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第1章「邂逅」

社会人になって10年近く。

仕事も、人間関係も、そこそこうまくやってきた「つもり」だった。

だけどある日、後輩のミスで再会することになる。


あの頃、心の底からぶつかり合って、

一緒にバンドをやって、夢を見ていたアイツと。

そして、俺たちの真ん中にいた、彼女とも──


大人になった俺たちは、何を抱えて、何を失って、

そして、何をまだ信じていられるんだろうか。



ノンタイトル。

「音楽と、青春と、日々の暮らし」をテーマにした、

とある中年男の物語。

社内に電話のベルが鳴り響く。

朝一番の静けさを破ったその音に、俺の後輩・佐々木がバタつきながら受話器を取った。


数秒後、顔面蒼白。まるで地球が滅亡する知らせでも受けたみたいな顔して、こっちを見る。


「……どうした、佐々木」


俺がそう言うと、彼は震えた声で答えた。


「す、すいません……例のクマの檻の製作……納期、間違えてました」


背中に一瞬、ヒヤッと氷の塊でもぶつけられたような感覚。


「……で? いつだよ」


おそるおそる訊ねると、佐々木はさらに青ざめながら言った。


「ら、来週です……」


その瞬間、社内の空気が一気に凍った気がした。


俺たちは『北央鉄工株式会社』。北海道の中小プラントメーカーで、従業員は三十人ほど。

営業の俺は、図面とスケジュールに追われる毎日を送っている。


佐々木亮太は俺の後輩。元気だけが取り柄で、お調子者。

だが、仕事のミスは少なくない。というより、けっこうやらかす。


その日も、彼が担当していた新得町の案件で大問題が発覚した。

クマの檻の製作。鉄工所の現場はすでに動いているというのに、契約書が提出されていなかった。


「おい……マジで提出してなかったのか?」


「す、すいません……机の中に、そのまま……」


「なにやってんだ、お前……」


俺の頭は真っ白だった。そこに追い打ちをかけるように、また電話が鳴る。


「……はい、北央鉄工、営業の斎藤です」


電話の相手は新得町役場の担当者、加藤真之介。

俺の高校時代の同級生であり、かつてバンドを一緒に組んでいた因縁の相手だった。


「幸か。久しぶりだな……。こっちはな、檻の設置日がもう迫ってんだよ。書類がねえと動けねえんだ。どうなってんだ」


「……すまない。すぐに確認して、直接持って行く」


「ああ。待ってるよ。なるべく早くな」


電話を切ったあと、俺は佐々木の肩を叩いた。


「……行くぞ。一緒に、謝りに行く」


---


車で新得町役場に向かう道中、佐々木は終始うつむいたままだった。

俺も気が重かった。


あいつとまた顔を合わせるなんて。


役場の玄関をくぐると、懐かしい面影がそこにあった。

加藤はスーツに身を包み、かつてのヤンチャな雰囲気を残しつつも、役場の男としての貫禄が漂っていた。


「よお。あの頃からなんも変わってねえな。こっちだ」


うるせえなと思いながら、案内された会議室には、もう一人、女性が座っていた。

整った顔立ちに、落ち着いた雰囲気。

一瞬で、昔の記憶がフラッシュバックする。


彼女の名前は朝倉瑞樹。

高校時代、俺と加藤と共にバンドをやっていた。

彼女がドラム、俺がベースボーカル、加藤がギター。


聞く話によると、彼女は加藤の妻になっていた。


会議室では、加藤が冷静に話を進めた。


「檻の製作は順調なんだな?」


「ああ。現場は問題なく進んでる。ただ……書類の提出だけ、こいつがやらかしてしまってな」


「まあ、過ぎたことを責めてもしょうがねえ。すぐ持ってきたのは助かったよ」


「……すまない」


佐々木は何度も頭を下げた。

加藤はそんな彼に、軽く手を上げて言った。


「気にすんなって。幸の後輩だろ? なら、まあ……それなりに苦労してんだろうし」


その言葉に、なぜか少し救われた気がした。


会議が終わり、役場を出た。


佐々木はポツリと呟いた。


「……奥さん、めっちゃ綺麗でしたね」


「……そうだな」


しばらくの沈黙の後俺は口を開いた。


「おい佐々木、今日反省会の意味も兼ねて、いつものあそこ行くか。」


「は、はい!!もちろん行かせていただきますっ!!」


相変わらず、ホント調子のいいやつだ。そこがかわいいとこでもあるけど。


ひとしきり仕事を終え、暖簾をくぐると、炭火の香ばしい匂いが鼻を突いた。

いつも生意気な佐々木と来る少し昭和じみた焼き鳥屋だ。狭いカウンターに並んで腰を下ろすや否や、佐々木が声を張った。


「すいませーん!瓶ビールと、あと串盛りお願いします!」


ビールが運ばれてくるなり、佐々木はジョッキに勢いよく注ぎ、グイッと一口。


「いやあ、マジ危なかったっす!!さすが幸先輩!対応完璧っした!」


「……お前な。ちょっとは反省しろよ」


俺が言うと、佐々木は「あ、すんません!」と肩をすくめてから、すぐに顔を明るくした。


「でもでも、加藤さんの奥さん、めっちゃ綺麗でしたね!なんかモデルみたいでしたよね、あの雰囲気!」


ビールの泡が喉の奥で引っかかった。

ジョッキを置き、静かに一言だけ返す。


「……そうだな」


「やっぱああいう人っすよね〜。品があるっていうか……」


俺は串を口に運び、無言で咀嚼した。


少し焦げた皮の苦みが、妙にリアルで、口の中に引っかかる。


「……すんません。俺、ちょっと調子乗りました」


「いつもだろ、お前は」


「でも、加藤さんも雰囲気変わりましたね〜。めっちゃ落ち着いたというか……」


「お前加藤のこと知ってんのか?」


「はい!そりゃあ悪いで有名でしたからね!!」


「そりゃ、確かに悪かったけどなあ・・・」


「高校の頃、何してたんすか? 先輩と加藤さん」


「……バンドやってた」


「バンド!?マジすか!」


「……俺がボーカルで、加藤がギター。瑞樹は、ドラム」


「え、ちょ、めっちゃ青春じゃないすか!!なにそれ!」


「青春なんて、そんな甘っちょろいもんじゃなかったよ」


「……」


「だから、今こうしてるんだろうな」


そんなくだらない話を小一時間ほどして帰路にたった。

居酒屋で高校時代の話をしたからか、昔のことがフラッシュバックしてくる。

ほかの連中元気にしてっかなあ・・・



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


物語は、どこにでもいそうな中年男が「とことんついてない日常」の中で、かつての仲間や過去と再び向き合うことから始まりました。

一見、ただの仕事上のトラブルが、長年閉じ込めていた記憶や感情をゆっくりと引きずり出していく。

誰しも、胸の奥にしまったままの「あの頃」があるんじゃないかと思います。


この物語は、そんな“あの頃”と、いまを生きる“この瞬間”が交差する場所を描こうとしています。


次章からは、幸政・加藤・瑞樹、それぞれの高校時代の姿がもう少し色濃く描かれていきます。

彼らがどんな思いで音楽に向き合っていたのか。なぜ、あの日バンドは終わってしまったのか。

過去の小さな出来事が、いまの彼らにどんな影響を残しているのか——


そんな「過去と現在をつなぐ物語」を、これからも丁寧に紡いでいきます。


最後までお付き合いいただければ幸いです。

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