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雨が止む前に、チョコを渡した

掲載日:2026/02/14

好きだと伝えて、今の関係が壊れるくらいなら。

私は一生、友達のままでいいと思っていた。


でも、鞄の中の小さな重さが、今日だけは私を許してくれない。


これは、告白じゃない。 答えも、聞かない。


ただ、渡すだけの話。


それなのに、こんなに迷うなんて。

朝の重さ


二月十四日の朝、教室の空気は甘くて、少し息苦しかった。


机に着いた瞬間、鞄の中の小さな紙袋を意識してしまう。

昨日、デパートで二時間も迷って選んだチョコレート。

高すぎず、安すぎず。「義理だよ」と言い訳できる範囲で、でも「特別」だと気づいてほしい。

そんな矛盾した願いを詰め込んだ箱は、物理的な重さ以上に、私の心を押し潰していた。


「おはよう、美雨!」 「あ、おはよう」


友達に挨拶を返しながら、視線だけで彼を探す。


教室の窓際、後ろから三番目の席。蓮はもう来ていて、いつものように文庫本を読んでいた。


高橋蓮。


同じクラスで、部活も一緒。でも、特別仲がいいわけじゃない。

ただ、気づいたら、彼のことを目で追うようになっていた。


彼は口数が少ない。感情を表に出さない。軽いノリで誰かと距離を縮めたりしない。

でも、人の話はちゃんと聞く。雑には扱わない。山みたいに、どっしりと構えている。


そういうところが、好きだった。


でも、告白はしていない。したくないわけじゃない。ただ、怖い。今の関係が壊れるのが。


「美雨は? 誰かに渡すの?」


突然、隣の席の友達が顔を覗き込んできた。


「……まだ決めてない」


私は曖昧に笑った。答えない。聞かれても、言わない。

それが、私のやり方だった。こういう「空気を壊さない嘘」は、昔から少しだけ得意だった。


教室の向こうで、蓮がページをめくる音が聞こえた気がした。彼は今日も、いつも通りだった。


近づけない午後

昼休み、お弁当を食べながら、友達が言った。


「美雨、絶対誰かに渡すつもりでしょ。今日の美雨、いつもより静か」


図星だった。私は、考えすぎると黙る。言葉を選びすぎて、結局何も言えなくなる。


教室の向こうで、蓮が男子数人と話しているのが見えた。

派手に騒ぐタイプじゃないけれど、彼の周りには自然と人が集まる。彼は、誰に対しても誠実だ。


だからこそ、怖い。

もし私がチョコを渡したら、彼はきっと真面目に受け止めるだろう。そして、真面目に困るだろう。


「ごめん」


その言葉を聞くのが怖くて、私はまた、友達の話に相槌を打つふりをした。


放課後前、廊下で蓮とすれ違った。


「あ」


声が出た。蓮は、少しだけ立ち止まった。


「……どうした?」


「い、いや……何でもない」


蓮は、不思議そうな顔をしたけれど、何も聞かなかった。そのまま、教室に戻っていく。


私は、その背中を見送りながら、自分の胸を押さえた。

何やってるんだろう。チャンスは、何度もあった。でも、声をかけられない。


渡したら、何が変わるんだろう。

もし、断られたら? 今の関係さえ、なくなってしまうんじゃないか。


そう思うと、足が動かなかった。


雨の中の決断

放課後。空が暗くなってきた。窓の外を見ると、小雨が降り始めていた。


教室には、もうほとんど人がいない。私は、机の中に手を入れて、チョコの箱の角を確かめた。ちゃんと、ある。


蓮は、教室の隅で鞄をまとめていた。もう帰るんだ。今しかない。


でも、足が動かない。心臓が、うるさい。


蓮が鞄を持って、教室を出ていこうとした。


「……蓮くん」


自分でも驚くくらい小さな声が、喉からこぼれた。

それでも、彼の動きは止まる。ゆっくりと、振り向く。


「ん?」


いつも通りの、落ち着いた声。


私は、鞄から紙袋を取り出した。手が、少し震えている。


「これ……よかったら」


それだけ言うのが、やっとだった。


蓮は、少しだけ目を見開いた。でも、すぐにいつもの表情に戻る。


「……ありがとう」


短く、そう言って、蓮は紙袋を受け取った。丁寧に、両手で。そして、すぐに鞄にしまう。


私は、何も言えなかった。告白の言葉も、理由も、何も。ただ、渡しただけ。


蓮は、何も聞かなかった。


「気をつけて帰れよ」


「……うん」


それで、彼は本当に行ってしまった。


答えのない帰り道

昇降口を出ると、雨は小降りになっていた。


私は、一人で帰り道を歩いていた。手は、空っぽ。もう、チョコはない。


渡せた。それだけで、少し心が軽くなった。


でも、同時に、何かが変わってしまった気もする。

答えは、聞いていない。蓮が、どう思ったのかも分からない。


それでいいと思った。今の関係が壊れないなら、それでいい。


でも、もう昨日には戻れない。渡してしまった以上、何かが動き出してしまった。


空を見上げる。雲の隙間から、夕日が差し込んでいた。


答えを聞かなかったことだけが、今日の選択だった。


それでも、後悔はしていない。

渡さなかった未来よりも、渡した今のほうが、少しだけ前に進んでいる気がする。


明日、蓮と会ったら、どんな顔をすればいいんだろう。

いつも通り? それとも、少しだけ距離を置く?


分からない。でも、それでいい。


今日、私は、自分の気持ちを形にした。それだけで、十分だった。


雨粒が傘を叩く音が、音楽のように聞こえた。

私は水たまりを避けて、一歩ずつ、家への道を歩き出した。


【完】


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


「関係を壊したくない臆病さ」と「多くを語らない誠実さ」。二人の静かなバレンタインを描きました。


告白しない恋、答えのない想い。でも、それでも一歩踏み出した主人公の小さな勇気が、少しでも心に残れば嬉しいです。


【☆評価・ブックマーク】をいただけると励みになります。


また別の物語で。

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