美人巫女笹木希実の霊界案内
セルフリメイク作品です。お気をつけ下さい。
高校で同じクラスになって以来、本田圭介はある女子の事が気になっていた。
その女子の名は笹木希実。
神社の巫女もこなしている女性だ。
中学三年生の時、両親を事故で失って祖父母に育てられた希実は、厳格な祖父の影響もあり、非常に男性に対してガードが堅い。
というより、あまり男子に関心がないのかも知れない。
圭介は当時も希実にラブコールを送っていたのだが、希実は一向に彼の思いに答える様子がなかった。
そんな気持ちで過ごしていたため、彼は希実と同じ国立大学を受験したのだが不合格となり、浪人生活を余儀なくされた。
それでも彼は淡い期待を糧に翌年同じ大学に合格し、希実の後輩になった。
しかし、一学年違うという現実は大きな壁となって圭介の前に立ちはだかった。
カリキュラムで重なるところはない。
唯一の接点はサークル活動であったが、神社の仕事が忙しい希実は講義が終わるとそのまま家に帰ってしまうので、圭介は同じ大学に通学していながら、彼女の顔を見る事すら稀になってしまっていた。
そんなある週の金曜日。
圭介は交差点を左に曲がり、自分が住むアパートの方角に歩を進めた。その時、
「圭介」
と彼の後方で女性の声がした。
圭介はその声に耳を疑った。
入学当初何回か顔を合わせただけで夏休みに入るまで顔すら見られなかった希実の声だったのだ。
圭介はドキンとして振り返った。
そこには希実が立っていた。
ショートカットの髪、ちょっと吊り上がり気味の目、程よい高さの鼻、上品な大きさの唇。何年も会わなかったような気がする懐かしい顔だった。
服装に気を使えば、ファッション雑誌の表紙を飾れるくらいの容姿なのに、彼女は藍色のジーパンと真っ白なTシャツというシンプルな出立ちなのだ。
肩にかけたバッグも百円均一の店で買ったものかも知れない。
「今帰るところ?」
希実は圭介に尋ねた。
圭介は何とか冷静さを保って、
「そうだよ。珍しいな、こんなところで会うなんて」
希実はニッコリとして、
「実はさ、アパートを借りて一人暮らしを始めたんだ」
「えっ?」
圭介は一生懸命希実の意図を考えた。
だが、わからなかった。希実は続けた。
「今日は何か予定あるの?」
これはどういう意味だ?
「ないんだったら、買い物付き合ってよ。夕食ご馳走するから」
「ええっ?」
圭介は大声を出してしまった。希実はびっくりして、
「どうしたのよ?」
希実は作り笑いをして、
「何でもないよ」
と胸の高鳴りを抑えた。希実は不審に思ったが、
「ダメかな?」
「大丈夫さ」
圭介は声を上擦らせて答えた。希実はまたニコッとして、
「じゃ、行きましょ!」
と彼の左手を掴むと、歩き出した。
圭介は希実に手を握られたのとあまりに急激な展開に顔が真っ赤になった。
( 俺達、どういう関係に見えているのかな? )
圭介はそんな事を想像してしまった。
「一つくらい持とうか?」
希実はレジ袋を五つも持っている圭介に尋ねた。
圭介は本当は辛かったが、
「大丈夫だよ。剣道の防具の方がずっと重いよ」
と平静を装った。希実はクスッと笑って、
「そう。じゃ、もう少しだから」
圭介は希実が前を向くと同時に肩を落とし、息も絶え絶えにレジ袋を支えて歩いた。
「そこだよ」
希実が指差したのは、若い女性が選ぶアパートではなかった。
築三十年くらいの木造建築である。
「一階の一番奥の部屋だから」
希実は進みながら言った。そして鍵を取り出して、
「さっ、どうぞ」
とドアを開けた。圭介は玄関に入った。
玄関のすぐ脇がキッチンになっている。
ガスコンロが一つのシンプルな流し台。
その向こうが浴室。
その反対側がトイレだ。
キッチンとの間に半開きのガラス戸があり、その奥に部屋があった。
六畳くらいの畳敷きの部屋だ。
「早く上がって」
「ああ」
希実に促されて、圭介は部屋に上がった。
振り返ると、希実が靴を揃えている。
それも圭介にはドキンとする仕草だ。
「ありがとう、そこに置いといて」
希実は流し台の上を右手で示した。
圭介はレジ袋を流し台の上に置いた。
「夕食にするまで時間がかかるから、お風呂に入って」
希実の言葉に圭介は驚愕した。
「風呂?」
圭介は妄想を振り払って、
「できるまで待ってるよ」
とテーブルの手前に腰を下ろした。すると希実は圭介の右隣に立って、
「ビールも冷えてるから入りなさいよ」
圭介が動かないでいるので、希実は奥の押し入れからタオルと作務衣を出して彼に押しつけ、
「早く! 私、これから忙しいんだから!」
「ああ」
希実が熱心に勧めるので、圭介は風呂に入る事にした。
「ゆっくり浸かってね」
「ああ」
さっきから同じ事しか言っていない圭介は希実のペースにハマっていた。
( これは誘っているのか? )
彼はまたおかしな事を考え始めた。
( 希実はそんな軽い女じゃない )
長居をすると妄想が成長しそうなので、圭介は早々と風呂を出た。
「もう出たの? まだ支度できてないよ」
希実は部屋の隅に何かを置いていたのだが、圭介が出て来たので慌ててキッチンにやって来た。
「何してたのさ?」
圭介は尋ねた。希実は苦笑いして、
「別に何もしてないよ」
圭介は部屋の四隅を見た。
そこには白い箱が置かれているだけで変わった様子はない。
「そう」
彼はテーブルの前に腰を下ろした。
見回すと、若い女性の一人暮らしの割には冷蔵庫とテーブルしかない殺風景な部屋だ。
「冷蔵庫にビールが冷えてるから、それ飲んでて。もうすぐ支度できるから」
希実は手を動かしながら言った。
圭介は立ち上がって、小型の冷蔵庫から缶ビールを一本取り出した。
彼がコンビニで買っているのと同じ銘柄だ。
( 俺がこれしか飲まないの、知ってるのかな? )
圭介は不思議に思った。
「冷凍室にジョッキを冷やしてあるから、それ使ってね」
希実は包丁で何かをきざみながら、振り返らずに言う。圭介は冷凍室のドアを開いた。
陶器のジョッキが入っている。
「備前焼じゃないか? いいのか、こんなのを使って?」
圭介は希実に尋ねた。
霜が降りたように白くなっているそれは心地よい冷たさだ。
「確かに備前焼だけど構わないよ。貰い物だし」
「そう」
ホッとして、圭介はテーブルにジョッキを置いた。
そしてジョッキにビールを注ぐ。
生クリームのような細かい泡が立つ。
「うまそうだな」
「いつものビールがとっても美味しくなるから」
希実がキッチンから大皿を二つ両手に持って現れた。
数種類の刺身と唐揚げが載った皿である。
どちらも圭介が毎日食べても飽きないものだ。
キッチンに戻って行く希実の後ろ姿を見て、圭介はジョッキのビールを飲んだ。
「はい、サラダね」
次は深皿に盛られたポテトサラダ。
これも圭介の大好物。
その隣に置かれたのはフルーツの盛り合わせ。
「あのさ」
そんな豪勢なもてなしを受けていながらも疑問に思うことがあった。
「何?」
希実はテーブルの反対側に正座して圭介を見た。
「変な事聞くけど、どうして俺なんかを夕食に招待してくれたの?」
圭介はジョッキに残りのビールを注ぎながら尋ねた。希実はニコッとして、
「圭介とは長い付き合いだしさ、たまにはこういうのもいいでしょ?」
とサッサと立ち上がり、キッチンに戻った。
圭介はますますわからなくなった。
( 俺とは長い付き合いだから夕食に招待してくれただけ? それなら風呂に入れとか言わないよな。やっぱり誘ってるのか? )
また妄想モードが始まりかけた。
「ごめんね、忙しくして」
希実は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、お酌した。圭介は赤らんだ顔をさらに赤くして、
「悪い」
と言いながらも希実のお酌にワクワクした。彼女は缶をテーブルに置いて、
「私も少し頂いちゃおうかな」
と別の缶を冷蔵庫から取り出した。圭介は慌てて希実から缶を取り上げ、
「冷凍庫にもう一つジョッキあったよな。俺が注ぐよ」
「わかった」
希実は立ち上がって冷凍庫からジョッキを持って来た。
彼女のジョッキはガラスだったが、圭介がビールを程良い速さで注いだので見事な泡が立った。
「乾杯!」
「乾杯!」
二人は微笑み合ってグラスを合わせ、グッとビールを飲んだ。
「まだビールがうまい季節なんだね」
希実はジョッキのビールを飲み干して言った。圭介はそれを見てビックリし、
「酒強いのか?」
「お猪口一杯で悪酔いする程じゃないよ」
「そうか」
二人は久しぶりに話をしたのも手伝って、大いに盛り上がった。
「それにしても久しぶりだったよな。全然顔会わせない日も多かったもんな」
圭介が呂律が回らなくなった口調で言った。希実は笑いながら、
「そうだね。杉野森学園の頃に比べると会わない日が多くなったよね。だから、こんな形で一緒に御飯食べるのもいいかなって思ったんだよ」
圭介は酒のせいなのか、おかしな事を言い出した。
「このシチュエーションてさ、希実が実は俺に気があって、誘っているとしか思えないんだよね」
希実はその言葉にギクッとしたようだ。圭介はトロンとした目で彼女を見て、
「本当は俺の事が好きなんだろ、希実?」
「何バカな事言ってるのよ。もう寝る?」
「何言ってるんだよ。俺とお前は恋人じゃないんだから一緒に寝るなんてできないよ。帰ります」
圭介はそう宣言すると立ち上がり、玄関に向かってフラフラしながら歩き出した。
「危ないよ」
希実は圭介の右腕を掴んで引き止めた。
彼は嫌らしい笑みを浮かべて、
「何だよ、俺に帰って欲しくないのか?」
「飲ませ過ぎたかな……」
希実はそう呟くと、
「お布団敷くからこっちにいてね」
とキッチンに連れ出し、座らせた。
圭介は何か呟いていたが、希実は無視してテーブルをキッチンに移動し、布団を敷いた。
「この位置で大丈夫かな?」
布団を少しずらす。
「用意できたよ、圭介」
希実が声をかけると、圭介は床に顔を押しつけて眠っていた。
「仕方ないな」
希実は圭介を引き摺り、布団に寝かせた。
圭介は布団の中で目を覚ました。
部屋は真っ暗で何も見えない。
「どこだ?」
しばらくして希実のアパートの部屋だと思い出した彼は仰天した。
「泊まっちまったのか、希実の部屋に?」
部屋の中を見回しても彼女はどこにもいない。
「怒って出て行ったのかな?」
希実に謝ろうと考えた彼は起き上がろうとした。
その瞬間、木が裂けるような鋭い音が鳴り響く。
圭介は仰天して布団から這い出ようとしたが、手も足も痺れたように動かない。
動かせるのは首から上だけである。
「金縛り?」
全身に嫌な汗が出る。
寝ぼけていた頭がすっかり覚め、周囲に何かいないか探した。
すると、足下の方に白いものが見えた。
「何?」
圭介は寒気がした。明らかに人間ではない。
もちろん動物でもない。
「もしかして……」
彼は目を凝らしてその白いものを見た。
それは若い女のようだった。
髪が長い。酷く痩せている。顔色は白い。
いや、全体的に白い感じだ。
その上足は見えない。宙に浮いているような状態である。
女は顔を圭介の方に向けた。その目は瞳がなく、只白かった。
生きている女ではない。
「まさか……」
幽霊? 俺には霊感なんてないはず。何故見えるんだ?
「見つからないの……」
女の霊は頭のてっぺんから出すような高い声で言った。
「何が?」
圭介は女の霊に恐る恐る尋ねた。女の霊は彼に近づき、
「指輪。大切な指輪。どこにもないの。一緒に探して」
圭介はギョッとして、
「し、知らない。そんなもの知らない!」
「一緒に探してェッ!」
女の形相が一変し、周囲に得体の知れない黒い塊を伴って圭介に襲いかかって来た。ところが圭介の寝ている布団の上まで来た時、女の霊は何かに弾かれたように、
「ギャッ!」
と叫んで後退した。同時に玄関のドアが開き、巫女服姿の希実が飛び込んで来た。
「遂にお出ましね、メインゲストが」
圭介は希実の言葉に応じて女の霊を見た。女の霊が彼女を睨む。
「お前が指輪を隠したのか!?」
女はそう叫ぶと希実に突進した。彼女は部屋の隅に走ると白い箱を退けた。白い箱は紐で繋がれていて、四つの箱が同時に隅から動かされた。
「ギャーッ!」
女の霊が叫んだ。
部屋の四隅にあった白い箱の下には清めた塩が盛ってあった。
箱を退けることによって盛り塩の結界が完成し、女の霊はその中に閉じ込められてしまったのだ。
「貴女は肉体を失ってこの世界から去らなければならないの。指輪に妄執したから、おかしなものに取り憑かれたのよ」
女の霊から黒い塊が離れて消滅した。希実が柏手を二回打つと圭介の金縛りが解け、重々しい空気がサッと軽くなった。
「身体が動く……」
圭介は驚愕していた。希実は袂から指輪を取り出し、
「貴女の探しものは私が見つけたわ。もう探さなくていいのよ」
女の霊は穏やかな顔になり、姿も白一色から普通の色合いに戻った。希実とは違う種類の大人しそうな美人である。
「私の指輪……」
女の霊は希実に近づいた。希実は指輪を差し出し、女の霊に渡した。
「ありがとう。ありがとう……」
女の霊は何度も礼を言い、消えて行った。
同時に指輪がコロンと畳の上に落ちた。希実はそれを拾い上げて、
「浄霊完了ね」
と呟き、部屋の明かりを点灯した。
「何だったんだ、一体?」
圭介はまだ呆然としていた。希実は指輪を眺めながら、
「あの人、恋人にプレゼントされた指輪をなくしてしまって、どうしても見つけられなくてこの部屋で睡眠薬を呑んで自殺した人なの」
「どうしてそんな事で死んでしまったんだ? 指輪なんてまた買えばいいじゃないか」
圭介が起き上がって言うと、希実は圭介を見て、
「そうよね。じゃあ、どうして彼女は自殺をしてしまったのかと言うと、この指輪に理由があったのよ」
と指輪を見せた。圭介はキョトンとして、
「どういう意味?」
「この指輪は恋人の母親が買ってくれたものなの。彼女ができたらこれをプレゼントしなさいってね。母一人子一人で暮らして来て、苦労ばかりして来た母親の姿を見て育ったから、その恋人は母親の思いに感動したの。ところがその母親はそれからしばらくして亡くなってしまったわ。病気でね」
希実の話に圭介はしんみりとして、
「買い替えのきくものじゃなかったのか。だから思い詰めてしまって……。悲しいな」
希実は圭介の言葉に頷き、
「しかもなくしたのはその母親が入院した当日。三ヶ月後に母親は亡くなって、葬儀の段取りとか進めて行くうちに、恋人に指輪をしていない事を気づかれたの。最初は誤摩化していたのだけれど、あれはお袋の形見と同じだから葬式には必ずして来てくれと言われてしまったのよ。それまで懸命に探してどうしても見つからなかったのにあと何日かで見つけられるはずがない。彼女は仕方なく全て打ち明けたわ。恋人は母親を亡くしたショックも手伝って彼女を非難したの。その上、このままじゃお袋が浮かばれない、どんな事があっても探し出せって彼女に詰め寄ったの。最愛の人に罵られた彼女は自殺を思い立った。死んでお詫びをするしかないと考えてしまったのね」
圭介は悲しい女の最期を知り、絶句した。希実は指輪を握りしめ、
「彼女が自殺した日が恋人の母親の葬儀の朝だった。恋人も彼女の遺書から自殺の原因が指輪にある事を知ったわ。取り返しがつかない事を言ってしまったと感じた彼は、母親に続いて恋人まで失ったショックで後を追おうと考えたの」
「そいつも死んでしまったのか?」
圭介はビクビクして尋ねた。希実は首を横に振って、
「彼は生きているわ。それは死ぬより辛い事がわかったからなの」
「どういう事だ?」
圭介は希実をジッと見て言った。希実は握っていた手を開いて指輪を見、
「彼は自殺をしようと思って洗面所に行き、剃刀で手首を切ろうと考えた。剃刀の入れてある引き出しを開いて彼は丸められたハンドタオルを見つけたの。その時彼は雷に打たれたような衝撃を受けたわ」
「何があったのさ?」
圭介はさらに尋ねた。希実は圭介を見て、
「彼は思い出したのよ。母親が倒れた日の事を。彼女と母親と自分で夕食をとった日の事をね。食事は和やかに進んで彼女はそのまま泊まる事になった。そして彼女はお風呂に入った。その時、彼が悪戯心で彼女の指輪をハンドタオルに包んで引き出しに隠したの」
「まさか……」
圭介はその偶然が引き起こしたその後の事を思い、胸が痛くなった。
「彼女が入浴していた時、母親が倒れたわ。彼女は恋人の叫び声にすぐにお風呂から出て、服を着て浴室を飛び出した。母親は入院し、彼も彼女も指輪の事を忘れてしまっていたの」
「何て残酷な偶然なんだよ。誰も悪くないじゃないか……」
圭介は目頭を抑えて言った。
「彼は自分がした悪戯で恋人を死に追いやってしまった事を知ったの。彼には悪意はなかったけれど、結果として恋人は自殺してしまった。それだけは否定できない事実だったわ」
圭介は目を上げて希実を見た。彼女も目を赤くしていた。
「何よりも彼が自分自身を許せなかったのは、指輪を隠した事を思い出す事なく恋人を罵ってしまった事、そして母親が浮かばれないと言いながら、実は自分が一番母親を悲しませるような事をしていたのだという事」
希実はまた指輪を見つめて、
「この指輪は恋人から預かった物なの。このアパートに彼女の霊が出るって聞いて、大家さんを介して私の家に依頼があったのよ」
「そうだったのか……」
圭介は重い気持ちになっていたが、ある事に思い至った。
「希実はこの部屋に幽霊が出る事を知っていたんだよな?」
圭介の質問に希実はギクッとした。彼は立ち上がって、
「俺を夕食に誘ったのはそれを承知の上で、なんだよな?」
希実は後ずさりして、
「この部屋は何人かの人が借りていて、そのうち何回か、女の幽霊が出ると言って引っ越した人がいたの。それで私が寝泊まりしたんだけど全然出て来なくて。何故なんだろうって幽霊を見た人を調べたら、男の人だけだったの」
圭介は腕組みして、
「それで俺を呼んで、酔い潰してここに寝させたってわけか」
「ちょっと違うけど、大体そんな感じね」
希実は苦笑いをしたままだ。圭介はムッとして、
「俺は取り殺されていたかも知れないんだぞ。どうして何も教えてくれなかったんだよ!」
「教えたら絶対来てくれなかったでしょ!」
希実は反論した。圭介は少し怯んだが、
「そうかも知れないけど、どっちにしたって酷いじゃないか。殺されるとこだったんだぞ」
すると希実は、
「それは絶対にないわ。彼女は指輪を一緒に探してくれる男性を求めていただけだから、私が来なくても貴方が殺される事はなかったわ。それに貴方がかけていた布団にはお清めした注連縄が縫い込んであったから、彼女は貴方に近づく事はできなかったはずよ」
圭介は女の霊が彼に近づこうとして弾かれたように後退したのを思い出した。
「人は不幸な死に方をすると記憶の大半を失ってしまうの。だから彼女は断片的に残っている記憶で指輪と恋人を結びつけて、ここに引っ越して来た男性に自分の恋人を重ね合わせて、一緒に探してもらおうとしていたの」
希実の言葉に圭介はまたシュンとして、
「あの女の人に悪い事言っちゃったな」
すると希実は軽蔑の眼差しで、
「圭介って美人には優しいのねェ」
「そんなの関係ないだろ? 彼女が可哀想だったからさ。それだけだよ」
圭介は図星だったので赤面して言い訳した。そして、
「彼女は大丈夫なのか? 記憶喪失のままなんだろ?」
「心配いらないわよ、優しい本田圭介さん。彼女は指輪が見つかったのを知って記憶を取り戻したはずよ」
「そうか」
圭介は膨れっ面をしながらも、悲しい女の霊が救われたらしい事を知って、ホッとした。
「さてと。もう一眠りしよっかな」
希実は玄関に向かった。圭介はピクンとして、
「どこに行くんだよ?」
希実は振り返り、
「隣の部屋。さっきもそこで待機していたの。ほとんど寝ていないから、眠いのよ。お休み」
と言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。
「おい……」
せめて朝まで一緒にいて欲しかった圭介は、唖然としてしまった。
そして彼は、怖くてその後一睡もできなかった。