#2『残された者達 後編』
〈生物研究所跡、2階、渡り廊下〉
エリナは廊下の向こうを見つめる。本来向こう側にある建物の中が見えるはずなのだが、目の前にあるものがそれを邪魔する。大きな音の正体は、秘書がそれに向かい、弾丸を発砲する音だった。弾はそれを貫き、風穴を開ける事は出来ても、その穴はすぐに塞がり、まるで穴など最初から開いていないかのようだった。
「こいつ......なんなんだ?」
「さぁ、私にも分かりません。これはあくまで推測ですが、こいつはカイヤの研究と何か関わりがあるのではないでしょうか。」
2人は近くの部屋を探索し終えたようで、そこから先へ進もうとして目の前のものに道を塞がれていた。
少しの間その状態が続くと、暁が合流した。
「あんたら、そんな所でなにし...て.......?」
暁がエリナの前へ立ち、渡り廊下を見ると、そこには人の形をした、それでも人とは程遠い、液状の灰色の何かが居た。
「こいつは......?」
暁の問いに秘書が答える。
「少なくとも、こちらへ襲ってくる気配はありません。ですが、向こう側へ渡ろうとすると、こいつが通せんぼして来るんです。弾丸を一発放ってはみましたが、すぐに空いた風穴が塞がりました。どうやら体の内側まで液体のようです。」
「......」
暁はそれを少し見つめた後、懐から結晶を1つ取り出す。糸に繋がれた結晶をそれの頭部であろう位置にぶつけると、それは跡形もなく飛び散り水溜まりとなった。
「それは.....?」
「一応持ってきて正解だったな。」
暁は糸を手繰り寄せると、2人に見せる。
「こいつは神子に貰ったもんでな、神子石で出来てる。そんでもう1つ。」
暁は結晶をしまい、胸ポケットから折り畳んだ紙を取り出す。
「こいつに書かれた内容によると、カイヤの研究室はこの先だ。一応固まって行くぞ。また今のみたいな奴が現れるかもしれねぇからな」
暁が言い終えると、3人は渡り廊下を抜け、特別棟へ足を踏み入れた。
〈特別棟、???〉
彼らは廊下へ出る。特に目的も無く、長い廊下を彷徨う。途中、半開きになっている扉を見つける。スライド式の扉は故障しており、こじ開けようにも頑なに開かない。1人が黒い結晶を扉の間に落とすと、もう一人を後ろに下がらせ、起爆する。扉は凹み、中に入れるだけの大きさの穴になった。その音は、渡り廊下の近くに居た3人の耳にも入っていた。
「今の音は...?」
「上の階からのようです。」
「何かの機械が爆発したのか?」
「暁くん、護衛頼めるか?」
「くんって......まぁ、仕方ねぇ。」
暁は結晶を再び取り出し、2人の先頭に立つと、建物の3階へと向かった。
〈生物研究所跡、特別棟、3階〉
特別棟の廊下は1直線に伸びており、階段を上ってすぐに、廊下の全貌を見渡す事が出来た。窓が無く、暗い廊下の中、1つだけ青い光の零れる部屋を見つける。その部屋の扉は、内側から突き飛ばされ、スクラップ状の扉だったものが、廊下の反対側にめり込んでいた。
「おい、あれ」
暁はその部屋の入り口に目をやる。そこには片手首を貫かれ、首に絞められた跡がある男が倒れていた。
「服装と刃物を見るに、本能の街から来たならず者のようですね。幸い、気を失っているだけのようです。」
気絶している男の首元に指を当て、秘書は淡々と述べる。
「爆発に巻き込まれたのか?」
「いえ、痕跡を見るに、誰かに首を絞められたのでしょう。刃物を持っていたので、おそらく襲い掛かった相手に返り討ちに遭ったものだと。」
「......」
暁は気絶した男を横目に、部屋の中を見る。どうやらここは、目的の場所のようだ。
「これは......」
部屋の奥、青白く光るそれは、割れたガラスの中を照らしていた。3つのカプセルがあったであろう場所は、全て粉々に割れ、中を満たしていたであろう液体が大きな水溜まりを形成していた。だが1つだけ、零れた液体が他とは違う色をしていた。
「これ......血か?」
「まさか......」
暁は赤い水溜まりを見つめる。その中に浮かぶ小さな布切れを拾い上げ、付いてるタグを見ると、そこには「加賀知カイヤ」と書かれていた。
「そうか......。」
2人は少し下がった所で、暁を見つめる。
「気にすんな。少なくとも、そうだってはっきりと分かったんだ。それで満足だよ。」
暁は振り返り、近くにあったデスクに近づく。埃を被ったマグカップは、暁が就職祝いにカイヤに送ったものだった。
「とりあえず、ここにある書類は全部持ち出した方が良いんだろう。ほら、さっさと片付けるぞ」
暁がそう言うと、3人はその部屋にある資料や書類、ファイルを全て、持って来ていたスーツケースにしまった。案外資料はそこまでの数は無く、それらを入れたスーツケースは少しスペースが余った。
暁はマグカップを割れないように布で包むと、それを持ち出した。
「さてと、行こうぜ。ここはどうも不気味だ。」
エリナ達が廊下に出ると、隣の部屋から足音がした。エリナは室内に身を潜め、暁と秘書が廊下へ出る。幸い足音のした部屋も、少しだけ明かりがついており、部屋の入り口に人影が現れた。秘書は銃を、暁は結晶を構える。爆発が起こったであろう凹んだ扉から、2人の影が顔を見せる。暁は何かを悟ったのか、目を見開いた後、秘書に銃を下ろさせた。
「最初はどうして俺なんかに同行を頼んだんだって思ったが、来て正解だったな。」
秘書は暁の行為に戸惑ったが、エリナの防護に徹する事にした。
2人の影は暁を見る。その瞳は2人共左右で違う色をしており、片方の目は銃のサイトの様だった。
2人は一斉に暁へ襲い掛かる。獲物へとまっすぐ向かって来る2人を前に、暁は一切動じなかった。
「危ない!」
エリナが叫んだ時だった。暁は目の前に来た2人の人造人間の額を、同時に手で軽く叩いた。すると、人造人間はとたんに脱力し、暁の両隣に倒れた。
「ありがとな、カイヤ。あんたは俺の、自慢の娘だ」
2人は廊下に出る。
「どういう事だ?」
暁は振り返り、口を開く。
「こいつら、さっきのカプセルから出てきた人造人間だ。カイヤのやつ、知らない間にもう2人作ってやがったとはな」
「どうして倒れたんだ?」
「あぁ、さっきの資料に軽く目を通してたんだ。そこに、生まれたばかりの人造人間は額を小突くと気絶するって書いてあってな。試してみたらこの通りだ。」
「なるほど...しかし、どうして生まれたばかりだと?」
「あの水溜まり、出来てあまり時間が経ってませんでしたね。それにそこの気絶してる人は、恐らくこの2人がやったのかと。」
3人の間に、静寂が訪れる。
「この2人、どうしますか」
秘書がエリナに問う。
「......」
暁は足元で伏す2人を眺める。
「あんたらの考えてる事は分かる。こいつらは、本来なら存在するべきではない存在だ。だが、こいつらは今、ここで生きている。ルチルやメアの事も、あんたらは既に知ってるんだろう。」
再び訪れる静寂。その後最初に口を開いたのは、エリナだった。
「あぁ。その2人は、ここで息の根を止めておくべきだろう。だが、」
エリナは暁と目を合わせる。
「条件がある。」
「条件?」
「あぁ。もし吞んでくれるなら、その2人をこの街に生きる命として認め、生かす事を許可する。」
エリナの口から出て来たのは、想像もしていなかった言葉だった。
「その2人は、カイヤの、数少ない遺産の様なものなんだろう。それを簡単に踏みにじる程、私も酷ではない。」
「条件ってのは?」
「私に協力して欲しい」
「何をすれば...?」
「その2人は、ルチルの事を思うに、何か特殊な力があるのだろう。であれば、その力を貸して欲しいのだ」
「話が見えないんだが......」
暁は軽く頭を搔く。
「なに、簡単だ。君達に、この街の治安維持をして欲しいんだ。」
「はぁ.....まぁ、良いですけど、そんな事でいいのか?」
「あぁ。ここまで連れて来た、礼と詫びも兼ねてな。ただし、何か騒ぎを起こせば、その時は分かるね?」
「そうならんよう、ちゃんと躾けるさ。」
秘書と暁は気絶した人造人間を抱える。その場を去ろうとした時、暁の目にあるものが留まる。
暁は人造人間をそっと降ろした後、地面に落ちてるペンを拾い、再び人造人間を抱えその場を後にした。そのペンの側面には、明朝体で「加賀知カイヤ」と彫ってあった。
To be continued.




