない聖力しか持たぬ君が、聖女の務めを全うできるはずがない!」


ヴィクトリアは、ジュリアンが何の目的でこのような茶番をはじめたのかと考えていたが、そこまで聞いて腑に落ちた。


(そういうことですのね)


ならば、このままジュリアンの思惑に乗ってもいいが、第一王子の婚約者であるヴィクトリアが、このような公衆の面前で『血税の搾取』などという冤罪を着せられて黙っているわけにはいかない。


「ご存知かと思いますが、私(わたくし)はクララ・ロシュ伯爵令嬢と共に全国を回り、何年も聖女として役目を果たしております。更に王都でも聖女として、数々の儀式を執り行い、長期休暇以外にも一年の四分の一は学園を休み、聖女としての務めを果たしております。


聖女の仕事は慈善事業ではありません。神官同様、職業です。私(わたくし)は対価をいただくに値する働きをしていると自負しております。

搾取などと、そのように咎められる謂れはございませんわ」


ヴィクトリアはよく通る声でそう告げた。


ヴィクトリアの聖女としての働きは誰もが知っている。

貴族たちが、その通りだと至るところで頷いているのが、ジュリアンの位置からよく見えた。


実際、何か問題が起これば学園を休んで現地に赴き、儀式の数だけ手順を覚えた。聖女として常に人の目にさらされ、少しの隙もなく国民の前に立ち続ける。

それこそ息をつけるのは、自宅の私室のみ。そんな生活を、ヴィクトリアは何年も送ってきた。


ジュリアンは、少しも動揺する素振りのないヴィクトリアの態度にたじろいた。ロザリアが、不安そうに見上げてくる。

ヴィクトリアは気に入らないが、確かに聖女の力不足による問題は今のところ起こっていない。

だからこそ、その力が偽りの聖力であること。有事のために『聖絆(せいはん)の指環』の聖力の温存が必要だという角度から糾弾しているのだ。


「──何を言おうと、自身の立場を守るために、貴重な指輪の聖力を無駄に消費している君は、聖女に相応しくない!

しかし、我が婚約者──ロザリア・クレメンス侯爵令嬢であれば、指輪の聖力をほとんど消費せずに、聖女の役割を全うすることができる。


どちらが聖女に相応しいかは明白! おとなしく、聖女に相応しい聖力を持つロザリアに指輪と聖女の座を明け渡すがいい!

そして、己の罪を恥じるのなら、王族の婚約者を辞退するのだ!」


ジュリアンはヴィクトリアを見下ろしたまま、ロザリアの腰に手を回し引き寄せた。


「ヴィクトリア様、ごめんなさい。けれど、これは国の未来のために必要なことなのです……」


四半刻前までは春の訪れに浮足立っていたホールの至る所から驚きの声が上がり、空気が凍り付いた。


「はあ゛っ!?」


ここでジュリアンの思惑に気付いたらしいクララの方から、令嬢らしからぬ怒声が聞こえたのは……気のせいだろう。


ジュリアンは、同じく指輪の聖力を使うのであれば、ロザリアが聖女であっても問題がないだろう、と言いたいのだ。聖力の多いロザリアのほうが、指輪の聖力の消費も少ないだろうと。


ヴィクトリアの白く細い指にはめられた、透明な小粒の石がはめ込まれたその指輪こそが、ジュリアンのいうところの『聖絆(せいはん)の指環』では、ある。

ここまでして聖女になりたいのであれば、ヴィクトリアは、その椅子を明け渡してもかまわない。


ヴィクトリアは自身の右手、薬指にはめられた指輪を見、ジュリアンの隣に立つロザリアに視線を移した。


「──クレメンス侯爵令嬢、本当に聖女として生涯を過ごす気概はおありですか?

聖女の務めは傍目で見て伝わるような仕事ではありません。身体的にはもちろんですが、精神的にも負担が大きいと思います……

一度聖女であることを受け入れれば、おそらく後戻りは出来ません」


この茶番がはじまってしばらく経つのに、誰も止めに来ないということは、そういうことなのだ。

ヴィクトリアは、誰かの思惑を想像し、ロザリアにその意思を確認した。


「ひどいですわ。ヴィクトリア様。このような公衆の面前でわたくしの方があなたに劣ると辱しめるなんて──」


肩をすくめ、口元に指を軽く握り込んだ手を当て、隣に立つジュリアンにほんの少しだけ、身体を預ける。それだけで、ヴィクトリアがロザリアを責めているような構図が出来上がった──彼女が階上にいなければ、だが。


「いや、劣ってるから……大根だし」


(クララ!)


空気を読まない幼馴染みの発言に、ヴィクトリアも、小声ではあるが語気が強くなる。

普段一緒に過ごす分には楽しいが、このようにシリアスな場でもいつも通りというのは非常に困る。


「そもそも公衆の面前とか、どの口が言ってるのよ。鳥の方が記憶力あるんじゃないかしら」


(──笑ってしまいそうだから、あなたは口を開かないでちょうだい!)


ヴィクトリアの心の声が聞こえたのか、クララが口を尖らせて黙り込んだ。ヴィクトリアはそれを確認してから、ロザリアに向き直った。


「……それでは私(わたくし)の質問への返答にはなっておりませんが?」


想像とは違うヴィクトリアの反応に『安易な挑発は通じない』といわれているようで、ロザリアはカッとなり、


「魔道具の力に頼り切っているあなたよりは、私の方が相応しいと思っております!」


と、声を荒げた。先ほどのか弱い演技は台無しだが、ヴィクトリアはその言葉を聞いて頷いた。


「──貴女に覚悟がおありなら、私(わたくし)は構いません。

ただ、先ほどから第二王子殿下が、さも真実であるかのように語られていたことは、全て推(・)測(・)であり、教会側が発表した内容ではないということだけお伝えしておきますわ。

また、この指輪に関して、私(わたくし)から明言することは控えさせていただきます。


それから、第一王子殿下と私(わたくし)の婚約については、第二王子殿下のご意向でどうこうできるものではありませんので悪しからずご了承くださいませ」


ヴィクトリアはそう言うと、なんのためらいもなく指輪を外した。

その発言が気に入らなかったのだろう、ジュリアンは怒りに肩を震わせると、浮かべた笑顔を歪めた。


「こちらへきて、自らの手でロザリアに指輪を手渡すがいい。『聖絆(せいはん)の指環』の引き継ぎを以て、事実上の聖女交代とする」


ジュリアンの発言に、会場の貴族からざわめきが起こった。


本来であれば、身分が下のロザリアが階上で話し続けることがあり得ないことなのだ。その上にジュリアンは、公爵令嬢であるヴィクトリアに、侯爵令嬢のロザリアに指輪を渡すために、自らの足で階段を上れと言ったのだ。


(!)


ヴィクトリアにも矜持がある。たとえ不敬ととられようとも、ここまでのことを言われて黙っているわけにはいかない。


「おそれながら殿下──」


ヴィクトリアが言いかけた、そのときだった。


無言のクララがヴィクトリアの前に進み出て、その手から指輪を奪い取った。

そして、階段の影で突然はじまった断罪劇に動揺し、立ち去ることも出来ず空気となっていた給仕に歩み寄ると、彼が持つ空の盆に不快な音を立てて乗せたのだ。


「なっ! 我が国の国宝と言っても過言ではない魔道具をそのように軽く扱うとは……!!」


ジュリアンの叱責を気にした風もなくスルーすると、クララはヴィクトリアの方を見た。そして、『口は開いていないわよ』とでも言っているかのように、令嬢らしからぬ笑みを浮かべた。

その様子に、ヴィクトリアは仕方ないわねと、諦めたかのように、肩の力を抜いた。


この国の第二王子である自分を無視した令嬢に、ジュリアンは怒りを露にした。


彼女はいつもヴィクトリアと行動を共にしている令嬢だと記憶している。名は、確かクララ・ロシュ。いつもヴィクトリアの影に隠れ、目立た無いように行動している伯爵令嬢だ……

もし指輪に何かがあれば、その責任をアルトハイム公爵家に問うてやる! そうすれば今度こそアルトハイム公爵もろとも、ヴィクトリアは終わりだ。ジュリアンは内心でほくそえんだ。




しかし、激しく抵抗するに違いないと思っていたヴィクトリアが、何の迷いもなく指輪を手放したことに、ジュリアンは戸惑ってもいた。


本来なら、指輪を渡すまいと必死に抵抗するヴィクトリアに、聖力の強さを測る聖水晶に触れるよう命じ、ここに集う貴族たちにロザリアとの聖力の差を見せつける予定だった。そして、ロザリアがヴィクトリアより優れていると示した上で、彼女を新たな聖女として認めさせるはずだったのだ。


実際にロザリアの聖力はヴィクトリアのそれよりかなり強い。これは、学園入学時の聖力測定時に発覚し、正式に記録されているものだ。

聖力量は教会内で測定するため外部に漏れることはないが、ジュリアンは王族という自身の立場を利用し、二人の聖力量の差を知るに至った。


当然国王である父と王妃である母、ヴィクトリアの婚約者である第一王子も知っているはずだ……──なのに何故、ヴィクトリアが聖女なのか──


疑問にったジュリアンはひとつの可能性に思い至った。


『王太子の椅子』だ。


きっと、第一王子の王太子としての立場を確実なものにするため、両親と兄、ヴィクトリアの父であるアルトハイム公爵が、ヴィクトリアに『聖女』の肩書を与えることにしたのだろう。


そして、本来ならば、今日の夜会で第一王子の立太子を発表する予定になっていた。

しかし、逆に言えば、夜会でそれを発表する前にロザリアが正しき聖女であると認められれば、王太子の席はジュリアンの元に転がり込んでくることになる。


それに、ジュリアンは何も間違ったことは言っていない。

聖絆(せいはん)の指環の力は推測ではあるが、間違いないと思っている。そうでなければ聖力の乏しいヴィクトリアが多くの聖力を必要とする、聖女の役目を問題なく果たせていることに説明が付かないからだ。

聖力も、ロザリアのほうが上回っているのも本当のことだ。どちらが聖女に、そして王太子妃に相応しいかなど誰の目にも明らかだ。


しかし、両親まで断罪してしまえば国政が立ち行かなくなるし、兄を断罪してしまえば王族の公務をジュリアンが一人で担わなければならなくなる──


考えた末、ジュリアンは「権力を傘に着たアルトハイム公爵家の陰謀である」という筋書きを用意し、ヴィクトリアとアルトハイム公爵だけに罪を着せることにしたのだ。

王族の入場前に断罪を決行したのも両親と兄へのダメージを最小限にするためだ。



聖女の務めは『聖絆(せいはん)の指環』さえあれば、ロザリアが立派に聖女としての役目を全うするだろうから問題ない。


兄には王太子の座とアルトハイム公爵家という後ろ盾を諦めてもらわねばならないが、罪には問われないのであれば受け入れるだろう。ジュリアンにとっても兄が後ろ楯を失うことは好都合だ。




そして、結果としてヴィクトリアより優れた『聖女ロザリア』が誕生する。

この国は、現在の比ではないほどに豊かになるはずだ。






「では『聖絆(せいはん)の指環』をこちらに──」


ジュリアンは気を取り直し、聖絆(せいはん)の指環を持ってくるように、給仕に指示した。


給仕は降って湧いた重圧に震えながら、無事に指輪をジュリアンに届けた。

ジュリアンは満足そうに頷くと、『聖絆(せいはん)の指環』を手に取りロザリアの指にはめた。


「ここに我が国の新たなる聖女が誕生した!」


ロザリアが、指輪のはまった手を皆に見せるように顔の前にかざし、得意気に貴族たちを見渡した。

教会関係者でもなく、国王や宰相でもない。国政において何の権限もない第二王子の宣言に、貴族たちは戸惑いを隠せなかった。


聖女交代という歴史的な場に居合わせながらも、微妙な空気を醸し出している会場を見渡し、ジュリアンが眉間にシワを寄せ、ロザリアは笑顔で固まった。



「クレメンス侯爵令嬢。これから大変でしょうが頑張ってくださいませね──それでは私(わたくし)は一旦失礼いたしますわ」


ヴィクトリアは固まるロザリアにそう声を掛けると、クララに「後ほどね」と言い置き、城内に続く扉から出ていこうとした。


「どこへ行く!」


「? もうすぐ王族の入場ですわよ? 今更な感じも致しますが、第二王子殿下とクレメンス侯爵令嬢もそろそろ準備をなさった方がよろしいのではなくて?」


ヴィクトリアは、第一王子の婚約者だ。王族の入場の際は、婚約者である第一王子の横に立たなければならない。


「これだけの罪を重ねておいて、まだ王子妃の座にしがみつくか……」


ジュリアンの言葉に、ヴィクトリアは「心当たりがございませんので……」と笑顔で言い置き、開かれた扉の向こうに消えていった。


ヴィクトリアの余裕も、待機部屋で両親や兄に会うまでだ。夜会会場に入る前に、婚約はなくなるだろうと考えれば、ジュリアンは胸のすく思いがした。




   ★




「第二王子。此度の件、申し開きがあれば聞こう」


王族の待機部屋で、ジュリアンは父である国王にそう問われた。

名ではなく、位階で呼ばれたということは、公的な会話であるということだ。


「聖女ヴィクトリアの不正を暴き、速やかな聖女交代を宣言しました。

ですが、不正に加担した国家の要たる方々の立場は守り、国政への影響は最小限に抑えたつもりです」


ジュリアンは、チラリと兄である第一王子を見ると、続けた。


「第一王子にはアルトハイム公爵令嬢との婚約解消をしてもらう必要は出てきます。

しかし、彼女が不正に手に入れた力で聖女の地位につくことを見逃したあなた方の罪を鑑みても、最小限の被害と言えるのではないでしょうか。

この流れのまま、ロザリア・クレメンス侯爵令嬢の聖女就任を認めていただきたい」


この程度の被害に収まったのは、自身の手腕であると言いたげなジュリアンに、第一王子が声をかけた。


「今は、お前がしでかした問題について申し開きがあるかと聞かれているんだ。お前はそれを理解しているか?」


「問題? 私は速やかに聖女の在り方を正しい形に導くためには、貴族たちを納得させることが先決であると判断しました」


嘘だ。


ヴィクトリアが聖絆(せいはん)の指環を手に入れるにあたり、兄はもちろん、両親や教会も荷担している可能性はほぼ百パーセントだ。素直に伝えては握りつぶされるだけだと思った。

ジュリアンは事情を知らぬ貴族たちを味方につけるために、もっともらしい理由をつけて、この断罪劇を計画したのだ。


「とりあえず、今夜お前たち二人がやらかしたことに関しては罰を受けてもらうことになる」



第一王子の言葉に、ジュリアンは声を上げた。


「は!? なぜですか? 私は聖女の形を本来の姿に戻すために尽力したのです。何故、罰を与えられなければならないのですか?」


「なぜ、だと? 誰も信じていないとはいえ、公衆の面前で私の最(・)愛(・)を辱めようとしたのだ。その蛮行、十分罰を受けるに値するだろう」


第一王子はそう言って肩をすくめると、ヴィクトリアの手を取った。


「それにしても、ヴィーが聖女の役目から解放されて、俺は嬉しい! ここ何年も、学園と聖女の仕事に費やされていたからな。これで二人でゆっくり過ごすことが出来るようになる!」


そう言って心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる第一王子に、ヴィクトリアは『やはりこの方があの茶番を止めることを阻止していたのだ』と苦笑した。

確かにこれくらいのことでもなければ、教(・)会(・)側(・)が聖女交代を納得しなかっただろう。


王妃が「駄目よ。時間が出来たのであれば、残りの王太子妃教育を進めなければ……いくらヴィクトリアが妃教育のほとんどを免除されているとしても、学びが必要な部分はあるわ」と、第一王子に釘を刺した。

確かに聖女の業務のため、王太子妃教育が滞り、第一王子との婚姻の予定が伸びていたことも確かだ。




「ですが、そうと決まれば、色々な予定を組み換える必要がありますな。とりあえず教会へ早馬を出しましたので、陛下から改めて今夜の夜会で聖女変更の通達をしていただきます。皆、戸惑っているでしょうから」


宰相はそう言うと、『聖絆(せいはん)の指環』をはめ、ジュリアンの横に立つロザリアに告げた。


「クレメンス侯爵令嬢には、一週間後の儀式に備え、明日から聖女として国民の前に立つ心構えと作法、そして、取り急ぎ必要なものだけ、儀式の手順を覚えていただきます──いずれは五十二に渡る儀式すべての手順を覚えていただきます。


その後、北部地方での豊穣の儀式のために旅立っていただくことになります。学園への休暇届けは教会から、旅に同伴する家庭教師の手配はこちらで行います。


聖女ともあろうお方が成績不振では困りますので、学年十位以内を目指してください。因みにアルトハイム公爵令嬢は三位以内に入っておられましたので、最終的にはそこを目指していただきたい」


「え? え?」


戸惑うロザリアが、淡々と予定を述べる宰相を見て、ジュリアンを見た。

そこへ、教会関係者が到着したとの連絡が入った。


「さて、話もまとまったし、そろそろ夜会会場へ入るか……」


そう言って、国王が立ち上がる。


「ま、待って下さい! アルトハイム公爵令嬢は罪を犯しました! なぜ彼女が第一王子の婚約者の──次期王太子妃のままでいるのですか!? それに、聖女の仕事に成績は関係ないのではありませんか?」


広間に向かおうとする国王の背中に、ジュリアンが縋った。ロザリアは成績は悪くないが現在20位以内といったところだ。ここから更に上げるとなれば、かなりの努力が必要となる。


「ヴィーに後ろ暗いことなどないからに決まっているだろう。彼女ほど清廉な女性を見たことが無い」


その疑問に答えようとする国王を遮り、第一王子が答えた。よほど腹に据えかねているようだ。

国王もその気持ちを慮り、第一王子に任せることにした。


「なっ! ロザリアだって……!」


「……そうか?」


第一王子はロザリアには爪の先ほども興味もなさそうに話を続けた。


「──成績の件だが、聖女とは国の平和の象徴だ。国民からの羨望の視線を一身に浴び、他国からも注目される存在。聖女としての仕事はもちろん、礼儀作法に学業……非の打ち所のない淑女として立ち振る舞ってもらわねばならない──これは教会側の意向だ」


「そんな……休む暇もないではありませんか!」


「当たり前だ。国の象徴だぞ。だからこそ、身につける必要のあるマナーの練度と注目度が聖女と変わらぬ王族の伴侶にその役割を課すことになった。

ヴィーには王太子妃教育があるため、本来ならはじめからクレメンス侯爵令嬢に頼むつもりであったのだが……──まぁ、色々鑑みて、ヴィーに聖女の任を担ってもらうことになったのだ」


要は、マナーも学業も、ロザリアが劣っている、という意味らしい。



「そんなことも知らずにお前はヴィーを侮辱した。


そもそも聖女に不正があると感じたのであれば、独断で動かずに事前に陛下に相談すればいいだけのこと。

それをせずに、わざわざこのような茶番を引き起こしたのだ。当然他意があると判断した。


──諦めろ。お前に国を統べるのは無理だ。全く馬鹿なことをしでかしたものだな」


第一王子の聞いたこともないような低い声が、彼の怒りの深さを物語っている。

浅はかな思惑は、既にバレていた……ジュリアンは立っておられず、床に片膝をついた。






ロザリアはヴィクトリアのことが気に入らなかった。


ヴィクトリアは家格が上で、同じ王族でも婚約者は第一王子。マナーも完璧で成績も良い。おまけに聖女に選ばれたことで、その身に国民からの羨望を受け、その報酬で私財も潤沢。そこから寄付や慈善活動を行っているから、国民人気は高い。

──同じ王子の婚約者と言う立場なのに、自分とは雲泥の差だった。


しかし、ジュリアンからヴィクトリアが魔道具を使い、不当に聖女の座を手に入れたこと。実は聖力はロザリアの方が高いことを聞かされ、聖女の座を手に入れればヴィクトリアが受けている羨望と報酬が自身のものになるのだと思った。


侯爵家からではない。個人的な収入があれば、ロザリアにだって寄付くらいできる。

ヴィクトリアと同じように上手くやれば、自分も王子妃として羨望の眼差しで見られるのだと思ったのだ。






「当然クレメンス侯爵令嬢だけではありません。第二王子殿下は令嬢の聖女業務を支えていただくことになります。聖女の婚約者として、学業においてはクレメンス侯爵令嬢と同様の成績を修めていただかなくては示しがつきません。

マナーに関してもこれからは聖女をエスコートすることになるのです。これまでの様な甘えは許されませんのでそのおつもりで……」


第一王子の言葉に補足するかのように、宰相がジュリアンに言った。




その後の夜会で、国王と渋る教会の代表から聖女の交代が発表された。


そして、第一王子の立太子とヴィクトリアとの婚姻の儀に向けて、動き出すことも併せて発表された。


当然第二王子の発言も訂正された。

そもそもジュリアンの暴論は、ヴィクトリアの任期中に何の問題も起こらなかったことから、誰も本気にしていなかったが。




   ★




それから半年が過ぎた。

ロザリアは学業と聖女業務の両立に、悪戦苦闘しながら日々を過ごしていた。


努力の甲斐あり、成績は少しづつ向上し、所作も注意されることが減ってきた。聖女としての儀式の手順は必要なものから覚え、現在二十三。聖女として各地に派遣されることにも慣れてきた。


少し余裕が出て来たある日、ロザリアはそ(・)れ(・)に気付いた。

いや、本当ははじめから気付いていたが、確かめる余裕がなく、気付かぬふりをしていた。


「聖女として祈りを捧げても『聖絆(せいはん)の指環』が全く光らないのです」


ロザリアはジュリアンの元に相談に訪れた。


あの件以来、ジュリアンが国政に関わる重要な公務を任されることはなくなった。相談もせずに、思い込みで事を進める者に権力を与えることはできない、というのが大きな理由だ。


彼に回ってくるのは、各種の式典や催しで王族席に座っているだけの仕事。自分の判断で発言を求められることは一切なく、用意された定型文(挨拶)をただ暗記し、口にするだけの公務だ。

それ以外は聖女を気遣うやさしい婚約者として、ロザリアのゆく先々に同伴し、国中を飛び回るという忙しいが、空虚な日々を送っていた。


「それは指輪の聖力を使わずとも、ロザリアの聖力で事足りているということだろう? 素晴らしいことではないか。やはり君はヴィクトリアと違い、本当の聖女であったということだ」


ロザリアが指輪の件を告げると、ジュリアンは得意げにそう言うだけで、まともに取り合ってはくれない。

王族としての価値を落とした彼は、自分に『聖女である婚約者を持つ第二王子』という価値しか見いだせないでいるのだ。


ロザリアは、現実を見ようとしないジュリアンに悲しくなった。

そうではない、ロザリア自身の聖力も全く減っていないのだ。それなのに、奇跡は起き、平和は続いている……


いくら務めを果たしても達成感は得られず、心は一向に満たされない。それでも二人は『聖女』に縋って生きて行かなければならなかった。




   ★




「え。嫌です」


あの日、春の訪れを祝う夜会で聖女の交代が宣言された一月後、ヴィクトリアと共に登城したクララ・ロシュ伯爵令嬢は、王宮の一室で大司祭の申し出に即答した。


「ヴィー様と、一度国中を回ったでしょう。そもそも現地に行く必要なんてないですから。

もし本当にわたしが出向く必要があるなら、ヴィー様と旅行がてら寄ることにします。しかも『あの人様』とも一緒とか絶対無理です。だから、『あの人』は適当に動いてもらって構いません」


おそらく『あの人』はロザリアで、『あの人様』はジュリアンのことだろう。ヴィクトリアは、クララの独特な言い回しにクスリと笑った。

どうやらクララは夜会の夜の出来事を未だ許せないでいるらしい。

まぁ、かなり怒っていたようだし、我慢もさせてしまったので、仕方がないかと思う。


クララは、何故か出会った頃からヴィクトリアに懐いていた。

ヴィクトリアも、クララから感じる清浄な空気と裏表の無い人柄から、好んでそばに置くようになった。


クララは令嬢とは思えない言動をし、自由を好む。そのため、世間の思う『貴族令嬢』からは程遠い存在である。

そんなクララは、教会の方針でヴィクトリアが聖女の役目をこなすようになったときから、まるで護衛の様にヴィクトリアに付き従い、守るようになった。


「そうは申されましても……」


大司祭は汗を拭きながら、チラリと隣に座る第一王子を見た。ちなみにヴィクトリアとクララは隣同士に掛けている。


「ヴィーと旅行って、彼女は王太子妃教育があるから難しいよ。それに、ヴィーは聖女では無くなったから、旅費に予算はさけないんだよ」


第一王子が、眉根を下げた。


「もちろんその時は自分のお金でいきますよ。こう見えて、個人資産は潤沢にありますから。

それに、わたしは旅行に行きたいとは一言も言っていません。現地に赴く必要は無いと言ってるんです。

それでも行けというのであれば、ヴィー様と旅行を兼ねてなら行く。それ以外は嫌だと言ってるんですよ。


要は交換条件を出してるんです。察しが悪い人たちですね」


ふんっ、とクララが顔を背けた。


「大体儀式、儀式って言いますけど、あれって儀式をやった瞬間に『はい。この瞬間から豊作です!』とか『はい。この瞬間から皆健康になります!』とかいうもんじゃ、ないじゃないですか。


わざわざ『あの人』に同行して、儀式にあわせて力を行使する意味、ないですよね?

儀式の大体の日時を教えてもらったら、ちゃんと王都からチョチョイのチョイって聖力を飛ばしますし、必要なら聖女一行とは別行動で出向いてからチョチョイのチョイってやるって言ってるんです。

それでいいでしょう? 数日、数時間の誤差なんて誰にもわかりませんよ」


「しかし、指輪の光の演出が……」


結局はそこなのだ。


クララは聖女として人前に出ることを拒否したが、所作が粗雑なクララでは聖女の名が地に落ちると、教会は喜んでその申し出を受けた。

そして彼らはヴィクトリアという儀式を執り行うだけの聖女を立てたのだ。

もちろんそれが信仰心や寄付金、場合によっては治世にまで影響するため完全に否定はしないが、必要な時だけクララを利用し、無理を強いるのは間違っていると、ヴィクトリアは思うのだ。


「大司祭様、諦めてください。私(わたくし)はクララのことを幼い頃から存じておりますが、赤の他人と何日も行動を共にするのは無理ですわ」


「そうです! それに、わたしはヴィー様に酷いことをしたあの人たちが大嫌いなんです。

面倒くさい儀式とかやってくれてるのはありがたいと思っていますけど、一緒に旅なんてできません。

わたしはこの国とこの国に住む人のためには力を使いますが、教会やあの人の人気取りのために使うつもりはありません。


大体、教会の偉い人が『聖女が聖力を使っているっていうエフェクトが必要だ』なんて訳の分からないことを言いだして、ただの水晶の指輪に『聖絆(せいはん)の指環』なんて大層な名前を付けたのがことのはじまりでしょ。


あの指輪を光らせながら聖力使うのも大変なんです!」


「チョチョイのチョイなんだろう?……」


「……第一王子がしっかりしていたら、ヴィー様があんな目に合うこともなかったというのに──誰もヴィー様に近付けないように結界でも張ってやろうかしら……」


「……っ! ジュリアンが変な気を起こしてヴィーから大変な聖女の座を奪ってくれたお陰で、ロシュ伯爵令嬢もヴィーとゆっくりできる時間が増えたのだろう? 悪かったとは思っているが、あれくらいしなければ、いつまでもヴィーに自由はなかったんだ」


それを大司祭の前でいうのねと、ヴィクトリアは苦笑した。


確かに聖女の任から解放されたヴィクトリアは、今度は王太子妃教育で忙しくはしているし、国民からの注目度は変わらないが、明らかに時間に余裕を持てるようになった。


「大体ですね。わたしは『ちゃんと聖女としてこの国のために力は振るうけど、聖女として目立ちたくない。ただのクララとして自由に生活したい』って言っただけですよね。聖女は教会の奥で祈りを捧げているから出てこないってことにすればいいだけの話でしょう?


大体聖力なんて、神に祈らなくても、全国どこにいたって使えるんです。わたしの時間を必要のない儀式に費やしたり、身代わりを立てたりする必要は、無いはずなんですよ。


それを、儀式は必要だとか、現地に赴くことに意味があるっていって、理想の聖女像を押し付けているのは、教会の人たちと王城の上の人たちですよね。


指輪もそうですが、そもそも『聖女』という仕事を作らなければ、ヴィー様があんな目に合わなかったでしょうと言ってるんです。

あなた、権力者でしょう!? 本当にヴィー様のことを大切に思ってるんですか!?」


最後の一言は第一王子に向けて言い放つ。


彼は、ヴィクトリアの婚約者である前に、この国の王太子だ。クララの様に、ヴィクトリアのことだけを考えて動くなんてことは出来ないことは分かっている。そして、ヴィクトリアが自分のために生きることも。


「とりあえず、王太子妃教育中のヴィーの旅行は認められないから、教会にはロシュ伯爵令嬢の言い分をのんで、諦めてもらうしかないな」


「で、殿下……」


味方だと思っていた第一王子の寝返りに、大司祭が情けない声を上げる。


「婚姻後なら認めるさ。もちろん私も視察と称してついていくが。

なに、指輪が光らずともこの国は平和なんだ。皆そのうち慣れるだろう」


「は? わたしとヴィー様の二人旅を邪魔しないでくださいますか?」


「君ばかりヴィーと二人旅なんて、ずるいと思ってたんだ。これだけは譲れない!」


「司祭様! わたしはヴィー様との二人旅でないと行きませんから!」


「そんなぁ……」




お察しのとおり、この国の本来の『聖女』の名はクララ・ロシュ。

ヴィクトリアの幼馴染で、ロシュ伯爵家の令嬢である。


そんなクララの希望は、ヴィクトリアの結婚後、チョチョイのチョイと聖力を使いながら、彼女の専属護衛兼侍女として共に過ごすことである──そんなクララは今日も健やかだ。




あの日、ヴィクトリアがジュリアンに言ったように、結界が保たれ、国は平和であれば、聖女の形がどのようなものであろうと……聖女(クララ)がどこで何をしていようとも、全く問題なんかないのだ──




(おしまい)






このお話を読んでくださり、ありがとうございました(*´▽`人)

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聖絆(せいはん)の指環が儀式の時光るのはヴィクトリアが聖女になる前の聖女の時からだろうから儀式の時光らせているのは指輪の力を使って不正をしているからという証明にはならないのでは? 後、聖女は王族の伴侶…
>しかし、我が婚約者──ロザリア・クレメンス侯爵令嬢であれば、指輪の聖力をほとんど消費せずに、聖女の役割を全うすることができる。 >ジュリアンは、同じく指輪の聖力を使うのであれば、ロザリアが聖女であ…
第二王子達が自分に都合のいいことしか考えて無さすぎて面白かったです。聖女に求められる基準が高すぎて、本物の聖女がやりたがらないのも納得です。全く関係ないかもしれませんがジャンヌ・ダルクゆかりのロシュ城…
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